祖竜霊の変色
「竜王国の、召喚獣……?」
「あら、まさか知らないの? 召喚獣、特に女神様が手を加えて創り出された者や召喚獣と成った者はこのテハボーラとの繋がりを持つために、決められた土地に関連付けられるているわ。貴方が既に契約した神聖霊や暗黒霊も同じ様に国や場所と繋がっている筈よ」
なるほど、ずっと緊急召喚で最高クラスの召喚獣を召喚していたが場所によって異なるのか。緊急召喚は召喚する相手を選べないと思っていたが、これからは大体何が出るか予想出来るかもしれない。
(そう都合よく行くとかも分からないけど……)
「それで、私と契約してくれる? っと、その前に貴方の名前は?」
「俺は、氷川交冶。契約は良いけど……」
俺はもう一度彼女を見た。今は透けて見えるが、古代ギリシャの服にポニーテール。祖竜霊と言う名を見るに恐らく竜の力を持っているのは分かるが……
(今までが今までだったからなぁ)
「俺と契約したいって本気で思ってるの?」
「コウジ、で良いのかしら? それでその質問はどういう意味かしら? 契約しなければ私を召喚できないでしょう?」
前の2人と違って俺自身に何か求めるモノがある様には見えない。性格も口調も特に独特な物でもないし……今度こそ大丈夫だろうか。
俺の事も完全には信用してはいないだろうし、山を越えてドラクラムに入る為にも彼女がいてくれれば助かるだろう。
「……分かった。契約しよう」
「賢明ね。安心して、少なくとも貴方が本当に悪人じゃないなら私の力は召喚主に向けられないわ。だけどドラクラムの平和を脅かすなら誰であろうと容赦しない……覚えておきなさい」
俺は彼女に向かって手を差し出すと親指に緑色の鱗模様の入った契約の指輪が嵌められた。契約の為に目を閉じて何かを唱えていたレイカーナは初めて見たそれに興味を示し、俺の手を握り続けながら顔を覗き込む様に近づけた。
「へぇー、やっぱり契約した相手によって形が異なるんだ……金色のが神聖霊で暗黒霊がこの黒いのかな?」
彼女の体は少し透けていたが契約によってはっきりと見える様になっている。先まで幽霊を相手にしている気分だったがはっきり見える様になるとやはり唯の美少女にしか見えない。
――だがレイカーナと同じく、黒い指輪に込められた魔力ははっきりとした彼女の心を覗いていた。
「え、あ、何!?」
突然、何の前触れもなく黒い指輪から闇の魔力が解放され、黒い柱となって舞い上がるとレイカーナを包む様に彼女へ落下した。
「お、おい!? 一体何がぁ……!?」
魔力の動きに合わせてなのか、俺の体に僅かに残っていた闇の魔力も全部彼女へと向かって流れ込み、俺は突然の脱力に体を支えきれずに膝が地面に着いた。
「う、ぐ…………あ、あはははは! あははははははは!」
闇の魔力に囲まれ、その流れに飲み込まれていく中で彼女は狂気的な笑い声を発し始めた。闇の魔力を初めて使った時に妙な気分になった俺と同じに見えるが、しばらくして少し様子が違う事に気付いた。変化は彼女の言動だけでなく、外見にまで及んでいるからだ。
「はははははは――はは、はぁ……!」
高笑いをしていたレイカーナだったが嵐の様な魔力の流れが収まると、笑みを保ちつつも多少の落ち着きが戻ってきたのか息を整え、自分の手を眺め始めた。
「……ちょっと、馴染むのに時間が掛かりそうね」
俺も変化した彼女の全貌を目に収めた。先まで着ていた白色の衣装は大半が紫に染まり、ドロープ部分の鱗は光沢のある黒へと全て変色していた。
(魔力はもう残ってないみたいだ。けど今はそれよりも、レイカーナの変化がまるで悪堕ちの様に見えるのが心配だ。このまま用済みになった俺を殺す様な展開に……ならないよ、な?)
