【86話】寿司と魔廻りと 2
「冬輝。ふたりで〈うら寿司〉に行くぞ」
極導から、その電話がかかってきたのは3日前のことだった。
「でも兄さん。〈うら寿司〉は28日の忘年会で――」
「そうだ。だから、その下調べに行くんだ」
「下調べ?」
「じつはな、おれ、一度も回転寿司店に行ったことがないんだ」
「あ、そうなんだ」
「ちなみにおまえは?」
「ぼくもありません」
「やっぱりな。そう思って電話したんだ」
「なるほど」
「花子に忘年会をどこでやるか訊かれたとき、さも行き慣れた感じで『〈うら寿司〉なんて、どうだ?』なんて提案したけど、おれの回転寿司の知識はともだちから聞いた僅かなものしかない。だから忘年会に向けて、一度ふたりで回転寿司がどんなものか調べておこうぜ」
というわけで冬休みを利用して、ふたりで〈うら寿司〉に来たのだ。
ただし、ふたりが訪れたのは忘年会を予約している店ではなく、金吾町にある、べつの店。
なぜかというと、
「可能性は低いけど、追株町の店だと花子に見られるかもしれないだろ」
「見られたくないんですか?」
「ああ」
「どうして?」
「忘年会のときに慣れた感じで注文とか会計とかして、あいつにいいところを見せたいんだ。だから下調べのことを知られたくないんだよ」
すこぶるしょうもない理由である。
* * * * *
テーブル席へ行くと、ふたりで向き合って座った。
「見ろ、冬輝。寿司だけじゃなく海藻サラダなんかも流れてるぞ」
「ほんとだ。あ、クッキーも流れてきましたよ」
「ためしに何か取ってみるか?」
「はい。ちょうど玉子のお寿司が流れてきたから一皿とって、ふたりで分けましょう」
冬輝がレーンに手をのばした。
「あれ? カバーが開かない」
レーンを流れる寿司には、ほこりやウイルスから寿司を守るためにドーム状の抗菌カバーがかけられているのだが、今日はじめて回転寿司店に入った冬輝はカバーの開け方がわからないのだ。
「ええと……ええと……」
そうしてガチャガチャしているうちに、玉子寿司は極導のほうへ流れてしまった。
「安心しろ。おれが取ってやる」
極導がカバーを開け、玉子寿司を取りだす。
はずだったのだが……。
「あ、あれ?」
冬輝同様、カバーをガチャガチャさせるだけで寿司皿を取ることができない。
結局、極導もカバーを開けることはできず、玉子寿司はうしろの席へ流れていった。
「もしかして追加料金を払わないと開かない仕組みになってんのか?」
「そんな……」
小さな絶望が胸を刺したとき、
「それ、こうやって開けるんだよ」
となりの席にいた10歳ぐらいの男の子が、流れてきたイクラ寿司のカバーを開けた。
「カバー下の隙間から指を入れて、お皿を手前にスライドさせると簡単に開きますよ」
男の子の父親が丁寧に説明してくれた。
サーモン寿司が流れてきたので、言われたとおりにやってみると――
「あ、できた」
簡単にパカッ。
先ほどの苦戦が嘘のようである。
「「ありがとうございます」」
父子に礼を言うと、ふたりでサーモン寿司を分けて食べた。
「うん。おいしい」
「ああ。ふつうにうまいな」
「つぎはタッチパネルで注文してみましょう」
〈うら寿司〉には各席にタッチパネル(タブレット端末)があり、これで好きなメニューを注文することができるのだ。
「見てください、兄さん。熟成真鯛や活〆かんぱちのほかに、にんにく混ぜそばとかフグ出汁ラーメンなんかもありますよ」
「…………」
「兄さん?」
「冬輝。おまえ、この寿司について、どう思う?」
極導がタッチパネルのハンバーグ寿司を指さした。
「日本の伝統食ともいえる寿司にハンバーグを載せることを、おまえはどう思う?」
「それは……」
正直アリである。
ふつうにおいしそうだし、なんなら、このまま注文したい。
だが極導は7勝7敗で千秋楽を迎えたカド番大関のように深刻な顔でハンバーグ寿司を見つめている。
(返答しだいでは大変なことになるかもしれない)
そんな不安から、冬輝はハンバーグ寿司への想いを口に出すことができなかった。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。
回転寿司店の人気メニューともいえるハンバーグ寿司には、基本のプレーンハンバーグのほかに炙りチーズハンバーグ、マヨソースがけハンバーグ、てりやきハンバーグなど、店によってさまざまな種類があります。




