【78話】血の呪縛 1
仕事をおえた涼雅が寺にもどってきたのは、午後10時だった。
本堂の格子戸を開けると、女中の凛が行燈のもとで本を読んでいた。
「お帰りなさいませ」
「腹が空いた。先に風呂に入るから、食事の用意をしておいてくれ」
「承知しました」
本を置くと、凛は本堂の奥に設けた台所に向かった。
涼雅と凛が住んでいるのは、あの世とこの世の狭間にある古寺。
朽ち果てていたものを100年ほど前に涼雅の祖父が見つけ、修繕と改造の末、住めるようにしたのである。
電気も通ってないし、火を起こすのにも一苦労する寺だが、ここには涼雅の人生が詰まっている。
ゆえに、あと2日でここを去るのかと思うと、わずかだが、さびしさが胸を撫でるのだった。
* * * * *
涼雅は暗殺を生業としている怪異で、普段は青年のすがたで生活している。
彼に家族はいない。
祖父は10年前に他界し、父も3年前に肺の病気で亡くなっている。
いま、彼のそばにいるのは凛だけなのだ。
凛は磯姫という妖怪で、年齢は19歳。涼雅よりひとつ年上である。
ふたりが出会ったのは8年前。
息子の世話役にと、涼雅の父が、まずしい家から凛を買ってきたのだ。
風呂から出て本堂にもどると、凛が料理を運んできてくれた。
膳に載っているのは鶏の味噌つくねと大葉の混ぜこみおむすび。
どちらも涼雅の好物である。
ちなみにふたりがいるのは本堂の外陣。
本来は参拝者が礼拝をするための空間だが、ここでは昔から居間として使っている。
「おたまと富丸は?」
料理に箸をつけながら、誘拐したふたりのことを訊いてみた。
「ふたりとも眠っています」
「果し合いのことは話したか?」
「はい」
「驚いただろう?」
「はい。ですが、ふたりとも取り乱すことはしませんでした。さすがは御手洗の女中と小僧です」
化け猫のおたまと座敷童子の富丸は御手洗家で働く妖怪で、いまは経蔵を改造した牢屋に閉じこめてある。
「ただ、ひとことだけ、おたまに言われました」
「なんと?」
「果し合いは若さまが――御手洗極導が勝つと」
「そうか」
「勝つのはあなたです」
凛が言った。
その目は涼雅の顔ではなく、手元を見ている。
それでも涼雅は、彼女の言葉がうれしかった。
* * * * *
それから数分後。
「凛」
食事をおえると、涼雅は勇気を出して声をかけた。
「なんでしょう?」
「……なんでもない」
「そうですか」
その目はさびしさを孕んでいた。
「膳をさげます」
「ああ」
内陣へ向かう凛の背中に涼雅は、
(おまえが好きだ)
口に出せない想いを目で送るのだった。
(つづく)
更新は毎日19時におこなう予定です。
磯姫は人を襲って血を吸ったり、一目見ただけで人間を死に至らしめるといわれる美女の妖怪です。
きょう8月1日より『カクヨム』様でも、ゴクハナの連載を開始します!
お話の内容は『小説家になろう』様にて連載しているものと同じで、まずは1~27話を毎日21時に投稿する予定です。




