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 くそったれ自称女神に変な場所に送り込まれてから一週間が経った。

 最初はどうなるかと思ったが日本での知識が意外にも役に立ち、なんとかそれを頼りに糊口をしのいでいた。

 昔見たテレビの見様見真似で火を熾せたときは踊り狂ったものだ。その火が原因で山火事になりかけたことは記憶に新しい。

 幸運にも川も見つけることができ、煮沸すれば飲めるので問題は無い。慣れない土地の水で腹を下したが。

 食べられる果物も多く、餓えることは無いのがせめてもの救いだ。食べれない果物を食べて腹を下したが。


 そうして心に余裕が出来たところで、あのメニュー画面で気が付いたことがある。

 それはステータス以外にもスキルと呼ばれるページがあったことだ。スキルとはいわゆる特殊能力の類であり、それを取得するとそのスキルに応じた身体能力や武術を身に着けることが出来るという夢のようなものだ。

 俺はそのページの項目の一番上にあった“拳”と書かれたスキルをとりあえず取得してみた。

 日本では空手を習っていたこともあって、一番慣れ親しんだものが良いだろうと取得してみたのだが、それがいけなかった。

 “拳”スキルを取得した瞬間にページ内に大量にあった項目が消えたのだ。残った項目もあったのだが、その大半が消えてしまったのだ。

 つまりは取得したスキルによって得ることが出来ないスキルがあるということ。最初から説明しろよ糞ババア。

 しかし過ぎたことにいつまでも悩んでいても仕方がない。俺はエリートだ。エリートなんだ。

 だったら出来ないことを考えるのではなく、この状態で出来る最善の選択をするのが一番だ。


 そんなこんながあって一週間が過ぎるのなんてあっという間だった。

 そして今、俺は新たな問題に直面している。


 それは栄養面だった。

 いくら果物で腹を満たしているとは言っても偏れば病気の元。つまるところ動物を、ひいては蛋白質が欲しいのだ。

 ということで動物を捕らえようとしたのだが……無理だった。

 何故ならば――


「なんでウサギがあんなに強いんだよ……」


 ――負けたからです。

 その時の俺は幾ら腹が満たせても肉を食わないことによる一種の飢餓状態になっていた。

 そうして何度目かの拠点移動の際にウサギを見かけたのだ。真っ白な体毛に赤い瞳。なにより肉。肉なのだ。

 この時ばかりは可哀想だなんて感情はなく、ただそこに食料があるとしか思わなかったのだ。旅は人を逞しくさせる。


 そのウサギは規格外な大きさでも角が生えているわけでもない、俺も見たことがあるウサギに違いなかった。

 もちろん俺は狩ろうとした、素手で。抱え込んで絞めれば楽に倒せるとばかり思っていた。

 しかし現実は甘くなかった。奴は俺の組み付きを軽々と避けて、去り際に俺の腹へ重い一撃を食らわせたのだった。

 それから何度か挑んでみたものの全て返り討ちにされてしまった。

 向う脛を蹴られて悶絶し、こめかみに良いものをもらって昏倒したり、背中に体当たりされて吹っ飛ばされたり、等々。


 故に俺は、俺は、俺はっ!


