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第41話・月餅(前編)

オム「ぜん、ぜん……【カキカキ】」


オム「……」


オム「りゃく、りゃく……『りゃく』ってどんな字だっけ?」


***


ナレーション6「時に。サンドラ=ブレンなる女がおりました。無口かつ幼い外見ながら四半世紀超の人生経験を有する雪ウサギ隊の年長者であり、インテリジェンスとテクノロジーで隊を支える様はまさにブレインであります。そんな彼女は今宵、酔い潰れた仲間たちの安眠を願って雪山の空に『サンダンバラフエタ』の踊りを捧げていたのでした」


ブレン「……」


ヒレイ・ハツ・マロー「ZZZ」


メガネ「……うーん、いつの間にか寝てもうた……」


オム「【カキカキ】……前略。お身体の具合は如何でしょうか。缶詰のせいで入院したと連絡を受けた時はなんのこっちゃと首をかしげました。今でも意味がわかりません。退院後にでも経緯を教えてください」


ナレーション6「雪に敷かれたダンボールの上、頭痛と倦怠感で目を覚ますメガネ。身体の上には雪ウサギ隊の女どもが積み上がっています。またか、重いから勘弁してほしいわ、などと心の中でぼやきながら女体の山から這い出ると、踊るブレンと目が合いました」


ブレン「……ママ」


メガネ「ああ、大丈夫。アンタのせいで起きたんとちゃうから。コイツらが重いから目、覚めてもうたんや」


ヒレイ・ハツ・マロー「ZZZ」


オム「【カキカキ】……早いもので、もう9月です。日が短くなり、東京では夜の冷え込みも徐々に増してきました。9月といえばやはり月見ですね。街を歩けばハンバーガーショップが十五夜にかこつけて月見商戦を展開しています。玉子入りのバーガーなど通年で売っているのに、何故ああも得意気に、さも季節の風物詩であると言わんばかりに玉子入りのバーガーを売り出せるのでしょうか。呆れたものです。とまあ、毎年食傷気味でございましたが、最近では呆れを通り越して、むしろ毎年よくやるもんだと感心を覚えるようになりました。これもひとえに私が歳を重ねたせいでしょう。変わりゆく自分、そして、変わりゆく世の中。きっと人は皆無常に抗いたい気持ちを心の奥に持っていて、老いるほどにそれを強く感じるのです。だからこそ、いつの時代も変わらぬハンバーガーショップの商魂逞しさに惹かれるのかもしれません」


ブレン「ママ」


メガネ「ええって、気にせんで。構わず続けて。ウチ、酒に悪酔いしてもうたみたいで、ちょっと夜風に当たりに来ただけやから」


ブレン「……」


ナレーション6「メガネが焚き火の前に座ると、ブレンは踊りをやめて、寄り添うようにメガネの横に座るのでした」


メガネ「本当に気にせんでええのに」


ブレン「ママ」


メガネ「え?『夜風に当たるなら小生のそばを離れるな』?なんで?」


ブレン「ママ」


メガネ「『火を焚いているとはいえ、ここは標高3000メートルの高所だ。夏でも夜はセ氏0度付近まで気温が冷え込むし、低体温症になるおそれがある』?……いやいや、今夜は全然寒くないし、流石に低体温症にはならんでしょ。第一、そんなこと言うたら、薄着で踊っとるアンタの方がとっくに低体温症になっとるはずやろ?」


ブレン「ママ」


メガネ「『雪ウサギ隊のメンバーはアイスキャンディー農場で寒さに適応したから平気なのだ。でもママは違う。雪ウサギ隊のみんながサイコパワーでママに体温を分け与えているおかげで今は寒く感じないだけ。サイコパワーの効果が切れたら急激に体温が低下する』?……どゆこと?『アイスキャンディー農場』って何?」


ブレン「ママ」


メガネ「『屋内スキー場の地下に巨大な農場があって


ナレーション6「ブレンによるアイスキャンディー農場の説明は、前回、ヒレイが酒の力を借りて語った内容と被るので省略いたします。残念なことに、ヒレイがトラウマに心を震わせながら打ち明けた過去は聞き流され、誰の耳にも届いていなかったのでした」


メガネ「そ、そんなことがあったなんて……」


オム「【カキカキ】……さて、ここまでハンバーガーショップの話題をつらつらと書き連ねてまいりましたので、この手紙を書いている私はハンバーガーを肴に月を眺めているとお考えでしょう。ところがどっこい、今の私は焼き菓子を片手に『ケツ』を眺めております」


ブレン「ママ」


メガネ「……なんて言えばええんやろか……幕府の人間として申し訳ないわ。知らなかったってのは言い訳にしかならんし、今更ウチが謝ったところで辛かった経験がなかったことになるわけでもないんやろうけど……とにかく、ゴメン」


ブレン「ママ」


メガネ「『ママが気にすることじゃない。確かに幕府の人間は嫌いだが、ママのように国のために命を賭けて戦った末端の兵士を攻めたいわけじゃない』?……そう言ってもらえると救われるわ。ありがとう」


ブレン「ママ」


メガネ「『憎むべきは政府と幕府の高官だ。アイスキャンディー農場は天下りの温床にもなっていた。政界を退いた薄汚いオヤジどもが名ばかりの責任者として就任し、私腹を肥やしていたのだ』」


