【69話】星屑の男たち 2
「よう、慎吾じゃねえか」
見ると、190センチ近い美豆良ヘアーの大男がこちらにやってきていた。
彼の名は蝦蟇七。
ヒキガエルの神、多邇具々の末裔である。
「あ、蝦蟇七先生」
慎吾と万福は、あわててベンチから立ちあがった。
蝦蟇七は怪異を診察する医者だが、検死のために事件現場に出張ることも多く、慎吾たちとも面識がある。
「あいかわらず、サボりか?」
「いや、その――」
「安心しろ。おまえらがサボろうが、まじめに仕事しようが、医者のおれには関係ねえ」
「はぁ……」
「だが、ひとつだけ言いたいことがある」
蝦蟇七はソーセージみたいに大きな指でふたりの肩をたたくと、
「ありがとな」
「?」
なぜ礼を言われたのか、わからなかった。
「おまえら、以前に霞田幸恵って婆さんを助けたことあるだろ? その礼だ」
慎吾と万福は顔を見あわせた。
霞田幸恵はふたりが6月19日――しかも流兵衛と極導たちが戦っていた時刻――に助けた老婆である。
「婆さんがたおれた原因は心臓発作だ。もし、おまえらが救急車を呼ばなかったら、まちがいなく、いまごろは天国だっただろうな」
そして蝦蟇七は、
「悲しみは人を痩せさせる。梨子ちゃんが108キロの体重をキープできてるのは、おまえらのおかげだ。ありがとな」
「梨子ちゃん?」
「〈福呼華〉の看板メイドだよ。本名は霞田梨子。霞田幸恵の孫娘だ」
〈福呼華〉とは蝦蟇七が通っている、ぽっちゃりメイドカフェである。
「梨子ちゃんは婆さん想いのやさしい娘でな。おれがおまえらの知り合いだって話したら、礼を言うように頼まれたんだ」
「じゃあ、さっきの、ありがとなっていうのは――」
「ああ。おれと梨子ちゃんからの礼だ」
蝦蟇七が自分のスマホをふたりに見せた。
画面に映っていたのは、それはそれは立派な体型のメイド。おそらく彼女が梨子ちゃんなのだろう。
「そういや、きのう〈きょらく〉で、御手洗の若いのと会ったぜ」
「若さまと?」
「ああ。あいつも、おまえらのことを褒めてたよ」
ふたたび、慎吾と万福は顔を見合わせた。
「先生、それ、何かのまちがいじゃないですか?」
「そうですよ。旦那もあっしも呆れられることはあっても、褒められる覚えはありませんぜ」
至極まじめな顔で、万福が言った。
「それがあるんだよなぁ~」
蝦蟇七が大きな口の角をあげた。
「慎吾、おまえ、このまえ、松下通りで、酔っ払いのオヤジに絡まれてるギャルを助けたそうじゃねえか」
「え、あ……」
本当のことである。
「それと万福。おまえ、アニマルジェラートを落とした女の子に、自分の分をあげたらしいな」
「あ、はい」
「しかも一口も食ってない新品のやつを」
「へえ。落とした子がかわいそうだったんで、つい」
「それだけじゃねえ。ふたりともよく巡回の最中に、ひとり暮らしのジジババの家に寄って、話し相手になったり、スマホの使い方を教えてやったりしてるそうじゃないか」
「どうして、それを――」
「若いのから聞いたんだよ。このところ、あいつ、いろんな魔廻りと手先の情報をあつめてるからな」
「どうして?」
「いずれ自分が、この町の親分になるからさ。人を総べるには人を知らないといけない。若いのは、そのことをちゃんと知ってるんだよ」
慎吾も万福も言葉が出なかった。
一等星は輝きだけでなく、責任感もすごい。
「さすがに密偵みたいなのは使ってないが、時間があるときは自分から先輩の魔廻りに話を聞きにいって、いろんなやつのことを教えてもらってるらしいぜ」
「そうですか。若さまは、もう自分が親分になったときのことを考えてるんですね」
「ああ。ま、太った女の良さがわからないようじゃ、まだまだオタマジャクシだがな」
蝦蟇七がおかしそうに笑った。
「若いの、甘酒を飲みながら言ってたぜ。魔廻りは怪異の犯罪を取り締まるだけじゃなく、人々の日常と笑顔も守らなくちゃいけない。慎吾さんは人の心に寄り添うことで、みんなの日常と笑顔を守っている、立派な魔廻りだって」
「…………」
「あれで、もうちょっとまじめに巡回をしてくれたら、とも言ってたっけな」
わざとらしく、蝦蟇七がふたりの顔をうかがった。
「おっと、もうこんな時間だ。それじゃあな、おふたりさん」
ふたりに手を振ると、蝦蟇七はゲコゲコとカエルサンダルを鳴らして、闇のなかに消えていった。
「万福」
「へえ」
「きょうは、もうちょっとだけ巡回をがんばってみるか」
「そうですね」
「たとえ星屑でも……おれだって魔廻りだもんな」
「あっしは、その手先です」
その言葉を擦りこませるように、万福が大きな腹をさすった。
「行くか」
「はい」
星屑の男たちが夜の闇に歩を進める。
ゆっくり、ゆっくり。
それでも、たしかに、しっかり前へ――。
(星屑の男たち・完)
これからもゴクハナの新作エピソードは投稿していく予定です。
今回登場した浅井慎吾は「きっと、だれの心にもある、がんばるのがつらい気持ち」の擬人化ともいえるキャラクターです。
『星屑の男たち』は、偉くも強くもないダメダメなおじさんたちが、ほんのちょっとだけ前を向く姿を書きたいと思って執筆したお話。
そのため、アクションは皆無なので、次回は戦闘シーンのあるお話を投稿したいと思います。
※ニッポン勝利、おめでとう!




