第十二話「ティセク村へ」
前日まで宿泊した“荒鷲の巣”を引き払ったレイたちは、ペリクリトルの南門近くに宿を見つける。
夕食の時、レイは何度もルナのことを考えてしまい、口数が少なかった。
アシュレイとステラはそんな彼の様子が不安でたまらない。
特にアシュレイは、一度は割りきったものの、自分のためにこの依頼を受けることになったことを後悔していた。
(私が断れば今頃ドクトゥスに向かっていたはずだ。まさかあの女が同じ依頼を受けていたとは……知っていれば何があろうと断ったのだが……いや、こんな偶然はやはりあり得ない。これには何か事情があるはずだ……)
「レイ、何か思い出しそうなのか? あのルナとかいう弓術士をしきりに気にしていたが?」
物思いに耽っていたレイは、突然話を振られたことに戸惑う。
「え……ああ、いや、まだ何も。ルナという人の持っていた弓なんだけど、僕がいた世界のものだと思うんだ。それに使い方も……」
その言葉にアシュレイとステラが驚く。
「確かに変わった弓だと思ったが……本当にそうなのか?」
「ああ、間違いない。あの弓の使い方は“日本”の“弓道”で間違いないんだ。それがどうしてこの世界にあるのか……」
ステラが「それではレイ様が書かれていた“小説”に出てくる方なのでしょうか?」と尋ねるが、彼は首を横に振る。
「判らないんだ。そんな気がするんだけど、自信がない。弓を射る姿を見たとき、何かを思い出しそうだったんだけど……まあ、明日からは仕事だし、できるだけ考えないようにするよ」
彼は無理やり笑顔を作り、話題を変えていく。
「そう言えば、ランダルさんが十八年前とか八年前とかに魔族の侵攻があったっていっていたけど、何か知っている?」
レイは軽い気持ちでアシュレイに尋ねるが、アシュレイの表情が一瞬曇る。
「十八年前は母上が亡くなった戦いがあったときだ……」
アシュレイの寂しそうな表情に気付いたレイは慌てて「ごめん。前に聞いていたのに、本当にごめん」と頭を下げる。
アシュレイは彼女にしては憂いのある笑顔で首を横に振る。
「いや、構わない。まだ詳しい話はしていなかったからな。それに私自身、よく覚えていないのだ。話はアル兄やデューク小父様に聞いて知っている程度なのだ」
彼女自身まだ幼く、父ハミッシュの古くからの盟友であるアルベリック・オージェやフォンスの傭兵ギルドマスターでもあるデューク・セルザムから聞いているだけだ。
アシュレイは自分の知っている話を二人に語っていく。
「十八年前の出来事は判らないことが多いそうだ。概略だが、カウム王国の東の砦、トーア砦に魔族が襲い掛かってきたことから始まった。何の兆候もなく、突然に襲撃してきたそうだ。そして、砦の守備兵の数倍の戦力で瞬く間に砦は抜かれ……」
十八年前、トーア砦に七千を超える魔族の軍勢が襲い掛かってきた。砦の守備兵は千名程度いたが、奇襲を受けたことと、損害をものともしない魔族の攻撃に半月も保たずに砦は陥落した。
魔族軍はそのままの勢いでカウム王国に侵攻していった。
カウム王国は魔族の襲撃の知らせを受け、各国に援軍を要請した。王都を発した増援の二千は砦陥落の報を聞き方針を転換した。援軍が到着するまで時間を稼ぐ、遅滞行動に舵を切ったのだ。
カウム王国軍の粘り強い撤退戦で一ヶ月ほど時間を稼いだことにより、傭兵の国フォルティスとラクス王国からの援軍が到着した。
カウム王国側はその機を生かすため、一気に攻勢に出た。
場所はカウム王国の北、アクリーチェインという山の麓において、数に勝る魔族軍を援軍との見事な連携で挟撃し大勝利を飾った。その時、ハミッシュ、彼の妻アビー、アルベリック、デュークら傭兵は、ラクス王国軍の傭兵部隊に所属していた。
アクリーチェインの戦いの序盤、ラクス王国軍は魔族軍の逆襲に遭い、一旦は敗走寸前にまで追い込まれていた。だが、ハミッシュら傭兵部隊の粘り強い反撃で最終的な勝利をものにした。その際、ハミッシュの妻のアビーと多くの傭兵たちが戦場に散っていた。
「……その時のペリクリトル周辺にも魔族軍が来ていたという話がある。今回の目的地ティセク村近くに数百のオークの群れと数十のオーガの群れがいたというのだ」
「偶然ではなく、魔族だっていう証拠は?」
アシュレイは「ない」と否定する。
「操り手の姿はなかったそうだ。そのため、当時から偶然ではないかという声はある。だが、不審な点が多過ぎるのだ……」
