七
「ふぅ……」
拳を握りしめ、火照った体から熱を輩出するように息を吐く。
目の前には血を吐き地に沈む六本脚の羊に似た化物。もう動くことは無い。
決して快勝とは言えない戦いであったが、今回も勝利を収めることが出来た。それと同時に経験値が溜まり、レベルアップのテキストと同時に現れるメニュー画面。
当然のようにステータスポイントを“力”と“素早さ”に振り込み、スキルポイントを《拳》と《気合》に振り込む。ちょうど《拳》のスキルが一段階強化されたようで、拳の速さや体捌きの技術が上がったようだ。
相も変わらずこのシステムはよく理解できないが、こう言うのは考えれば考えるほど深みにはまっていくのは目に見えているので考えないようにしている。脳筋ってサイコー。
今日の夕食を確保したところで羊を引き摺って帰路に着く。
その道中で見慣れた人影を見かける。俺よりも頭三つ分くらい小さい子供のような人影。
小麦色の肌にぼろで出来た腰蓑を纏っただけの姿。頭にはコブのような小さな角を生やし、頭髪は見受けられないその姿はどこか現実離れを思わせる様だった。
その正体はこの森に住まう原住民だ。民族名は“ゴブリン”というらしく、片言だが言葉を話すことが出来る。
更に彼らは名を持たないものが多く、ゴブリンという民族名がそのまま彼らを指すようだ。
「オウ、オウ、トウトキオカタ、オモチシマス」
「お、ありがとうございます」
「モッタイ、ナキオ、オ、オコトバ」
先日、森の中を探検していたところ、文化があるような集落を見付けたところから始まる。
その時は発狂したかのように踊り狂い、そのまま嬉しさあまり集落に突っ込んだところ彼らがいたのだ。
しかし、彼らゴブリンたちは他部族に虐げられていたようで、怪我をしていたものが多かった。そして彼らの話を聞いているうちに他部族の者たちがやってきてしまった。
その他部族はゴブリンよりも体格に優れており、筋力も格段に強い戦闘民族という印象を受けた。けれども知力はゴブリンよりも劣るらしい。
そんな他部族たちの中から……おそらく族長と思しき者が前に出てきたことを覚えている。
その族長は言葉を話せるらしく、自らを“オークの王”ウルク=ハイと名乗ってきたので俺も自己紹介をしたんだ。
言葉を話せると言うことは交渉が出来ると言うこと。ならばとゴブリンたちのことについて話を聞いてみることにした。
久しぶりに人と会えた嬉しさだろうか。そんな正義感ぶった行動をウルク=ハイとその民“オーク”たちは大笑いして、こちらに向けて襲い掛かって来たのだ。
今だから言える。アレは正当防衛なんだ、仕方のないことだったんだ。骨髄反射だったんだよ。
もはやフンコロガシもどきの頭を容易く砕くことの出来る俺の拳は、吸い込まれるようにウルク=ハイの眉間にクリーンヒット。そのまま流れるように吹っ飛ぶウルク=ハイ。
それでも立ち上がるようだったので、半ば混乱していた俺は《気合》スキルを発動して再び殴ったところ、泣いて降伏してきたのだ。
コレはしめたと思い、もうゴブリンたちには手だししないことと、集落には近づかないと言う約束を結んで今に至る。
それからというのもゴブリンたちは俺のことを歓迎してくれているので、俺もそれに甘えている状況だ。
集落解放の宴会の時に錫杖やら額冠ももらったが、お礼と言うことなので素直に頂いておこう。
なにかと一番高い席に座らせようとして来たり、跪いて来たりして少し面食らっているが。
彼らなりの感謝の表れなのだろうか。俺は民俗学者じゃないのでそこまでは分からない。
「オウ、オウ、ランス、ガ、ヨンデオリマス」
「そうでしたか。直ぐに向かいます」
集落に向かって再び歩き出したところでゴブリンが言う。
ランスとはゴブリンたちのまとめ役の一人で、数少ない名前を持つゴブリンである。
ゴブリンの中でもまとめ役……日本で言えば議員たちのことを“ホフゴブリン”と呼ぶらしく、ゴブリンよりもさらに知力が高い者たちだ。
集落の場所はそこまで遠いわけではない。やがて集落が見え始めると集落の入口にホフゴブリンの一人が立っているのが見えた。彼こそがランスさんだ。
お世話になっている人たちを待たせることは出来ないと思い、小走りで近づくと何故か慌てた様子でランスが駆け寄ってくる。そこまでして伝えたいことなのだろうか。
「お、おやめ下さい! 他の者に示しがつきません!」
「え? あ、すいません、ランスさん」
「あ、謝るなどと……! 申し訳ありません! 出過ぎた真似を致しました!」
「え、ちょ、止めてください! ほら、他の人も見てますから!」
どうやら走ったことを咎められたようで、なんで怒られているのか分からないがとりあえず謝るの精神。社畜魂の産物である。
そうなると理解できないのが次の行動。こちらが謝ると何故だかランスさんが土下座をする勢いで平伏したのだ。
すると集落にいたゴブリンたちもこちらを何事か観る始末。もし俺がこんなことをさせていると勘違いされたら堪ったものではないので立ち上がらせる。
その時のランスさんの表情が何とも言えない感情が混ざったような表情だったのを、俺は忘れることは無いだろう。
とりあえず立ち上がらせて事なきを得る。この部族は一々大げさなのだ。
一度ランスさんが咳払いをする。そう言えば何か話があるとか。
「お話がございます。実はこの大森林に人間の一団が入ったようです」
ランスさんの『人間』という言い方に疑問を覚えるが、そこは無視をして話を促す。
また平伏されたら堪ったものではない。
「程無くして“森の番人”に壊滅させられたようですが、この近辺までに残党が迫っているそうです」
「“森の番人”って……あの森をグルグルと巡回しているクロヒョウみたいな?」
「クロヒョウとは存じませんが、おそらくご想像通りかと」
「で、その生き残りが近くまで来ているんですか」
俺がここに来てから一番初めに襲い掛かって来たクロヒョウみたいな化物は“森の番人”というらしい。
言われてみればそうかもしれない。森を巡回するように回っているし、外に出ようとしたら襲い掛かってくるし。
でも番人と言っても無差別に襲い掛かっているだけなのでは?
