誕生日の招待状
アデル公爵夫人が、ふと思い出したように言った。
「そういえば、クラディエ嬢。あなたのお誕生日も、もうすぐではありませんでしたか?」
「はい、もう間もなくです。覚えていてくださって、ありがとうございます」
「当然です。ほかでもない、クラディエ嬢のことですもの」
「そう言っていただけて光栄です。夫人が覚えていてくださっただけで、もう大きな贈り物をいただいたような気持ちになります」
私たちの会話を聞いていた令嬢の一人が、興味を引かれたように言葉を添えた。
「まあ、クラディエ様、もうすぐお誕生日なのですか?」
「ええ。まもなく皆様にも招待状をお送りする予定ですが、来月の第二水曜日、午後六時からの予定です」
「それなら早めにドレスを新調しておかなければなりませんね」
「私もですわ。予定を空けておかないと」
「その日が楽しみです。きっと大きな夜会になるのでしょうね」
「アクセサリーは何を身につけるか迷ってしまいますわ。何を身につけてもクラディエ様にはかないませんけれど」
令嬢たちは、私の誕生日について弾んだ声で話し始めた。
私は彼女たちに向かって微笑んだ。
「失望させることのないよう、準備にはそれなりに力を入れるつもりです」
令嬢たちは笑いながら、それぞれ当日にどんなドレスを着るかという話をしていた。
その中で、一人の伯爵令嬢がためらうような顔をしてから、言いにくそうに切り出した。
「あの、クラディエ様。お誕生日の夜会の招待について、一つお願いがあるのですが」
「何でしょう、セルヴィス様。セルヴィス様には当然、招待状をお送りする予定ですが」
「……実は、私の知人にピーター・グレイン様という方がいらっしゃるのです。最近、王都で事業を広げようとしている若い商人なのですが、クラディエ様のお誕生日の夜会に、その方も私と一緒に招いていただくことはできないでしょうか」
セルヴィス伯爵令嬢の頼みに、私は困った顔になった。
彼女の言う商人は、最近名が知られ始めた新興商会の若主人だった。
単なる知人という彼女の言葉とは違い、彼女と密かに親密な仲にあるという噂が流れている男でもあった。
当然、正式な婚約者ではない。
それどころか、彼は貴族ですらない平民だった。
だから、誕生日の夜会には招いていなかった。
「申し訳ありませんが……難しいかと思います」
「……やはり、難しいでしょうか」
「ええ。すでに招待客の名簿は決まっておりますので、これ以上増やすのは難しいかと。どうかご理解ください」
私は丁寧に彼女の頼みを断った。
おそらく彼女は、恋人に上流の人脈を作る機会を与えたいのだろう。
だが、私の誕生日の夜会は、単なる誕生日祝いの場ではない。
クラディエ公爵家の後継者が開く、公式の社交の場だった。
ほかの客人もいる場に、貴族ではない者を個人的な頼みだけで軽々しく招くわけにはいかない。
彼を招けば、クラディエ公爵家がその商人の身元を保証するという意味になる。
だから、彼を招くことはできなかった。
私の返答に、セルヴィス伯爵令嬢の表情が曇った、そのときだった。
エドガーが眉尻を下げ、いつもの慈悲深げな表情で口を開いた。
「ルア、そんなに冷たく断らなくても、一人くらい入れてあげられるだろう?」
「……そう簡単なことではありません」
「ルア。機会を必要としている人に機会を与えるのも、貴族の寛容だよ。君なら分かっていると思ったのに」
またしても、私は冷たく、寛容さのない令嬢に仕立て上げられていた。
私はため息をつきたいのをこらえ、答えた。
「その貴族の寛容には、責任が伴います、エドガー様」
私の一言に、エドガーは唇を引き結んだ。
私はセルヴィス嬢へ向き直り、あらためて詫びた。
「知人を助けたいというセルヴィス様のお気持ちは理解できます。ですが、今回の夜会にお招きすることはできません。申し訳ありません」
「いいえ。こちらこそ、突然失礼なお願いをしてしまい、申し訳ございません。どうか、今日のお願いはお忘れください」
私とセルヴィス嬢が互いに頭を下げていると、それまで黙って成り行きを見ていたアデル公爵夫人が口を開いた。
「さあさあ、難しいお話はこのくらいにいたしましょう。せっかくですから、皆様、お茶と菓子をゆっくり楽しんでくださいませ」
◇
アデル公爵夫人のサロンが終わり、帰るために屋敷の馬車寄せへ出たときだった。
馬車から降りる見覚えのある姿に、私は足を止めた。
カイスが私に気づき、ゆっくりと近づいてきた。
私は彼に向かって、淑女の礼を取った。
「クラディエ公爵令嬢」
「アデル様」
彼の端正な黒い上着の胸元には財務局の徽章がついており、白い手袋をはめた手で、書類用の革鞄を提げていた。
王宮で見たときと同じく、少しの乱れもない姿だった。
カイスに気づいたエドガーが、わざとらしく私のすぐ隣へ寄ってきた。
そして、はっきりとした声で挨拶をした。
「アデル様。このような時間まで王宮のお務めとは、お疲れのことでしょう」
礼儀正しい挨拶のようではあった。
けれど、エドガーの顔には警戒心がにじんでいた。
カイスはそんなエドガーの態度を気に留める様子もなく、表情一つ変えずに短く答えた。
「お気遣いありがとうございます」
そしてすぐに、私へ視線を移した。
「クラディエ公爵令嬢、母に会いにいらしたのですか?」
「はい。本日は夫人がサロンを開いてくださいました」
「そうでしたか」
カイスは浅くうなずき、それから口を開いた。
「先日の申請の件で、もう少しご相談したいことがあります」
「ご相談、ですか。何か問題があったのか、伺ってもよろしいでしょうか」
思いがけない話に、私は少し緊張しながら尋ねた。
カイスは私の隣にいるエドガーをちらりと見てから、再び私に言った。
「その件については、後ほどご連絡いたします」
エドガーの前では話しにくいのだろう。
状況を察したエドガーが、眉をひそめてわずかに身じろぎした。
私はカイスが何を話そうとしているのか、とても気になった。
提出した書類に不備が見つかったのだろうか。
そんなはずはないけれど……。
気にはなったが、ひとまずカイスからの連絡を待つことにした。
「では、お気をつけてお帰りください」
カイスはそう挨拶を残し、屋敷のほうへ歩いていった。
その後ろ姿をしばらく見つめていたエドガーが、私に向かって囁いた。
「ルア、君に悪い虫がつかないように、僕が守ってあげるよ」
「…………はい」
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