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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第三章「冒険者の国・魔の山」

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第五十二話「オルヴォの苦悩」

 十二月二十日の夜。


 レイは街の周囲を偵察していた小鬼族の捕虜を引き連れ、ギルド総本部に戻ってきた。

 防衛責任者のランダル・オグバーンはすぐに捕虜の尋問を開始するよう情報課に命じるとともに、レイに詳しい状況を尋ねた。


「……と言うことは、こいつらを捕まえたことは敵にも判っているということか……拙いな。これで敵が動きを早める可能性が出てきたぞ」


 レイはそれに「そうですね」と頷き、


「こちらが捕虜を手に入れたと知ったら、潜伏している位置を変えるだけじゃなくて、一気に攻め落とそうとするかもしれません。敵の場所は判らないですけど、恐らく二日以内の距離にはいるはずですから」


「普通なら魔族の捕虜は口を割らんから、敵もそれほど心配はせんのだろうが、今回は優秀な魔術師がいると知っている。これで状況がどう動くのか読めなくなったな……」


 ランダルは苦々しい表情でそう呟いていた。

 その時、小鬼族を捕らえたという情報を聞いたリオネル・ラスペード教授が、ランダルの部屋に入ってきたため、レイはその呟きを聞きそびれた。


 ラスペードは興奮気味に「小鬼族を捕らえたそうだね。それも闇属性魔法の使い手を」と言って、レイに詰め寄ってきた。

 そして、「アークライト君に協力してもらいたいのだが……」と話し始めた。


「小鬼族に傀儡くぐつの魔法を掛けてもらえんかね。闇属性が使える君なら出来るはずなのだ」


 レイはラスペードの言葉に首を傾げる。


「傀儡の魔法ですか? どうして僕が? 第一、僕にはその魔法の呪文は知りませんし、どうイメージしていいのか……」


 ラスペードは彼の言葉を遮り、「君なら出来るはずだよ」と強く否定する。


「小鬼族の精鋭だそうだね。ならば、傀儡とできれば、敵の詳細な情報を手に入れられるのではないかね。それにアークライト君ならもっと有効な手を考えられると思うが?」


 ラスペードの言葉にランダルが「有効な手?」と疑問を口にする。

 ラスペードは「その通り」と言った後、


「アークライト君なら、傀儡にした小鬼族をもっと有効に使う手を思いついているはずだよ。そうだろう?」


 レイはラスペードが言いたいことを理解していた。


(先生は傀儡にした小鬼族を敵の本隊に返そうと言うんだろうな。そうなれば、こちらに有利になるような情報流したり、相互不信を煽ったりも出来るし……)


 レイが考えたのは、小鬼族の斥候を傀儡とした上、ペリクリトルから脱出して本隊に戻ったことにし、ここの情報を過大に、又は過小に伝えて敵を混乱させたり、あらぬ噂を流させて相互不信を煽ったり、更には要人の暗殺や食料への毒物の混入などの破壊活動に使ったりすることなどだった。


(悪辣な方法だけど、効果的ではある。僕自身、そんなことはしたくはないけど、街を守るため、仲間を守るためって言われたら、断りきれないだろうな……まあ、僕に傀儡の魔法が使えること、あの針のような魔道具がまだ使えることが前提なんだけど……)


 彼はまだ判っていないランダルに向かって、


「先生のおっしゃりたいことは多分こういうことだと思います。斥候を使って偽情報を流したり、暗殺や敵の兵站を破壊したりといった活動をさせようっていうんだと……」


 ランダルはすぐに彼の言葉の意味を理解し、「確かに我々にとっては効果的な方法だな」と頷く。


「だが、お前に出来るのか? 確かにお前は天才的な魔術師だとは思うが、魔法とはそれほど容易に再現できるようなものではないだろう」


 ランダルの言葉にラスペードが先に答えた。


「心配はいらぬよ。魔道具であるあの針は七本もあるのだ。被験者は三名だが、失敗しても死ぬようなことはあるまい。それに既に呪文も考えてあるのだ。後はアークライト君の能力だが、こちらについては、何ら心配しておらんよ」


