第十三話「ルナの生家」
アシュレイたちティセク村調査隊は、ステラが見付けた民家に入っていく。
野営よりはマシだが、魔物が跋扈する地域であるため、警戒は怠れない。アシュレイは全員を集め、それぞれの役割を伝えていく。
「アルドの班は水の確保。ヘーゼルの班は食事の準備。ボリスの班は周囲の民家の中を調べてくれ。何かあれば私はここにいる。いつでも聞いてくれ」
そして、レイとステラにも、
「レイ、周囲の見通しを良くしたい。魔法で周りの草を刈ってくれないか。だが、魔力はある程度残しておいてくれ。ステラは鳴子の設置を頼む」
暗闇が迫る中、全員急いで準備を始める。
レイは目の前にある畑の跡地の草を、誘導式の風の刃を放って一気に刈っていく。辺りには草の匂いが立ち込め、一気に視界が開けていく。
裏の小川付近でも同じように草を刈っていると、魔術師のジニーが興味深げに眺めていた。
(凄いわ、この風の刃は。明日にでも教えてもらおうかな)
アシュレイは各班のリーダーに不寝番の順番を伝えていく。
「不寝番は班ごとでやってもらう。最初はヘーゼル、私、ボリス、アルドの班の順で問題ないな」
三人が頷くと、これからの注意点を話し合う。
「到着が遅れた関係で村の周りの偵察が出来ていない。今日の夜は魔物の襲撃があるかも知れないと考えてくれ。装備は出来るだけ外さず、すぐに対応できるようにしておいてほしい」
それに対し、アルドらは頷くが、ボリスだけが一言言ってきた。
「装備を外さなきゃ疲れが取れねぇぞ。完全な野営じゃねぇんだ。半分は外してもいいだろう?」
アシュレイは「駄目だ」と即座に否定し、「屋根があるとはいえ、野営だと考えてくれ」と付け加える。
ボリスは何か言いたそうな顔をしていたが、アシュレイに「今回のメンバーならこの程度で動けなくなることはないと思っているが違うのか?」と言われると、黙って頷くしかなかった。
アシュレイはボリスのことを意識から追いやり、明日以降の予定を説明していく。
「明日の予定だが、南から調査を行う。ステラが不審な視線を感じたという話だ。警戒しながら全員で調査する」
アルドが発言を求め、「どこかあてがあるのか?」と尋ねると、アシュレイは首を横に振る。
「十八年前に南東にオークの群れがいたという場所があるが、ここからでは遠すぎる。南に五kmほど進み、東に二、三km移動したらここに戻るコースを考えている」
そこでヘーゼルがルナを手招きしながら、
「うちのルナはこの村の出身よ。この子に意見を聞いてみない?」
アシュレイが頷くと、ルナはゆっくりとした口調で話し始めた。
「私がここにいたのは八年前です。村の様子もすっかり変わっていますし、森の中がどうなっているのか……」
そこで少し考えた後、
「南なら二kmほど行ったところに洞窟があります。オーク程度の魔物なら十や二十は入れる比較的大きなものです」
アシュレイたちが地図で確認すると、森の中にある小さな丘の麓に洞窟があるとのことだった。
ルナはこの村の猟師の娘で村が襲われる前は、父の手伝いで村の近くの森を何度も歩いたことがあるそうだ。
「でも、村が全滅した後……八年前に調べた時には何もいなかったと聞きましたけど……」
アシュレイは「構わん。気付いたことは何でも教えてくれ」と軽く頭を下げる。
ルナはにっこりと笑い、「判りました」とちょこんと会釈を返す。
明日の朝、明るくなったところで出発すると伝え、会合は終了した。
アシュレイは目頭をもみながら、肩を回していた。
レイがスープの入ったカップを渡しながら、彼女の横に座る。
「お疲れ様。気を使うし大変だね」
「ああ、思った以上に気を使うな。マーカット傭兵団の連中なら気を使わなくて済むのだが、そうもいかん」
アシュレイはそう言いながら少しだけ表情を緩める。だが、すぐに表情を引き締め、
「ステラの言っていた視線についてどう思う?」
レイは彼女のほうに向き直りながら、小声で話し始める。
「危険だと思うな。ステラが視線に気付きながら場所を特定できなかったんだ。相当な腕の持ち主か、何らかのトリックを使っているって考えたほうがいい」
レイの真剣な言葉にアシュレイも頷いている。
「僕は知らないんだけど、そういうことができる魔物っていると思う?」
彼の問いに首を傾げながら、
「視線を感じさせながら場所を特定させない……可能性があるのは魔法を使う連中だろうな。人なら、隠棲した魔術師、魔族。魔物なら、悪魔、それにゴーストなどのアンデッド。魔物ではないが、妖精の類という可能性もあるな」
レイは肩を竦めながら、
「どちらにしても敵意がないっていうのが判らないな。悪魔、アンデッドなら敵意を感じるだろうし……」
「そうだな。どちらにしても警戒を強めるしかないな」
その夜は魔物の襲撃もなく、無事に翌朝を迎えた。
十一月十一日。
夜明け前、レイは民家を出て行く足音で目覚めた。
彼は何が起こったのかと起き上がるが、横で寝ているステラが、
「ルナさんとライアンさんが出て行きました。昔の家に行きたいと聞こえました」
レイは「ああ、ありがとう。そうか……」とステラに礼を言った。
(生まれ故郷が変わり果てた姿になっているんだ。ショックだったんだろうな。それにしても二人で行かせても大丈夫なのか?)
