暗黒霊の置き土産
今回からまた新しい御供が登場します。
果たして今度の彼女も主人公に堕ちるのか……
「……なんだぁ、これ?」
体全体に流れる何か――今までに無かった力に満ちた感覚と共に目が覚めた。
「なんだか滾って来るな。まさか、これが魔力って奴か? マァタナの姿が見えないが……」
いや、姿が見えない理由は大体分かる。この力の原因もあいつだろうし、恐らくこの力を渡して魔力が尽きて消えたか。
「なんでこんな事をしたのかが一切分からないが……ん?」
「――グルルッ!」
マァタナの作った闇の囲いが消えたせいか、先に襲い掛かった狼の魔物と同じ奴が俺の近くに現れた。
「懲りねぇな……これでどうだ!」
風を纏って凄まじい速度で接近してくる3匹の狼共。俺はマァタナの様に手を動かして闇を操った。だが見様見真似なので上手くはいかず、狼の胴体に直接風穴を空けてやるつもりだったが魔物の前に壁の様に湧きあがらせてしまった。
「っち……まあ、これでもいいか!」
闇の壁を下に落として魔物共に叩きつけた。叩きつけた壁の側面は棘状になり狼狽えている奴らを貫いた。
「――ああ、勿論お前も忘れてないぜ?」
「ッガゥ――!?」
振り向いた先にいた狼に闇の槍をお見舞いした。操るよりも直接手に握って振るった方が簡単だ。
「同種族と同じ方法か……英才教育でも受けてんのか?」
まあ、それで死んでるんだから英才なんて名前負けだが。
「ん? 何だか力が抜けて――」
俺は体中に満ちていた闇の魔力が抜け出て行くのが分かる。このままだと数分の内に無くなってしまうだろう。
「なんとかして留めれないのか!? そうだ、この指輪に!」
何時の間にか小指に嵌められていた黒い指輪を見て、マァタナと関連していると思った俺は体の外へ出続ける魔力を指輪へと向かわせた。
その直感は正しかった。闇の魔力は全て指輪の中へと吸い込まれるとそこから漏れ出ることも無くなった。
「――あれ? どうなってるんだ?」
指輪に移したおかげなのか、先までの高いテンションがすっと無くなった。
現役高校生なので酒を飲んだ事はないが、もしかしたら今の俺は魔力に酔っていたのかもしれない。
「な、何だか典型的な魔王? みたいな……闇の力で無敵って感じのテンションだったなぁ……」
(恥ずかしっ! 誰にも見られなくて――もとい唯一の目撃狼を始末出来て良かった!)
数秒を無言で過ごして漸く落ち着いてきた俺は現状を確認する事にした。
「……もうそろそろ夜が明ける。マァタナはいないが馬車は無事。闇の魔力があるから恐らく闇の中に片付ける事は出来るだろうけど……これ、そんなに長く持たないよなぁ」
俺の体から抜けていたし、あくまで契約の指輪の中に閉じ込めただけ。使えば減るだけで補充される事はない。
「仕方ない。誰か召喚して――」
(――していいのか? 本当に?)
