【68話】星屑の男たち 1
11月13日。午後8時35分。
指詰大橋の中ほどに備えられたベンチに、ふたりの男が座っていた。
ひとりは悲しいほど生え際が後退した35歳の中年男性。
名を浅井慎吾といい、ここらの巡回を担当している魔廻りである。
もうひとりは40歳ぐらいのでっぷりと太ったおじさんで、名前は万福。慎吾の手先怪異である。
ふたりがしているのは時間潰し。
巡回の合間の休憩ではなく、肉まんを食べながら、仕事をサボっているのだ。
「あっ」
とつぜん、万福がすっとんきょうな声をあげた。
「見てください、旦那。旦那の肉まん、当たりですよ」
万福が慎吾の食べている肉まんを指さした。
「ほら、ブータマンが親指をあげてる」
肉まんのグラシン紙(敷き紙)には、サムズアップした豚のヒーローが印刷されていた。
「通常のはピースサインをしてるんですが、たまに親指をあげてるレアバージョンがあるんです。それがこれですよ」
たしかに万福のほうにはサムズアップではなく、ピースサインをしたブータマンが印刷されている。
「本当だ。たしかにちがうな」
「でしょ」
「当たりってことは、店に持っていったら、もう1個もらえるのか?」
「いんや。もらえません」
「もらえねぇのかよ」
「ええ。けど、こいつが珍しいのはたしかです。あっしがもらってもいいですか?」
「ああ。こんなもん、いくらでもくれてやる」
「ありがとうございやす」
万福はフニャフニャになった紙をズボンのポケットに詰めこんだ。
万福の正体は、はらだしという妖怪。
名前のとおり、大きなおなかが特徴で、彼の腹には福を生む力があると言われている。
ただし、福といっても、宝くじに当たるようなものではない。
いまみたいにビミョーな価値の珍品が当たる程度の福で、家を繁栄させる座敷童のそれとはレベルがちがうのだ。
* * * * *
慎吾と万福が霊盃をかわしたのは3年前。
それまで手先を務めていた豆腐小僧の角介が、
「豆腐の魅力を世界中につたえるために旅に出ます」
と言って聞かないので、契約を解除。
あらたに万福と霊盃をかわしたのである。
霊盃は霊力の近い者としか、かわすことができない。
そして悲しきかな、慎吾の霊力は魔廻りのなかでも下の下。
それが原因で、同僚にバカにされたことは何度もある。
そのたびに慎吾は、
「だれにも負けない強い魔廻りになってやる」
と、くやしさをバネに武芸の稽古にはげんだ――ことは一度もない。
なぜなら、慎吾は努力というものが嫌いだからだ。
幼少期のトラウマとか、家庭環境の問題とかではない。
生まれつき、慎吾は「がんばる」ことが苦手な質なのだ。
「努力も挑戦もしたくない。ラクなことだけを、ず~っと、ゆる~くやっていたい」
これが慎吾の生涯を通しての願いである。
こんなのだから、万福のほうも、
「そうそう。努力はできるやつだけがやればいいんです。あっしらは人生も仕事もラクにいきましょう」
相棒同様、仕事への熱意は微量で、きょうも20分だけ夜の町を巡回したのち、こうして橋の上で時間を潰しているのだ。
* * * * *
「そういえば」
不意に万福がつぶやいた。
「御手洗の若さまと流兵衛が殺り合ったのは、ここらあたりなんですよね」
5か月ほど前、まだ魔廻りになったばかりの極導は手組の花子とともに、この近くで水虎となった流兵衛と戦ったことがある。
なお、慎吾の名誉のために記しておくが、そのとき、彼は巡回をサボってはいなかった。
いや、サボろうとして、霞田幸恵という顔見知りの老婆の家にあがりこんだのだが、その際、たおれている彼女を家のなかで見つけ、万福とともに介抱していたのだ。
現場付近にいながら、ふたりが極導たちの援護に行けなかったのは、そのためである。
話を慎吾と万福の会話にもどそう。
「すごいですよね。まだ16なのに下手人と殺り合うなんて」
「そりゃ、総導親分の孫だからな。おれらとは出来がちがうんだよ」
実際、慎吾と極導は何もかもがちがう。
あっちは江戸時代からつづく老舗の和菓子屋の次期当主で、霊力も高く、おまけに相棒は若いギャルの幽霊。
それに比べて、こっちは小さな雑貨店の次男で、霊力も低く、相棒は腹の出た古いおじさん。
みじめさに鼻の奥が痛んだ。
「すべてがちがうんだ。若さまが強く輝く一等星なら、おれは弱い光しか出せない、落ちこぼれの星屑だよ」
なみだをこぼさないように星空を見あげると、そんな言葉が口をついて出た。
「星屑でいいじゃないですか」
万福が言った。
「一等星は、ずっと光ってなきゃいけないし、みんなに見られるから、仕事をサボることもできません」
「たしかにそうだな」
「そのぶん、弱い光なら、消えてもだれも気づかないから、堂々と仕事をサボることができる。なら、あっしは迷わず星屑のほうを選びますよ」
「…………」
「あと下手人と戦うのもイヤですし」
万福に戦闘経験はない。
大勢の魔廻りが負傷した栄牙組との闘争も、前日に食べた鳥刺しにあたり、慎吾ともども高熱で寝込んでいたのだ。
「映画の台詞じゃないけど、大いなる力には大いなる責任がともなうもんです。重すぎる責任とか、逃れられない宿命とか、あっしはそんなのごめんですよ」
「おれもだ」
そのとき、
「よう。慎吾じゃねえか」
闇のなかから声がした。
(つづく)
『星屑の男たち 2』は明日の19時に投稿します。
はらだしは巨大な頭に手足がついた妖怪で、悲しんだり困っている人をなぐさめてくれる善良な妖怪です。(人間のすがたで、お腹に顔があるタイプもいるそうです。)
悩みを持った人が、はらだしにお酒を振る舞うと、人の悩みを打ち消す力のある腹踊りを披露してくれるそうです。
このほかにも、はらだしの踊りを見ると、見た人に良いことが起きるとも言われています。
その「良いこと」ですが、本作のようなビミョーな福ではなく、人が笑顔になれるような、すばらしいことだと思います。多分……。




