ジェーンのすり替え
私は呆れながら答えた。
エドガーは私の返事に満足したらしく、明るい顔で再び口を開いた。
「それから、詳しいことは知らないけど、王室補助金なんて面倒なことはやめたらどうかな?」
「え?」
「クラディエ公爵家には十分な財産があるんだから、補助金なんてなくても困らないだろう?」
「……毎年、領地の維持には多くの費用がかかります。税収にも限りがございます」
首を傾げていたエドガーが、いいことを思いついたとでもいうように、得意げな声で言った。
「それなら、僕から父に話してみようか? 父はお金を惜しむような人じゃないからね。きっとそれなりに力を貸してくれるよ」
「それは困ります」
「大丈夫。僕たちはもう家族みたいなものだろう? 家族なら助け合うものだよ」
大丈夫、ではありません。
そうなれば、私の計画はすべて意味を失ってしまいます。
そもそも、家族でもありません。
私は胸の内でそうつぶやきながら、完璧な笑みを浮かべた。
「お気持ちだけ、ありがたく頂戴いたします。エドガー様」
◇
ジェーンはエントランスホールで、気のない手つきで窓枠を磨いていた。
最近は重要な仕事を任されず、雑用ばかりを回されていた。
今日も朝から、窓枠磨きだった。
少し手を止め、退屈そうに窓の外を眺めていた、そのときだった。
「ジェーン、ジェーン」
侍女のサラが呼ぶ声が聞こえた。
「サラ、どうしたの?」
「今日はルーシーさんが体調を崩して、私が急いで食堂のほうを手伝いに行かなきゃいけないの。悪いんだけど、この招待状を使いの者に渡してきてくれる?」
「この招待状って……」
ジェーンはサラが抱えている大きな籠を見た。
「お嬢様のお誕生日の夜会の招待状よ。裏の通用門の前で、使いの者が待っているはずだから。渡すだけでいいの」
「それだけなら簡単ね。任せて」
「本当にありがとう!」
「いいのよ。私たちの仲じゃない」
サラは明るく笑い、招待状の入った籠をジェーンに渡すと、食堂のほうへ急いで向かった。
ジェーンにとって、サラは大切な仲間だった。
屋敷に入った時期も近く、つらいことがあるたびに互いに支え合ってきた。
今回、ジェーンが減給処分を受けたときも、サラだけは本気で一緒にお嬢様をひどいと言ってくれた。
その前、誕生日の夜会の名簿からアデル公爵夫人の名前を漏らして叱られたときも同じだった。
「そういえば、あのときも誕生日の夜会のことで叱られたのよね」
ジェーンは屋敷の裏手に出ると、裏の通用門へ続く庭道を歩いていった。
その途中、抱えている籠を恨めしげににらんだ。
封筒に記された貴族家の名を見ると、嫌な記憶がよみがえり、思わず身震いした。
「些細な失敗だったのに」
そうぼやきながら、籠を腕に抱え込んで早足で歩いていた、そのときだった。
足元の敷石の段差につまずき、ジェーンは大きく体勢を崩した。
「きゃっ!」
転んだ拍子に、籠から招待状がばらばらとこぼれ落ち、土の上に散らばった。
「え、どうしよう……」
顔を真っ青にしたジェーンは、慌てて招待状の状態を確認した。
招待状を一通ずつ拾い上げ、封筒についた土を払って籠に戻した。
そのたびに、誰かに見られていないかとあたりを見回した。
幸い、誰にも見られていないようだった。
大丈夫。早く土を払って、使いの者に渡せばいい。
土を払った封筒は、幸いにも無事に見えた。
土の上に落としたとは分からないだろう。
そうして一通ずつ土を払っていたジェーンの手が、ぴたりと止まった。
一通だけ、封筒ごと折れ曲がっていた。
転んだとき、籠の下敷きになって折れ曲がったのだろう。
封筒には「ラヴィス侯爵家宛て」と記されていた。
土を払ったあと、いくら確かめても、ひどく目立つほどの折り目が残っていた。
駄目。大変なことになった……。
ジェーンは、恐ろしい顔で怒る侍女頭を思い浮かべた。同時に、冷たい目で自分を見下ろすお嬢様の顔も浮かんだ。
たかがお茶を出し間違えただけで、半月分の減給を言い渡した、あのお嬢様のことだ。
今回の失敗が知られれば、もっと重い処分を受けるに違いない。
想像するだけで恐ろしかった。
「どうしよう……」
正直に報告することはできなかった。
おろおろしながら考えているうちに、ジェーンの頭に一つの考えが浮かんだ。
「修正前の招待状!」
招待状は完成するまでに何度も修正される。
それなら、最終版ができる前に作られた招待状があるはずだ。
もしかすると、まだ処分される前のものが残っているかもしれない。
ジェーンは籠を庭木の陰に隠し、折れ曲がった一通だけを懐に忍ばせて、再び屋敷の中へ戻った。
侍女頭の部屋の近く、廊下の隅には、処分用の箱が置かれていた。
書き損じや不要になった書類を入れておく箱だ。
そこに集められた書類は、定期的に焼却されることになっている。
その箱の中に手を入れて探ってみると、本当に、修正前の招待状の束があった。
ジェーンは目を輝かせ、その束の中からラヴィス侯爵家宛ての招待状を探した。
見つけた!
幸い、すぐに見つかった。
しかも運のいいことに、その招待状には封蝋まで押されていた。
完璧じゃない!
ジェーンは心の中で歓声を上げた。
封蝋が押されている以上、中身まで確認することはできなかった。
けれど、修正前の招待状とはいえ、大した問題があるはずがない。
お嬢様や侍女頭が厳しすぎるだけで、せいぜい小さな誤字がある程度だろう。
少なくとも、折れ曲がった招待状を渡すよりはましだった。
追い詰められていたジェーンの顔に、安堵の色が浮かんだ。
ジェーンはすばやく修正前の招待状を懐に隠し、代わりに折れ曲がった最終版の招待状を、修正前の招待状の束の中へ紛れ込ませた。
そして庭木の陰に隠しておいた籠のところへ戻ると、何事もなかったかのような顔で、修正前の招待状を籠の中へ滑り込ませた。
それから裏の通用門へ向かって、足早に歩いていった。
使いの者を待たせてしまったが、構わない。
少し胸がちくりと痛んだが、ジェーンはそれをすぐに振り払った。
大丈夫。きっと大丈夫よ。
大したことではないし、何事もなく済むはずだから。
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