アシュレイの話ではオークとオーガは南からティセク村に向かったが、途中の村や町を襲うことなく、ひたすらそこを目指した痕跡がある。更にティセク村近くで時間を計るかのように待機していた。そのことから、魔族の侵攻に合わせた陽動作戦ではないかという説があるとのことだった。
レイは「なるほどね」と頷き、「八年前の話は知っているかい?」と更に聞いていく。
「ああ、当時は団に入ったばかりだったが、一応傭兵になっていたからな。あの時は三百近いオークの群れが、主要街道から外れた小さな村を襲ったと聞いた……」
八年前、ティセク村にオークの群れが襲い掛かり、村人は一人を除いて皆殺しにされた。その後、近隣の守備隊、更に冒険者と傭兵が共同で討伐作戦を行い、見事全滅させたが、この時もオークの行動が不審で、ソーンブローという城壁の整った防備の硬い宿場町を執拗に攻撃した。そして、その戦闘で数を減らしたところを、冒険者と傭兵の合同部隊が急襲し殲滅した。
「そして唯一の生き残りが、今日会ったルナっていう女冒険者か……」
「ああ、私の聞いた話では家の地下にある貯蔵庫に隠れて難を逃れたそうだ。ティセク村に調査に行った冒険者が発見し、その中の一人が彼女を引き取ったと聞いたが、まさかその本人が冒険者になっているとは思わなかったがな」
アシュレイの話を聞いたレイは、強い既視感に囚われていた。
(この話は知っている。なぜかは判らないけど……考えられるのは僕の書いた小説、トリニータス・ムンドゥスしかない。小説の設定が大きく関わっている気がする……)
翌日の十一月八日。
調査隊は南門に集合し、すぐに出発した。
ペリクリトルから南に行くアルス街道は、ファータス河という大きな川に沿って延びている。
ファータス河は川幅が五十mから百mくらいとかなり大きな川だが、滝のような急流や岩が突き出た難所が多く、水運には利用されていない。
街道には商隊の姿が見受けられるが、やはり傭兵不足ということでいつもより荷馬車の数は少なかった。
八十五kmの道程を二日で踏破した一行は、十一月九日の夕方、ソーンブローに到着した。
ソーンブローは人口千人ほどの宿場町で、川と森に挟まれた狭い土地に作られている。
城壁は石造りの立派なもので、町というより砦という印象が強い。町の周囲に畑があるが、そこにも木の塀が作られ、魔物が頻繁に出没することを物語っていた。
アシュレイは門をくぐったところで、全員に明日の予定を伝える。
「明日は夜明けと共に出発する。明日からは野営に近い状態が四日は続くはずだ。今日は十分に休んで英気を養ってほしい」
その場で解散し、レイたち三人は宿に向かった。
宿に向かって歩くレイの表情は冴えなかった。彼はこの二日間、ルナと話をしようと何度も試みたが、彼女に避けられているのか挨拶以上の会話は成立しなかった。
(話をすれば何か思い出すと思うんだけど……嫌われることをした覚えはないんだけどなぁ。どこがいけないんだろう?……明日からは危険な森の中だ。ますます話す機会は少なくなる……駄目だ。これ以上考えるのはよそう。仕事に集中するんだ……)
三人は明日以降に必要になる物資を補充したあと、小さな宿に宿泊した。
十一月十日の早朝。
調査隊の十三人の冒険者たちは、ソーンブローの門の前に集合していた。昨夜、ティセク行きの街道の情報を集めたところ、馬での移動は困難と判った。そのため、馬は宿に預かってもらうことにし、徒歩で向かうことになった。
空は晴れ渡っているが、冷たい北風が彼らの頬を撫でていく。
「これからティセク村に向かう道だが、前に説明があったとおり、現在ではほとんど使われていない。よって、斥候により安全を確認しながら進むことにした。連携を考えて各パーティを班として運用し……」
アシュレイはほとんど森と変わらない危険な場所であるため、斥候を前方に放って安全を確認することにした。更に急造された調査隊で連携は困難と考え、気心の知れたパーティ単位で運用することにした。
「アルド、ボリス、ヘーゼルが各班の班長でいいな。隊列だが、私とレイが先頭に立つ。その後ろにアルド、次がヘーゼル、殿がボリスの班だ。斥候はステラと各班から都度一名ずつ出してもらう。最初はアルドの班から出してくれ。何か質問は?」
