第二話 避難
ガタンッ――
理人は膝から崩れ落ちる。
「クソォ……」
理人の瞳から、
大粒の涙が落ちる。
「みんな……ごめん……」
その場でうずくまる。
「ごめん……」
ピィィィ――
ヤカンのお湯が沸く音が響く。
「ふぅ…はぁ……はぁ……」
息を切らしながらあたりを見渡す。
(どこだ?…ここ……)
見慣れた景色が目に入る。
棚の上。
置かれていたデジタル時計へ、
理人の視線が止まった。
「2026年8月15日?……」
理人の呼吸が止まる。
回帰前。
ちょうど化け物が現れ始めた頃の日付だった。
突然。
スマホから、
耳障りな警報音が鳴り響いた。
「ッ――」
理人の肩が跳ねる。
災害警報。
避難情報や特別警報が出た時に鳴る、
あの不気味な電子音だった。
「まさか……」
理人は慌てて窓と雨戸を開ける。
「マジか……」
そこには、
細長い構造物が複数見える。
街並みはまだ綺麗だが、
ところどころ煙が立ち上がり悲鳴も聞こえる。
(本当に過去に来たのか?まだみんな生きているのか?)
理人の目頭が熱くなる。
「俺は…やり直せるのか…」
喉から思いがこみ上げる。
「今度こそ…死なせない…絶対に!!」
理人は震える手で、
乱暴に涙を拭った。
「……っ」
深呼吸する。
まだ指先が震えていた。
「まずはどうするかだな…」
トクトクトク――
カップ麺にお湯を注ぐ。
(前みたいに救助が来るまで引きこもるわけにはいかない…)
カバンに、
着替えと水入りのペットボトルを詰め込む。
(……これも必要かもな)
さらに机の引き出しから、
数枚のクリアファイルと油性ペンを取り出した。
(先にタワーを攻略してAbilityを確保する……)
台所で安物の包丁を二本取り出す。
(まずは強くなって…それからみんなに会う…)
ズズズズ――
「時間がない…急がねぇと……」
理人は玄関に向かい歩き出す。
その時、
スマホに通知が来る。
「ひまり……」
足が止まる。
――――――――――――
今、避難所だよ
そっちは大丈夫?
――――――――――――
喉の奥が、
焼けるように熱くなった。
理人はスマホを握り締める。
「やっぱり……先に避難所だな……」
――――――――――――――――――
こっちは大丈夫。
俺もそっちに行くから待っててくれ
――――――――――――――――――
メッセージを送信して、
理人は静かに玄関の扉を開けた。
熱気と、
遠くで鳴り響くサイレンの音が流れ込んでくる。
アパートの共用廊下は静まり返っていた。
(さすがに誰も外に出てないな……)
ガン……ガン……
鉄階段を降りる度に、
鈍い金属音が響く。
理人は階段を降りながら、
周囲へ視線を向けた。
グチャ……グチャ……
駐車場の隅。
背丈は、
大人の膝ほどしかない。
裂けた口で、
千切れた腕へ喰らいついている。
「いきなりかよ……」
異形の動きが止まる。
ゆっくりと、
首だけが回った。
真っ黒な瞳が、
理人を捉える。
ギギィ……!
(仲間が集まる前に片づける!)
理人は一気に距離を詰めた。
異形が跳び退こうとする。
だが遅い。
「ッ!!」
理人の蹴りが、
異形の胴体へ叩き込まれる。
グギャァァァッ!!
軽い身体が、
地面を転がった。
(このサイズなら――)
(踏み潰した方が早い!)
理人はそのまま異形へ踏み込む。
グシャッ!!
頭部を踏み抜く。
異形が痙攣する。
さらに。
首元へ何度も踵を叩き込んだ。
グシャッ!!
グチャッ!!
やがて。
異形は動かなくなった。
「はぁ……はぁ……」
理人は荒く息を吐く。
「……体が思うように動かない…」
(今は極力戦闘を避けたほうがいいな)
息を整え、
理人は静まり返ったアパートを後にした。
道路には、
放置された車が並んでいる。
一部は窓ガラスが割れ、車体が凹んだものもあった。
(事故ったわけではなさそうだな…)
車から血が流れ、
その血痕が先に続いている。
理人はゆっくりと視線を動かす。
次の瞬間。
――ズン……
地面が微かに揺れた。
理人の足が止まる。
直後。
――ドゴォォォン!!
――ガッシャァァン!!