ブレン「ママ」


メガネ「『普段、農場の管理は下っ端の監視員に丸投げしておいて、時々視察に来たと思えば決まって資金繰りと利益率にケチだけつける。建設的なアドバイスをしていた場面はついぞ見たことがない』」


ブレン「ママ」


メガネ「『そして最悪なことに、オヤジどもは農場の子供たちに手を出していた。わかりやすく愛人探しが目的のスケベなヤツもいたし、海外に子供を売り飛ばしてひと儲けしようとする金目当てのヤツもいた。いずれにせよロクな動機ではないし、民衆の目が届かないのをいいことに子供の尊厳を踏み躙る卑劣な行為をしていたという点で変わりはない』」


ブレン「ママ」


メガネ「『もちろん、我々雪ウサギ隊も標的にされたが、矢面に立って汚れ役を買って出てくれたのがヒレイだ』?……ええ!?汚れ役ってまさか!?」


オム「【カキカキ】……日本では生憎、今年の十五夜の空は雨模様です。しかも北海道から九州にかけて連なる秋雨前線の影響で全国的に悪天候が広がっているそうです。せっかく気合を入れて準備したところにこの仕打ち故、悔しさから代わりの楽しみはないかとAIに尋ねたところ、どういうわけかケツを見なさいとの返答がありました」


ブレン「ママ」


メガネ「え?『勘違いするな。ヒレイは貞操を安売りする女じゃない』?」


ブレン「ママ」


メガネ「『汚れ役というのは暗殺の話だ』」


ブレン「ママ」


メガネ「雪ウサギ隊はハツの経口熱移動術で体温を分け合っているうちに、口以外の部分で他人と触れ合ってもある程度自由に体温を行き来させられるようになった。その能力を使って、ヒレイはオヤジどもを暗殺し、仲間を守ってきたのだ』」


ブレン「ママ」


メガネ「『オヤジが品定めに来ると、ヒレイは積極的にボディタッチをする。日頃からベタベタと他人に触りまくる人間と印象づけておくのだ。で、いざオヤジの声がかかれば抱きついて、ガッチリと腕を絡ませるぐらいのスキンシップを図る。後はオヤジが農場からヒレイを連れ出そうとしている道中、人目につかないタイミングを見計らって一気にオヤジの体温を奪い、低体温症に至らしめて殺害するのだ』……壮絶やな」


ブレン「ママ」


メガネ「『雪ウサギ隊のメンバーがオヤジに目をつけられる度、ヒレイが身の危険を承知であえて暗殺を請け負ってくれた。ヒレイは豪胆で大雑把な女とはいえ、人を殺める心理的負担は少なからずあったはずだ。ましてや、10代そこそこの子供が大人に立ち向かう恐怖心は計り知れない。万が一しくじれば、どんな処遇が待っているかもわからない。にも関わらず、勇気を振り絞って仲間のために行動してくれたヒレイはやはり昔から我々の隊長だった。当時は雪ウサギ隊という名前すらなかったが、チームの拠り所は紛れもなくヒレイだったのだ。故に彼女の恩義に報いるべく、小生もハツもマローも今日までヒレイに付き従ってきたのだ』」


オム「【カキカキ】……AI曰く『月』と『ケツ』はローマ字で書くと『TSUKI』と『KETSU』のようになり、名前を構成するアルファベットの80パーセントが一致するそうです。音読みの『GETSU』だとアルファベットの配置まで揃う。だから中秋の名月の代替品には中秋の名ケツがぴったりなのだとか」


ヒレイ「ZZZ」


メガネ「でも、暗殺って1度や2度とちゃうのやろ?3度、4度と不審死が続いたとなると、流石に怪しまれなかったん?」


ブレン「ママ」


メガネ「『怪しまれなかったのかと訊かれれば、確かに怪しまれはした。だがむしろ幸運なことに、怪しまれることで雪ウサギ隊に手を出そうとするオヤジが減った。正確に表現するならば気味悪がられた、と表現するべきだろうか。オヤジの相次ぐ不審死に雪ウサギ隊の関与が疑われたが、殺害に使われた凶器が出てくるわけでもないし、死因が毎回決まって低体温症だったことから施設内の温度管理体制の方が睨まれた。ヤツらには人間が他人の体温を操作できるという発想がなかったから。結局、最後まで殺害の決定的な証拠が明るみに出ることはなく、いつしか雪ウサギ隊に関わると呪い殺されるというオカルトな噂が立って、オヤジどもの方から雪ウサギ隊を避けるようになったくらいだ』……な、なるほど……」


オム「【カキカキ】……AIが名ケツの持ち主を紹介してくれるというのでサジェストの案内に導かれるままにジパングへと赴いたのですが、その持ち主というのがなかなかに奇妙な女でした。なんと、高度3000メートルの雪山に住んでいて、大層寒いというのにレオタードを着ていて、屋外に敷かれたダンボールの上で雑魚寝をしていたのです。この光景を目前にして、私は我に帰りました。月を見たいはずだったのに自分は一体何を見せられているのだろうか、と」


ヒレイ「ZZZ」


ナレーション6「ヒレイの哀しき汚れ仕事によって守られた雪ウサギ隊。しかし、彼女たちに新たな魔の手が忍び寄り、後の大事件の引き金となるのでした。事の詳細は引き続きブレンの口から語られるのですが、それはまた次回のお話。今回はこの辺でお開きとさせていただきます。悪しからず!」


オム「【カキカキ】……そもそもジパングは7月ですから、夏真っ盛りです。中秋でもなんでもありません」



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