 ラスペードは嬉しそうに更に話を続ける。


「この実験がうまくいけば、あの針のような魔道具の秘密の一端が判るかもしれんのだ。更に小鬼族の記憶を探れば、敵の内情が明らかになる。司令も知っておると思うが、今まで何度か魔族を捕らえておるが、一度として情報を口にしたものはおらんのだ。どのような拷問に掛けてもな」


 魔族との戦いは既に数世紀にわたり続けられていた。時には大きく傷付いた魔族を捕虜にすることもあったが、彼らはどのような拷問を受けても一切情報を漏らさなかった。正確には、彼らが拷問に負け、話そうとした途端、精神に強い負荷が掛かり、その場で死んでしまうか、完全に精神が崩壊してしまうかのどちらかだったのだ。


 ランダルは「そうですな」とだけ言って頷くが、内心では強い葛藤があった。


(確かに教授の提案は魅力的だ。傀儡の魔法であれば敵の情報は筒抜けになるし、更にレイの言った破壊活動も効果的だ……だが、人として、それをやっていいのかという問題がある。敵が使ってきた魔法ではあるが、人の心を操るというのは冒涜のような気が……だが、このままでは大きな犠牲が出る。それを防ぐためなら……)


 ランダルの葛藤を知ってか知らずか、ラスペードは更に話を続けていく。


「今回は千載一遇の機会なのだ。魔族の秘密に迫る絶好の機会なのだよ! なに、傀儡の魔法は永久的なものではないだよ。いくさが終われば解除できる。それに敵も使っておるのだよ。だから、気に病む必要はないのだ」


 ランダルは徐々にラスペードの提案に傾いていった。


(確かに教授の言うとおりだ。敵が使う手を使わぬ手はない。あとはレイだな。こいつはこういうことを嫌っている。きれいごとと言ってしまえばそれまでだが、こいつは人が人として自由に生きるということに拘りがあるからな……)


 ランダルはおもむろに口を開いた。


「教授の言わんとすることは理解した」


 そして、レイの方を向き、


「お前がこういうことを嫌っていることは判っている。だが、これが成功すれば多くの人の命が救われるのだ……俺はお前にそれを強制したくない。お前がどうしても認めたくないというのであれば、この話はなかったことにする」


 レイはその言葉に俯いてしまった。


(ランダルさんは僕に傀儡くぐつの魔法を掛けさせたいと思っているんだ。でも、僕が嫌がるだろうから、僕に一任すると言ってくれた。命令することも出来たのに僕の意志を尊重してくれたんだ。確かに小鬼族の魔術師を傀儡にすれば、多くの情報が得られると思う。先生の目的はこれなんだろうけど、有効な手であることは間違い無い……でも、傀儡の魔法は人をロボット化する魔法なんだ。ルークスの獣人たちがされていることと何ら変わりが無い……)


 彼は「考えさせてください」と力なく言うことしかできなかった。

 ランダルは「判った」と頷くが、


「だが、時間はあまりやれん。敵が暴発して、いつ襲ってくるかも判らんのだからな」


 レイは頷き、ランダルの部屋を後にした。


 一緒に話を聞いていたアシュレイは、レイの苦悩の理由を理解していた。


(ステラの話を聞いた時、レイは“人権”という言葉を私に教えてくれた。最初は良く判らなかったが、確かにそれは守るべきものだと私も思う。傀儡の魔法はその“人権”と相反する存在だ。人の尊厳を無視し、道具としてしまうものだ……だが、人の命と引き換えと言われれば、レイも悩まざるを得ぬ……私が言うべきことは何もない……)


 アシュレイは力なく歩く彼の肩を抱き、


「まずは情報課に期待しようではないか。悩むのはそれからでも良い」


 彼女の言葉にレイは小さく頷き、仮眠室に使っている部屋に入っていった。



 十二月二十一日の早朝。


 小鬼族の斥候隊の生き残りが魔族軍の本隊に帰還した。

 二人の生き残りは、集められた魔族軍の主だった者たちの前に跪き、震える声で報告を始める。


「……突然、暗闇の中に太陽のような光が現れました。我々が何事かと周りを見ていると、恐ろしく強い獣人たちが現れ、我々に襲い掛かってきました。我らも何とか対抗していたのですが、すぐに光の魔法を使う呪術師が百mほど離れた場所から援護を始めたのです。シェフキ様はすぐに撤退をお命じになられたようで、味方は撤退を開始しました……」


