第十一話「調査隊」
準備のため街に出ていたレイたちは、午後二時前に冒険者ギルド総本部に戻り、指定された会議室のような広い部屋に入る。
既に数人の冒険者らしい男女が座っており、三人が入っていくと一斉に視線を向けられた。
その中で一際目付きの鋭い男が、声を掛けてくる。
「見かけねぇ顔だな。今回の調査隊のメンバーか?」
アシュレイがその男を一瞥した後、「ああ、そうだ」と答える。
そして、全員に向かって、「アシュレイ・マーカットだ。レイとステラだ。よろしく頼む」と二人を手で差し示す。
レイはアシュレイの態度を見て、
(さすがはアッシュだな。僕ならびびってしまうのに、全く動じていない。まあ、マーカット傭兵団の強面に慣れているというのもあるんだろうけど……)
最初に声を掛けてきた男が、
「ボリスだ。四級だ。うちのメンバーのミレーヌ、エリス、フランクだ」
彼の指差す先には人間の男女とエルフの女が座っていた。
ボリスは細身の体に金属で補強した革鎧を着ている。黒っぽい髪を後ろでまとめ、海の男のように日に焼けた浅黒い顔をしている。意志の強そうな太い眉が印象的だが、右の眉の上にギザギザの傷跡が彼の印象を強めている。
ミレーヌは二十歳くらいに見えるエルフの女性で、レイたちには興味なさそうな感じで他所を向いている。
エリスは三十歳くらいの人間の女性でボリスと同じような革鎧を身に着け、隣のフランクと話していた。
フランクは冒険者にしては珍しく金属製の鎧ブレストプレートを身に着けた二十代半ばくらいの人間の男だ。四人の中では一番大柄で分厚い胸板をしているが、丸い目が厳つい印象を和らげていた。
ボリスが話し終わった直後、三十歳くらいの獣人――茶色い三角の耳をした狼か狐の獣人――が立ち上がる。
「アルドだ。同じく四級だ。うちのメンバーはチェスター、ジニー、ニールだ」
アルドは身長が百七十五cmくらいとやや小柄で、革鎧を身に着けている。短く刈り込んだ髪から特徴的な三角の耳がピクピクと動き、やや落ち着きがないが、表情は柔らかい。同じ獣人であるステラが気になるのか、そちらに視線を送っている。
チェスターは同じく三十歳くらいに見える人間の男でアルドより長身だが、同じような革鎧を身に纏っている。彼も好奇心旺盛なのか、レイたちを興味深げに見つめていた。
ジニーは二十代前半に見える人間の女性で、銀色の髪で大きな灰色の瞳、身長百六十cmくらいだが、冒険者にしてはかなり華奢で、一見すると十代の少女に見えるほどだ。
ニールもジニーと同じくらいの歳の人間の男性で、チェスターよりも更に背が高く、ひょろっとした印象が強い。
アルドのパーティは全員革製の防具で身を固めており、ボリスのパーティ比べると軽装に見える。
そして、チェスターが徐に口を開いた。
「マーカットか……それにその腕甲。赤腕ハミッシュと何か関係があるのか?」
アシュレイは「不躾だな」と呟いた後、
「ハミッシュ・マーカットは私の父だ。だが、この場では関係ないだろう」
その言葉にボリスが、
「レッドアームズが何しに来てるんだ? まあ、どうでもいいが、調査隊に入るなら、俺の命令には従ってもらうぞ」
「ああ、お前が隊長になるなら従おう。だが、お前が隊長とは決まっていないのではないのか?」
ボリスはフンと鼻を鳴らし、「俺以外に誰がやるんだ? アルドか?」と小ばかにしたような口調でアシュレイに答える。
レイはボリスという男を、アシュレイがどう従えるつもりなのか気になっていた。
(一癖も二癖もありそうな男だな。ランダルさんが選んだメンバーなら、セロンみたいな非合法な奴じゃないと思うけど、アッシュはどうやってこの人を従えるつもりなんだろう?)
