第五十話「忍びよる脅威」
ルナのパーティのリーダーであるヘーゼルは、宿泊する“荒鷲の巣”亭で、ルナのことについて考えていた。
(あの子をうちのパーティに入れたのは、頼まれたからだけど、こんな状況になるとは思わなかったわ……)
ヘーゼルのパーティは元々、獣人の剣術士のファンとハルバード使いのライアン、そして今はいない弓術士の四人でパーティを組んでいた。一年半ほど前、彼女と同じ歳の弓術士が結婚を機に冒険者を引退したため、三人で依頼を受けていたが、弓術士が抜けた穴は大きく、代わりの弓術士を探していた。
その時、彼女の知り合いからルナという弓術士がいると教えられる。
その頃、別のパーティに入っていたルナだったが、個人的な理由でそのパーティを抜けることになった。そして、彼女に一目惚れしたライアンが強引に彼女を誘い、パーティメンバーとして迎えることになった。
その時、ルナを紹介してくれた知り合いから、彼女のことをくれぐれも頼むと懇願されていた。
(あの時は真剣に考えなかったけど、もしかしたら、あの人は知っていたのかも。あの時の表情は仲間が抜けるから寂しいというより、自分が関われないから悔しいという感じだったのかも……)
そして、ルナが彼女のパーティに加わってから、一年という時が流れていた。
ルナはパーティに加わると、すぐに弓術士としての才能を遺憾なく発揮した。
前衛はスピードタイプのファンとパワータイプのライアンで、その二人をルナは効率的に支援していった。それだけではなく、彼女はその細腕からは想像できないほど強力な特殊な弓を操り、ファンが梃子摺るような強力な魔物に対してもダメージを与えるようになっていた。
(本当にメキメキと強くなっていったわね。今ではルナがいないとうちのパーティは成立たないくらいだもの……)
ヘーゼルは今の状況について悩んでいた。
(街の防衛に狩り出されないのは助かるけど、何もしないのも辛いわ。確かにルナを守る必要があるのは判るけど、この先、どうしたらいいのかしら……)
ヘーゼルはレイから聞いた話を未だ信じきれずにいた。なぜなら、弓が天才的だとはいえ、ただの若い女性であるルナが、魔族に狙われる理由が理解できないからだ。
(昔に聞いた話と魔族の傀儡から聞きだした情報から判断する限り、ルナには何か秘密がありそうなのは判るわ。でも、彼女自身何も知らないようだし、私が見ても何か特別なものがあるようには見えない。それなら、余計にここにいてはいけないような気がするわ……)
堂々巡りになる思考を止めたのは、彼女に客が来たと伝えに来た宿の女将ミラの声だった。
「お客さんよ。ギルドの情報課の人だって。できれば二人で話したいそうよ。どうする?」
ヘーゼルは「会ってみます」と言って、ロビーに下りていった。
ロビーには二十代半ばの男が待っており、情報課職員の証と自らのオーブ――身分証明書になる魔道具――見せ、
「情報課のイントッシュだ。ルナのことで大事な話がある。悪いがすぐに一緒にきてくれないか」
真剣な表情でそう言われ、彼女はすぐに了承した。
そして、誰にも告げることなく宿を出て行った。
その頃、レイは東地区で魔族殲滅のための罠の設置の指揮を執っていた。
「布の筒はある程度、力が加わっても大丈夫なように、しっかり固定してください! 井戸は木の板を打ち付けて完全に蓋をしてください!……」
彼はそこかしこで行われる作業に顔を出し、次々と指示を出していった。
作業は急ピッチで進められるが、目標の五日以内に完了するか微妙だった。
