第五話「指揮官アシュレイ」
十一月三日。
二十両の荷馬車からなる商隊は、商人、御者、護衛を含め、皆、緊張していた。
特に護衛の指揮を任されたアシュレイは、数十人の命を預かるという責任に胃が締め付けられるような強いプレッシャーを感じていた。
(守るべき御者と商人たちで二十五人。それに私の指揮下に入る護衛が九人。それだけの命を私が預かることになる……思った以上のプレッシャーだ。父上やヴァル姉は、常にこのプレッシャーと戦っていたのか……私に務まるのか。それもこの危険な状況で……)
アシュレイの緊張に気付いたレイは、「大丈夫。いつも通りのアッシュなら、きっと大丈夫だから」と耳元で囁く。
その言葉と、耳に当たる彼の吐息のくすぐったさが、彼女の緊張を解していく。
アシュレイは彼の頬に口付けると、「ありがとう」と伏し目がちに呟いた後、指揮官の顔に戻っていく。
「出発するぞ! 襲撃を受けるまでは馬に負担をかけさせるな! 先頭はハンク、お前に任せる! では、出発!」
彼女の号令で荷馬車が動き始める。
この街に残ることにした商人たちは、無謀なことをするといった感じで彼らを眺めていた。
午前八時に出発し、最初の一時間は順調だった。
だが、街を出発して五kmほど進んだところで、斥候に出たステラが、前方に森狼の群れがいると伝えてきた。
「この先一kmほどのところに狼の群れがいます。森から出て何か獲物を漁っているようでしたが、二十頭ほどが街道近くに留まっています」
その報告を聞き、アシュレイは荷馬車たちを止め、レイとハンクに意見を聞くことにした。
ハンクは狼なら弓術士とレイの魔法で蹴散らせるから、このまま進むべきだと主張した。
一方、レイは、自分とステラで先行して殲滅すると提案してくる。
「二十頭くらいだし、見晴らしのいいところなら、僕とステラで充分。奇襲で一気に殲滅するよ」
軽い口調で言うレイの言葉に、ハンクは言葉を失う。
(森狼とはいえ、二十頭の群れだ。奴らの狡猾さ知らないわけではないのだろうが……しかし、こうもあっさり言われると言葉を失うな。さすがは“白き軍師”様だ……)
ハンクはレイの正体に気付いていた。
白い鎧で魔法を使うためだが、最初はあまりに若いため、別人だと思っていた。話をするとその考えの深さに、彼が詩に聞く“白き軍師”だと思うようになっていた。
「レイがそういうなら、俺に否はねぇよ。アシュレイの判断に任すさ」
アシュレイはあっさり自分の意見を引っ込めたハンクに首を傾げるが、森狼程度なら、レイとステラの二人で充分だと考え、レイの策を採用した。
レイとステラは徒歩で狼たちがいる場所に近づいていった。
幸い、風下であり狼たちは接近に気付かない。
三百mほどの距離に近づいた時、一頭の狼が彼らの姿に気付いた。
「意外と早く気付かれたな……ステラは僕の護衛を。近づく前に全滅させるけど、もし近づいてきたら……」
ステラはレイが最後まで言う前に「判りました。一頭も近づけさせません」と力強く頷いていた。
レイはそれに満足し、魔法を準備し始める。
彼はある魔法を試そうとしていた。
「すべての大地を支えし土の神よ。御身の眷属、大地の精霊の力を固めし、天をも貫く槍を、我に与えたまえ。我は御身に我が命の力を捧げん」
そして、彼の前方五十mくらいに狼たちが迫ったところで魔法を発動した。
「我が敵を貫け! 大地の槍!」
街道脇の荒地を走っていた狼たちの足元から、直径十cm、長さ二mほどの岩の槍が数十本突き出してきた。
足元から襲われるとは思ってもいない狼たちは、硬い岩に自ら突っ込んでいく形となり、その柔らかい腹部を槍に貫かれていく。
数頭の狼は難を逃れたようだが、岩に突き刺さった、“百舌鳥の早贄”のような仲間の姿に戦意を喪失し、尾を丸めて逃げていった。
「大成功だね。さて、このままだと不気味なオブジェになるな。でも仕方ないか……」
呆然と立ち尽くすステラに声を掛け、伝令を頼む。
「アッシュに伝えて、狼はいなくなったからって」
我に返ったステラは急いでアシュレイの下に走っていく。
(あの方の魔法はどこまで凄くなっていくのだろう?)