 生き残りの小鬼族はそこで一度目を伏せ、嗚咽を堪えるかのように息を飲んだ。


「……その時です。その呪術師が十本ほどの光の矢を一度に放ったのです。その光の矢は撤退する味方を追いかけるように飛び、伏せて回避しようとした味方にすべて突き刺さったのです。その後、獣人たちが集まり、味方に止めを刺していきました……」


 斥候隊のリーダー、シェフキ・ソメルヨキを始め、十九名の小鬼族の精鋭が成すすべもなく、倒されたと聞き、魔族軍の指導者たちに動揺が走る。


 魔族軍の司令、大鬼族のオルヴォ・クロンヴァールは、いつものような太く力強い声で、盟友シェフキのことを尋ねた。


「シェフキはどうなった? 殺されたのか、それとも捕えられたのか?」


 小鬼族の斥候は頭を深く垂れ、


「シェフキ様がどうなったのかは確認できておりませぬ。ただ、三名のみが街に引き立てられていくは確認しております」


 オルヴォは「そうか」と呟くと、「ご苦労だった。ゆっくり休め」と二人の生き残りを労う。二人が彼の前から下がると、中鬼族の指導者、ヴァイノ・ブドスコが嘲笑の声を上げた。


「小鬼族も口ほどにもない。闇夜の戦闘で獣人如きに後れを取るとはな!」


 ヴァイノは三十代後半の中鬼族らしいがっしりとした体格の戦士で、傍らには巨大な片刃の曲刀、ファルシオンを携えている。

 彼は更にオルヴォに向けて、


「そもそも斥候を出さねばならんような状況でもなかろう。我らにはこれだけの戦力が揃っておるのだ。力押しで十分。あの程度の街など半日で陥落させることができよう」


 ヴァイノはオルヴォとヴァルマの間の約定を知った上で、彼を貶めていく。


「月の御子など、我ら鬼人族には関わりの無い話。おるかも判らぬ、そのような者のために、何日ここで時を無駄に過ごしていると思っているのだ! 我ら中鬼族は直ちに街に侵攻することを主張するぞ!」


 オルヴォはその言葉を、薄目を開けて聞いていたが、ゆっくりと口を開いた。


「中鬼族は北部でも猪突し、全軍撤退の要因を作ったが、ここでも同じことを繰り返すつもりか?」


 彼はラクス王国東部のチュロック砦での作戦失敗を引き合いに出した。

 ヴァイノは僅かに眉を顰めるが、


「あれは大鬼族、翼魔族が支援しなかったことが原因だ。我等中鬼族の責ではない!」


「俺が聞いたのことと少し違うな。中鬼族のユルキ――中鬼族の操り手(テイマー)ユルキ・バインドラー――がバルタザル――大鬼族の指揮官バルタザル・オウォモエラ――やアスラ――翼魔族の呪術師アスラ・ヴォルティ――に断りもせず猪突し、危うくなるまで支援を要請しなかったと聞く。これはユルキ本人の報告でもあるのだぞ」


 オルヴォの言葉にヴァイノは返す言葉が見付からず、沈黙するが、その目には憎悪の光が宿っていた。

 ヴァイノは立ち上がり、


「小鬼族の報告は聞いた。オルヴォ殿が侵攻を命じぬのであれば、ここにいる必要は無い」


 そう言ってオルヴォを睨み、その場を立ち去っていった。

 オルヴォは表情を変えず、その姿を見送るが、内心ではこの状況を苦々しく思っていた。


(シェフキを失った今、ヴァイノら中鬼族を抑えるのは至難の業だ。ヴァルマが早く御子を確保せねば、二、三日の内に中鬼族は暴発するだろう……)


