第五十一話「斥候隊」
時は十二月十九日の深夜に遡る。
ペリクリトルの東、約三十kmの位置に潜む魔族軍は長い待機時間を持て余していた。
友軍同士でのいざこざは後を絶たず、司令であるオルヴォ・クロンヴァールの能力をもってしても、それを完全に抑えることが出来なかった。
オルヴォはこの状況を苦々しく思っていたが、部族間の取り決めの通り、月の御子を確保するか、年が明けるまでは待機するつもりでいた。
そこに月魔族のヴァルマ・ニスカからの使者である翼魔が到着する。翼魔はヴァルマの手紙を彼に渡す。
オルヴォはすぐにその手紙を読み、圧倒的に不利である敵が何か策謀を巡らせていることに驚いていた。
(敵はこちらの戦力に気付いていないようだな。これだけの戦力差があれば、少々の策では我らの有利は揺るがぬ……だが、ヴァルマはこのアークライトという魔術師を必要以上に危険視しているな。確かにバルタザル――ラクス王国東部を襲った大鬼族の操り手、バルタザル・オウォモエラ――の報告にあった“白の魔術師”であるなら、危険ではあるが、この戦力差を覆す者など人ではあり得ぬ……)
それでもオルヴォはヴァルマの警告通り、敵の策略を見極めるため、斥候を出すことを決めた。
本来なら自らの部族、大鬼族から出したいところだが、その巨体は斥候には向かない。そのため、敏捷さと隠密の技に長けた小鬼族に斥候を任せることにした。
彼は小鬼族の野営地を訪れ、彼らの長、シェフキ・ソメルヨキに斥候を依頼した。
シェフキは小鬼族らしく身長百五十cmほどと小柄で、腕が細く、やや腹が突き出したゴブリンの容姿を受け継いでいる。だが、小鬼族はその体形からは想像できないほど、敏捷であり、斥候などの隠密行動を得意としている。
その中でもシェフキは魔法を使いこなす逸材であった。
彼は好戦的な鬼人族の中では珍しく、沈着冷静な性格であり、オルヴォと同様に中鬼族の暴走を危惧していた。このため、オルヴォとは部族を超えた盟友関係にあり、参謀的な存在であった。
オルヴォはシェフキの前に座り――それでも立った小鬼族より背が高い――、シェフキにヴァルマの手紙を渡した。
「ヴァルマから敵が何か罠を仕掛けているという知らせが来た。翼魔を使っても探り出せんそうだ」
オルヴォの言葉にシェフキは目を見開き、手紙を受け取る。そして、内容を確認すると、
「ほう、翼魔を使っても探り出せんか……俺たちに探れっていうことだな?」
オルヴォは小さく頷き、「頼む」とだけ言った。
シェフキはすぐに部族の主要な者を集め、
「斥候に出るぞ。数は二十。俺が指揮を執る」
その言葉にオルヴォが目を剥く。
「お前が行かなくともよかろう。他の者に任せてはどうだ?」
彼の言葉にシェフキは首を横に振り、
「魔法陣の確認をせねばならんのだ。俺が行くしかあるまい。それに、ヴァルマが恐れるほどの魔術師が指揮を執っておるのだろう? ならば、俺が精鋭を連れて行かねば、埒は明くまい」
オルヴォはまだ何か言いたそうだったが、シェフキの判断を尊重する。
「判った。だが、無理はするなよ」
シェフキは小さく頷くと、すぐに出発の準備を始めた。
そして、小鬼族二十名を引き連れ、夜の森の中に消えていった。
夜が明け、十二月二十日の朝を迎える。シェフキたちはペリクリトルの東、約五kmの位置にいた。
小休止を挟み、森の中を進もうとするが、ペリクリトルの冒険者たちの哨戒線に気付く。
(思ったより厳重に偵察しているな。それも時間差を付けて同じ位置を何組もの斥候隊が巡回している。斥候隊は五、六人しかおらんから、殲滅することは難しくないが、下手に敵を殲滅すると、夜間の偵察に支障が出るな。この辺りで夜を待つか……)
小鬼族の斥候隊はその場で夜を待つことにした。