外はまだ薄暗く、視界は悪い。
レイは槍を手に持つと、静かに外に出て行った。
外にはアルドの班が不寝番を行っており、レイに声を掛けてきた。
「どうした? 若い奴は朝早くから元気だな」
アルドの陽気な声が彼に掛かる。
「おはようございます。さっき、ライアンとルナが出て行ったと思うんですけど?」
「ああ、昔住んでいた家に行くって言っていたな。南のほうに歩いていったぞ」
レイはアルドに礼を言い、南に向かって歩き始める。すると、後ろからステラが追いかけてきた。
「どこに行かれるのですか? アシュレイ様に断られた方がよろしいのでは?」
レイはその言葉に「ああ、そうだね」と答えたあと、「一言言ってくるよ。ありがとう」と言って中に戻っていく。
レイが中に戻ると、アシュレイも既に起きており、
「ルナとライアンの二人が彼女の生家を見に行ったみたいなんだ。気になるから追いかけようと思って」
アシュレイはその言葉に「そうか」と答えるが、心の中では落胆していた。
(やはり気になるのか……本当に記憶のことだけなのだろうか?……)
ステラも彼に同行すると告げると、
「出発は早いぞ。問題ないと確認できたらすぐに戻ってきてくれ」
レイは片手を上げて「了解」と声を掛け、ルナたちの向かったほうに走っていった。
ルナとライアンは一軒の朽ち果てた民家の前に立っていた。
ライアンは彼女の表情を伺いながら、「ここがルナの家なのか?」と小声で確認する。
彼女は「うん」とだけ答えると、屋根が半分落ちた生家に入っていく。
ライアンも追いかけるように中に入る。
家の中は薄暗く、ルナは持ってきた灯りの魔道具を点ける。
仄かに灯った灯りが家の中を照らしていくと、家の中の様子が明らかになる。
土間にも雑草が生え、朽ち果てた寝台は原形を留めていない。小さなかまどの横には錆びた鍋や埃に汚れた食器類が散乱していた。
彼女は更に奥に進み、自分が隠れていた地下の貯蔵庫の前に立つ。
(あの時、村の人の悲鳴とオークたちの喚き声が怖くて、私はほとんど気を失っていた。気付いた時には音は全くしなかったけど、外に出る勇気がなかった。どのくらい時間が経ったのか判らないけど、人の声が聞こえてきた……)
彼女は自分が生き残った時のことを思い出し、自らを抱きしめるよう腕を抱く。
(そして、あの人が私を助け出してくれた。でも、お父さん、お母さんは……あの人は二人の魔晶石とオーブを渡してくれた。魔晶石はきれいに拭かれていたけど、オーブは血で変色していたわ。外に出ると二人の遺体に布が被せてあったわ……その後のことはよく覚えていないけど……後で、ずっと後で、その時の様子を教えてくれた……)
ライアンがそっと彼女の肩に手を置く。彼女もその手に自分の手を乗せる。
そして、「ありがとう。大丈夫よ」と振り返りながら微笑む。
その時、家の外から足音が聞こえてきた。二人は警戒するが、やってきたのは白い鎧を着た若い男と銀色の髪の獣人の二人だった。
ライアンはルナの気持ちを考え、レイの登場に苛立っていた。
(ルナが静かに両親のことを思い出していたのに、何しにきやがったんだ)
その心の声が聞こえたかのように「ごめん、邪魔したみたいだね」とレイが謝る。
「いいえ。それより何か用かしら? 一応、ヘーゼルさんには断ってきたんだけど?」
レイは答えに窮するが、「ちょっと心配になってね……」と呟いていた。
ライアンが「俺じゃ不安だって言うのか」といきり立つ。
「いや、そう言うわけでもないけど……ごめん……」
ステラはレイが謝ることが理解できず、
「謝る必要はないと思います。この村の中が安全とは確認されていないのですから」
そして、ライアンに向かって、
「あなたの腕で守りきれるのですか? あなた程度の腕ならオークが精一杯でしょう。それ以上の敵が現れた時にどうその人を守るつもりだったのですか?」
真正面から事実として突きつけるステラの言い方にライアンが切れる。
「確かに俺のレベルは低いさ! でもな、命懸けで守る気になりゃ、逃がすことくらい……」
ステラは表情を全く変えず、「無理です」と即座に否定する。更に「あなたの腕では……」と言ったところで「ステラ、言い過ぎだ」とレイの手が彼女の肩に置かれる。
「すまない。えっと、ライアン。それに、ル、ルナ」
レイが頭を下げると、ライアンは毒気を抜かれて言葉が出ない。
「ライアンは私の大事な仲間よ。彼が命を掛けると言ったら本当にやり遂げるの。さっきの言葉は撤回して頂戴」
ルナはレイの謝罪を無視して、ステラに食って掛かる。
