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十三



「えぇ、大丈夫かと」


「え? 本当ですか?」


 場所は変わって会館内の一室。

 ホフゴブリンたちが何の会議をしていたのかは分からないが、俺に報告が来ないところを見ると俺に知られたくないことなのだろうか。そしてそれを権限で聞きだすのは何か違うので何も言わない俺。

 ここに来た理由はもちろん大森林からの外出申請である。表向きはリーチェさんを大森林の外へと送り出すことだが、俺だって大森林の外へ出てみたい。

 そこで側近のような役割を持っているランスさんの許可を求めてみたのだが、これが思いの他簡単に通ってむしろ困惑する俺。


「話に聞けばかつての王族は人間との交流をしていたようです。それに、我が王は人間でいらっしゃる。街へ行きたいと思うのは当たり前のことだと私は思います」


 とのこと。

 理解のあるランスさんの言葉に思わず涙ぐみそうになる。その厚意に甘えて街へ行くとしよう。

 となれば早速準備をして森の外へと行ってみよう。ここが世界のどこにあるのか分かるかも知れないし。

 自宅へと戻った俺は少ない荷物を纏め、リーチェさんの元へ行くのであった。


「――で、貴方は何を準備してきたのですか?」


 既に集落の入口で待っていたリーチェさんの開口一番はそんな言葉だった。

 心底呆れたと言わんばかりに冷たい視線は中々に心を抉ってくる。やはり大森林を抜けるにあたって軽装過ぎただろうか?

 見ればリーチェさんはここまで来るのに荷物のほとんどを落としたとはいえ、基本装備は大したものだった。

 着ているローブは分厚い布で出来ており、虫による攻撃や木の枝から肌を守るのに適している。履いているブーツもスパイク付きで頑丈な造りをしている。

 それに比べて俺は靴すら履いていない。無論、これに慣れてしまっているため今更必要ないのだ。今の足なら栗だって平気で踏み潰せる。

 俺にとっては理に適っているのだが、リーチェさんから見たらそうではないのかも知れない。弁解しておこう。


「言いたいことは分かるけど、これが俺にとって一番の装備なんだ」


「……街に着いたらせっかくですから街を案内してあげようと思っていましたが、どうやら知らない人のふりをしなければいけないようですね。いえ、もういっそのこと大森林を抜けたら他人になりましょう。えぇ、それが一番良いです」


「そんな殺生な」


 俺の弁解に辛辣な言葉が返ってくる。

 やはり街を歩いている人にとっては靴を履いていない人は奇怪に移るのだろう。

 ここは木の皮で編んだサンダルでも履いておいた方が良いのかも知れない。人の隣を歩くとはそういうものだ。


 ということで近くにあった大木の皮をべりっと剥がし、即興で木皮のサンダルを作る。

 我ながら良い出来だ。手先は器用な方だったが、ここでの生活でさらに磨きがかかったために売りに出しても恥ずかしくない一品となる。

 これで良いだろう。さっそく出発するとしよう。


「ええと、命を助けてくれた恩人にこんなことを言うのは大変苦しいのですが、言わせていただきますね。バカなんですか貴方は。バカ以外の何者でもないんですか貴方は」


「じゃあ、一体何が不満だと言うんだ」


「っ……えぇ、たった今分かりました。貴方はわざとやっているんですね? 言っておきますが私は生娘と呼ばれる類の女では…………いえ、もういいです。疲れました。昨日の仕返しならば謝りますから」