数々の映画やアニメで見たシーンが頭に過ぎり、思わず後ろに後退る。
「ん……?」
だが、その時に鳴ってしまった俺の足音を聞いて彼女の視線は俺に注がれる。その視線に硬直してしまう。
「……あはは、何をそう怯えているのかな?」
「いや……か、鏡でも見れば分かって頂けるかなぁ……なんて」
「んっふ、あははは!」
口の前に手を置き、先の高笑いとは違う心から愉快そうな声。俺も彼女に合わせてぎこちない笑顔を浮かべておく。
「もしかして私を怖がってるの? 私は召喚獣、召喚した貴方に何か攻撃を加えようだなんて考えている筈が無いでしょう?」
「っそ、そうですか?」
取り敢えずその言葉に安心しておこう。見た目が変わるだけでファーレイやマァタナ以上に油断ならない存在になってしまい、冷や汗は止まらない。
「精霊は基本的には自分の持つ魔力以外の属性を持つ魔力とは交わらないんだけど、祖竜霊である私は色んな属性にある程度の緩和性があるから吸収して自分の物に出来たわ」
「自分の物っていうか……染まってない?」
動揺し過ぎて口から出た言葉を失言だと思い、手遅れだが口を手の平で塞いだ。
「……」
だが、彼女はその言葉に一切の返事はせずに無言のまま俺に近付くと、お互いに触れそうな程に顔を急接近させた。
「……そうね。貴方の言う通りかもね」
それだけ言うと彼女はパッと離れ、目の前にある道無き道を歩き出した。
「来なさい」
「え……? お、おう?」
差し伸べられた手を取ると彼女の体は俺を持ちながら地面を離れ、木を越える高さまで音もなく舞い上がった。
「と、飛べるのか!?」
「ええ。竜の魔力は野性的で使い手によって質も形も異なるのが特徴よ。人間になった私なら、竜の翼で浮くなんて簡単な事よ」
竜の翼と彼女が呼んだそれは、いつの間にか背中に生えている緑色の鱗と膜の竜翼の事だろう。だが本物の翼ではない為か動きはなく、浮いているのは完全に魔力の力だ。
やがて十分な高度に到達したのか、先まで登っていた山が見下ろせる程の高さでレイカーナは移動を始めた。
「貴方を山で野宿はさせられないわ。私、ドラクラムの守り神として崇められているから、きっと今からでも頼めば泊めてくれる宿屋があると思うの」
彼女は光の多い場所へと進み始めた。手を握っている俺の体も魔力で浮いている様なので落ちそうになる事は無い。
(あれ? じゃあ手を握る意味は無いんじゃ……?)
「あ、因みに手を放したら落ちるから絶対に放さないでね?」
その一言で釘を刺しつつ、彼女の目指したのは町の夜景に見える輝く光の集合場所ではなく、少し外れた場所にある1つの店へと降りた。
そこにはベッドの看板が掛けられており、文字らしきものが書かれている。どことなく英語に似ている気もするが流石に俺では解読できない。
レイカーナは何も気にした様子も無く目の前の建物へ入り、その先にいた老婆と話すと鍵を持ってそれを俺に渡した。
「良かったわね。此処のおばあちゃんとは50年以上の付き合いなの」
「そ、そうなんだ……」
通された部屋は決して豪華ではないが傷や穴もなく、今まで推定していた時代にしてはしっかりとした造りの部屋だ。
(ちょっと荒い加工だったけど、洋式トイレも立派だったな……魔法のせいなのか俺達の世界を模しているからなのか……)
「荷物は全部私が持ってきてるから安心しなさい。
……ちょっと怠そうね。色々あって疲れたかしら?」
「まぁ、生身で飛行は初めてだったけど……」
色々あって忘れていたが今日は初めて魔法を使い、1日の大半で山を登り続けてフラフラな体は食事より睡眠を求めてベッドへ足を向ける。
「しょうがないわね。もう休んじゃいなさい」
レイカーナがベッドに敷かれていた掛け布団を取ると、家の物より硬いが温かみのあるベッドに倒れ込んだ。
「おやすみぃ……」
「ええ、ゆっくりお休みなさい」
***
眠りに着いたコウジを見下ろす。私は先ほど手に入れた闇の魔力を一度扱い易い右手の平に集めた。定着した闇の魔力は本来の私が持つ竜の魔力で生み出す事が可能になった。
「染められた……か。うん、私の心も少し黒くなった気がするけど、それだけだよ」
魔力を集めていない左手でコウジの頭を撫でる。先までの会話で彼が悪人ではない事は理解できていた。しかし、それ以上に別の誰かが抱いていた彼への想いが私の心の中で募っている事も分かる。
「これは魔力の持ち主の感情ね。まあ、竜であった私がこの程度の感情に流されるなんてありえないけど」