レイがモルトンの街の冒険者で裏社会と繋がりがあったセロンのことを思い出していると、新たに四人の男女がその部屋に入ってきた。
二十代半ばのスラリとした女冒険者がアルドとボリスに向かって軽く頭を下げる。
「あたしたちが最後か。アルドさんとボリスさん、待たせたね」
そう言いながら、レイたち三人を見つけると、
「見慣れない顔ね。あたしはヘーゼルよ。五級の治癒師。よろしくね」
軽い感じで挨拶をしてくるが、三人の視線はその後ろにいる黒髪の若い女冒険者に釘付けになっていた。
アシュレイは「アシュレイだ。五級だ」と答えるが、少し声が震えていた。
(朝のあの女だ。なぜここに……)
ステラもアシュレイと同じように驚くが、すぐに警戒を強めていく。
(どうして……やはりこの依頼を受けるのではなかったわ。何か危険な予感がする……)
レイは黒髪の女に見覚えがあるが、どこで会ったのか思い出せない。そして、記憶の混乱が彼を襲っていた。
(誰だろう。あったことがある。それも随分前に……どこでだろう? モルトンの街じゃないよな。もっと前だったような……)
我に返ったアシュレイが、ステラとレイを紹介すると、ヘーゼルが後ろの三人を紹介し始めていた。
アシュレイはヘーゼルの話を聞きながら、ルナから目が離せない。
(ペリクリトルには三千人からなる冒険者がいたはずだ。それがこのような偶然……偶然なのか? これは必然ではないのか?……)
アシュレイはこの出会いが仕組まれたものであると考え始める。
(レイが“自分を呼んだ者”と呼ぶ存在が彼女を呼んだのなら、私はどうすればいい……私はレイを守る。これが必然なら、仮に街を出ていっても出会ったはず。ならば……)
彼女は相手が超絶な力を持つとしても、自分にできることをやるしかないと腹を括る。
(……相手が神でも悪魔でも構わない。例え敵わなくとも、私はレイを守る。その“存在”にレイが操られたとしても……少なくとも私はその“存在”に感謝している。レイと出会わせてくれたのだから……だが、レイがその存在に逆らうと言うのなら、私は彼に付いていく。そう、私は何があってもレイと共にある!)
その間にもヘーゼルの紹介が続いていた。
「……猫の獣人がファン、後ろの赤毛のでくの坊がライアン、黒髪のお嬢がルナよ」
まだ幼さが残るライアンと呼ばれた赤毛の若い男が「でくの坊はないだろう」と叫んでいるが、レイたちの耳には全く聞こえていなかった。
レイにはヘーゼルの後ろの二人、赤毛のライアンと黒髪のルナの姿しか見えていなかった。
(ルナ、ライアン……ルナ……荒鷲の巣……ティセク村……駄目だ、何かが引っ掛かるんだが、思い出せない。でも、大事なことが……)
レイが呆けているのに気付いたステラが「レイ様、大丈夫ですか?」と声を掛ける。
彼はその言葉で我に返り、「ああ、大丈夫だよ」と答えるが、ルナと呼ばれた黒髪の女冒険者から目が離せない。
(もう少しで思い出せそうなのに……まただ。これも僕をこの世界に呼んだ奴の仕業なんだろう。どうしたらいいんだ、僕は……)
ステラが再び声を掛けようとしたとき、入口からランダルが「全員揃ったようだな」と大声で言いながら入ってきた。
全員がそれぞれ椅子に座ると、ランダルが話し始める。
「集まってもらったのは他でもねぇ。明日からの面子の顔合わせだ。今回の依頼は総本部からの直接依頼だ。依頼を受けたからには俺の指揮下に入ったことになる。そこまでは理解しているな」
全員を見回しながら確認していく。皆、それぞれの個性にあった頷き方だが、全員が同意したのを確認したランダルは話を続けていく。
「知っての通り、今回の目的地はティセク村だ。今は廃村になっちゃいるが、十八年前の大侵攻の時にはあの村の回りにオークやオーガが集まっていた。それに八年前にも襲撃を受けている。ギルドとしちゃ、今回も何かあるかも知れねぇってことであの辺りを調査することにした」
全員が頷くと、更に話を進めていく。
「移動は片道三日だ。ティセクに入る道はかなり荒れている。アルス街道のソーンブローまでは今のところ魔物の情報はねぇ。そこから、一日掛けてティセクに向かってもらうが、あの辺りの討伐はあまり進んじゃいねぇ……」