轟音が街へ響いた。
理人は通路の先を覗き込む。
そこにいた。
豚のような顔をした、
二足歩行の異形。
背丈は、
大人の倍近い。
筋肉質な腕には、
血がべっとりと付着していた。
(今の俺じゃ無理だな…)
理人は息を潜める。
「クソッ!!来るな!!」
シュッ――!!
放たれた矢を、
異形が薙ぎ払う。
「うぁっ!」
異形が一歩踏み込む。
次の瞬間。
男の頭が、
異形の手に握り潰された。
グシャッ――!!
赤黒い液体が周囲へ飛び散る。
「ガッ――」
男の身体が痙攣する。
(ごめん……)
理人は異形が立ち去るのを待ってから、
ゆっくりと物陰から出た。
男の頭部は原形を留めていなかった。
理人は視線を逸らすように、
足元へ転がっていたコンパウンドボウを拾い上げる。
「……使わせてもらいます」
理人はその場で手を合わせる。
(早く行くか…分かってても不安だ…)
地面へ落ちていた矢筒も掴み取る。
残っている矢は六本。
「大事に使わねぇとな……」
コンパウンドボウを軽く引く。
(使えなくはないか)
遠くでは、
まだ轟音が響いている。
理人は物陰を選びながら、
避難所へ進む。
(魔力が感じられれば楽なのにな…)
突如背後から小型の異形が理人に降りかかる。
「!!」
体に乗ってきた異形を咄嗟に殴り飛ばす。
「フンッ!!」
巨大な一つ目が、
地面を跳ねるように転がった。
サイズは、
サッカーボールより少し大きい。
血走った巨大な眼球。
その下には、
裂けた口がぶら下がっていた。
すると。
カサカサカサ――
続々と降りてくる。
五体…
八体…
十体以上の異形が理人に襲い掛かる
「チッ……!」
理人は後方へ跳ぶ。
同時に、
コンパウンドボウへ矢を番えた。
――シュッ。
矢が飛ぶ。
先頭を走っていた一つ目の中央へ突き刺さる。
グチャッ!!
異形が地面を転がった。
下がりながらもう一度矢を番える。
――シュッ。
矢が飛ぶ。
グチャッ!!
異形が地面を転がる。
(落ち着け…落ち着けば当てられる…)
もう一度矢を番える。
――シュッ。
グチャッ!!
三体目。
だが。
残りの異形との距離が近い。
(番える暇がない!)
理人はコンパウンドボウを地面に落とし、
包丁へ持ち替えた。
同時に。
リュックを前へ突き出す。
次の瞬間。
異形が飛び掛かった。
ドンッ!!
鈍い衝撃。
牙がリュックへ食い込む。
「フンッ!!」
理人は異形ごとブロック塀へ押し付ける。
そのまま、
擦り潰すように強引に引き剥がした。
グギャッ!!
そこへ。
残りの異形が、
一斉に理人へ飛び掛かる。
「クッ!!」
理人は咄嗟に身体を捻り、
リュックで防ぐ。
だが。
防ぎきれなかった異形が肩と足に噛みつく。
「イッテェ!!」
鋭い痛みが走る。
包丁を肩に噛みつく異形に突き立てる。
ギュッ!!
足元に寄ってくる異形を足で踏み潰す。
ギャッ!!
肩に噛みつく異形が離れない。
「クソッ!!」
もう一度、異形を何度も突き刺す。
肩に噛みついた異形を掴み、
理人は強引に振り回す。
グシャッ!!
別の異形へ叩きつけた。
巻き込まれた二体が、
まとめて地面へ転がる。
「ギギッ……!」
異形たちの動きが止まった。
血走った巨大な眼球が、
理人を見つめる。
「はぁ……はぁ……」
理人は包丁を構えたまま、
荒く息を吐く。
数秒の沈黙……
次の瞬間。
カサカサカサ――!!
異形たちは一斉に物陰へ逃げ込んでいった。
理人が視線を落とす。
足に噛みついていた異形は、
既に物陰へ逃げ込んでいた。
理人は壁へ背中を預ける。
「クソッ……」
肩から血が流れていた。
噛まれた足も痛む。
「避難所に行けば……まぁ、何とかなるか…」
ペットボトルの水を取り出し、
念のため患部にかける。
(消毒液とかあったらよかったんだがな……)
理人は周囲を警戒しながら、
地面へ落ちていたコンパウンドボウを拾い、
矢を回収する
矢は残り六本。
「もう一度さっきのが来たらヤベェな…急ぐか…」
=============================================
遠くに、
避難所となっている高校の建物が見え始める。
叫び声が聞こえる。
「やっと着いた…」
――ドゴッ!!