夜の帳がおり、辺りが闇に包まれると、冒険者たちの斥候隊の姿は見えなくなった。
街の外の魔法陣を確認するため、シェフキは連絡用に部下二名を残し、すぐに移動を開始した。
そして、街の周囲にある草原に到着すると、低い背を更に屈めて、ゆっくりと街に近づいていった。
その頃、街の周囲を警戒するルークスの獣人部隊は接近してくる小鬼族の斥候隊を見付けていた。
長のウノは自分たち六人では敵を逃す可能性があると考え、レイに連絡を入れることにした。レイはランダルとの協議を終え、アシュレイと合流したところだった。
ウノは彼らの前に片膝をつき、
「敵の斥候隊らしき部隊が密かに接近しております。数はおよそ二十。動きから察するに小鬼族の精鋭ではないかと思われます」
レイは予想通りの展開であったので、満足そうに頷き、
「僕たちも向かいます。以前使った照明弾の魔法で照らせば、僕とアシュレイも戦力になりますから。僕たち三人とウノさんたち八人で倒せそうですか?」
ウノは迷わず頷き、「アークライト様の魔法だけでも十分かと思います」と答える。
レイたちはすぐに東の門に向かい、門番に事情を話して街の外に出た。
既に完全に闇が支配しており、物見櫓の松明が僅かに草原を照らすだけだった。
「ウノさん、どの辺りに敵はいるんでしょうか?」
彼の問いにウノは「私が見た時はあの先、一kmほどのところにおりました」と北東の方角を指した。
小鬼族のシェフキはゆっくりと街に接近していた。
街まで二百mを切った時、東の門が突然開いた。
(定時巡回か? 人数は……四人。我らが罠に気付いていないと思わせたいが、我らに気付くようなら処分せねばならん……)
シェフキは部下たちにそのことを伝え、更に慎重に動き始めた。
巡回者たちは、灯りの魔道具を使って周囲を警戒しながら、彼らの方に向かってきた。
シェフキが部下たちに動きを止めるように指示を出した時、敵の一人が空に向かって魔法を撃ち出した。
その魔法は火の魔法のようでゆっくりとしたスピードで空に昇っていく。
(何だ? 空に向けて魔法を放っただと……どういうことだ……)
シェフキが疑問に思っていると、その光の玉は突然、眩い光を放ち、今度はゆっくりと降下してきた。
シェフキたちは照明弾をもろに見たため、一瞬視力を失う。
(くそ! こっちに気付いていやがった! 眼潰しの魔法か……)
彼が部下に命令を下そうとした時、五人の獣人が襲い掛かっていった。
シェフキは体に似合わぬ大声で、「敵襲だ! 応戦しつつ、後退しろ!」と命令を下していた。
レイは照明弾の魔法を放った後、不意に立ち上がった敵の姿を見付けた。
「ゴブリンか? いや、あれが小鬼族なのか?」
彼はゴブリンに似た姿に驚きを隠せないが、すぐに槍を構えながら走り出す。
後ろにはアシュレイとステラもおり、獣人部隊の長、ウノと二人の部下は、レイたちを守るかのように前面と側面を走っている。
レイの目にも五人の獣人が十数人の小鬼族と斬り合っている姿が見えていた。
数名の小鬼族が血飛沫を上げて倒れるが、敵は獣人たちを牽制しながら後退していく。
その間に上げられた照明弾はゆっくりと光を弱めて行き、徐々に闇が草原を支配していく。レイは再び照明弾の呪文を唱え、
「世のすべての光を司りし光の神よ。輝ける御身の力を我に与えたまえ。御身に我が命の力を捧げん。満ちよ、光! 照明の炎!」
消えゆく光の中を光の玉がゆっくりと上がっていき、再び眩い光が闇に打ち勝つ。
小鬼族たちはその光に一瞬目を奪われ、隙を作ってしまった。
その間に獣人たちが更に小鬼族を斬り伏せ、敵の後ろに回り込んでいた。
シェフキの周りにはすでに六人の部下しか残っておらず、彼はここが自分の死に場所だと思っていた。