彼の説明はペリクリトルからアルス街道を南下し、約八十五km先のソーンブローに二日で行く。ソーンブローは旧ティセク村への入口になっているが、ティセク村が八年前に廃村になってからは人通りもなく、道は荒れているだろうとのことだった。
ランダルは最後にルナを見て、
「……今回はティセク村の生き残りである、ルナ、お前に期待している。村の周りの状況は変わっているだろうが、思い出せる限りの情報を伝えてやってくれ」
ルナは少し悲しげな表情を一瞬浮かべたが、すぐに神妙な顔で頷く。
「今回のリーダーは、アシュレイ、お前がやってくれ」
アシュレイが頷こうとすると、ボリスが声を上げる。
「待ってくれ! 普通は俺だろう? たかが五級が頭を張るのはおかしいだろうが」
ランダルはボリスに鋭い視線を送る。ボリスはその迫力に一瞬たじろぐが、引く素振りは見せない。
「アシュレイは五級だが、レベル四十四だ。この中でアシュレイより高いレベルはステラの四十五。ステラがアシュレイを認めているんだ。レベル三十七のお前がどうこう言うことじゃねぇ」
「おかしいだろうが。そりゃ傭兵の理屈だ。俺たち冒険者は戦うだけじゃねぇ」
そして自分の頭を指差し、
「傭兵みてぇに突っ込んでいくだけじゃねぇんだよ! 頭を使うんだよ、頭を! そんなことは判ってるんだろう、ランダルさんよぉ!」
ボリスの抗議の声にランダルは立ち上がり、彼を見下ろしながら、
「ボリス、お前が頭で殺人蜂が三十も出てきたら逃げきれるのか? こいつら三人は商隊を守りながら、二十五匹のキラーホーネットを倒したんだぜ。お前にそれができるのか?」
ボリスはそれにも怯まず反論する。
「馬鹿言うなよ。そんな状況に陥らねぇようにするのが、頭を張る奴の仕事だろうが」
「なら、そう言う状況に陥ったらどうするんだ? 全滅するのを待つのか、お前は?」
ボリスが答える前にランダルが言葉を続ける。
「今の状況を判っているのか? 今までならやり過ごせた奴らも、俺たちを見たら闇雲に突っ込んでくるんだ。そんな敵をどうやってやり過ごす? この数日で何人やられたと思っているんだ?」
引くに引けなくなったのか、「だがよ……」と何か言いたそうにするが、更にランダルが追い討ちを掛ける。
「嫌なら止めてくれて構わん。だが、こいつらと一緒に仕事をすれば、必ずお前らのプラスになる」
ボリスは返す言葉を失い、自分の仲間を見る。彼らは引けと言うように頷いていた。それに気付いたボリスは、「判ったよ。ランダルさん」と渋々アシュレイがリーダーになることを認めた。
ランダルは他のメンバーを見回し、「異議がある奴は今のうちに言ってくれ」と確認するが、皆、首を横に振って異議のないことを伝えていた。
ランダルは出していた威圧感を止め、全員を見回しながら話し始める。
「今回のメンバーは俺が直々に選んだ。理由は強さじゃねぇ。適応力の高さで選んだ」
その言葉に皆首を傾げている。
「これは俺の勘だが、今回の一連のことは、今までみてぇに簡単に解決しねぇ。そこで、俺と同じ嗅覚を持ち、その危険を肌で感じ取れる奴、そして、次に繋げられる奴を選んだと思っている」
そして、もう一度全員を見回し、
「今回の任務は恐らく、大きなことが起きる前兆を調べるだけになる。本番はこの先で起こることだろう。だから、全員無駄死にはするな、生きて帰ってこい!」
ランダルはそれだけ言うと、「アシュレイ、後は任せる」と言って席を立った。
残されたアシュレイは気負うことなく、全員に向かって「よろしく頼む」と頭を下げ、すぐに実務的な話に入っていった。
レイはその一連の出来事を見ながらも、ルナの方をチラチラ見ていた。
(思い出せない……ティセク村に行けば何か判るような気がするけど……)
一方、ルナはレイたち三人があの有名なマーカット傭兵団であることに驚いていた。
(思っていたより遥かに若いわ。アシュレイさんはヘーゼルと同じくらいの歳かもしれないけど、他の二人は私と同じくらいなんじゃない。それがレベル四十五……あの人たちの方が凄かったけど……世の中って広いのね……)
彼女は自分を助けてくれ、更に冒険者として鍛えてくれた人物のことを思い出していた。
(あの人は今どうしているんだろう……)
ふと、レイの方を見たとき、視線が交錯する。
(さっきからチラチラ私のことを見ているけど、どういうつもりなのかしら? あんな美人二人とパーティを組んでいても、まだ他の女に色目を使ってくるわけ?)