「昨日? ……あぁ、“ゴブリンキングの錫杖”のことか? それならもう気にしていないよ」


「まさか、本当に分かっていない?」


 リーチェさんの問いに頷く俺。

 それを見たリーチェさんは心底もう嫌だという表情を浮かべて俯いてしまう。

 いったい俺の何がダメだと言うのだろうか。地頭はそこまで悪くないはずなのに、それでも分からないとなればこちらとしてもお手上げである。

 こう言うのは相手の怒りを買おうが不評を買おうが、恥を忍んで聞くのが吉。

 その旨を彼女に伝えると、おもむろに彼女は俺のある一点を指さしてこう言った。


「貴方の下半身を……隠してください……」


 目を手で隠し、若干頬を赤く染めて。




◆ ◆ ◆




 スキル《王位》を発動し、大森林の外へあっさりと出ることが出来た俺たち二人。

 目の前を遮る木々が無くなり、薄暗い大森林の景色にすっかり慣れてしまった俺の眼は、強い日差しに思わず目を眩ませてしまう。

 そして、ようやく目が慣れる頃、俺は思わず感嘆の息を漏らしていた。


「うわぁ……」


 目の前が開けているという感動。空はあんなに高く広大だという感動。そして、世界は広いと思い知った感動。

 全てが新鮮で、全てが素晴らしくて、いつしか俺は涙を流していた。もう出ることは一生叶わないのではないかという思いもあったためか、その感動は一入だった。

 堪らず駆け出し、膝よりも低い草原を飛び回り駆け巡る。その様子をどことなく誇らしげに眺めているリーチェさん。

 きっと今なら引きこもりの人にだって世界の素晴らしさを語れるだろう。全裸でいれたらなおいいだろう。


「まったく、子供ではないですか」


「そう言うなって! こちとらもうどれだけ大森林にいたと思っているんだ!」


 彼女に窘められ、それでもなお治まらない興奮。

 それから少し遠目に見える街『平和都市エルム』へと歩き出したのはもう少ししてからであった。

 無言で歩く旅よりも会話があった方が良い。そう思ってのことか世間話を振ってくる彼女。


「ところで、貴方はどこから来たのですか? 大森林に入るくらいですから冒険者だったのですか?」


「日本から来たんだけど……いや、この場合“ジャパン”って言えば良いのか? そこから来たんだよ。そんで、冒険者ではなかったな。普通に働いていたよ」


「日本……ジャパン……聞いたことが無いですね。それに、冒険者でもないのに大森林に住んでいただなんて……やっぱり分かりませんね、貴方は」


 とのこと。

 日本を知らないなら何で日本語を喋っているのか聞きたいところだが、聞いたら聞いたで面倒になりそうな気が下のでグッと飲み込む。

 そしてやはり大森林……正確には境界面上の大森林に入る物好きはここでも冒険者くらいなものなのだろうか。映画でも古代遺跡や絶海の孤島を目指す冒険者がいたものだが、実際にそう言う人もいるのだろう。

 もしかしたら冒険者とは学者に近い者なのかもしれない。考古学者と言うべきか。

 ともかく、俺は知らないことばかりなのでこう言う言葉の端端で勉強しなければならない。そうとなればこちらからも質問だ。


「リーチェさんは商人なんだよね。そのエルムっていう街に会社があるのか?」


「会社はありませんよ。そもそもこちらは王国側。私の本拠地は帝国ですし、私だけの力で成り上がったんです」


 ともなれば自営業と言うことか。まだ若いのに自分でやっているだなんて頭が下がる。

 しかもこんなところまで飛び込み営業とは凄いもんだ。むしろそこまでやるからこそ彼女が成功している秘訣なのかもしれない。

 普通ならば広大な面積を持つ大森林に住む原住民と商売ルートを確保しようと思わないだろう。


 それにしても王国とか帝国とかあまり聞き慣れない単語が出てくるが、果たして地球上にまだそんな国があっただろうか。

 日本も一応天皇陛下が皇帝と言う立ち位置ではあるが帝国ではない。イギリスも名前はユナイテッド・キングダムとは言うが立憲君主制の国であるからして王国と呼ぶには疑問を抱かざるをえない。

 そういえば糞ったれ女神が“ここではない世界”と言っていた気がする。大分前の記憶なのであやふやだが、本当ならば大変なことである。

 平行世界というやつなのだろうか。理論的にはあり得るらしいが、どうにも懐疑的なものだろう。

 量子論の他世界解釈や宇宙論のベビーユニバースという論文もあるにはあるが、オカルトの域を出ないものだ。

 こう言うのは考えれば考えるほど眠れない夜が続くと相場が決まっている。止めだ止め、俺は考えるのを止めたっと。


 そんなことよりも今は目の前のことを考えようじゃないか。


「ようこそ世界で一番平和な街。平和都市エルムへ」


 そうやって、やっぱりどこか誇らし気に言う彼女を見て、俺は思ったのであった。

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