第38話・注文
ショウ「見てよこの年季の入ったメニュー表!色褪せててさ。ほんのり油っぽくてベタベタしててさ。値段書き換えた痕跡があったりしてさ。味わい深いわ~」
ハン「はあ」
ショウ「最近はメニュー表じゃなくて券売機やらタブレットやら置いてる店、多いじゃん?特にチェーン店なんかはどこもそう。いや、便利ではあるよ?便利なのは認めるけどさ、たまにはこういうアナログな媒体で何を注文するか、のんびり迷いたかったりするわけよ。こういう小規模な個人経営のメシ屋じゃないとメニュー表、お目にかかれなくなってきてるよね~」
ハン「はあ」
ショウ「そうそう!それでさ、客にスマホで注文させる店……アレ腹立たない!?」
ハン「別に」
ショウ「充電とかデータ容量、気になるでしょーが!この画像を表示するのに何メガ消費するか……とか考えちゃって、おちおち料理の写真も眺められないっちゅーねん!!」
ハン「そこまで気になります?ゆーて、充電とかデータ容量、そんなに食われるもんでもないでしょ」
ショウ「1回の消費は微々たるもんでも積み重ねたらバカにならんでしょ。それに、スマホ持ってない人はどうすんのよ。メシ食いたきゃまずはスマホ買ってこいっちゅーんか!?」
ハン「……うん、あのさ。スマホの話は後で聞くんで、早く注文決めてくれません?腹減ったっス」
ショウ「あ、ゴメン。もう決まってる」
ハン「ならはよ言わんかい。ブザー押しますよ?【カチッ】」
ショウ「……」
ハン「……」
ショウ「……取りに来ないね、注文」
ハン「接触悪いのかな?【カチッ】」
ショウ「……」
ハン「……」
ショウ「……電池切れてるんじゃない?」
ハン「……【カチッ】……【カチッ】……【カチカチカチカチカチカチカチカチ】」
ショウ「やめなさい」
***
ナレーション4「前回の【ピー】。座礁連峰の一角・カッパ岳の山小屋にてシマチヨとマルチヨ、ついでにメガネを失神させた【ピー】隊は戦いの後始末を【ピーピーピーピーピーピーピーピー】」
ハツ「んチュッ……ペッ!んチュッ……ペッ!」
メガネ「何しとるん、アレ?」
ヒレイ「記憶処理だよ、ママ」
マロー「ヘェッ、ヘェッ」
メガネ「記憶処理?」
ナレーション4「ブレンが修繕を施している山小屋の裏。そこには失神したマルチヨに口づけをしては地面に唾を吐くハツの姿があった。流れ作業のように口づけと唾吐きを繰り返し、時折靴底で土と唾を踏みならす。その様子をメガネ、ヒレイ、マローが眺めている」
ヒレイ「アイツはナチュラルボーンで『経口熱移動術』の使い手なんだ。人体にまつわるあれやこれやを食べ物感覚で口移しできるんだぜ、ママ」
マロー「ヘェッ、ヘェッ」
メガネ「ケイコー……何て?」
マロー「経口熱移動術。このマローが解説しよう、ママ」
メガネ「うわっ!……いきなり賢くならんといて。心臓に悪いから」
マロー「かつてアラスカに住んでいた少数民族『【ピー】』の間で使われていた秘伝の術……それが経口熱移動術だ。【ピーピー】というわけではないが、彼らの【ピー】が【ピー】に不便な【ピーピー】であった都合上、【ピー】の目に触れる機会が少なかった故、秘伝の術と呼ばれるようになった経緯がある。体温調節機能の発達が不十分な子供、あるいは【ピー】により生存に必要な体温を確保できない者に対して、口移しで体温を【ピーピーピーピー】だ、ママ」
メガネ「はあ」
マロー「情勢の変化に伴い部族としての【ピー】は消滅したが、【ピー】の子孫がロシアに移住していたことで、経口熱移動術は大陸に伝承されることになる。ソ連時代に国家を挙げて術の研究が進められたことで、体温だけでなく、記憶、DNA、サイコパワー、【ピー】、【ピー】の情報などを人体間で受け渡しできるようになったと言われているんだ、ママ」
メガネ「はあ」