一時間ほどで依頼内容について打合せが終わり、皆が帰ろうとしたところで、
「全員の技量を確認しておきたい。ギルドの訓練場で手合わせをしてもらえないか」
アシュレイの一言でギルドの訓練場に向かうことになった。総本部には訓練場は併設されていないため、西支部に向かう。
十五分ほどで訓練場に入ると、まずは我々からということで、アシュレイ、レイ、ステラが模擬戦を行っていく。
その姿を見たアルドが「三人とも強ぇな」と呟くが、他のメンバーは皆、言葉を失っていた。
そして、アシュレイの指示を受けたレイが魔法を披露する。
得意の光の連弩と風属性の旋風の刃を見せると、感歎の声が上がる。
ルナはその光景を見て、驚いていた。
(本当に凄い魔法を使う。この人も天才なのね。それにしては女好きで軽そうな人なんだけど……)
彼女は自分に色目を使って来ていると勘違いし、レイのことを女誑しだと思っていた。
その後、アルドのパーティ、ボリスのパーティ、ヘーゼルのパーティと剣や弓の腕を披露していく。
その様子をアシュレイは満足そうな顔をして見ていたが、心の中では別のことを考えていた。
(程々使えるな。マーカット傭兵団で言えばアルドとボリスがベテランクラス、他が何とか一人前というところだろう。治癒師がレイを含めて四人いるのも助かる。これで憂いなくレイを攻撃に回せる。後はどの程度連携できるかだが、パーティごとに運用したほうがいいかもしれんな……)
そして、この中では若いライアンとルナの番になる。
ライアンはその膂力に任せたハルバードの使い手で、技量はともかく攻撃力はアシュレイに匹敵する。
(隙だらけだが、あの攻撃力は魅力的だ。大型の魔物の止めを刺す役どころだろう。だが、今回出番があるかは難しいところだな)
そして最後にルナの腕前を確認する。
彼女は上下アンバランスな長弓を手に持ち、普通の長弓とは違う番え方で矢を番える。そして、呼吸を整えてから、信じられないほど大きく弓を引き、一気に矢を放った。
矢は鋭い矢切音を放ちながら標的のど真ん中に突き刺さる。
(気に入らぬ女だが腕はいい。あの弓は初めて見るが、どこの生まれなのだ?)
レイはルナの所作を見て、
(やっぱり弓道の所作だ。どうして、この世界に日本の弓道があるんだろう? もしかして、僕の小説と何か関わり合いがあるんだろうか? 何か引っ掛かるんだが、思い出そうとすると頭が痛くなる……)
彼はこめかみを押さえながら、頭を振っていた。
その後、アシュレイは前衛の剣術士たちと剣を交えていく。
ステラと共に複数人での模擬戦をこなしていった。
(防御は程々うまいな。これで弓術士との連携が取れれば、かなりの戦力だろう。問題は我々と連携が取れるかだ。何と言っても最大の戦力はレイだ。レイの魔法をうまく使えれば三級程度の魔物が複数出てきても充分対応できる……)
アシュレイは想定される敵を考えながら、味方の能力を確認していった。
ボリスはアシュレイら三人の技量に驚くものの、まだ納得できていなかった。
(確かに腕はある。アシュレイの剛剣、レイの魔法、ステラのスピードの組み合わせも悪くはねぇ。だが、アシュレイはうちのフランクより年下だ。そんな女の指揮下に入るのは気にいらねぇ……生きて帰ってこいっていうなら、傭兵より冒険者が頭になった方がいいに決まっている。ランダルの親父は何を考えていやがるんだ?)
レイはアルドのパーティの魔術師、ジニーから質問を受けていた。
「あなた凄いわね。あんな魔法初めて見たわ。学院は出ているんでしょ? 誰から習ったの?」
レイは首を横に振りながら、
「僕は記憶喪失なんです。七ヶ月より前の記憶がないんですよ。どこで魔法を覚えたのかも知らないんです」
その言葉にジニーは「記憶喪失って……」と言葉を失う。
「ええ、最初は呪文も覚えていなかったんですよ。ラクスの宮廷魔術師の方に教えてもらって多少使えるようになりましたけど」
ジニーはその話を聞き、
「暇があったら呪文を教えてあげるわ。私は風と水が使えるから。風の呪文なら結構知っているしね」
そう言いながら、彼女は心の中でレイをものに出来ないかと考えていた。
(本当に凄い才能ね。光と風、それに治癒魔法が使えるって言っていたから、木属性も使えるのね。今のパーティに不満はないけど、彼のところに行こうかしら? 初心そうだし、うまく落とせないかしら……)
彼に見えないところで、やや人の悪い笑みを浮かべていると、ステラの視線に気付く。
(あら、あの子に気付かれたかしら? でも、取って食おうっていうんじゃないんだからそんなに睨まなくても……それとも彼に惚れているのかしら? それはそれで面白そうだけど)
一時間ほど連携などの確認を行い、「明日は午前八時に南門に集合してくれ」と言うアシュレイの一言で解散した。