とても番人とは言えない。
そんな風に考え込んでいると、神妙な顔つきになったランスがこっそりと耳打ちしてくる。
とは言っても俺よりは小さいので俺がかがむ感じになってしまうが。
「いと尊き御方よ。消しますか?」
「え!? いや、いやいや! 何を言っているんですか! 助けましょうよ」
衝撃的なことを言われた俺は思わず反射で異を唱える。
しかし、その返事は間違ってはいないはずだ。敗走して逃げているのなら怪我をしているかもしれない。
もしこのまま放置して死なれたら後味が悪い。それに、助けるのに理由がいるのだろうか。
だが、その返事に少しだけ顔を顰めるランス。その、少しだけ人間離れした顔に、少しだけ驚いてしまった。
そして苦々しく口を開く。
「御言葉ですが我が王よ、その判断は些か軽率かと」
「また、どうしてですか」
「その者が良識を持っているとは限らないからです。この森は少し複雑で、外からは簡単には入ることは出来ないのです。そして、ここに来るものは腹に一物を抱えているものが多い」
「……そうか、この集落のため、か」
「ご理解いただけたようで何よりです」
ランスさんの説明に思わず納得してしまう。
助けるのは簡単だが、助けた相手がもし悪者であったなら面倒だということ。
ましてやランスさんの言うことが本当ならば、あまり関わらないのが得策と言えよう。
更にこの集落はようやく他部族から解放されたばかりなのだ。あまり火種は持ち込みたくないと言うのは尤もなことであろう。
けれども、けれどもだ。ならばなぜランスさんはそのことを俺に伝えたのだろうか。
ランスさんの中で答えが出ているのならば、ホフゴブリンの総意とも言えよう。
何故ならば彼はこの集落ではかなりの権力者である議員なのだ。そんな者が独断でことを決めれば、他の議員から反発に合うのが目に見えている。
ということならホフゴブリンたちで話し合った結果、俺のところに来たというところだろう。
ホフゴブリンの総意は集落の総意。なら何でランスさんは俺にそのことを伝えた?
考えろ、考えるんだ俺。俺ならば分かるはずだ。エリートと呼ばれた俺ならば!
ちなみに、何でゴブリンたちが日本語を話しているのかは分からなかったが。だって全く意味が分からないのだもの。
それはともかく、これくらいなら分かるはずだ。
ゴブリンたちはその人を殺す……というよりは集落に問題を持ち込みたくない。
ならばその人が“問題”でなければ良いということ。集落に利益をもたらす人であれば良いということ?
もしくは俺に言うことで何か違う答えが返ってくることを期待している?
「期待? 俺に?」
ボソリと呟いた言葉はランスさんには届かなかったようだが、俺の鈍りきった灰色の脳細胞に刺激を与える。
久しくここまで真面目に考えたことは無かった。やはり頭は使い続けなければダメと言うことか。
期待、期待、何を?
ゴブリンたちは俺に何を期待しているんだ?
俺がその人を助けることを期待しているのか?
でもゴブリンたちは助けることを良しとしていない。なら、それで答えは出ているじゃないか。
だがそれでは筋が通っていない。物語の芯が無いのだ。じゃあ、物語の芯とは?
大抵の物語って言うのは――
「――そうか、分かった。分かったぞ」
繰り返された言葉に俺は頷く。
ゴブリンたちは俺に期待していたのだ。その人を助けることに。
今までゴブリンたちが助けられることなんて無かったはずだ。それもそのはず、それがこの森でのルールだったから。
この森では弱肉強食が全てだ。だから弱いゴブリンたちは強いオークたちに虐げられていたんだ。
弱いものが強い者に喰われるのは当たり前。だから誰もゴブリンたちを助けようとしないし、見向きもしなかった。
そんなことをして意味が無い。下手に小突いてオークたちから手痛いしっぺ返しを食らうかも知れないから。
けれど、そこへ俺が来た。
俺が来てオークたちを倒し、ゴブリンたちを解放したのだ。
弱肉強食がルールのこの森ではありえないこと。弱いゴブリンたちではありえないこと。
しかし、そこでありえてしまったのだ。そうだとしたら頷ける。
ゴブリンたちはあくまで弱肉強食の観点でしか物事を見れない。それが全てだったから。
逃げている人にゴブリンたちが包囲して襲い掛かったら、おそらくいとも簡単に殺せるだろう。逃げている人の方が弱くて、ゴブリンたちの方が強いから。
だが、そんなルールに縛られない俺がいるのだとしたら。
ゴブリンたちをオークから解放したみたいに、その人も助けられるのならば。
もしかしたら俺ならば……と。
「……助けましょう。案内してください」
「理由をお聞きしても?」
「ゴブリンを、人を助けるのに理由なんているんですか?」
そう言うとランスさんはそれまでのしかめっ面から一変。
「流石はいと尊き御方。それでこそ我らが王。直ぐに支度しましょう」
満面の笑みで頷いたのであった。




