誕生日の夜会、その幕開け
財務局へ再び足を運んでから、ほどなくして王室補助金の交付が決まったという通知が届いた。
その日の夕方、私はいつもより少し軽い足取りで父のもとを訪ねた。
父は書斎で書類に目を通していたが、私が入ると顔を上げた。
「何事だ、ルア」
私は姿勢を正し、真剣な声で言った。
「ご報告したいことがあり、参りました」
「報告?」
「はい。ナルシアン伯爵令息についてです」
父は興味深そうに私を見た。
「聞こう」
私は、これまでずっと準備してきた話を父の前で切り出した。
「ナルシアン伯爵令息の態度は、すでに一線を越えております。まだクラディエ家の人間ではないにもかかわらず、クラディエ家の使用人に指示を出し、使用人たちが私の指示ではなく、彼の言葉を優先する状況を作りました」
「……それが、先日お前が話していた使用人の命令系統に関する問題か」
「そのとおりです」
私は、これまでの使用人たちに対するエドガーの態度を、父に詳しく説明した。
表情を崩さずに聞いていた父が、わずかに眉をひそめた。
「そして、私に対する態度にも問題があります。ナルシアン伯爵令息が私を貶めるような言動をする姿は、他の者たちも何度か目にしております」
「たしかに、問題のある行動だな」
「私個人のことでしたら、深刻に考えるつもりはありません。ですが、これはクラディエ公爵家の威信に関わることです」
「お前の言うとおりだ」
私は沈んだ表情の父に向かって、用意していた切り札を出した。
「こちらは、財務局から届いた通知です。今回の西部の港湾整備について、王室補助金を受けられることになりました」
通知書に記された補助金の額を見た父の目が、わずかに見開かれた。
「今回の補助金は、私たちの事業にとって大きな力となる額です。さらに、王室の承認という大義名分まで得ることができます」
「なるほど」
父は通知書にもう一度目を落とした。
やがて、はっきりと告げた。
「理由も十分で、代案まで持ってきた。お前の望むとおりにしてやろう」
父からその言葉を聞いた瞬間、私は思わず息をついた。
この瞬間を、ずっと待っていた。
少しだけ、涙が出そうになった。
そんな私を見つめながら、しばらく沈黙していた父が低い声で言った。
「ナルシアン伯爵令息をお前の婚約者にしたのは、私の判断違いだったようだ」
思いがけない言葉に、私はひどく驚いた。
自分の下した決定を悔いる父を、初めて見た。
父はいつもの厳しい表情を少し崩し、目を伏せた。
「よく耐えたな、ルア」
そう言う父の顔は、普段とは違い、少しだけ優しく見えた。
◇
やがて時は流れ、私の誕生日が近づいてきた。
誕生日の夜会を前に、私は多くのことを確認した。
使用人たちの配置と招待客の動線、料理の準備状況、会場に飾る花の状態まで。
私の人生にとって、大きな意味を持つ夜会になる。
だからこそ、準備は完璧に整えた。
誕生日当日、新調した空色のドレスを身にまとった私を見て、エドガーが言った。
「ルア、そのドレス、とてもよく似合っているよ。コサージュが赤い薔薇だったら、もっと綺麗だったのに」
「そうかもしれませんね」
私がにっこりと笑って答えると、エドガーが小さく首をかしげた。
「今日はいつにも増して、ルアの機嫌がよさそうだね」
「はい。とても心が軽いのです」
私は首をかしげるエドガーに、もう一度笑みを向けた。
午後六時になると、美しい生花で飾られた広間に客人たちが集まり始めた。
美しい音楽が流れ、ワインが振る舞われていた。
「クラディエ嬢、お誕生日おめでとうございます」
アデル公爵夫人が挨拶をしながら、贈り物を手渡した。
そのそばに立っていたカイスも、丁寧に一礼した。
「お誕生日おめでとうございます、クラディエ公爵令嬢」
肩に銀の装飾が施された黒い礼服をまとったカイスの姿は、少し新鮮に見えた。
私は二人に向かって挨拶を返した。
「ありがとうございます。アデル夫人、アデル様もお越しくださり、ありがとうございます」
アデル夫人からの贈り物は、小さな宝石が繊細にはめ込まれた羽根ペンだった。
「本当に美しい細工ですね。大切に使わせていただきます」
「クラディエ嬢のお気に召したようでよかったわ。私なりに、ずいぶん悩んで選んだのですよ」
「さすが、夫人はお目が高くていらっしゃいます」
アデル夫人と談笑していると、私の目に、ドレスの裾に足を取られて倒れかけた令嬢を支えるエドガーの姿が映った。
その親切で優しげな姿を見ながら、私はかすかに微笑んだ。
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