十一
いつの間にか自分が王様になっていたと言う衝撃の事実が発覚して翌日。
ゴブリンたちのこれまで以上の歓迎を受け、夜通し行われた宴も今や落ち着きを取り戻していた。
曰く、俺がゴブリンキングとしてゴブリンの王を正当に継承する宴らしい。
あぁ、分かる。分かるとも。それを踏まえた上で言わせてほしい。
「どうしてこうなった……」
この集落で一番立派な屋敷の中で呟く。
ベッドに腰掛け、目が覚めて夢ではなかったと絶賛後悔中である。
「良かったではありませんか。これでゴブリンたちに幻滅されずに済んだのですから」
そう言ってくすくすと笑うリサ・リーチェ。
昨日、突然のことに慌てふためいていた俺に救いの手を差し伸べてきた彼女は、少し離れた場所で椅子に腰かけている。その姿はどことなく愉快そうだ。
俺がゴブリンキングだったという事実は紛れもないことであり、今出来ることはそれをいかにばれないように振る舞うのかが問題だと彼女は言った。それに従い、腹を括る思いでゴブリンたちの前に出たのだが……今になって思えばもう少しやりようがあったのではないかと思ってしまう。
ともあれ、やってしまったものは仕方がない……と、割り切れればどれだけ良いことか。
そう、やってしまったのだ。後戻りは出来ないのだ。口に出してしまった言葉はもう戻って来ない。
これから俺はゴブリンキングとして生きてゆかねばならない。別段、ゴブリンたちを生きていくのが嫌だというわけではないのだが。
「その様子だと、先が思いやられますね」
そう言って嘆息にも似た溜息を吐く彼女。
というかこの人は何がしたいのだろうか。自分で助けてなんでが、素性が知れない。
商人だと言うことは分かっているが、あまりにも馴れ馴れし過ぎやしないだろうか。まるで昔から知っていたかのような素振りをする彼女に対して疑問を抱かざるをえない。
確かによそよそしいのもなんだが、警戒と言うものがないのだろうか。
そんな俺の考えを読んだのか定かではないが、俺の視線に気が付いた彼女は何かを含んだ笑顔を浮かべて口を開いた。
「私は貴方……ひいては貴方方と取引をすることを諦めていませんから。このままおめおめと引き下がっては大商人の名が泣きますからね」
とのこと。
取引というのはこの森を挟んだ二つの国を結ぶ道を開拓する……という下準備のために俺たちゴブリンたちと友好的な関係を結ぶことらしい。どこまで本当のことなのかは分からないが、そう言うことで彼女が送られてきたのなら成功させたいことなのだろう。
それが国からの依頼なのだとしたらなおさらである。きっと、裏では大金が動いているのだろうから。
「それにしても……これは凄いな」
少しだけ沈黙が流れ、気まずくなってしまったのでこちらから話題を振る。
話題とは昨日使った《王位》というスキルを使うことの出来る錫杖こと“ゴブリンキングの錫杖”だ。
話によると持っているだけでスキルが付けるようになるアイテムは多数存在しているようで、これもその中の一つなのだそうだ。
しかし、その驚異的な力は語らずにはいられない。
《王位》というスキルは相手に威圧感を与えるスキル《上位》の派生スキルだそうだ。
本来ならこのスキルは王族や上位種が使えるスキルなのだそうだが、その威力は推して知るべし。
自分と同じ力量や《王位》スキルを持っている相手には効かないが、それ以外の相手には効果絶大で、敬意を持たれている相手ならば跪かせることができるぶっ壊れ性能を誇る。
それこそ昨日ゴブリンたちが良い例だ。例に漏れず、皆一様にこうべを垂れていた。
もしこれを悪用しようものならば、直ぐ様世間に弾圧されること間違いなしであろう。
使いどころを選ばなければ自分の首を絞めることになるが、うまく使えばこれ以上ないものとなる。
なんて恐ろしいものを持ってしまったんだ俺は。
「これはゴブリンキングという……ゴブリンたちの王が持っているスキルを疑似的に使うことのできるアイテムなの。ゴブリンキングはその錫杖を使わずとも《王位》のスキルを持っているけれど、厄介なものですね」
というリサ・リーチェ談。
厄介という言葉で片付くことではないと思うのは俺だけであろうか。
「少なくとも、それを持っていることは秘密にしておいたほうがいいですよ。もし、革命でも狙っている連中が手に入れでもしたら……おぉ、怖い怖い。それを狙う貴族がいるのも納得です」
「冗談でもやめてくれ……」
確かに彼女の言うとおりである。これがもし他の……森の外にでも流出してしまったら争いになることは間違いない。
というか殺してでも奪われてしまうだろう。それだけは何とかして防がなくてはならない。
この錫杖はゴブリンたちが俺を信頼して預けてくれた大事な大事な代物なのだから。そして、これを悪用しないと信じているのもまた事実だろう。
あれ?
