暗黒霊の祈り
「馬車はしまう」
「はいはい……どうせ御者なんて俺には出来ないし、どうぞ」
「素直」
ちゃんと俺の朝食や出発の準備を待ってくれたマァタナは闇の中に昨日同様、馬車を取り込んだ。
「今日の道順はもう決まってる。しっかり歩いて」
「了解」
疲労もすっかり回復している。いい関係を築いて魔王について知る為に彼女の後ろをしっかりと着いて行く。
「……」
「……」
しかし、無言で歩くだけでは駄目だ。マァタナはやはり夜じゃないと口数も減る様だし、俺から何か話題を振らないと。
「……夜は元気になるって言ってたけど、朝は何か影響を受けないのか?」
「受けない。心配しなくても、魔物から貴方を守る」
「それは心配してないよ。信じてるから」
「そう」
……うん、流石に今のセリフは臭過ぎた。なんだ今の。ギャルゲーの主人公か。
「私に取り入ろうとしても無駄。暗黒霊を、増してや隠し事のある相手を信じるなんて人間、この世にいない」
「そうですか……」
上手くいかないモノだ。いやまあ、高校生の俺のコミュニケーション能力は自慢できる程高いわけでもないけど。
(うーん、どうする? このまま話を振り続けてるだけじゃ会話なんて……そうだ!)
「なあマァタナ! しりとりしないか?」
「しりとり?」
「やっぱり知らないのか。お互いに単語を1つずつ言っていく遊びなんだけど、言う単語の頭文字が言われた言葉の最後と同じじゃないといけないんだ。同じ言葉を繰り返したり、んで終わる言葉を言ったら負けだ」
「ルールは把握した。けど、メリットがない」
「め、メリット?」
予想外の返しに思わず聞き返した。
「ん。注意力の低下、体力の消費。しりとりをして、何か良い事がある?」
「……俺が楽しく歩ける……じゃ、駄目か?」
「……分かった。しりとり、やろう」
「本当か! じゃあ始めるか!」
よし。少なくともこれで喋らずに歩いて気まずい空気を味わう事はない。
「じゃあ、俺からだな。しりとりのりで……リス!」
「スイカ」
「カメ!」
「メガネ」
「ネコ!」
「――」
「――!」
こうして、俺達のしりとりは歩き続けている間、どんどん続いた。
「はぁ、はぁ……か、か……?」
「おそい。早くして」
「か……! あー! もう、無理! 降参!」
「そう」
「凄いな。マァタナ、強いな」
「別に……これ位なら何時でも相手になる」
「ああ、またやろう」
「でも、昼の後は別の遊びが良い。考えておいて」
何か余計な物まで要求されてしまったが、まあ気に入ってくれたなら何よりだ。とはいえ、しりとりの間に進んだ距離もそこそこ長く、地図を見ると魔王の城跡地を囲んでいた森から今日中には出られそうだ。
「この森から出られたら、次は……え? 山を登るのか?」
「そう。ドラクラムと森の間の山を越えるのが最短ルート」
「確かに他の道だと遠回りだったり、地図に曖昧な地形だけ書いてあって通れそうにないな。だけど、本当に大丈夫か?」
「大丈夫。この森を抜けられたコウジなら問題ない」
「え? マジで言ってるの?」
「うん。余裕」
な、なんか急に彼女の中での俺の評価が上がった様な……だけど、地図だと高さはそこそこだけど大きな山だ。流石に不安だ。
「もう少し歩いたら休憩する。この先に水場がある」
「水場か……あ、そういえば此処ってもう馬車で通った所だったな」
「……休憩は違う場所でとる」
「あ、そうなの?」
その後、何故か黙り込んでしまったマァタナに幾つが話を振ってみるが、あまり返事は返ってこなかった。
***
森の中にある泉の辺で休息する私達は岩の上に座る。コウジの栄養補給を眺めながら思案する。
(祈り。力を求める祈り)
森の中を歩いている間も私はずっと彼にどうやって力を求める祈りを捧げさせるべきか考えていた。明確に私に力を求める祈りでなければこの魔力を与える事は出来ない。
最初は私の手でコウジを身の危険に晒せばと思ったが、それでは私と会話をしてくれなくなるかもしれない。少なくとも、命を奪おうとした相手と会話を試みるなんて私はしない。