(灯りの魔道具を使って作業を進めてもいいけど、目立つんだよな。防御を強化しているだけのように見せ掛けないといけないし……)
焦りを覚えるが、陽が落ちたところで罠設置の作業を終える。
彼は作業者たちに「お疲れ様」と労いの言葉を掛けてから、ギルド本部に戻っていった。
(魔術師の訓練もしなくちゃいけないし、前線に出る冒険者たちがまともに動けるようにもしなくちゃいけない。こっちはアッシュが頑張ってくれているけど、そろそろベテランの冒険者たちにも訓練に参加してもらった方がいいな。体が三つも四つも欲しいよ……)
レイが難しい顔をしながら歩いていると、珍しくステラが話しかけてきた。
「あまり思い詰めない方がいいと思います。何もできない私が言うのはおかしいかもしれませんけど」
遠慮がちにそう声を掛け、レイの横に並ぶ。
「ありがとう。ステラは何もできないわけじゃないよ。今も僕の護衛をしてくれているし」
レイがそう言って笑い掛けると、ステラは小さく首を横に振る。
「護衛は獣人部隊がいれば十分です。私にもアシュレイ様のように出来ることがあればいいのですが……」
レイは彼女が自分の役に立ちたいと思い詰めていることに初めて気付いた。
(ステラも僕のために……やってもらいたいことはあるんだけど、傀儡の問題が解決しないとできないし……)
「君にやってもらいたいことがあるんだけど、傀儡がいるとできないんだ。それが解決したらお願いするよ」
彼の言葉にステラは目を輝かせ、「はい」と答える。
ギルド本部に戻ると、情報課のロイドが嬉しそうな顔でレイを待っていた。
「いい知らせだ。傀儡が見つかったぞ」
レイはその言葉に「本当ですか!」と声を上げる。
「ああ、死んでしまったが、確かに傀儡だ。ラスペード教授があの針を確認している」
レイはどういう状況なのか気になり、
「亡くなったのですか……詳しく教えてもらえませんか?」
ロイドは近くのテーブルに向かい、椅子に座る。
「昼過ぎ頃の話なんだが、うちの職員が傀儡を見つけた……」
ロイドは興奮気味に説明を始めた。
今日の昼過ぎ、傀儡であるミッシェルを見つけた職員が街の人間を使って連絡してきた。ギルドの情報課は直ちに防衛司令のランダルに連絡し、ベテランの冒険者を中心にした捕縛隊を結成し、現場に向かわせた。
午後三時頃、捕縛隊が西地区の外れに到着し、隠れ家とされた廃屋を包囲する。中を捜索するが、ミッシェルはおらず、更に近くの路地裏で連絡を入れた情報課員の死体が発見された。現地の指揮官はその情報課員イントッシュが戦闘を苦手としていることを知っており、彼が油断した隙に、傀儡のミッシェルに背中を刺されて殺されたのではないかと考えた。
捕縛隊は直ちに周囲を捜索した。そして一軒の酒場跡でミッシェルを発見する。
捕縛隊がミッシェルを捕らえようとしたとき、彼女は毒らしき液体を煽り、その場で自害してしまった。
更に周囲を捜索したが、怪しい人物も傀儡も発見できず、ギルドはミッシェルが情報課員を殺したことで安心し、もう一つの隠れ家である酒場跡に潜んだと結論付けた。
「……というわけで、この街に傀儡はいなくなった。これで安心して敵と戦えるな」
ロイドはそれだけ言うと、情報課の部屋に戻っていった。
レイは傀儡が発見されたことに安堵するが、なぜか心に引っ掛かりがあった。
(ロイドさんの話どおり、傀儡はいなくなった。これで街の防衛に専念出来るんだけど、何かおかしいような気がするんだよな。今まで見付からなかったミッシェルという人が急に見付かったこともそうだし、戦闘が苦手でも唯の娼婦に不意を突かれるものなんだろうか?)