なんだか胃が痛くなってきた。
「そ、そういえば……えーと、リーチェさん。森の外から来たんだよね? もしかしたら捜索隊でも来ているかもしれないよ」
「それだけはありません」
「え?」
自分から降った話題だが、これ以上この話題で話していると胃が持ちそうにないので無理やりにでも話題転換する……が、どうやら失敗に終わったようだ。
どのくらいで彼女が森から出る予定だったのかまでは知らないが、帰ってこないままだったら捜索隊が組まれていてもおかしくはない。
彼女たちは国からの依頼できているのだから、それこそ大事にせねばなるまい。
そういう意味で口にしたのだが、返ってきた言葉はきっぱりとした拒絶だった。彼女の顔を見れば嫌悪感をむき出しにした酷い表情をしているのが分かる。
どう考えても地雷を踏み抜いてしまったようだ。やはりというべきか気まずい雰囲気になってしまう。
「私たちを探しに来ることはないでしょう。詳しくは言えませんが、そういうことだと思ってください」
「で、でも……」
「あのですね……いえ、もしかしたら……裏にいる貴族をよく思っていない、それこそ別の貴族が捜索隊を出しているかもしれませんね」
「どういうことだ?」
「簡単に言えば、今回の不始末を露見したい……失敗を表に出すことにより、裏についている貴族を陥れたいという者が捜索隊を独自で出している可能性もある。ということです」
「んー……なるほどなぁ」
考えてみれば納得できる。
この大森林は広大で通り抜けるのも無理難題な未踏の地だ。そんな大森林に二つの国を結ぶ道を開拓することは一大プロジェクトなのだろう。
そうなればスポンサーにつくのも大手の貴族を含めた権威者に違いない。そんな大きなプロジェクトが失敗に終わったとなると大変な痛手であろう。
そこに付け込んで大々的に他の者が横やりを入れて、助けたとなれば大手の貴族のメンツは崩れてしまうだろう。
なるほど、反吐が出るほどドロドロしている。
ともなれば、彼女からしたらその捜索隊には助けられたくはないのだろう。なぜなら、彼女はその大手の貴族のところから送り出されてきたのだから。
そのままおめおめと帰ってしまっては何を言われるかわかったものではない。考えただけでも胃に穴が空きそうだ。
「もうわかる通り、私は捜索隊に見つかるわけにはいかないのです」
「そうだな。心中お察しします」
これを会社に置き換えてみれば彼女の言いたいこともわかる。どこの世も変わらないものなんだな。
というか貴族っていうからにはここはやはり俺の知っている日本ではないのだろう。
そもそも国と国の間にこの大森林があるって時点で、もう俺が知っている地ではないのは明らかだ。
ここは地球の一体どこなのだろう。パスポートも持っていないのに……帰れるのかなぁ。
「……あ、帰れるといえば、リーチェさんはここから出るつもりならちょっと難しいけれど……どうするつもりなんだ?」
「確かに私だけでは難しいですね。それでですね……お世話になりっぱなしというのも心苦しいものがあるのですが、お手数をおかけしますが私を森の外まで送り届けていただけませんか?」
「そうしたいのもやまやまだけど、生憎とこの森には“森の番人”……黒いヒョウみたいな化け物がいてそうもいかないんだ」
未だ見ぬ故郷を夢見ながら忘れていたことを思い出す。
俺はともかくリーチェさんはここから早急に出たいことだろう。しかし、ここは化け物どもが闊歩する魔の大森林である。
そんな魔の大森林でもそれなりに動けるようになった俺でも、あのクロヒョウの化け物にはかなわない。
そしてその化け物をどうにかしないと出れないのだから、必然的に彼女もここから出られないことになる。
彼女には酷だが、この現実を知ってもらわなければいけない。
そんなことで話したのだが、彼女は頭上に疑問符を浮かべているかのような表情となる。
一体こいつは何を言っているのだろうといわんばかりの表情だ。何か俺は重大なことを見逃しているのだろうかという不安さえ覚えてしまう。
そして、さも当たり前だろという風に彼女は口を開いてこう言った。
「スキル《王位》があるじゃないですか。それを使えば楽に出れると思うのですが」
俺は目から鱗が落ちる勢いで呆けたように口を開いていたという。