彼女の決めた編成が合理的であるため、反感を持つボリスですら反対の声を上げなかった。
その沈黙を了承ととったアシュレイは大きく頷く。
アルドの班からはアルド本人が斥候をやると言ってきた。
「じゃ、最初は俺が出るぜ。ステラ、よろしく頼むわ」
ステラに軽く声を掛ける。
アシュレイが「お前の班はチェスターが仕切るのだな」と確認すると、アルドは笑って頷く。
「ああ、俺よりよっぽどリーダー向きだ。安心していい」
その言葉にアシュレイは頷き、アルドとステラに斥候に出ることを命じる。
二人の獣人が徒歩で森の中に入っていくと、アシュレイの「それでは出発する!」という合図で森に入っていった。
予想通りティセク村への街道は荒れ放題で、道らしい痕跡が残っている程度と言ったところだった。
十一月の半ばということで広葉樹が葉を落としていることから、森の中は比較的明るく、見通しも悪くはなかった。
森に入って二時間ほどで斥候に出ていたアルドとステラが本隊を待っていた。
「今のところ異常はありません。アルドさんの交代の時間です」
斥候に出た二人のマントや衣服には草を掻き分けたあとが残っており、アルドには疲労の色が見えた。
アシュレイはステラに「交代は必要か?」と声を掛けるが、彼女は首を横に振り、「問題ありません」と答えていた。
その様子を見たアルドが呆れていた。
「マジかよ。俺よりかなり広い範囲を動き回っているんだぜ……さすがはレベル四十五だ」
ステラはその言葉に何も応じず、次の斥候であるボリスの班のミレーヌと共に森の中に入っていった。
十分ほど小休止を取るというアシュレイの指示で休憩に入る。
アルドは横にいるチェスターに、
「凄いぜ、あの嬢ちゃんは。斥候なら俺も負けんと思ったが完敗だわ。草を掻き分けているのにコソリとも音を立てねぇんだ。それに百m以上先の動物の動きも判っていたしな……」
その話を聞いたボリスは悔しげな表情になるが、同時に三人が何をしにペリクリトルに来たのか気になっていた。
(剣戟だけが取柄の傭兵じゃねぇってことか。それにしてもこいつらは何をしに来たんだ? うちのミレーヌが呆れるくらいの魔法の腕を持つレイ。四級のアルドが舌を巻く斥候のステラ、それにあの赤腕ハミッシュの一人娘のアシュレイ。ランダルの親父がわざわざ呼んだ……考えにくいな)
十分ほど休憩したあと、再び森に入っていく。
何度か休憩を取りながら三時間ほど進むと見晴らしのいい高台に到着した。そこには斥候に出たステラたちが待っていた。ステラが安全を確認したとのことで、アシュレイはここで昼食をとることに決める。
アシュレイはステラの動物や魔物の姿が見えないという報告に、安堵と共に不気味さも感じていた。
(ランダル殿の話ではこの辺りも危険はあるという話だった。それが小型の魔物すら姿を現さない。嫌な予感がする……)
アシュレイは全員に更に気を引き締めるよう訓示し、出発を命じた。
ステラは本隊から五百mほど先行し、周囲を伺っていた。
(おかしい。動物の気配が少ない。鳥の声もほとんどしない。見通せる範囲にほとんど生き物がいないわ。アシュレイ様にはお伝えしたけど、この嫌な予感は強くなるばかりだわ……)
彼女の後ろにはヘーゼルの班から選出された猫の獣人のファンがいた。
「何かおかしな雰囲気だな。生き物の気配がねぇ。どう思う?」
彼に尋ねられたステラは、「判りません。ですが、嫌な予感がします」と周りを見ながら答える。
更に先へ進んでいくが、森の中は静まり返り、ますます生き物の気配がなくなっていく。
先に進むにつれ、首筋がチリチリとするような違和感を覚え始める。そして、ステラはその違和感の正体を自分に向けられる視線だと感じ取っていた。
(誰かに見られている? ううん、間違いない。どこからか判らないけど、見られている)
「ファンさん、視線を感じませんか? どこからか判りませんが、視線を感じます」
ファンはその言葉に慌てて周囲を見回す。
「判らねぇな。俺には感じねぇ」
「そうですか……敵意は感じないのですが、間違いなくどこからか見られています」
ファンは不安そうに「どうする? 本隊に連絡するか?」とステラに確認する。
「……いいえ、今のところ危険は無さそうですから……」
ステラにしては珍しく歯切れが悪い答え方をした。
日没まであと一時間ほどに迫った頃、ステラたち斥候はティセク村まで一kmの距離にいた。ステラは自分ひとりで村を偵察することをファンに提案する。