 追い詰められたために一線を越すことに決めたのだ。


「……」


 目の前には俺の手から逃れようとウネウネともがく何かの芋虫。

 虫は見た目をクリアすれば優秀な食料となる、と聞いたことがある。大学でも教授がそんなことを力説していた記憶もある。

 ぶよぶよとした肉質の幼虫は成虫になるための栄養が豊富なのだそうだ。そう、この丸々と太った芋虫のように。


「……」


 芋虫と目が合ったような気がした。


「……」


 徐々に手から抜け出しつつある芋虫。


「……ぐすっ」


 あれ、おかしいな。涙が溢れてきたよ。

 僕、何か悲しいのかな。いったい何が悲しいんだろう。

 あぁ、そうか、わかったよ、僕。


 これが情けないってことなんだね。


「……」


 その日の夜、俺は腹を下した。




◆  ◆




 このジャングルでの生活にも少しだけ慣れてきた頃、俺はまた新たな発見をしていた。

 それは食用となる虫を潰していた時のことだった。何の前触れもなく突然メニュー画面が目の前で開いたのだ。

 そのメニュー画面には“レベルアップ”のテキストと、ステータスに割り振れるポイントとスキルに割り振れるポイントが追加された旨を知らせるテキストが表示されたのだ。

 それから何回かの実験で分かったことなのだが、どうやら虫を倒していると“経験値”なるものが蓄積され、一定以上貯まると“レベルアップ”するそうなのだ。

 どうやら“レベルアップ”による恩恵はステータスとスキルを強化できることらしいのだが、そうなれば“レベルアップ”すればするほど俺は強くなっていくということ。


 そうとなれば始まるのは虫狩りである。

 今や食料にする以上の虫を捕らえては潰して経験値の糧としている。

 もちろん俺はバカではない。潰した虫は水と粘着質の液体を出す植物と合わせて団子状にし、乾かすことによって保存食としている。

 それに割り振ったステータスのポイントはバランスよく、かつ無駄をなくしたものだ。

 その反面、スキルは取得する際に幾つかのポイントを必要とするため、あまり割り振ってはいない。メニュー画面に表示されている中で強そうなのを選ぶためだ。


 とりあえず今は“拳”と、お試しで取得した“気合”という次の攻撃の威力を高めてくれるスキルを持っている。

 また、スキルのポイントを取得しているスキルに更に割り振ることによって、その効果を高めることが出来るという。

 なんにせよ、選択の幅が広がるのは嬉しいものだ。


 そして今、俺は更なるステップへと踏み出そうとしている。

 そう、ウサギへのリベンジマッチである。今となってはウサギはもはや敬意を払うべき相手であり、ライバルとなっていた。

 俺はウサギのことを『ウサギさん』と呼ぶことで対等な立場として理解し、拳を交えるにふさわしい好敵手だと思っている。


 そして、その決着をつける時が来たのだ。

 今日、ここで全てが決まる。俺の明日が、命運が、誇りが、全てが、決まるのだ。

 迷うことは無い。その拳を突けばいいのだ。なにも、恐れることは無い。


「……待たせたな」


「……キュウ」


 目の前に立ちはだかる一匹のウサギさん。

 命懸けの戦い。それが今、火蓋を切って始まった。





◆ ◆ ◆




「ふぅーっ、美味しかったぁ」


 辺境都市エルム。通称平和都市。

 伯爵ベリルの依頼により境界面上の大森林と隣接しているエルムまでやってきたシュルは、その都市で人気の料理を平らげて御満悦の御様子。

 腕が上がるに連れて増える収入により、こうして外食が出来る機会が増えてきたことに彼女は少しだけ誇らしげだ。無名の時代ではその日暮らしの収入なことは当たり前であり、外食なんてもっての外だった。

 お金に余裕ができることは行動できる幅が広がると同義である。

 装備はより良いものに変わり、買えるマジックアイテムは高品質なものへとなる。そうなればモンスターとの戦闘で生存率は格段に上がり、移動手段でも徒歩ではなく馬車が使えるようになる。もっと稼げば自分の馬だって買うことが出来るのだ。

 けれども、シュルはまだその域までは程遠い。


「えっと……」


 腹ごしらえを終えたのなら次は情報収集だ。

 依頼をこなす上で一番大事なものは情報だとシュルは思っている。情報が多ければそれだけ選択の幅が広がり、危険な地での生存確率も比例する。

 今回調べるべきは境界面上の大森林のことである。シュルはこの大森林に着いて知っていることは少ない。


 そもそもこの大森林は人が入ることを想定していないのだ。それにはこの大森林を越えた先にある国の帝国が関与している。

 この国はあまり国力は強くはない。そして隣に位置している帝国は軍国主義の大国である。無論、戦争になれば負けるのは目に見えている。

 しかし、そのストッパーとなっているのがこの国と帝国の間にある大森林だ。

 大森林はこの国の領土であまり人の手が入っていない。そのためか大森林の中には凶悪なモンスターがうようよいるのだとか。それが本当ならばこの平和都市と謳われているエルムに魔物が侵攻してきてもおかしくはない。

 けれども、この平和都市エルムはかつて女神様がご降臨成された土地で聖なる結界が張っているために魔物は立ち入れないのだとか。

 迂回しようにも大森林は国境に沿って広がっているためにそう簡単にはいかない。


 つまるところ、帝国はこの平和都市に侵略するには危険なモンスターがいる大森林を越えなくてはならないので迂闊には手を出せず、その大森林からは危険なモンスターが出てこないので平和都市と言われているのだ。

 もし大森林を焼き尽くそうものなら帝国にも甚大な被害が出る。無理に手を突っ込んで火傷をするよりは、何もしない方が得するのだ。


 シュルはそこまでは知っているものの、この境界面上の大森林にどんなモンスターが生息しているのか、どんな地形なのか、どれぐらいの広さなのかは知らない。

 ましてや入ることは出来ても抜け出すことは出来ないかも知れないのだ。おいそれと足を踏み入れて良いところではない。


 目標は大森林内に暮らしているゴブリンたちの集落。そしてそこを治めているゴブリンキングだ。

 シュルはこの依頼も無事こなすと心に決め、情報収集へと出かけた。

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