【80話】血の呪縛 3
男が向かったのは、だれもいない公園だった。
公園に入ると、極導は万一に備えて筵(結界)をかけた。
これなら、いざというとき、だれにも見られずに刀を振ることができる。
「おれの名は涼雅。人のすがたをしているが妖怪だ」
ベンチに腰掛けると、男は自己紹介をはじめた。
「おたまと富丸をかどわかしたのは、おれだ」
「ふたりは無事なのか?」
「ああ。連れ去るときに眠り薬を嗅がせたが、乱暴はその一度きりだ。布団も食事も必要なものはすべてあたえてある」
「なぜ、ふたりを誘拐した?」
「人質にするためだ。おまえとの果し合いのな」
「……なんだと?」
あまりにも予想外なこたえだった。
「名は伏せるが、おれの家は代々暗殺を生業としてきた刺客一族でな。おれはその末裔であり、最後のひとりなのだ」
「それと果し合いと、なんの関係があるんだ」
涼雅と極導との距離は5メートル。
極導は影で黒影刀を、そしてライトの灯りで白明刀をつくり、かまえた。
「おまえは自分の血を呪ったことがあるか?」
「どういうことだ?」
「幼いときから、おれは暗殺のいろはを叩きこまれて育った。なにせ一族にのこされた最後のこどもだからな。祖父も父も、それはそれは熱心に秘伝の暗殺術を教えてくれたものだ」
かまえは解かないが、極導の足は完全にとまっていた。
「子をつくれ。血をのこせ。そして技をつたえろ。それがやつらの口癖だった。祖父も父も一族の――仮にヒソミとするが、その未来をおれに押しつけたのだ」
それから少し間を置いて、
「嫌だった。それがたまらなく嫌だった」
うなるようにつぶやいた。
「ヒソミの血に縛られずに自由に生きたい。何度もそう思った。だが一方で、暗殺者としてのヒソミの歴史と誇りを守りたいという気持ちもあった」
涼雅を自らの心をつかむように、胸に手を当てた。
「昔からそうなのだ。何かを捨てたい、壊したいという気持ちを持ちながら、それを大切に守りたいという気持ちもまた持ってしまう。おれの心には常にふたつの想いが渦を巻いているのだ」
「…………」
「だから呪った。この血さえ――ヒソミの血さえ流れていなければと何度も己の運命を呪った」
そして極導を見つめて、
「おまえもそうではないのか? 御手洗極導」
つめたく、鋭く、それでいて助けを求めるようなさびしい目だった。
「種族も家業もちがうが、おれとおまえは同じ存在。己の運命を一族の血に縛られた、哀れな男だ」
「ちがう」
「ちがうものか」
涼雅が嘲笑った。
「あるとき思ったのだ。自分と同じ存在を殺せば、おれはおれ自身を殺したことになる。そうすれば血の呪縛から解き放たれるのではないかと」
涼雅がベンチから立ちあがった。
「おまえを殺す機会はいくらでもあった」
「なら、なぜ襲わなかった?」
「暗殺では意味がないからだ。おまえと――自分と同じ存在と真っ向から対峙し討ち破ることで、はじめて、おれはヒソミの血の呪縛から解放されるのだ」
涼雅は極導に近づくと、
「御手洗極導。おまえに果し合いを申しこむ」
「…………」
「断れば、おたまと富丸を殺す」
「……わかった」
「受けるのだな?」
「ああ」
「それでいい。果し合いは明日おこなう。午後5時に柴霊園にひとりで来い。人質とともに待っている」
「柴霊園だな。わかった」
極導は刀を消し、筵をはずした。
「ではまた明日」
涼雅が公園を出ようとしたとき、
「おれは自分の血を呪ったりしない」
背を向けたまま、極導は言った。
「家の歴史とかジジイの存在とか、いろんなものが重すぎて吐きそうになるけど、おれは御手洗の家に生まれたことを後悔なんてしてない」
そして自分のてのひらを見つめた。
「御手洗の血が、おれとあいつを出逢わせてくれたんだ。呪うことなんかできるかよ」
「……強いな、おまえは」
涼雅は振り返ることなく、静かに公園をあとにした。
(つづく)
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