「事実は曲げられません。少なくとも私には勝てません。もちろん、レイ様、アシュレイ様にも」
そして、ライアンを指差し、
「この方は自分の力を正しく把握できていません。そのような方に大切なものを守ることはできません」
ステラはそれだけ言うと、ルナの生家を出て行った。
レイはもう一度、「すまない。あとで必ず謝罪させるから」と言って、彼女のあとを追った。
ライアンは悔しそうな顔で二人を見つめていた。
ルナは怒りに震える彼の腕に手を置き、「忘れましょう」と微笑む。
「確かに強いのかもしれないけど、仲間にはしたくないタイプね」
その言葉にライアンもようやく表情を緩めていく。
ステラを追ったレイは、彼女の腕を取り、
「さっきのは言い過ぎだ。確かにステラの言っていることは事実だと思うけど、これから一緒に仕事をする仲間なんだ。もう少し言葉を選んで……」
ステラは珍しくレイの言葉を遮り、
「大丈夫です。あの人には期待していませんから。あの人の足捌きなら、オーク相手でもダメージを受けるでしょう。もっと強い相手なら、後ろに下がってもらって……」
「ステラ! どうしたんだ! 今日のステラはおかしいぞ」
レイはいつになく攻撃的なステラの言動に、思わず大きな声を上げる。
ステラもようやく自分の言葉に気付き、表情が固まっていく。
(どうしてしまったのだろう。この方の言う通り、あのようなこと言う必要はなかった。でも、あの女の人を見ていたら……ううん、あの女の人を見るレイ様を見ていたら、頭に血が上ってしまった。今は任務中よ。冷静になるべき時、自分の感情に左右されるようでは失格だわ……でも、どうして……)
「申し訳ありませんでした。少し感情的になっていたようです」
レイはその言葉に驚いていた。
(ステラが感情的に? 確かにさっきの様子は、感情に任せて言い負かそうとしていたように見える。昔に比べたら驚くべきことで、喜ばしいことなんだろうけど……)
「そうだね。こういう時は早めに謝ったほうがいいよ。後になるほど拗れるから」
再びルナの生家に戻る。
ルナは「まだ言い足りないの!」と詰め寄ろうとするが、レイが「謝罪したいそうだ」ともう一度頭を下げる。
「先ほどは申し訳ありませんでした。少し感情的になっていたようです。先ほどの“あなたには大切なものは守れない”という言葉は撤回します」
ステラは謝罪の言葉を言いながら、深々と頭を下げる。
ライアンはその謝罪の言葉に困惑していた。
(確かに俺の実力じゃ、ルナは守れない。ステラと戦っても勝てる気は全くしねぇし、このレイっていういけ好かない男にも。それをこうも簡単に謝られると、俺はどうしたらいいんだよ)
そして、レイが再び頭を下げ、「すまない、ライアン。ステラの謝罪を受けてやってくれないか」と言われると、自分でも思ってもみない言葉が口をついてきた。
「はい、そうですかって訳にはいかねぇ。確かにこの中じゃ、一番レベルが低いのは俺だろう。だが、そんな俺でも冒険者の、いや、男としてのプライドがある」
レイは膝をつき、這い蹲るように頭を下げ、「これで勘弁してくれないか」と額を地面にこすりつけていた。
突然の土下座にルナとライアン、そしてステラまでもが呆然となる。
「レイ様が謝ることではありません。私が……」
そのレイの姿にルナは少しだけ彼を見直していた。
(あら、彼女のためにはプライドも捨てられるのね。もう少し軽い男だと思っていたけど……)
そして、ライアンに「もう許してあげよう」と囁いていた。
ライアンもそこまでされるとは思っていなかったが、ステラというよりレイという男が何となく気に入らない。
彼はレイを見下ろしながら、「何でそこまでできるんだよ! あんたにはプライドがないのか!」と叫ぶ。
レイは顔を上げ、「自分のプライドより仲間の方が大事だから」と、横で止めようとしているステラを無視して、もう一度頭を下げていた。
「判ったよ。謝罪は受け入れる。ルナ、出発の時間が近い。今日はもう戻ろう」
そう言ってルナの腕を取ると、逃げるように家を出て行った。
残されたレイは立ち上がり、膝の土を払いながら笑っていた。
「良かった。あとはあまり引き摺らないようにしたら、元のように話せると思うよ」
ステラは彼が自分のために跪いて許しを請うたことが嬉しかったが、
「どうして私のために……私のためにそこまでしてくださるのですか?」
ステラの泣きそうな顔を見たレイは、彼女の頭に手を置き、「大事な仲間、家族みたいなものだろ」と笑顔を向ける。
(私はどうしたらいいの。この人に自分の思いを伝えてもいいの? でも、この方に拒絶されたら私は……)