俺は一度頭の中に生まれた疑問について考えてみる事にした。と言うのも、召喚される召喚獣は確かに俺の事を守ってくれている……しかし、ファーレイもマァタナも何故か頼まれてもいない事を俺の為だと言って行動する。それも気遣いとかそう言う次元の話ではなく、一国の王を脅したり、一時的にとはいえ人格にすら影響を与える闇の魔力を譲渡した。
「また新しく召喚するべきなのは分かってる……だけど、簡単には出来ないよな……」
チラリと黒い指輪を見る。限りはあるが自衛の手段はある。
次の国までは山を1つ超えるだけ。ならば、1人で渡り切ってしまうのも手だろう。
「……まぁ、最悪契約して気心しれてるどっちかを召喚するのもありか……送還の方法も知ってるし」
ボヤいていても何も始まらないので俺は早速山の中に入っていた。
断崖絶壁を登る訳でもないので山道を通っている時に遭難さえしなければ何とかなるだろう。
***
「あ、祖竜霊様!」
「祖竜霊様だ!」
『祖竜霊様ぁ!』
「おはよう、皆元気だね! だけど、挨拶は忘れちゃ駄目!」
『はーい! おはようございまーす!』
元々は1匹の竜だった私は約300年前に竜と人の間を取り持った事を女神に認められ、この町、この国の中で祖竜霊と呼ばれる召喚獣になりました。
召喚獣は基本的に個別に空間が用意され、召喚される以外の方法では出れない――しかし、私は例外でした。いつも月の始めに縁あるこの地と、そこに住まう多くの竜人達が生きている間に自然と放つ竜の魔力に誘われ召喚される。
(と言っても殆ど力も実体も無い、姿が見える幽霊みたいだけど)
「ああ、祖竜霊様……ありがたやありがたや」
「おばあちゃん、今日も元気そうね!」
「これも全部祖竜霊様のお陰ですよ」
だけど、そんな見えるだけの私でもこうやって現れるだけで感謝されありがたがられる。今の私は800年を生きた竜の姿ではなく、人間を目指し竜人に成った人間で言う20歳位の姿。天を飛んで、町を見下ろす。
竜と人の間に生まれたドラクラムの竜人達は勿論、人間や他の亜人達も私を最高位の精霊として崇めている。私の夢見た他の種族と共存する国が此処にある。
(まさか、死んでからもこんな幸せな風景が続くなんてね……生まれた時はこの地で人間や亜人と争いばかりしていたなんて嘘みたいね)
もはや私しか知らない過去を思い出しつつも今日も国中をあちらこちらと歩き回る。
この行動のお陰かは分からないが目立った対立はこの国内では起こらない。しかし他の国ではそうもいかない。
最近、またしても魔王が現れた。勇者を召喚したのは人間の治める王国“ヘイノーム”。魔王が現れてからずっと勇者を召喚し続け、その魔法の権利を握っている国だ。
勇者の召喚は今の所彼の国でしか出来ず、それ故にヘイノームは国外に対して強い立場を持っている。
「魔王……か」
一度だけ、異世界の勇者と共闘して戦った事があった。封印を破り、力を蓄え切れていなかった魔王だったがその存在は凄まじく、竜だった筈の私も少し震えたのを覚えているた。
(だけど、勇者はそれを3回剣を振っただけで倒した……)
それから私は残りの寿命を全て使って人間になる方法を探した。近くで見た勇者の強さへの憧れもあったが、それ以上に魔王討伐の旅の中でみた人間の家族の形を羨ましいと思ったからだ。
卵から孵って数ヵ月後には1匹で生き抜いていくドラゴンとは違い、人間は長い時間を家族と過ごし、やがて親元を離れて親になる。
「今日も異常なし、かなぁ」
国の端から端を通ってみたが特に何もなく、多くの民と言葉を交わすだけの穏やかな時間。次の月には魔王が倒されている事を願おう。
「勇者かぁ……結局、家族は手に入ったけど、あの力には届かないまま……」
未練がましいが、絶大な力を持つ竜として生まれたのに勇者の力には届かないし、召喚獣である私にはもうこれ以上強くなる事は出来ないだろう。
「力、欲しいな……まぁ、ポンっと渡される様な物でも無いし、やっぱり無理だよね」
叶わない願いをボヤキながら夕焼けを見る。完全な夜が訪れれば私の時間も終わる。
「……これからもドラクラムが、平和でありますように――」
こんな私も今の平穏は心地良く感じる。出来ればこのままずっと、変わらないでいて欲しい。
「――ん? なに?」
余り感じた事の無い強い魔力を感じる。この方角は――あの山か。
「初代魔王の城に続く忌わしい山……って事で人が通る事が無い筈の場所なんだけど……あれ、でもこの魔力の感じ、もしかして私――精霊に近い?」
けれど精霊は、特に魔力を持つ強大な精霊は滅多に自分の空間が位置する地域を抜け出さない。そもそも召喚されなければ自由に動く事も出来ない筈。
「……この姿じゃ何もできないけど……! 見て見ぬフリをする訳にもいかないわ!」
意を決して私は山へ向かった。もし何か悪い事が起こるならばせめてこの目で見て誰かに知らせないと!