マロー「術の急速な発展はサイコパワーの研究を行うKGBの下部組織『【ピー】』による功績が大きいとされてきたが、実はレニングラードの生物学者『【ピピピピーーーー】』がほぼ独力で体系化を成し遂げていて、その研究成果をKGBが横取りしたと見るのが最近の定説とされている。いずれにせよ、経口熱移動術が【ピー】時代のソ連の諜報活動を支えていたのは間違いない。西側諸国の要人と巧みに接触し、【ピピーピピピー】を仕掛け、【ピーピー】の隙に術で【ピー】や【ピー】を読み取る……情報を得る手段としては【ピー】や【ピー】で自白させるよりもよっぽど信頼性が高い。中には、用済みになった要人の体温を奪って低体温症に至らしめ、現場に凶器を残すことなく暗殺、なんて荒業をやってのける諜報員もいたそうだよ、ママ」
メガネ「はあ」
マロー「それから、経口熱移動術には相手から熱を奪う『ハマキ型』と相手に熱を送る『アダムスキー型』の2種類の型が存在するが、修得の難易度は『ハマキ型』の方が圧倒的に難しいらしい。相手に熱を送るだけならば一方的に無理矢理送り込めばいいが、熱を奪うとなると、相手の肉体と自分の肉体をシンクロさせて、的確に相手の体調を把握する必要があるからな。建物で例えるとわかりやすいだろう。建物に熱を与えるならば【ピー】すればいい。だが、建物から熱を奪うには内部の構造を理解し、熱源の位置を把握した上で【ピーピー】をする必要がある。それと似たようなものだよ、ママ」
メガネ「はあ」
マロー「ちなみに、口づけで人が元気になったり衰弱したりする様子が昔の人の目には大層奇っ怪に映ったようで、口づけを黒魔術の類と見なす文化もある。その文化圏で生まれた言葉が『知らない人とキスをしてはいけません』という意味の『口は災いの元』だと言われているよ、ママ」
メガネ「『口は災いの元』ってのはそういう意味とちゃうと思います」
ヒレイ「まあハツの場合、口づけのついでに気に入った相手の口の中をベロベロ舐め回す悪癖があるし、ある意味災いかもしれねぇな、ママ」
メガネ「……さっき起きた時、ウチの口の周り、なんか唾液みたいなのでベタベタしとると思ったけど、まさか……」
ヒレイ「ああ、舐められてたぞ、ママ」
メガネ「【ピーーーーーーーーブツン】」
ナレーション4「お察しの通り、失神したメガネはハツの『人工呼吸』の餌食になっていたのだった」
ブレン「ママ」
ヒレイ「お、山小屋の修繕終わったのか。ハツの方も一段落ついたみてぇだし、後は俺たちでポンコツとみそっかすをいい具合に寝かせて、ぼちぼち引き上げるとするか。な、ママ?」
ハツ「……ねえみんな、ちょっといい?」
ヒレイ「何?」
ハツ「さっきみそっかすの記憶を読んだんだけどね、この手榴弾……火薬が入ってないみたいなの」
メガネ・ヒレイ「……は?」
マロー「いやいや、そんなわけヘェッ、ヘェッ」
ハツ「詳しいことはわからないんだけど、どうも、殺傷力のないハリボテらしいのよん。みそっかすもそれを理解した上で持ち歩いてたみたいだわ」
ヒレイ「ハリボテ……って、んなもんなんのために持ち歩いてるんだよ?」
ブレン「ママ」
メガネ「え、何?『小生の情報網によると、現在、正規軍では新しく武器を開発するにあたり、試作品を兵士に持たせて積極的なフィードバックを募っている。ただし、なまじ殺傷力のある武器を末端の兵士に持たせると、暴発や反乱兵に利用されてしまうなどのリスクがある。万が一民間人を巻き込むような事故が起きれば、目も当てられない。故に慎重を期して、支給する試作品は殺傷力のないハリボテ……いわゆるモック品に限定している。その一方で、支給するモック品の中に粗悪品を紛れ込ませ、あえて反乱兵に奪わせることで粗悪な兵器開発の技術を流布し、戦力の低下を誘う狙いもある』やと……?」
ハツ「……えぇ。じゃあ何?あたしたち、軍の計画に踊らされてたってわけ?」
