丸々印の氷爆弾(真昼)
「じゃ、真昼くんは車の中で待っててくれて大丈夫だから!というか、待っててもらえる?」
目的地に着くなり、市長はそう残して車を降りた。
……相変わらず勝手というかなんというか。まぁ、俺が近くにいても、何かあった時にあいつの邪魔になるだろうから、意外とこの方がいいのかもしれない。
そんなことを1人で考え込んでいると、突然運転席側の窓が叩かれた。市長は瞬間移動でも使えるのか!?とさすがに驚いたが、窓の外に立っていた人影を見て、思わずため息が出た。
「どうしたんだ?要。」
「何これ……」
窓を開けた俺が訊くと、サッカーボールほどはある塊を片手で持って、要が返してきた。
「……何だよそれ。俺知らないんだけど。」
「僕が凍らせた……」
「それじゃあ、ますます分かるわけないだろ……。」
逆に、それでなんでわかると思ったんだ?
「でも、これがあった場所が……」
「……どこにあったんだ?」
「この下……」
そう言うと要は、俺が乗っている車の下の方を指差す。
……来た時には何も無かったと思うんだが。意味はないかもしれないが、念のため要にも確認をしておくか。
「お前が自分で置いたわけじゃないんだよな?」
「もちろん。来てからはずっと木の裏に……」
「隠れていたのか。」
俺の言葉に要は大きく頷く。
当然、彼が嘘をついている可能性だって考えられるだろう。が、自分の中にある「そうあって欲しくない」という願いから、彼の言葉を無条件で信じるようになっていた。
「そっか。」
「他に犯人に心当たりある……」
「え、誰よ。」
要が唐突に言ったことを、俺が追及しようとした時だ。
彼は突然振り返って、その手に持っていた氷の塊を空高く放り投げた。
それから数秒で1番高くまで、上がったところで塊の周りが音もなく真っ暗に染まる。
「……は?」
何が起きたのか飲み込めない俺が、言葉にならない声を漏らしている間に空は青を取り戻し、あの塊は消失していた。
「い、今のはなんだよ?」
「闇……」
自分でも分かるくらい怯えている俺とは対照的に、あくまでいつも通りな要は、ぽつりと放った。
その言葉を聞いて、俺の震えは収まるどころかひどくなる。
──闇。人の負の感情から生まれるもの。
さらに精霊によって得られる能力と闇は釣り合った関係にあり、
打ち消しあうことができる。……自分や周りを変化させる能力は例外のようだが。
しかし、今大事なのはそこではない。
俺のように精霊と契約した者は『精霊の加護』によって、能力に耐えられるように肉体が強化される。……かなり、過剰に強化されている気もするが、『闇』はそれを無視してダメージを与えることが可能なのだ。
……つまり、今の爆発が闇を含んでいたならば、あるいは闇そのものだったとしたら……そんなこと考えたくもない俺は、何度か頭を横に振る。
とりあえず深呼吸をして、気持ちを落ち着かせよう。
「……だとしても犯人は誰だ?」
「例えば、闇を器用に使える人……」
そう言われて真っ先に思い浮かぶのは柄闇家だが……もしかして、灯太が言っていたことが本当になっているのか?
勝手に自問自答している俺を置いて、要はさらに続ける。
「もしくは闇そのものとか……」
「……あれはあくまで噂だけの存在じゃないのか?」
闇があまりにも濃い場合、もしくは負の感情が大きくなりすぎた場合、闇は持ち主を離れて別の個体として動き出す……という話を聞いたことがある。が、聞いたことがあるだけで、見たことはない。本当にそんなことがあり得るのか……?
そんな俺から疑いの眼差しを向けられた要は、若干呆れたように呟いた。
「本当のことだよ……」
「なんでそう言えるんだよ?」
「戦ったから……」
……あぁ、そういうことか。
こいつは12年前の戦いに参加していたんだっけ。
……12年前、柄闇家の中でも特に過激な思想の持ち主達が、闇と対極の存在である精霊、及びそれらとの契約者を消そうと、水面下で動き始めた。
それを内部から漏らしたやつがいて、精霊VS闇の構図が出来上がった……けれど、この戦いの終わりははっきりと分かっていなくて、気づいたら柄闇家の方が動かなくなっていたので、今は停戦状態……ってところだ。
その時に、戦えない精霊や契約者は避難しており、俺はそっちに入っていたから、戦いはテレビとかで観たくらいだったな。
そういえば灯太とか夜紅と初めて会ったのもあそこだったっけか。
物思いにふけっていた俺を引き戻すように、要に肩を叩かれた。
「それで、闇そのもののやつの特徴なんだけど……」
「あ、おう。」
「『名前を持たず、自分から名乗れない』ってこと……」
「名乗ったらどうなるんだ?」
すると、要は右の握り拳を顔の横で開いて、
「自分の主の名前を言ったやつと、ニックネームで名乗ったやつは体が弾けとんで消滅したよ……」
と小さく放った。
「……うわ。」
「だから、基本的には『1班班長』みたいな肩書きで呼ばれていたよ……」
まあ、それが名前って可能性もなくはないが、限りなく低いだろうな。
「だから、身の回りで名前を知らない人がいたら、怪しんだ方がいいかも……」
「なるほど……でもそんなやついたか?」
俺は頭の中の引き出しを開けてみるも、思い当たる節がない。
そもそも、名前を知らないやつはそんなところには入らないからな……。
「ねぇ……」
そう言って要が急にこっちを見つめてくる。
……何か言おうとしているのか、それとも「察せ」ってことなのか。
「……なんだよ。」
「この仕事やめなよ……」
要はそう残すと、研究所の方へ歩いていってしまった。
……変なやつだな。この仕事って……市長の秘書のことだろうけど……
……そういえば市長って……?
いや、市長は……市長だよな?
……市長の名前……聞いたことねえぞ。




