【54話】想う力 2 ~月よりの使兎~
黒峰が望月姉妹に会ったのは2日前のこと。
その夜、黒峰はくらりとともに追株町五丁目にある〈うさちゅう〉へ向かっていた。
〈うさちゅう〉は、かつて魔廻りだった宇佐美忠吉という老人が経営している喫茶店。
うさぎパフェと満月オムライスが有名で、閉店後は魔廻りの集会所としても利用されている。
店に入ると、すでに先客がいた。
先客は6人。
極導、花子、それに金吾町の魔廻りである凍連冬輝と、その手先の煌白。そして同じ顔をしたふたりの少女である。
「黒峰よ、こやつらが以前に話した双子の魔廻りだ」
くらりが双子の向かいの席に座ると、
「姉の望月ミユキよ。よろしく」
「妹の望月ミサキなのです。以後お見知りおきをなのです」
双子が黒峰にあいさつした。
どちらも見た目は11歳ほどの少女だが、くらりによると、
「ふたりとも、つい先日22歳になったそうだ」
とのこと。
もっとも怪異なのだから、外見と年齢に大きな差があっても、さほど不思議ではない。
くらりだって見た目は二十歳前後だが、年齢は黒峰と同じ60なのだ。
双子だけあって、ミユキとミサキの顔は半分に切ったようかんみたいに同じ。
なのに着ている服は、芋ようかんと栗ようかんぐらいの別物。
姉のミユキが着ているのは不思議の国のアリスを思わせる水色のワンピースとフリルのついた白エプロン。
妹のミサキは正月の神社でよく見る白衣と緋袴の巫女装束である。
「こやつらは玉兎というウサギの妖怪でな。べつの世界からやってきたのだ」
「べつの世界? あの世ということですか?」
「ちがう。正真正銘、べつの世界だ」
「はぁ……」
「しかも生まれは月だそうだ」
尺取虫ほどにまゆをひそめる黒峰に、
「お奉行の言ってることは本当よ」
「ミサたちはある怪異を追って、この世界にやってきたのです」
この世界へ来た理由を語りはじめた。
* * * * *
彼女たちによれば――。
「世界はひとつじゃない。いくつもの世界が次元の壁に仕切られるかたちで存在しているのよ」
「ミサたちは、それを並行世界と呼んでいるのです」
説明されても、黒峰にはさっぱりである。
「わたしたちはデアっていうパソコンババアを追って、この世界にやってきたの」
パソコンババアは電子機器の内部に存在する、機胃という異空間に住む妖怪。
黒峰たちの世界には存在しない怪異らしい。
「デアはね、自分のことを本気で機械神と思いこんでる、ぶっとびデンジャラスオババなのよ」
「パソコンババアは画像データやメールの添付ファイルに憑りつくことで、あらゆるパソコンに侵入し、画面のなかに人間を引きずりこむことができるのです」
その能力を駆使し、デアはみずからの帝国をつくるために人間の生命データで兵士となる電子怪異を生成。
ひそかに現実世界を侵略するための準備をしていたのだ。
「でも、あるとき、デアは侵入したパソコンのセキュリティソフトによってデリート(消去)されてしまったの」
ミユキが言った。
「けど、デアは完全にデリートされたわけじゃなかった。あいつはたましいだけの存在となって、別世界に逃げこんだのよ」
「そんなことができるのですか?」
黒峰が訊いた。だれに対しても同じ口調で接するのが黒峰という男なのだ。
「ふつうなら無理ね」
「では、どうやって――」
「さっきも言ったとおり、並行世界は次元の壁によって仕切られているの。けど地震や大雨なんかで自然のバランスが崩れたとき、ごくまれに次元の壁に穴が開くことがあるのよ」
そこで妹のミサキが、
「デアがデリートされかけた日、こっちの世界では大雨が降っていたのです」
10日ほど前だったか、たしかに大雨の日があった。
「しかしパソコンのなかにいるデアが、どうやって次元の穴を通ってきたのです?」
黒峰がミサキに訊いた。
「次元の穴は現実世界にだけ開くわけじゃないのです。あの世にも開けば、機胃に開くこともあるのです」
「それではデアは機胃に開いた穴を通って、我々の世界に?」
「うゆ。デアが通ってきた次元の穴は、この町に住む羽瀬川信男という高校生のパソコンにつながっていたのです。そして、それが事件のはじまりだったのです」
そこでミサキは、暗い表情の極導を一瞥した。
「黒峰さん、3日前に追株高校の生徒が意識不明で病院に運ばれたことはご存知ですか?」
「ええ」
「彼らに意識がないのは、デアにたましいを奪われたからなのです」
黒峰は絶句した。たましいの強奪は重罪である。
「病院に運ばれたのは3人。全員が追株高校のマンガ投稿部員で、そのうちのひとりは――」
「おれのともだちです」
極導がつらそうに声を発した。
「玉兎のミミには霊力を感知する力があるのです」
ミサキが頭に生えたウサミミを揺らす。
「住む世界がちがえば、霊力の波長もちがう。ミサたちはこちらの世界にはない波長をさがすことで、デアが羽瀬川家にいることを突きとめたのです」
「パソコンババアは人間の肉体を霊子っていう霊力の粒子に変えて、機胃に引きずりこんでいるの。けど、霊力の大半をうしなったいまのデアじゃ、人間の肉体を霊子に変えることはできなかった。だから、たましいだけを霊子に変えて奪ったのよ」
「なるほど」
かなり難解で規模の大きな話だが、下手人の居場所はわかった。
だが居場所がわかったところで、パソコンのなかにいるデアをどうやって捕縛すればいいのだろう?
黒峰には、それがわからなかった。
(つづく)
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パソコンババアは学校のパソコンに出現するとされる妖怪です。
パソコン室で夜中にひとつだけ電源が入っているパソコンの画面を覗くとあらわれ、見ていた人間をパソコンのなかに引きずりこむと言われています。
これ以外にも「パソコン室で、ずっとゲームをしていると出現する」や「4時44分にパソコンを起動させると出現する」など、いくつかの出現方法があるようです。
この妖怪は2022年にとあるバラエティ番組で紹介されたことで知名度があがり、いまや令和の人気怪異のひとりとなっています。
5月17日にゴクハナの累計PVが3000を達成しました。
読者の皆さま、本当にありがとうございます!
『想う力』は、まだはじまったばかり。極導たちの活躍をたのしむとともに、今後とも犬山作品およびゴクハナの応援をよろしくお願いいたします。