***
「漸く半分って所かな……獣道を通り過ぎて何処にいるかは分からないが、高さのお陰で上っている事だけ分かるのが幸いか」
草木を掻き分けて進み続けていたが山の中は坂や崖が多く、それが行き止まりとなりかなりの時間を使わせた。一度は闇の魔力で空を飛ぶ事も考えたが飛行の方法が分からなかったので下手に使うわけにも行かず、半分遭難しかけながらも登山を続けた。
「だけど、魔物には襲われなかったな……今度はもっと大きな群れで襲い掛かってくると思っていたんだが」
狼や未知の魔物を警戒していたが、此処まで結局戦闘は起こらなかった。
「指輪に押し込んだ魔力が魔物避けになっているのか、それとも山の中では生息していない……は流石にあり得ないか」
だが、いくら姿が見えなくても馬車を取り出すのは少々躊躇われる。今回は見張りをしてくれる召喚獣はいないし、寝ている間に積み荷を貪られたら今後の生活に支障が出る。
「今日は取り敢えず木の上に縄で体を縛って休むか」
指輪に意識を集中させて闇に閉じ込めていた荷台を出現させて、夕食の準備をする。
「鍋、フライパン、まな板、包丁、各種食器……思えば、ファーレイのお陰でこれは全部揃えられたんだよな。馬車を操ってくれたのもファーレイだったし……」
1人になったせいかどうも過去を振り返ってしまう。過去と言っても1週間足らずの出来事だった筈だが、この旅が短い期間の間に色々起こり過ぎたか。
(マァタナに関しても意図はどうあれ最後にはこの魔力を託してくれた。召喚獣の考えは相変わらず分からないが俺に尽くしてくれていたのは間違いない……か)
料理をしながら、更に過去を振り返る。
俺が日本で暮らしていた頃だ。
(……平凡だったな。学校じゃそこそこクラスメイトと話していたし、いじめられた事も不なければ直ぐ近くに不良や体罰教師なんて存在しなかった。
まあ、特別親しい友達もいなければ彼女もいなかった訳だが…………そんな俺に、なんであの神様は近付いて来たんだ? 俺でなければいけない理由なんてあるのか?)
俺はそっと鍋に蓋をし、それらしい答えが思い浮かばないので理由についても諦めた。
(いや、きっとあの神様の気紛れだろうな……俺でも、そこらへんのサラリーマンでも良かったって事だろうなぁ……とんでもない外れクジだな)
「そういえば今日は漫画の更新日……くそ、もう読めないのか」
あまり振り返っても気分が悪くなりそうなので料理に集中する事にした。時計は無いので腹の減り具合と日の落ちる時間で判断しているので、夕食を夕方に作っているが日本では珍しい事なんじゃないだろうか。
(干し肉と野菜をスープにしたり炒めたりを交互にしている訳だが、ファーレイが光の魔力やマァタナの闇で鮮度を保ったままにしてくれているお陰でまだまだ食料は無事だ。もっとも、そろそろしょっぱい干し肉じゃなくて新鮮な肉が食べたくなってきたけど)
米も鍋で炊いているがやはり日本の物とは味と食感が少し異なる。細く長い米は昔教科書で海外の米の写真で見た物とそっくりだ。
「っと……そろそろ出来たか」
今日も水分多めのスープだ。塩が強すぎる干し肉を出汁にしないとしょっぱ過ぎて食えない。
「さて、昨日は若干失敗したし今度こそ……良かった、丁度良い感じだ」
「そっか、良かったね」
「……え、幻聴?」
口から世迷言が出てしまったがそんな訳が無い事は知っているので慌てて声の聞こえて来た方向に首を動かした。
