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財務局のカイス・アデル


やがて馬車は財務局に到着した。

馬車を降りてすぐには中へ入らず、私が足を止めると、エドガーが尋ねた。


「ルア、入らないの?」

「書類に不備がないか、少し考えていました」

「なんだ、そんなことか」


エドガーは大したことではないと言うように、肩をすくめた。


「人のやることなんだから、不備があれば何か言われるだろう? そのときに言われたとおり直せばいいじゃないか。大丈夫、大丈夫」


大丈夫、大丈夫ではありません。

財務局がそんなに甘いわけがないでしょう。


私は小さく息をつき、財務局の中へ足を踏み入れた。


「クラディエ公爵家のルア・クラディエです。王室補助金の申請に参りました」


若い文官が応対してくれた。


「クラディエ公爵令嬢ですね。ただいま確認してまいりますので、少々お待ちください」


ほどなくして、奥へ確認に向かった文官が戻ってきた。


「財務卿補佐の執務室へご案内いたします」

「ありがとうございます」


微笑んで礼を述べ、文官のあとについていくと、当然のようにエドガーも私に続こうとした。

すると文官が、彼の前に立ちはだかった。


「申し訳ございませんが、関係者以外の方はお通しできません」

「関係者以外? 僕はルアの婚約者だ。クラディエ家の人間だよ」


エドガーは心外だと言わんばかりの顔をした。

クラディエ家の人間だと堂々と言い切るその姿に、少し呆れてしまった。


「申し訳ございません。今回の申請はクラディエ公爵家からのものですので」


文官は終始硬い表情のまま、エドガーを通そうとはしなかった。

エドガーは一瞬だけ不満げに唇を引き結んだが、すぐに困ったような笑みを浮かべた。

そこでようやく、彼は仕方なさそうに引き下がった。


「ルア、待っているからね。うまく済ませておいで」


そのまま先にお帰りいただいても、一向に構わないのですが……。


そう思いながら、私は文官に案内され、財務卿補佐の執務室へ入った。


執務室には、一人の青年が座っていた。

すらりと背が高く、美しい銀髪に、澄んだ青い瞳。

彼は私を見ると、静かに席を立った。


カイス・アデル。


私は彼を知っていた。

母の親友であるアデル公爵夫人の次男であり、私のデビュタントで最初のダンスを踊った相手でもあったからだ。


彼は若くしてその手腕を認められ、財務卿補佐に抜擢された。

世間では、次期財務卿と目されている。


「ルア・クラディエ公爵令嬢、こちらにお掛けください」


カイスは無駄のない、端正な所作で私を案内した。


席に着くと、私は用意してきた書類を彼の前へ差し出した。


「本日は、クラディエ領西部の港湾整備に関する王室補助金の申請に参りました」


書類を受け取った彼は、一枚一枚、丹念に目を通していった。


私は少し緊張していた。


カイスは書類審査に関して、非常に細かく厳しいことで知られている。

計算違いや記載漏れが一つでもあれば、たとえ高位貴族からの申請であっても、その場で容赦なく差し戻すという。


そのため、私は書類のすべての文字と数字を、特に念入りに確認してきた。


幸い、彼は途中で手を止めることなく、最後まで書類に目を通した。

私は小さく安堵の息を漏らした。


けれど、安心するにはまだ早かった。

彼から、鋭い問いを向けられたからだ。


「この事業はクラディエ領の事業です。なぜ王室が補助金を出す必要があるのか、その理由をお聞かせください」


もっとも、その問いも想定の範囲内だった。

私は迷わず答えた。


「王室にも利のある事業だからです」

「具体的には?」


カイスは間髪入れずに切り込んできた。

それでも、私は動揺しなかった。


「現在、王都へ通じる物資の輸送路は多くありません。特に、王都へ運ばれる物資の大半はナルシアン伯爵領の陸路を経由しています」

「ええ」

「万が一、内陸の輸送路が封鎖されるような非常時を想定されたことはありますか」


私の問いに、カイスは表情を引き締め、眉根を寄せた。


「非常時に、物資の流れを一つの道に頼るのは危険です。現在、ノルヴェリア王国で大型船を受け入れられる港は、王都にしかありません」


私はそこで、一度言葉を区切った。


「ですが、クラディエ領の港を大型船が入港できるよう整備すれば、西部から王都へ物資を運ぶ別の道ができます」

「なるほど。特に穀物などの食糧は、輸送路が途絶えれば困りますね」

「王国軍に納める軍需品も、同じく重要です」


彼は大きくうなずいた。


「十分に納得できます。それに、通行料などによって特定の貴族家に利益が偏りすぎているという指摘は、以前から上がっていました」

「この事業への補助金交付をお認めいただけるのであれば、港湾維持に必要な最低限の使用料だけを徴収いたします」


私の言葉に興味を引かれたように、彼はあらためて書類の想定使用料の項目へ目を落とした。


「よく練られています。王室として反対する理由は見当たりません。私も、この件が通るよう力を尽くしましょう」

「ありがとうございます」


私はほっとして微笑んだ。

話は順調に進みそうだった。


「それから、クラディエ公爵令嬢。この申請書ですが」


カイスが再び書類を見下ろした。


「何か問題がございましたか?」

「いいえ」


彼の青い瞳が、まっすぐに私を見た。

その目元がわずかに和らぎ、浮かべた微笑みは思いのほか柔らかかった。


「正確で、無駄がない。財務局としては、申し分のない申請書です」


その満足げな微笑みが意外で、少し新鮮だった。

夜会での彼は、誰かと親しげに話すこともほとんどなく、近寄りがたい印象が強かったからだ。


私は彼を見つめ、微笑み返した。


「お褒めいただき、ありがとうございます。おかげさまで、この件も無事に進みそうです」


クラディエ公爵家のために。

そして、私自身のために。


港湾整備計画は、さらに現実味を帯びていった。


カイスの設定について、連載版ではアデル公爵家の次男として進めることにいたしました。

以前の記載と異なる形になり、混乱された方がいらっしゃいましたら申し訳ありません。


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― 新着の感想 ―
カイス様をご次男にされたのはとても良いと思います。 今後の偽善者野郎のザマァが楽しみです (^^)v
ランキングで短編版を知り、面白くてこちらの連載版も楽しませて頂いております。嫡男では婿取りできないなぁと思っていましたので、変更歓迎です。 間抜けな花畑の婚約者を婿に選ばざるを得なかった公爵家の理由や…
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