警察官の身体が、
校舎の壁へ叩きつけられる。
(あれは……)
嫌な音が響いた。
「みなさん!ゆっくりこっちへ来てください!」
教師風の男が避難民を校舎へ誘導している。
その中心。
豚のような頭の異形を、
五名の警察官が取り囲んでいた。
「凛さん!応援まだですか?!」
複数人でさすまたを突き出し、
異形との距離を保つ。
「まだ来れないみたい…」
ブシュゥゥゥ――
異形が鼻息を吐く。
次の瞬間。
ドゴッ!!
さすまたの一本が、
弾き飛ばされた。
「ぐぁっ!?」
警察官が地面を転がる。
「さすまたを掴まれるなよ!!」
警察官の額から汗が流れる。
さすまたを握る手が震えていた。
「全員で一斉に押さえ込むぞ…!!」
「誰か……発砲する準備をしろ!!」
凛が拳銃を抜く。
(凛さん!!)
理人の胸に、
わずかな安堵が広がった。
「押さえろ!!」
警察官たちが、
一斉にさすまたを押し込む。
ブシュゥゥゥ――!!
異形が低く唸る。
筋肉質な腕が暴れ、
警察官たちの身体が引きずられた。
「クッ……!!」
「撃てぇ!!」
――パンッ!!
――パンッ!!
乾いた銃声が響く。
弾丸が異形の胴体へ命中する。
だが。
ギィィィン――!!
弾丸が、
皮膚表面で止まる。
「なっ……!?」
そして。
潰れた弾丸が、
地面へ落ちた。
「弾が……効かない!?」
(護身剛気……!!)
理人の表情が変わる。
異形が腕を振るう。
ドゴォッ!!
「ぐぁぁっ!!」
さすまたごと、
警察官たちの身体が吹き飛んだ。
「全員!!離れろ!!」
だが遅い。
異形の腕が、
一本のさすまたを掴む。
ブンッ!!
警察官の身体が、
地面へ叩きつけられた。
「グハッ!!」
(思ったより状況が悪い……)
理人は物陰へ身体を寄せ、
包丁を握る。
(俺も加わるか……?)
脳裏に、
前回の記憶がよぎる。
凛は生き残っていた。
少なくとも、
この場では死んでいないはずだ。
理人は歯を食いしばる。
(こっちはケガしてるし…邪魔になるだけか…)
だが。
視線の先で、
異形が警察官を吹き飛ばしている。
(大丈夫だよな?…)
凛はさすまたを拾い上げる。
「こっちよ!!」
異形の注意を引きながら、
後ろへ下がる。
ブシュゥゥゥ――
異形が鼻息を吐く。
ゆっくりと、
凛の方へ顔を向けた。
「ッ――」
次の瞬間。
異形の腕が伸びる。
ガシッ!!
さすまたが掴まれた。
凛の身体が、
強引に引き寄せられる。
「!!」
理人は走り出した。
異形が凛を掴み上げ、
ゆっくりと口を開いた。
その時。
「フンッ!!」
理人が異形に肩車するように乗りかかる。
ガガガガガッ!!――
理人は包丁を、
異形の目へ何度も突き立てた。
黒い液体が飛び散る。
「グルァァァァァ!!」
異形が咆哮する。
凛を掴んでいた手を離し、
理人の足を掴もうとする。
「クッ…」
咄嗟に異形の頭を蹴り、
無理やり飛び降りる。
「早く逃げろ!!」
包丁からコンパウンドボウに切り替え、
矢を番える。
血まみれの片目が、
理人を捉えていた。
「ゲホッ…」
凛が咳き込む。
「凛さん早くこっちへ…」
凛はほかの警察官に連れられ、
校舎のほうへ向かう。
(よかった…)
理人は心の中で安堵する。
ブシュゥゥゥ――
異形が鼻息を吐く。
黒い液体を垂らしながら、
ゆっくりと理人へ向き直った。
(来るッ!!)
コンパウンドボウを異形へ向け放つ。
――シュッ。
カンッ!!
異形の胴体に当たり落ちる。
(やっぱ護身剛気が薄い所を狙わないと無理だな…!)
