五
ここに来てからどれくらい経っただろうか。
このジャングルから脱出しようと試みてからかなりの日数が経っているはずだ。
しかし、未だに俺はジャングルから出ることが出来ないでいる。その理由は一つしかないが、この一つの理由がとんでもなく高い壁としてそびえ立っているのだ。
それは……最初に俺を襲ったバカでかい黒豹のような獣である。
俺は脱出をするために太陽が上がる東の方へ進んでいたのだが、その先にその化物の縄張りがあるのだ。
俺は何とかしてその化物に出会わないように進路を変えたりなんだりして模索していたのだが、どうやらその化物の縄張りはぐるっと円を描くように存在しているらしい。
ならばとその化物が縄張りを歩く周期を計算して、化物が一番遠い場所を歩いている時に縄張りを越えようとしているのだが……いつだって俺の目の前に現れるのだ。
そこで俺は自分の愚かさに気が付いた。この黒豹は複数体存在しているのだ。そして複数の黒豹が同じ縄張りを巡回している……そうとしか思えない。
そうでなかったらどうだと言うのか。瞬間移動でもしていると言うのか、馬鹿馬鹿しい。
だったら、俺に残された選択肢は二つある。
一つはこのジャングルで余生を送る。ふざけるな、糞喰らえ。
もう一つはあの黒豹を倒す。無理だ、少なくとも今のままでは。
そう、今の強さのままでは、だ。
それならば俺がやることは一つしかないだろう。
「《五連突き》!!!」
俺の目の前にはフンコロガシのような甲虫。しかし、大きさがそれの比ではない。
一メートルは余裕で越える大きさの化物と言って差し支えないフンコロガシである。更に言ってしまえばフンコロガシと言っても現実のフンコロガシのように動物の糞を転がしてはいない。つまりフンコロガシもどきである。
その化物に向かって俺は覚えたてのスキルを放ったのだが……当のフンコロガシもどきには傷一つ付いていない。
それどころか顎をガチガチと鳴らして、まるで威嚇しているかのような体勢へと変えている。これは完全に敵と認識されたようだ。
ということで踵を返して逃げるのみ。
これは負けではない、戦略的撤退である。
このフンコロガシもどきは足が速くないので簡単に逃げる……撤退することが出来るので焦る必要はない。
ちなみに今俺が励んでいることはレベルアップである。
これまで虫を倒すごとに少しだけレベルアップを繰り返していた俺は少しだけ強くなっていたのだ。
それはステータスに比例しているのは考えるまでも無く、力や守を上げれば上げるほど強くなる。だとしたらいつかはあの化物にだって勝てるはずなのだ。
それと並行してやっているのはスキルを取得することだ。
レベルアップをするとステータスポイントと一緒にスキルポイントも手に入るため、どうせならば強いスキルも覚えておくのが流れである。
しかし、どういうわけか覚えるスキルがどれもパッとしないのだ。それなりに使えるスキルはあるものの、どの敵に対しても有効打にはなりえない。
覚えたスキルに再びスキルポイントを振って強化しても良いのだが、強化に必要なスキルポイントが多過ぎるのだ。それならば新しいスキルを覚えた方がまだ選択肢は増える。
それからというのも――――
「《ランドインパクト》!!!」
地面を揺らすスキルを取得して試してみても、関係なしとばかりに猛進してくる巨大カメレオンに―――
「《フレイムスマイト》!!!」
拳に炎を纏って殴るスキルを取得して試してみても、どこ吹く風で食事を続ける巨大カメに―――
「《タコ殴り》!!!」
無造作に拳を繰り出すスキルを取得して試してみても、すべて受け止めて笑っている四本腕のゴリラに―――
それはそれは熾烈を極めた。
そうして俺は一つの答えにたどり着いたのである。そう、攻撃系のスキルなんて取得するだけ無駄だと。
何度も試されたスキル発表会の末、結果わかったのはどれも無駄だったということだけ。
そもそも力が弱いのか敵にはダメージを与えられないし、スキルにどうも力が乗っているような感じがしないのだ。
それに比べてこちらの貧弱さ。こちらの攻撃は効かないのに、相手の攻撃はこちらにとってはどれも致命的だ。
それもそうだ、ウサギさんに攻撃されて満身創痍になっているのだ。それ以上に大きい化け物たちの攻撃を受けてしまえば終わりなのである。
唯一の救いは素早さを上げることによって攻撃を当ててから逃げる……当て逃げが出来ることだ。これによってなんとか生きながらえている。
よって、よってだ。
一番重要なのは何か、俺の中で結論が出た。
弱肉強食。力こそが全てだと。
敵にダメージを与えられないのならば、さらに力を上げればいい。
敵の攻撃が全て致命傷ならば、守を上げても意味が無い。
敵の攻撃を避けたいなら、素早さを上げればいい。
俺はメニュー画面を開き、持てるステータスポイントの全てを力に注ぐ。
そしてスキル画面を開き、持てるスキルポイントの全てを最初期に取得した《拳》と《気合》に注ぐ。
《拳》はその名の通り素手で戦う時に必要な技術と威力を向上してくれるスキルで、強化ポイントも少なくて済むので一生お世話になることだろう。
《気合》は次の攻撃の威力を増すことが出来るスキルで、強化すればするほど使用回数が上がるのだ。そして、重ね掛けできるのが一番の魅力だろう。
震える手でメニュー画面を操作し終え、閉じる。
目に見えて変わったところは無い。強いて変わったと言えば、このサバイバル生活で屈強になった体と、ボロボロになってもはや原形をとどめていないスーツだ。
もう髭だってずっと剃っていない。髪の毛だってそうだ。
そして、向こう側からゆっくりとやってくる巨大フンコロガシもどき。
基本的にこちらから攻撃しない限りは敵対しないフンコロガシもどきだが、今回ばかりはリベンジマッチといかせてもらう。
以前の俺はコイツに歯が立たなかったが、今回こそは違うと思いたい。
あれから結構レベルも上がり、力も強くなった。
ゆっくりと歩いてくるフンコロガシもどきに拳を構える。中段に拳を置き、ゆっくりと息を整える。
スキル《気合》の使用回数は三回。計算にして約三倍。
「《気合》」
己の内から湧き上がる様な高揚感に包まれる。
「《気合》」
不思議と心が静まっていく。
「《気合》」
自然に口角が上がっていくのを感じる。
「……でりゃああああああ!!!」
左足を前へ、右手での正拳逆突き。
その一撃は吸い込まれる様にフンコロガシもどきの頭部へと向かい―
「……」
―甲殻にヒビが入った。
「……よっしゃぁあああああああああああ!!!」
ようやく、ようやくだ。ようやくダメージを与えることが出来たのだ。
湧き上がる感情をそのままに飛び上がって喜ぶ俺。大歓喜。
それもそうだろう。今まで倒して来た敵は手のひら大の虫と、好敵手のウサギさんだけだったのだから。
もはや作業と化した虫団子を作らなくてもいいのだ。常に怯えながらジャングルを進まなくともいいのだ。
ついに戦えるんだ!
当の頭部にヒビが入ったフンコロガシもどきは一瞬だけよろめき、それから顎をガチガチと鳴らして威嚇している。まるでそんな攻撃は効いていないと言わんばかりに。
その威嚇音に我を取り戻した俺は急いで踵を返して全力で逃げる。
その逃げる時の足取りが軽やかだったのは、決して気のせいではなかっただろう。