(恐ろしく腕の立つ連中だ。最初から気付いていやがった。俺たちはまんまと敵の罠に嵌められたってことか……しかし、こいつがあの白の魔術師の魔法なのか……やられるばかりでは武人としての矜持に関わる……)
彼は部下たちの後ろに下がり、呪文を唱え始めた。
「闇を司りし、我らが神よ。魂を怯ませし、闇の力を我は求む。我、我が命を御身に捧げん。我が敵に闇の恐怖を。恐れの闇」
シェフキの右手から、数条の黒いレーザー光のようなものが周囲に放たれていく。
獣人たちはその黒い光に危険を感じ、咄嗟に回避するが、運悪くウノの部下の一人、クアトロに黒い光が掠めた。
クアトロは電源の切れた機械のようにガクッという感じで動きが止まり、その場で立ちつくしてしまった。
好機と見たシェフキの部下が、短剣を無防備なクアトロの腹に突き入れる。クアトロは悲鳴を上げることなく、腹に短剣を抱えたまま、倒れていった。
シェフキは近くにいる獣人たちが伏せていることから、脱出の好機と考え、すぐに部下たちに、「脱出する! 俺に続け!」と命じた。
彼の言葉に健在な六名の部下が従い、シェフキの後に続こうとした。
レイは獣人の一人――彼には名前が判らなかった――が刺されたのを目にした。そして、その隙に逃げて行こうとする敵の姿を見て、怒りに我を忘れて光の連弩の呪文を唱えていた。
「世のすべての光を司りし光の神よ。御身の眷属、光の精霊の聖なる力を固めし、光輝なる矢を我に与えたまえ。御身に我が命の力を捧げん。我が敵を貫け! 光の連弩」
彼の左手から、光の矢が次々と飛び出していく。その数は七本にも及び、五十mほど先にいる小鬼族に向かって飛んでいった。
小鬼族の一人が後ろを振り返り、「光の矢だ!」と叫ぶ。
その言葉に指揮官のシェフキは、「全員回避!」と命じ、彼らはその場に一斉に伏せた。だが、レイの放った光の矢は、伏せた敵に向かって軌道を修正し、七本の光の矢はそれぞれ別の敵に突き刺さっていく。
その間にシェフキの魔法で動きを封じられた四人の獣人が、敵に追いついていた。彼らはレイの光の矢を受け、のた打ち回る敵に止めを刺していった。
「全員は殺さないで! 特に魔法を放った敵は生かしておいてください!」
レイの言葉に四人の獣人の動きが変わる。
剣を突き刺すように攻撃していたが、剣の平で殴り倒すような動きに変えていった。
レイは敵には向かわず、刺されたクアトロの傍らにしゃがみ込む。クアトロの顔は土気色に染まり、革鎧の隙間を通って突き刺さった短剣の周りは、血で赤く染まっていた。彼の息は徐々に浅く、そして弱くなっていく。
レイの後ろに立つウノは、「既に手遅れです。ここは私にお任せ下さい」と言って、安楽死させるため、右手の剣をクアトロに突き立てようとした。
レイはそれを右手で制し、クアトロの腹に刺さった短剣を一気に引き抜く。そして、左手をかざし、治癒魔法の呪文を唱えていった。
「森を作りし偉大なる木の神よ。生命を育む精霊の力により、彼の傷を癒したまえ。我は代償に命の力を捧げん。治癒の力」
レイの魔法でクアトロの腹の傷が塞がっていく。
更に水属性の治癒魔法を掛けることにし、
「大いなる生命の源水の神よ。清浄なる精霊の力により、彼の傷を癒したまえ。我は代償に命の力を捧げん。治癒の力」
二つの呪文により、クアトロの浅かった息は徐々に整っていく。
「多分、大丈夫だと思いますけど、何日か安静にしてください」
普段は表情を変えないウノだったが、レイが獣人の奴隷兵に高度な治癒魔法を掛けたことに驚き、僅かに目を見開いていた。ルークスでは、彼らは使い捨ての道具と見られており、簡単な傷ならともかく、重傷者はその場で処分されることが常だったからだ。
「過分なご処置、感謝に堪えませぬ。しかし、この者はアークライト様の手足。傷が治っておるのであれば、すぐにでも任務に戻します」