「マァタナ、食べないか?」
「食料の無駄。昨日も言った」
幾ら彼が非合理的な程に優しくてもだ。
ならば私以外の何かに襲わせて力の譲渡を促す方法をとるべきだが、それはまだ出来ない。この森に魔物がいない。それに魔物をけしかけて祈らせようにも私が不自然な行動をしてしまえば彼の心に疑念が現れてしまう。譲渡は祈りが純粋であればあるほどスムーズに進むので確実性に欠ける。
「マァタナ。何か考え事か?」
「ん」
「何か悩みでもあるのか? 俺じゃあ手伝えないか?」
……やっぱり、優しい。私が魔王にさせようとしてるのにコウジは私の手助けをしてくれると言ってくれる。
「大丈夫」
「そっか。ならいいんだ」
(こんなに優しいコウジなら)
「したい事があるなら言ってもいいんだぞ? 別にこの旅に制限時間なんてないし」
(魔王になっても、きっと優しいままでいてくれる)
「別にそんな事はない。私はコウジの旅に着いて行くだけ」
「うん、ありがとう」
するとコウジは私に手を向けて奇妙な行動をし始めた。
(……? なんで私の頭の上で手を動かす?)
こんな事に何の意味がある? いや、確かこの動きは世界の親が自分の子にする仕草と記憶はしている。
「あ、悪い。嫌だったか?」
手が離れる。心配な声色で謝罪するがそれなら最初からしなければよかったんじゃないのだろうか。
「別に。だけど、この“撫でる”動作は親が子にするものだと知っている。私は貴方の子じゃない」
「いや、別に親が自分の子供にするだけじゃないんだけど……うーん、なんて言えばいいのか?」
「やっぱり人間は無駄が多い。意味の無い事ばかり」
「別にこれは無駄じゃないさ。いや、意味の無い事も沢山あるけど……頭を撫でるのは、自分よりも小さい子が頑張った事を褒める時にするスキンシップなんだ」
小さい子? 確かに物理的に見ればこの神に造られた体は小さいけれど、少なくともコウジよりも私の方が生命としては成熟している筈だ。
「なるほど。私を貴方の下に置きたい。そういう意思表示」
「違うからっ! 全然違う!」
「別に良い。主の支配欲を満たすのも召喚獣の務め」
私は彼の頭に手を置き、同じ様に撫でる。
「けれど、今の貴方は私より下。昨日も今日も頑張っているから私が撫でる」
「して欲しい訳じゃないんだが……」
拒絶の言葉を口にしているコウジ。けれど撫でている私を縛る痛みは走らない。また嘘を吐いてくれた。
「……あの、マァタナさん?」
「何?」
「そろそろ……いいか?」
今度は小さな痛みが腕に現れ始めてきた。仕方ないので手を放す事にした。
「楽しかった」
「そうか。でも恥ずかしいからもうやめてくれ」
「……分かった」
確かに、撫でている側は少し機嫌が良くなる効果があったのかもしれない。
魔王になったその時には、もっと触らせてもらおう。
「そろそろ行く」
「ああ。先ずは森を抜けて道に出ないと」
立ち上がった私達は森を歩き始めた。
森の出口付近には少しばかり魔物が出現する可能性がある。山への道に住処となりうる洞窟が点在しているからだ。
野生の魔物は魔王の存在を恐れる。魔王は魔の生物にとって絶対的な支配者で魔物達を恐怖で支配下に置いている。故に城跡地には本能的に恐れて住めない。
だが、そこから離れた場所なら普通に生息している。動物達は魔王の居なくなった森の中に住んでいるので、洞窟の魔物は森の浅い場所にまでなら狩りをしにくる事もある。
(力を求めさせる為に私の力を示すべき。そして、その必要性も……)
「マァタナ。今度はこんな遊びはどうだ?」
「今度も私が勝つ」
コウジの遊びに付き合いながら歩くと、時の流れが早くなった気がする。いや、実際はそんな錯覚に陥っているだけで、時は同じ間隔で流れている。何もない時間を過ごしていた私はどんな些細な変化でも知らずに気を逸らされてしまっている。
(けれど、それは今だけ。私の無限に続くこの命を過ごすには今の彼では寿命が足りない)