布団の端に座ってコウジの顔を見る。うん、全然かっこよくないし、私の好みのタイプじゃない。近付いて覗き込んだ寝顔は少し可愛い……? かもしれないけれど、暗黒霊の様に彼に夢中になる理由は私の中に無い。
「あれ……?」
集中していなかった闇の魔力が拡散したと同時に、私は今の自分の状態に気が付いた。
寝顔を覗き込むには不自然なまでに近付いた顔の距離と今も動いて髪を撫で続ける自分の左手に。
「そ、そんな訳が……!」
慌てて彼の近くから離れる。左手を右手で抑えてみたが、特に勝手に動いたりはしない。
「……お、落ち着きましょう。やはり魔力の定着には今しばらく時間がいるみたいね。それまでは、彼に近付かない方が……」
ぐっ、と拳を握ってコウジへの接近を我慢する。
「って、そんな我慢する様な事ではない筈ですよね!? 私は今日であったコウジの事なんて……!」
それでもぎこちなくなる自分の動きに怒りがふつふつと湧いてくる。竜として生き、祖竜霊となって暮らしてきた私は他人のそれを見た事があったが初めて少女の様な気持ちになったみたい。いや……少女と言うには強すぎる気がする。
「……っは! 駄目、気が付いたらコウジの手を握ってる……!」
このままではいけないと思った私はベッドの横に行き、彼の耳元で囁き始めた。以前誰かから聞いた“コトダマ”でこの邪念を晴らす為に。
「私は……貴方が嫌い、君が嫌い、コウジが嫌い」
手が勝手に動かなくなった。どうやらちゃんと効果があるみたい。これなら……
「コウジが嫌い、嫌い、大嫌い……」
私はひたすらに続けた。闇に揺れるこの心から完全に波紋を消し去るまで。
「嫌い嫌い嫌い……!」
だけど、なんだか寝ているコウジの顔が少し苦しそうな顔になっている気がする。コトダマは言っている本人だけではなく聞いている他の人間にも影響を齎すらしい。
流石に召喚主に悪影響を与えるのであれば、続行する訳にはいかないかな。
「むむ、だけど一体どうすれば……そうだ! 一旦彼から離れれば!」
魔力に夢中で忘れていたけれど、日が落ちた今は本来ならとっくにあの空間でまた国に召喚される時を待っている筈だった。でも、契約し召喚獣となった私はこの国中をまた自由に見に行ける。
「よっし、夜の散歩に出かけましょう!」
意気揚々と宿の部屋から飛び出して、まず最初は近くの町へ――!
***
目が覚めた時、ベッドの横の椅子に座ったレイカーナは俺の頭を撫でていた。
「……え、えっと、なんで?」
「ふっふふ、大丈夫よ。なんでもないから」
(まさか主の近くを離れられないなんて……結局、頭を撫でる以上の暴挙に出ない様に気を張っておくしかなかったわ……)
そう言って頬を染める彼女は何故か恥ずかしそうだ。頭を撫でられて恥ずかしくなっているのこっちなのだが……
「寝る必要はないって聞いていたけど、今のレイカーナには隈がある様にみえるんだけど……」
「気のせいよ。精霊は寝なくてもいいから隈なんて出来る訳ないでしょ」
一体、俺が寝ていたこの一晩に彼女の身に何があったんだろうか。
だがそんな事よりも、俺は疲れ切って影のある顔のままの彼女が笑顔で頭を撫で続けている事に少しばかり既視感を抱いていた。
そうだ。それはゲームやアニメで見た事が……あれ?
『――余計な事は考えないで』
影のある美少女キャラとかにありがちな……ん?
『この単語は預かるよ』
「いや、気のせいか……」
「どうしたの?」
俺はなんでもないと頭を降った。そうだ。このレイカーナが俺に危害を加えるなんてあり得ない。今、何か彼女の状態を表現できる言葉が浮かんだが……やはり気のせいだろう。
「そうだ。そろそろ貴方の予定を聞かせてよ」
「予定? ……って言われてもドラクラムで魔王の情報を集めるのと旅の備蓄を揃える以外は特に無いが……」
「そうなんだ。じゃあ、この国を少し観光していかない?」
彼女の提案にハッとした。そうだ。今までは召喚獣が隣で目を光らせている様な状態だったし、場所が場所だけにあちこち見て回る様な事は出来なかったが今回はゆっくりしても大丈夫か。
「ドラクラムはもう私の故郷みたいなモノだし、金銭的な事情も少しくらいな融通を利かせてあげるわ」
「じゃあ、お言葉に甘えようかな……」
「任せなさい。人間と竜人を始め、様々な亜人達の暮らすこの国を余す事無く案内し尽してあげる!」
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