 そして、捕らえられた小鬼族が尋問されることも憂慮していた。


(拷問を受ければ自害するだろうが、あの“白の魔術師”がいる。シェフキが自ら選んだ精鋭だが、魔法を使って尋問されれば、敵に情報が漏れる可能性は否定できん。我らの戦力、位置、物資の状況、更に主力たる中鬼族と他の部族との間に確執があると知られれば、敵は必ずそこを突いてくる。ヴァイノではないが、早急に戦端を開かねば、勝利は難しくなっていくぞ……)


 オルヴォは静かに目を瞑り、大木にもたれかかりながら、この先の展開に不安を感じていた。




 十二月二十一日の朝。


 魔族の新たな斥候もなく、静かな朝を迎えていた。

 レイはギルド総本部の仮眠室で休憩を取った後、情報課の尋問に立ち会ったり、ラスペードから小鬼族の能力について聞いたりしていた。

 捕らえた小鬼族の尋問はラスペードの指摘どおり、三人とも頑として口を開かず、全く進んでいない。

 小鬼族の能力について、ラスペードに聞くと、


「我々が知っているのは、鬼人族はその特徴が似る魔物、オーガ、オーク、ゴブリンの特徴を備えているということと、それらを使役することができるということだけなのだよ。十八年前の魔族の侵攻時においても、彼らが魔法を使ったという未確認の報告があったのだが、当時は誰も信じなかったのだ。今回、小鬼族が魔法を、それも闇属性魔法を使ったという事実は、研究者にとって非常に興味深い事なのだよ」


「つまり、小鬼族が魔法を使ったことを確認できたのは、今回が初めてだということでしょうか?」


「そうなるね。恐らく使い手が極端に少ないことと、証拠が残るような使い方はしていないということなのだろう。今回も君がいなければ、魔法を使ったという事実は眉唾物とされたかもしれんね」


 レイはラスペードに礼をいって、情報課が尋問を行っている部屋に向かった。


 部屋の中では、小鬼族の戦士が鎧を脱がされ、半裸に近い状態で拘束されている。二人の戦士は舌を噛み切らないよう革製の丈夫な紐を噛まされ、魔法を使ったと思われる戦士は更に厳重な猿轡をされている。そして、三人ともかなり憔悴しているように見える。


(名前どころか、一言もしゃべらないし、それどころか、舌を噛み切って自殺しようとしたって聞いた。それだけの覚悟をしているってことなのか……)


 彼はその姿を見ながら、傀儡くぐつの魔法を掛けるべきか悩んでいた。


(ラスペード先生が言うとおり、あの魔道具が使える状態なら、傀儡の魔法を掛けることができると思う。イメージは強力な催眠術だから、それほど難しいものじゃない。でも、敵とはいえ、人の心を操るというのはやってはいけないことのような気がするんだけど……)


 彼は悩みながら、罠の設置の現場に向かった。



 レイはステラと共に東地区で罠の設置状況を確認していた。

 彼の指示通り、住民が避難した後の家屋には、様々な改造が施されていた。更に、多くの市民たちの手によって、その家屋の中に彼の指示した物が運び込まれていた。


 午前十時頃、彼が視察しているところに、ギルド職員が訪ねてきた。


「さっき、ライアンという者の使いが来たんだが」


 レイが「ライアンが? どう言った内容だったのでしょうか?」と尋ねると、


「何でも、今からオートンの街に向かうが、追加の護衛がいない。何か手を打って欲しい。手を打っているなら、それを直接教えて欲しいという伝言だった。伝言を持ってきた者の話だと、君がこのことを知っているという感じだったが……」


 レイは職員の言葉を遮るように、「それはいつの話ですか!」と詰め寄る。

 職員は彼の剣幕にたじろぎながら、「私が聞いたのは一時間ほど前だが、使いの者が本部に来たのは更に三十分ほど前だと聞いたな」と答える。

 レイは職員に礼を言うとすぐに宿に向かって走り出した。


(どういうことだ! あれほどペリクリトル(ここ)から出ないでほしいって言ったのに……)


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― 新着の感想 ―
でも、敵とはいえ、人の心を操るというのはやってはいけないことのような気がするんだけど……) 綺麗ごとを言うのなら、最後まで綺麗ごとを貫いて欲しいね。
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