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父の一言


私はすぐに報告書を整えた。


父の帰還に備え、数日前までの業務については、すでに報告書にまとめてあった。

そこに、この数日で処理した業務を加え、整理し直した。


そして一時間後、私は父の執務室の前に立っていた。


控えめに扉を叩くと、すぐに父の声が返ってきた。


「入れ」


私は報告書を手に、父の机の前まで進んだ。


「これまでに処理した業務についての報告書をお持ちしました」


私が差し出した報告書を受け取ると、父は最初の一枚をめくった。


紙が擦れる音だけが響く中、私は机の前に立ったまま待った。

姿勢を崩さず長く立っていること自体は、別に苦ではない。

けれど、紙の音しか聞こえない沈黙だけは、どうにも居心地が悪かった。


やがて、報告書をめくっていた父の手が止まった。

視線は報告書の一点に落ち、眉がわずかに動いた。


私は少し緊張しながら、父の言葉を待った。


「西部の港を整備するのか」


来るべきものが来た、という気がした。


私は唾を飲み込み、答えた。


「はい。老朽化した施設を整え、規模を広げることで、競争力を持たせたいと考えております」


父はその言葉には特に反応を示さず、鋭い目で私を見据えた。

そして、言った。


「港の拡張と、大商会との契約か」

「はい。そのとおりです」

「ナルシアン領への依存を減らすつもりだな」


一言で核心を突かれ、私は思わず身を強ばらせた。


ここで父に反対されれば、これまでの努力はすべて水の泡になる。

そうなれば、エドガーとの婚約を解消するための材料も失うことになる。


私は重く答えた。


「……はい。そのとおりです」


心臓の鼓動が早くなった。


私は頭の中で、父に反対された場合に返すべき言葉を必死に探した。

反対されても、どうにかして説得しなければならない。


そして、父が口を開いた。


「いいだろう。進めろ」


思いがけない許可に、私は一瞬だけ言葉を失った。

もっと追及されるものだとばかり思っていた。


一拍置いてから、私はようやく答えた。


「……ありがとうございます」


父は報告書をさらに数枚めくった。

しばらくして、十分に目を通したというように報告書を閉じた。


「ほかに指摘すべき点はない。悪くない」


私は少しぎこちなく瞬いた。


悪くない。


それは、父にとって最大限の褒め言葉だった。


物心ついてから覚えている父は、いつも冷静で、父と娘らしいやり取りなどほとんどなかった。


交わす言葉はいつも仕事に関するものばかりで、その多くは、私が何かを間違えたときの指摘だった。

仕事をきちんと処理すれば当然のこととして扱われ、間違えれば厳しい言葉で叱られた。


だからだろうか。


「悪くない」という父の一言に、なぜか胸の奥がじんわりと熱くなった。


「ありがとうございます、お父様」


報告書には港湾事業のほかにも、王都屋敷の管理、王宮へ提出する定期書類、取引先との契約条件の見直しをはじめ、いくつもの業務が含まれていた。


そのすべてが父の基準を通ったのだと思うと、心から嬉しかった。


父は相変わらず淡々と言った。


「ほかに話すことがなければ、下がっていい」

「あの、お父様」

「何だ」


私は父に向かって、用意していたもう一つの報告を口にした。


「実は、使用人の命令系統について、少し問題がございます。早急に対処いたします」


父は短く答えた。


「使用人のことは、お前に任せる」



笑みを浮かべたまま自室へ向かうと、部屋の前にロイドが控えていた。


「ご機嫌がよろしいようですね」

「そう見えますか?」

「はい。少し意外でございました」


ロイドが何を言いたいのかは分かっていた。


いつも父との会話のあとは、私の表情がこわばっていたからだろう。

たいていは胸が重くなったり、うまく息ができなくなったりした。

今日のように心が軽くなるのは、初めてだった。


エドガーとの件も、順調に進められる気がした。


「ロイド、何か報告があるのですね」


私を待っていた彼は、手にしていた一覧を差し出した。


「はい。先日ご指示いただいた件について、確認が終わりました」


私は笑みを収め、その一覧に目を落とした。


そして、そこに記された使用人たちの名前を一つ一つ読んでいく。


名前の下には、問題と判断された行動が、日付ごとに細かく記されていた。


――――――――――


ジェーン

・ ナルシアン伯爵令息の許可のみを受け、業務から離れようとした。

・ 読書会での不手際のあと、ナルシアン伯爵令息に処分の不当さを訴えた。

・ ほかの使用人にも、処分に対する不満を口にした。

・ ナルシアン伯爵令息に過度に親しげな態度を取る場面が複数回確認された。


サラ

・ ほかの客人のために用意されていた料理を、許可なくナルシアン伯爵令息に供した。

・ ジェーンに同調し、お嬢様に対する不満を口にした。

・ 「ナルシアン様が主人になれば、今より楽になる」という趣旨の発言あり。


トム

・ お嬢様の許可が下りる前に、ナルシアン伯爵令息を屋敷内へ通した。

・ ナルシアン伯爵令息に、お嬢様の非公式な予定を漏らした。


メアリー

……


――――――――――


メアリーの名の下にも、さらに数名分の名前と記録が続いていた。


お読みいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
”まだ”他家の使用人を無許可で利用するのはかなりのマナー違反だし、婿をお嬢様より贔屓する使用人もヤバい
続きが1番楽しみな作品です。 厳格なお父様が頼もしいですね。 お馬鹿な使用人達のザマァが、とっても楽しみです (^^)v
 1人2人ではなく更に? 花畑の素質持ち多いな。楽に咲きたいなら楽に咲かしてくれるらしい、子息に雇ってもらいなよ。
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