レイは首を横に振り、
「せめて、明後日までは安静にさせてやってください。納得いかないと言うのであれば、私からの命令ということで納得してください」
ウノは「承知いたしました」と言って、深く頭を垂れる。
レイがクアトロの治療を行っている間に、アシュレイは小鬼族の斥候隊に近づいていった。四人の獣人たちは三人の小鬼族を捕えていた。そのうちの一人は魔法を放った者で、呪文を唱えられないよう厳重に猿轡を掛けられていた。
アシュレイが「逃げた斥候は?」と尋ねると、獣人の一人が「おりませぬ」と片膝をついて律義に答える。
彼女はそれに頷くと、「周囲の警戒を」と命じ、捕えた小鬼族を見下ろした。
(確かにゴブリンに似ているが、奴らほど醜くはない。そう、知性を感じるところが全く違う……しかし、小鬼族までが闇属性魔法を使うとなると、かなり厄介だ……)
そして、周囲の警戒をしながら、斥候がこれだけか疑問に感じていた。
(私が敵の拠点近くに斥候を命じるなら、少なくとも二手以上に分ける。若しくは、偵察の成否を知らせるため、どこかで監視させるはずだ)
彼女がそう考えていると、クアトロの治療を終えたレイが合流してきた。彼はアシュレイの横に立ち、「斥候隊はこれだけ?」と尋ねると、
「ああ、罠の近くに来た者はこれだけだ。だが、他にも潜んでいる敵がいるはずだ。彼らに警戒するように命じたが、恐らく、既に森の奥に逃げ込んでいるだろう」
レイは彼女の言うことが理解できず、そのことを尋ねると、アシュレイは自分の考えを話していった。
「恐らく、別働隊か、偵察の成否を確認する部隊がいたはずだ。他の場所に別働隊が向かった可能性がある」
「と言うことは、彼らは囮だったってことかい?」
レイの問いにアシュレイは小さく首を横に振る。
「可能性はあるが、恐らく別働隊はいないだろうな。いたとすれば、偵察の成否を確認する少人数の班がいたくらいだろう……」
アシュレイは、通常の斥候ならば分散して確認するのが妥当だろうが、翼魔が倒されたと言う情報を聞けば、出来るだけ戦力を集めてくるのではないかと語る。
レイはそれに頷き、
「確かにそうだね。もしかしたら、翼魔を殺した僕たちを倒すことによって、魔族内での自分の部族の地位を上げようとしたのかもしれないね……」
彼は以下のように考えた。
ラクス王国東部での魔族同士の連携は非常に悪かった。ミリース谷でも中鬼族に他の魔族からの支援があれば、レイたち魔族討伐隊は一日ともたずに殲滅されていただろう。つまり、魔族の間に不信感とまでは行かないだろうが、部族間の権力闘争のようなものがあるのではないかと考えていた。
そして、その構図はこのペリクリトルでも同じなのではないか。月魔族が主力である翼魔を失うような強敵を、自分たち小鬼族が倒せれば、その後の部族間の抗争に有利になると考えたのではないかと。
「……小鬼族が魔法を使うって言うのは聞いたことが無かったんだけど、闇属性魔法を使うような人材は貴重なはずだと思う。だから、この斥候隊は精鋭部隊である可能性が高いと思うんだ」
レイの言葉にアシュレイが頷く。
「確かに動きは手練であると感じさせた。特に命令に即座に従う姿は精鋭と言っても良いかもしれん。まあ、今回は相手が悪かったがな」
十分ほどすると、周囲を確認しに行った獣人部隊が戻ってきたが、草原内には敵の影はなかった。
レイはウノに警戒を続けるように命じる。
「お疲れのところ悪いんですけど、警戒を続けて下さい。もし、何かあれば、すぐに連絡してください。当分、ギルド本部にいますから」
ウノは「御意」と片膝をついて承諾し、けがをしたクアトロを含む全員が頭を垂れていた。
レイとアシュレイ、ステラの三人はロープで厳重に縛りあげられた小鬼族を引き連れ、東の門に向かった。