「一人じゃ危険だろう。行くなら俺も行くぞ」
彼女は首を横に振り、「危険だからこそ一人で行くのです。もし、私に何かあればすぐにアシュレイ様に連絡してください」と言って、答えを待たずに村に入っていった。
残されたファンは困惑した表情を浮かべるが、一緒に行くわけにもいかず、その場で待つしかなかった。
ティセク村の中は破壊され朽ち果てそうな家屋が並び、農地であったであろう場所は草だけでなく、潅木すら生い茂っている。
道であった場所も雑草が生い茂り、廃村というより荒地といった感じを受ける。
ステラは草むらとなった農地を、体を低くして進んでいく。
(ここでも視線を感じる。さっきより強いわ……)
ステラは北から視線を感じ、そちらに視線を送る。
見える範囲に人影はないが、ぼんやりとした黒い影が見えるような気がした。だが、その影はすぐに消えてしまった。
(あれは? 今何か見えた気がするのだけど……いいえ、絶対に何かいた。あの木の上に何かが浮かんでいたわ)
その影が消えた途端、彼女が感じていた視線が消えた。
(やはり見張られていたのね。でも、何が? 誰が? これはアシュレイ様、レイ様に報告したほうがいいわ……)
村の中を偵察していくが、魔物はおろか野犬すらいない。彼女は状態の良さそうな一軒の民家を見つけ、罠を警戒しながら慎重に中に入っていく。
民家は土間と続きの一間があるだけの質素なもので、入口の木の扉が壊されているが、茅葺の屋根は朽ちておらず、土壁もまだしっかりとしていた。短期間の拠点とするには充分な状態だとステラは判断した。
(ここなら充分使えるわ。裏には小川が流れているし……)
ステラはもう一度周囲を確認してから、ファンが待つ場所に向かった。
ステラが見つめた木の枝には、漆黒の髪と翼を持つ若い女性――月魔族のヴァルマ・ニスカが立っていた。
(凄い勘ね。この距離で更に魔法でカモフラージュしている私の存在に気付くなんて……)
彼女はステラの姿が見えなくなると、十五mほどの高さからふわりと地上に舞い降りた。
そして、翼を広げ、アシュレイたち本隊とは反対の方角に静かに飛んでいった。
ステラはファンと合流すると、アシュレイたちの本隊に向かった。
すぐにアシュレイたちに合流し、村の状態と視線を感じたことを報告する。
アシュレイは視線を感じたというところで、
「敵意は感じなかったということだが、どういった視線なのだ? お前の感じたままを教えてくれ」
ステラはどう答えていいのか悩むように、言葉を選んでいく。
「どう言っていいのか……好奇心でしょうか? そう、何か気になるものを見張るといった感じが一番近いと思います」
アシュレイは「好奇心か」と呟き、「今はどうだ? その視線は感じるか?」と周りを見回す。
ステラは首を横に振り、「今は感じません」と答える。
アシュレイは少し考えた後、アルド、ボリス、ヘーゼルを呼び、意見を求めた。
アルドとヘーゼルは夜が迫っていることから、危険がないなら村に入るべきだと主張した。
一方、ボリスはステラを信用できないと主張する。
「村の偵察をもう一度やった方が良くねぇか? ステラが見ただけじゃ、信用できねぇ」
彼の意見を聞き、アルドがそれに反論する。
「俺が見た限りじゃ、ステラの索敵能力は三級以上だぜ。ステラが見つけられねぇ危険を俺が見つけられる自信はねぇ」
「あたしも同意見だね。まあ、念のため何人かが確認するって言うなら止めはしないけど」
アシュレイはステラ、アルド、ミレーヌ、ファンに村の中の偵察を命じた。
「すまないが、村の中、周囲の確認を頼む。敵の痕跡、罠、何でもいい。気が付くことがあれば何でも報告してくれ。これでいいな、ボリス」
ボリスは「おう」と答える。
レイはその様子を見て、ボリスを掌握しようとするアシュレイの努力を感じた。
(アッシュは結構苦労しているな。本当なら必要ないけど、もう一度偵察に行かせるなんて。敵意でもないけど、納得していないボリスさんに気を使っているんだな)
ステラたち斥候が出発すると、アシュレイは本隊にも村近くに移動するよう命じた。
一時間後、夕闇の中、ステラたち斥候が戻り、罠や魔物の痕跡がないことが報告された。
アシュレイは直ちにステラの見つけた民家に向かうことを全員に告げた。