其処には、長い茶髪を後ろで縛ったポニーテールの女性が立っていた。
「君、こんな所で何をしてるのか?」
「え、えぇっと……?」
しかし、その恰好は古代ギリシャの服装と殆ど同じで、1枚の布を両肩の金具で留めていて、下は鱗の様な物で作られた茶色のスカート――ドロープと言うらしい――を足首まで伸ばしている。
何より俺が戸惑っているのは唐突に現れた事とその姿が僅かに透けている事だ。
「ねぇ、聞いてる?」
「き、聞いてます! ……の、野宿をしようとしてるんだけど……」
「はぁっ!? 貴方、もしかして馬鹿なの?」
いきなり罵倒とは、初対面を捕まえて失礼な……
「この山は初代魔王の支配から最後まで抗い続けた“オルーゾオオカミ”の狩場よ? こんな所で野宿なんてしようものなら、次の日には骨しか残らないわよ?」
「そ、そうなのか……」
恐らくあの狼の事だろう。狩場――にしては昼間に一度も襲われなかったが。
「……それで、本当は此処で何をするつもりだったの?」
「いや、本当も何も野宿だけなんだが――」
「そんな訳ないでしょう? そんなに強い闇の魔力を持っていて、何も企んでいないなんてあり得ないわ」
やたら疑ってくると思ったがこの魔力のせいか。じゃあやっぱり狼共はこれに怯えて襲ってこないって事か?
「その魔力、魔王の物と同じね……まさか、魔王の配下かしら?」
「待ってくれ! 魔力を持っているのは、暗黒霊から貰ったからだ!」
俺はなんとか信じて貰おうとマァタナから貰った事を説明する。
「暗黒霊と契約……信じられないけど、指輪は本物ね。しかも、神聖霊とも……貴方、本当に何者なの?」
「女神に呼ばれた召喚魔法使いだ」
以前神聖国の将軍と王様に言ったセリフをそのまま言った。そもそも、これ以上に俺の事情を説明できる言葉も無いだろう。
「女神が……召喚魔法使いを?」
「ああ。なんだ、信じないか」
「信じる信じないなんてレベルじゃないわよ。この世界の人々にとってはあり得さ過ぎて笑い飛ばされる冗談よ」
「なんでだ?」
「だって、女神様が遣わせるのは勇者や聖女であって決して召喚魔法使いなんかじゃないわ。なんで女神様が召喚した者が女神様の作り出した召喚獣を召喚して戦うの? それだったら女神様が召喚獣を呼び出せばいい」
それはもっともだ。二度手間も良い所だ。だが――
「なら勇者も呼ばなくていいだろ。最初から召喚獣で魔王を蹴散らせばいい」
「貴方、本当に何も知らないのね。召喚獣は魔力を生み出す使命もある。もし何かあったらこの世界の魔力に異常をきたしてしまうわ」
「勇者や聖女には何かあってもいいのか?」
「揚げ足を取らないの。それに、勇者と聖女の子孫が魔王を封印した事もある。人である勇者を召喚するのはそんなにおかしい事じゃないわ」
妙な奴に絡まれたと思ったが、もしかして魔王についての情報を持っているんじゃないか。
「でも、俺は召喚魔法使いだ。女神様に呼ばれた、な」
俺はサグラッドで他国の王への説明文を取り出して見せた。
「これは……!」
「少なくとも神聖国の王様のお墨付きの筈だ」
「……なるほど、唯の妄言吐きじゃなさそうね」
漸く納得してくれたか。
「俺の使命はこの世界で何度も復活する魔王に関する調査だ。その為の力が召喚魔法だ」
「ふーん……」
目の前の幽霊染みた女性は首を捻って何か考え、やがてこちらへ向き直して言った。
「なら、竜王国の召喚獣である私、祖竜霊レイカーナと契約しなさい」
感想や誤字報告をお待ちしております。