ヒレイ「……クソッ、してやられたぜ。俺ともあろう女が情けねぇよ」
マロー「ヘェッ、ヘェッ」
メガネ「……まあ、アンタたちに怪我がなくてよかった。それでええやないの」
ヒレイ「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。愛してるぜ、ママ!」
ハツ「ママ!!」
マロー「ママ!!!」
ブレン「ママ」
メガネ「うわっ、また!その『ママ』ってのやめーや!!」
ヒレイ・ハツ・マロー「えー!!!」
ブレン「ママ」
シマチヨ「……んん」
ヒレイ「やべっ。お前ら、ポンコツとみそっかすが起きる前に撤収するぞ!」
ナレーション4「ブレンが修繕を施した山小屋。そして、ハツが記憶処理を施したシマチヨとマルチヨ。まるで最初から何もなかったかのような現場を尻目に、雪ウサギ隊はワームホールの中へと消えてゆく」
***
ハン「おっかしいなー。こんだけ押しても全然鳴る気配ないっスね。壊れてんのかな?」
ショウ「バカ!押しすぎ!!元々壊れかけだったかもしれないけど、お前の連打が最後のトドメになった可能性だってあるでしょーが!?」
ハン「え~?だって全然反応しないし……あれ、もしかしてこっちのボタンで注文するんスかね?」
ショウ「ん?何そのボタン?……おもちゃ?」
ハン「いや、知らないっス。座席の端っこに置いてあったっス」
***
シマチヨ「……んん……あれ……寝ちゃってたのか。……なんでアタシたち小屋の外にいるんだっけ?」
マルチヨ「ZZZ」
シマチヨ「マル……おいマル。起きて」
マルチヨ「うーん」
***
ショウ「なんというか……ロボットアニメに出てくる自爆スイッチみたいだな」
ハン「押してみましょうか」
ショウ「待て待てバカ!本当に自爆スイッチだったらどーすんのよ!!この作品ギャグだから店ごと吹っ飛んで爆死してもおかしくないんだよ!?」
ハン「大丈夫ですって。死にやしませんよ。ギャグ作品の爆発の後はみんな仲良く真っ黒焦げのアフロになるのが相場と決まってますから。むしろギャグ作品で自爆スイッチ押さない方が萎えるでしょ。ってなわけでカワバンガ!【ポチッ】」
ショウ「ヒエッ」
***
シマチヨ「マルってば」
マルチヨ「んん……」
ナレーション4「マルチヨの名を呼び、肩を揺さぶるシマチヨ。だが、マルチヨはなかなか目覚めない」
シマチヨ「もう、しょーがないな」
ナレーション4「マルチヨの身体を肩に抱え、運ぼうとするシマチヨ。ふと、持ち上げた勢いでマルチヨの上着から手榴弾が溢れ落ちる」
シマチヨ「ああ、ダメじゃない。いくら火薬が入ってないとはいえ、手榴弾はちゃんと仕舞っておか【ドガン!!!】」
***
ハン「……何も起きませんね」
ショウ「……ブハッ。ビビって損した」
ハン「もう普通に店の人呼びましょうか。すいませーん!」
店のおばちゃん「はいはーい、どうされました?」
ハン「ブザー反応しないみたいなんスけど、注文いいスか?」
店のおばちゃん「あらやだ。ごめんなさいねぇ。うちの店、今日からスマホ注文になったのよ。うっかりブザー片し忘れてたわぁ」
ショウ「え」
店のおばちゃん「メニューの冊子の最後のページにコードが貼ってあるから、スマホのカメラで読み取って注文してくださいねぇ~」
ショウ「……」
ハン「あ、それからもひとつ。この自爆スイッチ、なんなんスか?」
店のおばちゃん「ん?えーっと……何かしら、ソレ?」
ハン「お店の備品じゃないんスか?座席の端っこに置いてあったっスけど」
店のおばちゃん「あらやだ。前のお客さんの忘れ物かしら。とりあえずお預かりしますね~」
ハン「はい」
店のおばちゃん「それじゃ、ごゆっくりどうぞ~」
ハン「は~い。……結局アレ、なんのスイッチだったんスかね?」
ショウ「……」




