ジェーンの末路
ジェーンは、はじかれたように顔を上げ、目を見開いて私を見た。
最悪でも解雇で済むと思っていたのだろう。衛兵隊に引き渡されるとは、考えてもいなかったような顔だった。
「そんな……そんなこと……」
警備兵がジェーンの両腕をしっかりとつかんだ。
その時になって、ようやく自分の置かれた状況を実感したのか、彼女は抵抗しながら激しく首を振った。
「どうして……。これはあんまりです! 小さな失敗だけで、こんなことをなさるなんて!」
彼女にとって、自分のしたことは、いまだにただの小さな失敗でしかないらしい。
本当に最後まで、彼女は反省しなかった。
反省するどころか、状況も正しく理解できていないようだった。
私はそんな彼女を一瞥し、警備兵に言い添えた。
「クラディエ公爵家名義の正式な招待状を、無断ですり替えた件です。詳しい経緯はロイドが説明します」
警備兵は私に一礼すると、なおも抵抗するジェーンを連れて部屋を出ていった。ロイドもすぐにその後を追う。
連れていかれるジェーンの、涙混じりの声が聞こえた。
「誰か……エドガー様に。エドガー様に知らせてください……お願い……」
最後の一言まで、彼女らしかった。
◇
ジェーンの件は、誰かがエドガーに伝えるだろうと思っていた。
それから数日後。
エドガーが訪ねてきたという報告が入った。
私はすぐには向かわず、わざとゆっくり応接室へ向かった。
予想どおり、エドガーと誰かが話している声が聞こえてきた。
「ジェーンが解雇されました。それだけではありません。王都衛兵隊へ連れていかれたのです」
「……そうか。気の毒なことになったね」
「貴族家の名誉に関わることですから、事が大きくなったようです。このままでは、きっと厳しい裁きを受けることになります」
「そうか。彼女も、きっとつらいだろうね。僕も胸が痛いよ」
トムの切羽詰まった声。そして、エドガーの困ったような声。
二人は私の気配にも気づかないまま、会話を続けていた。
「ジェーンを助けていただけませんか」
「……僕が?」
エドガーはしばらく目を瞬かせた。
その表情は、まるで「なぜ僕が」と問い返しているようだった。
けれど、彼はすぐにその色を消し、いつもの優しく、思いやり深い顔を作った。
「もちろん、助けてあげたい気持ちはあるよ。けれど、すでに王都衛兵隊に引き渡されたのなら、僕が軽々しく口を出せることではない」
「ですが……どうか、お嬢様にお口添えくださいませんか。ジェーンのことを、少しでも……」
「これはクラディエ家のことだ。僕が下手に動けば、かえってジェーンの立場を悪くしてしまうかもしれない。彼女のためにも、ここは騒ぎを大きくしないほうがいいと思うんだ」
「……そう、ですか」
トムの顔に失望の色がにじんだ。
トムも、今ようやく分かったのだろう。
エドガーは「大丈夫」と言うだけで、何一つ責任を取らないのだと。
「本当に、つらいことだね」
エドガーは胸に手を当て、痛ましげに息を吐いた。
ひどく沈んだ表情で眉尻を下げていたエドガーが、廊下に立つ私に気づいた。
すると、すぐに明るい声で私を呼ぶ。
「ルア! 会いたかったよ」
そう言って、肩を落としているトムの横を通り過ぎると、私のほうへ大股で歩み寄ってきた。
「ルア、今日も忙しかった? 疲れていない?」
「ええ。エドガー様が今日いらっしゃるとは思っておりませんでした」
「久しぶりにチェスをしないかい?」
「そういたしましょう」
私と並んで廊下を歩く間、エドガーは一度もトムを振り返らなかった。
顔には絶えず笑みを浮かべたまま、ジェーンのことは一言も口にしない。
ジェーンの件など、何でもないという様子だった。
実際、何とも思っていないのだろう。
「ルア、どうしたの? 何かあった?」
エドガーが私の表情をうかがいながら尋ねた。
「いいえ。何も」
私は静かに答えた。
今日のことは、トムを通じて使用人たちに広まるだろう。
そして今日を境に、使用人たちのエドガーに対する態度も変わるはずだ。
最近、ジェーンが起こした一連の件で、クラディエ家のために働いている使用人が誰なのか、私は知ることができた。
そして結果として、使用人たちにエドガーの本質を見せることにもなった。
それは、今回の件で得られた数少ない収穫だった。
◇
ジェーンは衛兵たちによって、王都衛兵隊の詰所まで連れてこられた。
「入れ」
衛兵が牢の扉の前で、ジェーンの背を乱暴に押した。
詰所まで連れてこられる間も現実感がなかったが、牢の冷たい石床に身をぶつけた瞬間、ジェーンはようやく自分の置かれた状況を実感した。
「待ってください、待ってください」
がしゃん、と牢の扉が閉まった。
鍵が掛けられると、彼女は鉄格子を両手でつかんだ。
「私は大きな罪なんて犯していません。どうして閉じ込めるんですか?」
「大きな罪を犯していない、ねえ」
衛兵が呆れたように舌を鳴らした。
「公爵家名義の書状を不正に使ったんだろう? まだ自分の罪が重いって分からないのか」
「そんな……私は、これからどうなるのですか?」
「少し前にも、お前と似た罪でここに入れられた者がいた。そいつも伯爵家の印が押された書状をこっそり持ち出して、二十年の労役刑を言い渡されたそうだ」
「労役刑を……二十年も?」
ジェーンの目が大きく見開かれ、青ざめた唇が小さく震えた。
「ああ。お前にも、似たような裁きが下るかもしれないな。貴族の名誉を傷つけるってのは、そういうことだ」
そこでようやく、自分のしたことの重さを知ったジェーンは、石床に力なく座り込んだ。
「私を……助けに来てくださる方がいます」
「お前を? 誰が」
「貴族の方です。きっと、助けてくださいます」
そう自分に言い聞かせるように、彼女は胸の前で両手を握りしめた。
衛兵はそんなジェーンを鼻で笑うと、自分の持ち場へ戻っていった。
ジェーンの両頬を、熱い涙が伝った。
エドガー様が、私を助けに来てくださる。
助けに……来てくださる。
……来てくださる、はずよね?
不思議なことに、はっきりした答えは得られなかった。
いつも憐れむような目で自分を見つめ、「大丈夫」だと言ってくれていたエドガーなのに。
牢に入れられた自分を助けてくれる姿だけは、どうしても思い浮かばなかった。
代わりに頭の中にはっきりと浮かんだのは、衛兵詰所の牢に閉じ込められたまま裁きを受け、労役刑を言い渡される自分の姿だった。
昼は監視の目の下で働かされ、夜は労役場の薄汚く臭い宿舎に押し込められる日々。
……助からない。
誰にも助けてもらえない。
私は、どこから間違っていたのだろう。
考えてみても、答えは分からなかった。
ジェーンは石床に座り込んだまま、虚ろな目で冷たい鉄格子を見つめていた。
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