コウジ。魔王。コウジ。魔王。コウジ。魔王。
少しずつ、森の出口へ近付く度に私の心は歓喜に震えていく。私の魔力も高まっていく。
「……どうしたマァタナ?」
「森の外に到着した」
彼の言葉を聞いて一度高まった魔力を抑えた。こうしないと魔物達が近づいてこなくなってしまう。
「そうか。よし、明日は山越えだし、さっさと今日休める場所を探そう」
「うん」
夕陽が照らす眼前の景色は馬車が何度も通った跡のある道とまばらに木が生えている草原。道の続く先には山があり、木々が生えていて此処からでは山の中までは見えない。
しかし、少し遠くから動く数匹の気配は感知できた。
(魔物……動きからして四足歩行の狼の様な群れである事は分かる。人間の匂いに反応して、こっちに来てる)
「マァタナ、あそこの林とかどうだ?」
何も知らないコウジは道を進んだ先にある林を指差した。
「うん。いいと思う」
魔物の接近は教えず、私はただ頷いた。数分位で四方から囲む様にやってくるだろうけど私の敵ではない。だけど、コウジにとっては危険な存在に違いない。
「私が……守る」
「うん? 何か言ったか?」
「……何も」
そうだ。守る。わざと遅く、ギリギリなだけ。
***
「下がって!」
「お、おう!」
突然現れた狼……とは俺の知識と少し異なる大きさの牙を持つモンスターが現れた。狼と言えば序盤に現れるスライムより強い奴というイメージがあったが、どうもそんな生易しい奴らではなさそうだ。
「風か……!?」
狼共が地面を蹴るとそこに咲いていた草が切れ、舞い散った。生物的な速さに増して、魔法的な力で強化している様だ。
「でも、流石マァタナだな」
「――掴んだ」
見た目は少女だが暗黒霊であるマァタナの実力を疑う余地はなく、前と左右から迫ってきた狼達は彼女の操る闇に体の一部を掴まれ、お互いの体をぶつかり合わされてあっさりと討伐された。
「凄い……! 流石だなマァタ――」
「――コウジ、危ない!」
彼女の叫びに振り返った。視界に映ったのは狼のキバ。目前に迫る脅威に唯一浮かんだ感想は“デカい”だった。
「――ガゥッ!」
「――」
だが、その巨体は横腹を貫いた闇によって俺の真横を通り抜ける結果となった。
「あ、危な!」
「コウジ、大丈夫?」
僅かな間に命の危険が迫り去って行ったので、口から出た一言は自身の危険を自覚する為の間抜けな声となってしまった。
どことなく心配そうな表情と声で近づいてくるマァタナを見て、一応狼が通った左半身を確認したが傷もなければ欠けてもいなかった。
「ああ……助かった。お陰で死なずに済んだ」
「そう。良かった」
夜でもないのに優しさの込められた彼女の言葉を聞いて嬉しく思えたが、それだけ危機的状況だったのだと自覚した。
「参ったな。野宿をしようにも、魔物が出て来るとなると……」
「問題ない」
マァタナは木の下に歩くとその場に俺より一回り大きな球体状の闇を作り出した。
「此処に入っていれば襲ってこない。効果は実証済み」
確かにあの風を纏って襲ってきた狼達を掴んだり、恐ろしい速さで駆け抜けていた大きなボス級モンスターを吹き飛ばす程だ。どんな防御力を持っているか分からないが、寝ずに見張りをするマァタナもいるしシェルターにすら思える。
「この中なら安全。寝る時は真っ暗で寝やすい」
「ありがとう、マァタナ」
「ん」
俺は彼女に礼を言うと今の戦闘の恐怖感を抑える為に馬車の上で座り込んだ後に、いつも通り闇から現れた馬車から料理道具を取り出して早速夕食の準備を始めた。
「……よし! やるか!」
「先ずはこれを切って……」
「……」
無言が寂しいので手順をわざと口に出して確認する。マァタナはその間、ジッとこちらを見るだけ。
「肉は油を取って、こいつは乱切りに……」
「……」
普段なら直ぐに俺から離れるのに今日はずっと見つめて来る。
「……油を敷いて……」
「……」
先のモンスターとの戦いであそこまで接近された事を気にしているのだろうか?