すっきりはしないが、調査した冒険者たちがベテラン揃いであると聞き、彼は考えるのを止めてしまった。
レイはランダルと今後のことを協議するため、彼の部屋に向かった。そして、ランダルとの協議を終えて宿に帰ろうとした時、獣人部隊のウノからの連絡が入った。
「敵の斥候隊らしき部隊が密かに接近しております。数はおよそ二十。動きから察するに小鬼族の精鋭ではないかと思われます」
レイは翼魔が去った後に必ず別の斥候が来ると思っていたので、驚くことはなかったが、この騒動で彼は傀儡のことが頭から抜けてしまった。
そして、彼は後にこのことを後悔することになる。
時は午前十時頃、ギルドの情報課員イントッシュがヴァルマに捕らえられた後に戻る。
イントッシュを捕らえたヴァルマはある作戦を考えていた。
情報課員を使ってルナのいるパーティのリーダー、ヘーゼルを呼び出す。そして、ヘーゼルを傀儡とし、ルナと共に街から脱出させるよう命令を出す。
このままではギルドの警戒が緩まないので、傀儡であるミッシェルを発見させる。そのためにイントッシュを使って、ミッシェル発見の報告をギルドに届けさせる。
ギルドから人が来る前に用済みとなったイントッシュから、傀儡の術の魔道具を回収し、殺しておく。こうすれば、イントッシュが不意を突かれて殺されたとしか見えないと考えたからだ。
その間に彼女と護衛の翼魔は大きめのローブで特徴的な翼を隠して、その場所を離れる。
ギルドの捕縛隊がミッシェルを捕まえに来たところで、彼女を自害させる。
最初、ヴァルマは傀儡が捕らえられても問題ないと考えていたが、レイという存在を恐れ、念には念を入れるため、ミッシェルの口を封じることにしたのだ。
ヘーゼルは情報課の職員イントッシュに連れられ、西地区に向かっていた。
彼女はなぜ西地区に向かうのかと思い、「総本部に向かうんじゃないの?」と尋ねる。
イントッシュは「ああ、極秘の話なんだ。信じられないなら戻ってもらっても構わんぞ」と言うだけで止まる素振りを見せない。
ヘーゼルは疑問を抱えながらも、ギルドの職員であることから、そのまま惰性でついていった。
西地区に入り、徐々に寂れたところに入っていく。
この辺りに残っていた数名の者たちは、昨夜のうちに酔って凍死したように見せかけて処分しており、この一帯にはヴァルマたち以外はいない状態になっていた。
ヘーゼルはひと気が一切無くなったところで不安を覚え立ち止まった。
「どこに行くのか、教えてもらえるかしら? それと、どうしてこんなところに連れてきたのかも」
歩みを止め、彼女がそう言い放つと、イントッシュはニヤリと笑った。
ヘーゼルはその顔を見て背筋に冷たい物が流れる。
(おかしいわ。この人の顔を見ていると不安になる。そう、表情が不自然なのよ。もしかして、魔族の手先……)
ヘーゼルは本能に従って踵を返して駆け出そうとした。だが、彼女の後ろにはローブを纏いフードを深く被った二人の人影が立ち塞がっていた。
そのうちの一人から若い女性の声が聞こえてきた。
「残念だったわね。もう少し早ければ逃げられたかもしれないのに」
楽しげに話す彼女の横から黒い霧が流れていく。ヘーゼルは本能的にその霧から逃れようとするが、もう一人のフードの人物が彼女の腕を掴んでいた。
ヘーゼルは「放せ!」と大声で叫ぶが、すぐに霧が彼女の顔を覆っていく。そして、ヘーゼルは意識を失った。
ヴァルマは満足そうに笑うと、翼魔にヘーゼルを担がせ、隠れ家の一つに向かった。
ヘーゼルに傀儡の術を施したヴァルマは、
「御子様を西のオートンに向かわせなさい。但し、アークライトという魔術師には絶対知られてはいけない。タイミングはあなたの判断に任せるけど、西の門を必ず利用しなさい。そして、街道に出たら、周りに人がいなくなるようにうまく調整するのよ。判ったわね」
彼女の命令にヘーゼルは乏しい表情の顔で頷く。
そして、足早に宿に戻っていった。
ヴァルマはこれで御子を確保できるとほくそえむが、
(傀儡の針をほぼ使い切ったわ。これで確保できなければ、オルヴォの侵攻に合わせるしかない。これで決着が付かなければ……ううん、計画は完璧なはずよ。これで駄目なら私の力の及ぶところではないわ。そう、神に見放されたとしか考えられないもの……)
彼女はイントッシュに「街の人間を使ってギルドに連絡を入れなさい」と命令を下す。
そして、ミッシェルに対しても、「ここに捜索隊が来たら、これを使って自害しなさい」と言って、小さな壷を渡した。
ヴァルマたちは再びフードを被り、自分たちの姿を隠して、西地区の北側、比較的裕福な人が多い地区に向かった。そして、一軒の空き家に入り込み、夜を待つことにした。
(これで仕込みは十分ね。後は夜になったら、私が脱出して御子様が街の外に出てくるのを待つだけ……)
彼女はニヤリと笑い、
(ふふふ……これであの魔術師を出し抜けるわ。いくら何でもこの策まで看破できないはずよ……御子様さえ確保できればこの街に用はない。オルヴォには派手に街を攻めてもらって、あの魔術師を処分してもらいましょう……)