もう一度矢を番える。
次は頭、目を狙う。
――シュッ。
ギィィン!!
狙いが外れて肩。
矢が弾き飛ばされた。
(そもそもピンポイントで当てるのは無理か…)
ブシュゥゥゥ――!!
異形が激しく鼻息を吐く。
血まみれの片目を押さえながら、
理人を睨みつけていた。
「クソッ!!」
理人は牽制するように、
もう一度矢を放つ。
――シュッ。
カンッ!!
再び弾かれてしまう。
ドゴッ!! ドゴッ!!
異形が地面を砕きながら、
理人へ向かって走り出した。
「チッ……!!」
理人は踵を返す。
(マズイな…このままじゃ追いつかれる…!)
理人はコンパウンドボウを、
校舎側へ滑らせるように落とす。
(今は軽い方がいい……!)
理人はそのまま全力で駆け出す。
直後。
ドゴォッ!!
異形が曲がり切れず、
住宅のブロック塀へ激突した。
「ハァッ……!」
理人は振り返らず、
細い路地へ飛び込む。
グオォォォ!!
グシャァァァン!!
ブロック塀を破壊しながら、
異形が強引に追ってくる。
理人は一瞬だけ振り返った。
血まみれの片目が、
真っ直ぐ理人を捉えている。
(来た!)
理人はさらに細い路地へ飛び込む。
だが。
ドゴォォン!!
背後で、
異形が壁にぶつかりながら進んでくる。
(捕まれば確実に死ぬ!)
細い路地を何度も曲がりながら、
異形との距離を稼ぐ。
「ハァ…ハァ…」
ブロック塀を乗り越え、
住宅の庭に入る。
開け放たれた窓が目に入った。
物干し竿を掴み、
窓際にあったカーテンの留め紐を引き千切った。
リュックから油性ペンを抜く。
「クソ適当だけど…これで…」
包丁のあごを物干し竿へ引っ掛け、
左右をペンで噛ませる。
留め紐で強引に固定した。
理人は即席槍を両手で握る。
槍の後端を、
住宅の外壁に押し当てる。
「来い……!」
次の瞬間。
グシャァァァン!!
異形がブロック塀を突き破る。
グサッ!!
即席の槍が異形の左胸に浅く突き刺さる。
「クッソ!!浅すぎる!!」
グルルル……
異形が低く唸る。
次の瞬間。
異形は一歩後ろへ下がった。
血まみれの片目が、
理人を睨みつける。
異形が距離を取ろうとする。
その瞬間。
「フンッ!!」
理人は槍で追い打ちをかける。
一気に踏み込む。
狙うのは――目。
カンッ!!
(さっきより硬くなってやがる…)
異形の腕が一歩遅れて顔面を庇い、
さらに距離を取る。
(魔力が見えれば護身剛気の薄い場所がわかるんだがな…)
黒い液体が、
異形の胸から滴り落ちる。
だが。
致命傷には程遠い。
(考えても意味ないか…)
バキバキ……
異形がブロック塀を掴み破壊する。
「!!」
次の瞬間。
ブンッ!!
コンクリート塊が、
理人へ向かって飛んだ。
「ッ!!」
理人は咄嗟に屈み避ける。
「クッ!!」
理人は開け放たれた窓から、
家の中へ飛び込む。
直後。
ガシャァァン!!
背後へ、
コンクリート塊が突き刺さった。
窓ガラスの破片が、
周囲へ飛び散る。
メキメキ…
異形が窓のフレームを掴み、
力ずくで引き抜く。
「クソッ!!」
理人は立ち上がり、
廊下へ向かって走り出す。
背後で。
ガゴォォォン!!
窓枠ごと、
異形が室内へ身体をねじ込んだ。
家具を投げ飛ばす。
「ッ……!!」
理人は咄嗟に階段へ身を避ける。
ガッシャァァン!!
投げ飛ばされた棚が、
壁へ激突する。
理人は二階へ駆け上がる。
ガンッ!!
即席の槍が壁にぶつかる。
「思ったより邪魔だな…」
理人は槍を引きずるように、
二階へ駆け抜ける。
背後では。
ドゴォォォン!!
階段の手すりが砕け散った。
「ッ……!」
巨大な体を壁に押し付け破壊しながら、
二階へ上がってくる。
理人は近くにあった衣装ケースを引っ張り、
階段へ蹴り落とした。
ガラガラガラッ!!
