つららの猛攻
ここは「7ポカ」の研究所の前。
2人の人影が、氷のドームの中で対峙している。
「ほう、氷で作った即席のスタジアム……あんな霧しか出せないような能力を利用したんですか?」
「……」
「無視ですかぁ!」
声を荒らげた市長の、その左手から湧き出た夜色の煙が要へと襲いかかった。
「なっ……。」
しかし次の瞬間、市長が目を見開く。
煙が、要の目前で霧散したのだ。
「遅い……」
「……今のは小手調べというやつですよ。」
余裕の笑みを浮かべた市長の背後に、さっきと色は同じな粘土状の何かが迫り上がる。
そして市長が腕を振り下ろすと同時に、夜色の山から無数のトゲのようなものが撃ち出された。
「だから……」
先ほどより声のトーンを落とした要が手のひらを市長に向けると、同時にそこから無数のつららが撃ち出され、市長と要との中間の位置辺りでトゲとぶつかり合い、爆散。
……数秒後に煙が晴れると、そこにはつららもトゲも残ってはいなかった。
「あなたのその氷のようなもの……精霊の能力ですよね?」
「だったら何……」
市長はニタリと笑う。
「私が使うのは闇……あなたが持っているであろう『精霊の加護』を無視できます。」
「そう……」
「分かりませんか?」
そう言って市長はくるりと回って、もう一度要の方を見る。
「私はあなたを簡単に殺せちゃうんですよ。」
もう一度ニタリと笑う市長。その両手には、夜色のもやがかかっていた。
「突然こんな風に閉じ込められて……正直驚きましたが、こんなの意味ありませんよ。」
そう言って彼が氷の壁をコツコツとたたいた瞬間。
その壁から、同じく氷製のトラばさみが現れ、市長の右手首を切断したのだ。
「なっ……。」
またしても目を見開いた市長は、すぐさま壁から体を離す。
それと同時に要の方を見ると、彼の足元にまで氷が広がっているのを確認できた。
「それはこっちも同じ……」
「貴様……!」
「それに、やっぱりあなたは人間じゃない……」
そう言って要が指差したのは、市長の右腕。
1滴の血も流れ出ていない、その腕。
「……だったらなんだというんです?」
「別に……」
「ふん。まぁ、でも?あなたが私に殺意を抱いている理由が分かりませんね。」
市長が右手を拾おうとするも、彼が1歩踏み出した瞬間に背後から飛んできたつららによって、落ちていた手は粉砕され霧散した。
「秘書、いるでしょ……」
「あー、いましたね。お知り合いでしたか?」
そこまで言った市長は、何かをひらめいたように手を叩いた。
「それですか、理由は。」
「真昼くんが闇に包まれて……」
「おっと……そこまで見られていましたか。」
市長の背後に、先ほどより黒い──黒より黒い、闇が。
「それならば、いいことを教えてあげましょう。私はまさしく闇そのもの!大本の人間が生きている限り、急速に、永久に闇を供給できる……つまり、あなたが私を消滅させることは不可能なのです!でも……今引くと言うのなら、見逃してあげましょうかねぇ?」
「……」
「なわけ!広められると困りますからねぇ!」
市長がそう叫ぶと、その背後の闇が瞬く間に広がり、2人を包み込む。当然、この場の光は奪われた。
「これは……」
「あなたの能力も、簡単には通さない……さっきよりずっと深い闇。さあ!受けてごらんなさい!」
「んっ……」
一面の暗闇の中、ただひたすらに氷の砕ける音が響く。
──が、やがてそんな音すらなくなり、静寂が訪れる。
と同時に闇が晴れ、再び氷の壁が姿を表した。
「面倒ですね……能力者が死んでも、能力で生み出されたものは消えないんですか。」
市長の視線はもはや完全に氷の壁にしか向いておらず、いつの間にか彼の足元にまで広がっていたスケートリンクには気づいていなかった。
だから、そこから発されていた殺気にも、音も立てず出現した要に気づかなかった。市長が敵の存在に気づいたのは、自らの頭と体が切り離された後。
焦った市長は、すぐさま本体を霧散させる。残された体の部分は、氷にされて打ち砕かれてしまったが、即座に全身揃った状態で姿を現した。
「生きていたんですか……あれだけ高濃度の闇で攻撃したというのに。」
「確かに避けきれなかった……」
そう言って、要は左腕を見る。
その視線の先の袖は、少しだけ裂けてしまっていた。
「避け……なら、なぜ生きているんですか?」
「なんで教えなきゃいけないの……」
要が声を震わせると、彼の周囲に小さな氷の塊が出現し──
「次は、こっちの番……」
「なに?」
勢いよく発射される。次々と、休む間もなく、ひたすらに。
当然、市長も闇を飛ばしてそれらを破壊していたが、途中から自らの拳に闇を纏わせて殴るようになった。
「もしかして……」
要は小さく呟くも、攻撃の手は緩めない。むしろ、激しくなっていく。
さらに、その目はまっすぐ市長のみを捉えていた。
「やれる……」
ゆっくりと、市長に近づいていく要。
その手には、氷で作られた刀が握られている。
「貴様……!何をするつもりだ!」
「暴れると痛いよ……」
そう言って刀を構えた彼だったが、突然頭上の氷が溶け落ちて大穴が開いたことで、意識をそちらに向けてしまった。
その瞬間、彼は猛攻を止めてしまったのだ。
当然のことながら、市長はこの一瞬を見逃さない。
突然現れた逃げ道をすぐさま把握すると、夜色の煙となって穴へ向かって真っすぐ飛んでいく。そのまま外へ出ると、散り散りになってどこかに消えてしまった。