「あとは水と塩を入れて煮込んで完成だな」
「……」
料理は終わったがチラリと彼女の方を見るとまだこちらを見つめていた。
「マァタナ?」
「コウジ、大丈夫?」
先と同じ質問に、失礼だがそこまで心配してくれるのかと驚いた。余り感情を見せてくれない娘だと思っていたが俺が思っていた以上に絆を深めていたのか。
「……コウジ?」
「あ、ああ……心配してくれてありがとう」
「怖くない?」
「いや、マァタナがいてくれたから怖くないさ」
「……そう」
小さく頷いた彼女はそれを機にいつも通り俺から離れたが、馬車の上に佇みながらこちらを見ている。
「……っと、焦がさない様に気を付けないと」
その後は特に変わった事もなく、やはり食事を必要としないマァタナは俺の料理を断ると、食べ終わって食器を片付ける俺を眺め続ける。
全て終わって寝る為に俺が馬車の中に入り込むと彼女は球体状の闇を馬車へと動かし、全体を覆う様に広げた。
「コウジ」
「ん? なんだ?」
夜になり声に感情が乗り出したマァタナは闇の中にするりと入って来ると、俺に声を掛けて来た。
「力、欲しくない?」
「力……?」
「先、魔物に襲われた。コウジは、護身の為の力が必要。そう思わない?」
確かに、召喚魔法しか扱えない俺にとってあそこまで接近されてしまうのは致命的だ。もし、俺に何らかの護衛手段があれば同じ目にあっても時間稼ぎ位なら出来るかもしれない。
「だけど、何か俺が強くなる方法があるのか?」
「ある。私に祈ればいい」
「祈る?」
祈りといえば、確か昨日の夜にマァタナが何か言っていた気がするが……
「私の力を受け取れば闇を扱える様になる。これで身を守れる」
「本当か!?」
「? うん?」
おっと、思わずテンションが上がってしまった。闇とか暗黒とか、忘れていた元・中学生男子の心をくすぐるワードに心が揺れる。
「祈ってくれる?」
「……」
折角来た異世界。翌々考えてみれば無理矢理この世界に飛ばされてから召喚獣に振り回される日々が続いていた気がする。ここいらで、欲しい物を欲しいと言っても罰は当たらないだろう。男たるもの、女の子達に守られるだけってのもかっこ悪い。
その他にも色々な建前が浮かぶが早い話、欲しい。めっちゃ欲しい。
「分かった。祈るよ」
「うん。コウジならそう言ってくれると思った」
俺はマァタナの指示に従って彼女の前に立つと、言われた通りに両手の指同士を間に入れる形で重ね合わせて彼女に祈った。
「暗黒霊、マァタナ様。暗黒霊マァタナ様。暗黒霊マァタナ様――」
「――おめでとうコウジ。今から君は、私の魔王になる」
感想、誤字報告等、お待ちしております。




