夜会にて
「エドガー?」
この場で顔を合わせるとは思ってもいなかった人物が、そこにいた。
突然の再会に驚き、思わずこぼれた私の声に、カイスもまた私の視線の先を追った。
同時に、彼の表情が硬くなった。
エドガーは、ある男性貴族と一緒にいた。
たしか、ヴェルン子爵家の令息だったはずだ。
以前から、エドガーに媚びるような言葉を並べていた人物である。
おそらく、エドガーをこの夜会に招いたのは彼なのだろう。
だからといって、のこのこと夜会に顔を出すだなんて。
エドガーが何を考えてここに来たのか、正直、呆れるほかなかった。
「どの面を下げて現れたのかしら」
「本当に滑稽ですわ。ナルシアン家は、子息の品行について何もお考えではないのかしら」
「どこかに閉じ込めておくべきではなくて?」
「噂では、もう家を追い出されたそうですわよ」
「クラディエ様の代わりに、次に取り入る相手を探しているという噂もありますわ」
エドガーについて、容赦なく囁き合う貴族たちの声が聞こえてきた。
私はもう関わりたくなくて、視線をそらそうとした。
けれど、その瞬間、彼と目が合ってしまった。
エドガーは嬉しそうに目を輝かせ、こちらへ歩いてきた。
そのあまりにも空気の読めない行動に、私は思わず眉をひそめた。
「クラディエ嬢」
そのとき、隣でカイスがそっと囁いた。
「私がそばにおります。ご心配なく」
胸の奥に、安堵が広がった。
もう私は一人ではない。
何かあったとき、一人で立ち向かわなければならないわけではないのだ。
「ルア」
「ナルシアン令息」
「……」
「私たちはもう、何の関係もないと申し上げたはずですが。どうして気安く名を呼ぶのですか?」
私が鋭く言うと、エドガーは視線を落とし、口ごもった。
けれど、すぐに何かを決意したように顔を上げ、私を見つめた。
「僕がまだ許されていないことは分かっている。それでも、少しだけ考え直してくれないか。もう十分に反省したんだ。君の婚約者に戻れるなら、以前よりずっと君を大切にするよ」
いいえ。以前より、ではなく、何もしないでいただきたい。
心の中でそう突っ込みながら、私は冷ややかに彼を見つめた。
そのとき、カイスが前へ出た。
「ナルシアン令息。無礼だな。クラディエ嬢は、私の婚約者だ」
「……何だって?」
私たちの婚約を知らなかったのだろうか。
エドガーの顔に、はっきりと困惑の色が浮かんだ。
「私の婚約者に言い寄る無礼を、見過ごすつもりはない」
「ルア、ルア。もう別の男と婚約したのかい? もう僕を忘れたの? 僕が少し君の機嫌を損ねたからといって、そんなふうに僕を罰しないでくれ」
今聞いた言葉など冗談だとでもいうように、エドガーは気にも留めずに言った。
やはり、エドガーらしかった。
まだ自分が何をしたのか、分かっていないのだろうか。
正式に、そして明確に、婚約解消の理由まで伝えられているというのに。
分かっていないのか。
それとも、分かろうとしていないのか。
本当に、話の通じない人だった。
私の冷たい反応を見ても、エドガーはさらに一歩近づいてきた。
「これ以上、私の婚約者の周りをうろつくなら、容赦はしない。ナルシアン令息」
カイスが私とエドガーの間に入り、腰の剣へ手をかけた。
それを見たエドガーは、真っ青な顔で後ずさった。
彼を連れてきたヴェルン子爵令息は、呆れたような目でエドガーを見ていた。
「クラディエ嬢、大丈夫ですか」
カイスの言葉に、私はうなずいた。
そして、カイスの腕に添えた手に少しだけ力を込め、口を開いた。
「私と一曲、踊っていただけますか?」
彼が少し困ったように笑った。
「その台詞は、私が先に言うつもりだったのですが」
カイスは丁寧な所作で、私に手を差し出した。
私がその手に自分の手を重ねると、彼は私を会場の中央へと導いた。
そして、柔らかくリードした。
会場には、優雅な旋律のワルツが流れていた。
私はカイスの腕の中で、慣れた足取りでステップを踏んだ。
頼もしいカイスの肩越しに、呆然と私を見つめるエドガーの顔が見えた。
青ざめた顔でぼんやりと口を開け、瞳には焦点がない。
かつて婚約者だったという事実さえ、恥ずかしくなるほど情けない姿だった。
「ほかの男を見るのは、少し妬けますね」
そのとき、耳元で囁いたカイスが、ほの暗く笑った。
思わず身をこわばらせた私は、慌ててエドガーから視線をそらした。
腰に添えられた彼の手が、くすぐったく感じられた。
踊っている間ずっと、カイスの視線は私の瞳に向けられていた。
胸が、少しだけ高鳴った。
けれど、そのときめきも長くは続かなかった。
踊り終えた私に近づいてきたエドガーを見た瞬間、高鳴っていた胸が、すっと冷えていった。
彼はまだ、状況をまるで理解していなかった。
「ルア、やっぱり君のダンスは見事だね」
「……」
「今のは、僕を少し嫉妬させたかったんだろう?」
「……?」
「大丈夫。君の気持ちは分かったよ。次の曲は、僕と踊ってくれないか?」
彼はまるで今も私の婚約者であるかのように、手を差し出した。
その瞬間、周囲からエドガーを嘲る貴族たちの声が聞こえてきた。
「あの方、まだクラディエ様の婚約者のつもりでいらっしゃるのかしら」
「本当に厚かましいですわね。まだ許してもらえると思っているのでしょう」
カイスが重く息を吐き、口を開いた。
「先ほどの警告を、はっきり理解できなかったようだな。警備兵!」
険しい顔で、カイスが警備兵を呼んだ。
「私の婚約者に無礼を働いた者だ。会場の外へ連れ出せ」
警備兵たちがエドガーのもとへ向かった。
「お引き取りください」
エドガーの顔が大きく歪んだ。
「ルア、ルア。どうしてそんなに僕を罰するんだ? 僕はそんなに許されない罪を犯したのかい? ねえ? あの男より、僕のどこが劣っているっていうんだ?」
エドガーが出ていこうとしないため、警備兵たちはそれ以上礼儀を保とうとはせず、彼の両腕を左右からつかんで引きずり出した。
「君さえ僕を受け入れてくれれば、全部元に戻るんだ。ルア、お願いだ……」
最後のエドガーの声は、ほとんど哀願に変わっていた。
引きずられていく彼に向かって、知人であるヴェルン子爵令息が額を押さえながら言い捨てた。
「ここまで来ると、私まで笑いものになるな。悪いが、もううちの屋敷に置いてやることはできない」
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