服が階段へ散乱する。
異形が一瞬だけ動きを止めた。
「今のうちに……!」
理人は廊下の奥へ走る。
だが。
突き当たり。
逃げ場はない。
「ッ……」
視線の先。
開け放たれたベランダ。
カーテンが揺れている。
背後では。
ドゴォォォン!!
異形が階段脇の壁ごと突き破った。
「やるしかねぇ……!!」
理人はベランダへ飛び出した。
熱風が顔を叩く。
背後。
グオォォォォ!!
異形が壁を砕きながら迫ってくる。
「ッ!!」
理人は即席槍を、
ベランダの手すりへ引っ掛けた。
そのまま身体を投げ出す。
ギギギギギッ――!!
物干し竿が軋む。
「グッ……!!」
腕へ衝撃が走った。
落下速度が削がれる。
理人は地面へ転がるように着地した。
「ハァハァ…」
ギシッ……
物干し竿が曲がる。
ドゴォォォン!!
ベランダの手すりが内側へ曲がった。
理人は咄嗟に上を見る。
異形が身を乗り出している。
血まみれの片目が、
真っ直ぐ理人を捉えていた。
「チッ……!!」
理人は即席槍を握り直し、
再び走り出した。
===================================
警察官たちが住宅街へ駆け出す。
直後。
パトカーが細い路地へ突っ込んできた。
赤色灯が、
夜の住宅街を赤く染める。
「ダメだ!! これ以上は車が入れん!」
運転席の警察官が叫ぶ。
ブロック塀の残骸と、
放置車両で道が塞がれていた。
遠くで。
ドゴォォォン!!
壁が砕ける音が響く。
警察官たちの表情が強張った。
「こっちは一旦引き返す!!」
路地の奥へ向かって叫ぶ。
「向こうで合流しよう!!」
その瞬間。
『全員引き返せ、ここからは自衛隊に引き継ぐ』
無線から鋭い声が響いた。
『繰り返す、全員引き返せ、自衛隊に引き継ぐ』
数秒の沈黙。
「……了解。」
警察官は歯を食いしばる。
「一旦戻るぞ!」
===================================
重いディーゼル音が、
校庭へ響き始める。
「凛!!」
聞き覚えのある声。
「武さん…!」
凛が咄嗟に振り返った。
「無事か!!」
武が凛に駆け寄る。
「私は大丈夫…それより早く追いかけて…」
武の表情が変わる。
「あぁ、わかってる…」
遠くで。
ドゴォォォン!!
再び轟音が響いた。
「ここからは俺たちに任せろ…」
武は住宅街の奥を睨む。
===================================
「ハァ…ハァ…」
理人は壁へ背中を預けた。
汗が顎から滴り落ちる。
遠くでは、
まだサイレンと悲鳴が響いていた。
だが。
さっきまで追ってきていた足音は、
もう聞こえない。
「これだけ離れれば…さすがに大丈夫だろ…」
理人は即席槍を握り直す。
留め紐は半分千切れ、
包丁も少しズレていた。
(このケガじゃ…避難所まで戻るのは難しいかもな…)
肩から流れた血が、
服へ滲んでいる。
噛まれた足も熱を持ち始めていた。
「予定が狂ったな…」
地面に座り込み、
空を見上げる。
目の前には巨大な塔が、
街を見下ろすようにそびえ立っていた。
「どうせ、いつかは行くつもりだったんだ…」
(こうなったら、先にAbilityを手に入れる…)
理人はゆっくり立ち上がり、
目の前のコンビニに足を運ぶ。
自動ドアは半分壊れていた。
扉をこじ開け、
店内へ足を踏み入れる。
水・度数の高い酒。
栄養ゼリー・缶詰・ビーフジャーキー。
包帯・ガーゼ・消毒液・絆創膏。
ライター・ロープ・ガムテープ。
使えそうな物を、
次々とリュックへ詰め込んでいく。
棚へ背中を預け、
消毒液を肩へかけた。
「ッ……!!」
焼けるような痛み。
(タワーなら回復薬があるはず…それまでの辛抱だな)
顔をしかめながら、
乱暴に包帯を巻いていく。
次に物干し竿の曲がった部分へ足を乗せる。
バキッ!!
先端が折れた。
「これくらいなら使いやすいかな…」
即席の槍を再度ロープで頑丈に固定しなおし、
コンビニを出る。
夜の街を見下ろすように、
巨大な塔がそびえ立っていた。
「……行くか」
理人は即席槍を握り直した。