残ったレイは、まだ息のある狼たちに止めを刺していく。
そして、狼たちに止めを刺し終わると、その威力を検証していく。
(魔力の消費量は思ったより大きいけど、巨大レンズよりは遥かに少ない魔力で済む。この辺りは呪文の有無が関係してくるのかもしれないな。まあ、どっちも使用可能条件が問題になるけど……)
そして、狼たちの状態を確認しながら、今後の使い方についても考えていた。
(硬い皮の魔物には効果が少ないだろうな。それに自分から突っ込んできてくれないと、ダメージも小さいかもしれない。今回のように突っ込んでくる敵には結構有効だな……)
ステラの報告で商隊が現場に近づいてくる。
岩の槍に貫かれた姿に驚きながらも、レイに手を上げて感謝していく。
「相変わらず変わった魔法を使うのだな。今回の魔法は何なのだ?」
アシュレイの呆れたような感想に、レイは少し言葉に詰るが、
「逆茂木の岩バージョンかな? ミリース谷で敵を防ぐのに苦労したから、普通の大地の槍に少しアレンジを加えてみたんだ」
アシュレイはその言葉に首を振って、「確かに有効な魔法ではあるが、目立つことこの上ないな」と笑っている。
レイも「そうだね」と笑うが、すぐに真剣な表情になる。
「この狼たちは無茶苦茶飢えている感じがした」
アシュレイは「そうか」と頷き、先を促す。
「いくら僕とステラの二人しかいないとはいえ、闇雲に突っ込んでくるのはおかしいと思うんだ。この先もいつも以上に、攻撃的な敵が出てくると思ったほうがいいんじゃないかな」
アシュレイは少し顔を歪め、この先のことを考えていた。
(飢えているか……森狼が飢えることはそれほど珍しいことではないが、餌が豊富なこの時期というのが引っ掛かる。森狼以上の魔物も同じように飢えているとしたら……待ち伏せ、奇襲、何が起こってもおかしくはないと思っておくほうが良いだろう……)
アシュレイは護衛たちにこの先も危険があるだろうから、油断しないようにと釘を刺し、それまでと同じように、ステラを先行させて敵を探る方法で進んでいく。
彼女の予想通り、彼らはゴブリンの群れに、そして、その次には殺人蜂の集団に襲われた。
ゴブリンは十匹程度であったため、アシュレイとハンクたちであっさりと片付けることができた。だが、その次に襲い掛かってきた三十匹近いキラーホーネットの群れには、かなり苦戦し、大きな損害を受ける。
キラーホーネットは烏くらいの大きさのスズメバチで、猛毒を持つ針と鋭い顎が脅威だが、それ以上にその機動性が厄介だ。直線的な動きからいきなり空中で停止したり、鋭角に方向を変えたりとその動きは早く、矢で射落とすのはもちろん、剣で叩き落とすのも至難の業だった。
アシュレイですら、自分に向かってくる敵を叩き落すことしかできず、他の剣術士たちは攻撃するというより、追い払うといった感じで剣を振ることしかできなかった。
そのため、追尾機能の付いたレイの魔法と、ステラのスピードのある正確な攻撃――投擲剣と短剣のコンビネーション――で仕留めていくしかなかった。
何とか全滅させたものの、戦闘が長引いた影響で護衛二人、御者一人が毒の犠牲になっていた。また、荷馬車を引く曳き馬二頭にも被害が出たため、荷物を積み替え十八両に減らすことにした。
(いくら僕のエンカウント率が高いとはいえ、異常すぎる。ゴブリンはともかく、キラーホーネットもあまり街道にはでないと聞いた。本当に山では何が起こっているんだろう……)
二十五kmを八時間掛けて、目的地ケンネイに到着した。
到着した時、商人たちを含め全員が度重なる襲撃に疲れ果て、口数が極端に少なくなっていた。
ケンネイの人口は千人程度で、ペリクリトルに食料を供給している農村であったが、街道沿いということもあり、宿泊施設は充実していた。
疲れ果てた商隊の面々はすぐに宿に向かった。
ケンネイもカルドベック周辺と同様、殺気だっていた。
ただの農村であるケンネイには大規模な外壁もなく、三mほどの木の塀があるだけで、魔物から身を守る術は戦うしかない。
そのためなのか、子供たちの姿はなく、農民らしき男たちも農具の他に剣を腰に吊るしている者が多かった。
「ここにも影響があるんだな。明日はどうするんだろう?」
レイの呟きがアシュレイの耳に届く。彼女は今日一日の指揮でかなり消耗しているのか、いつもの覇気が感じられない。
「そうだな。今日の調子では無事に行きつけぬかもしれんな。私の指揮がもう少ししっかりしていれば……」
アシュレイのその落ち込んだ様子に、レイは彼女の肩を軽く抱く。
「アッシュはちゃんとやっていたよ。あれだけの敵だよ。たった十人の護衛でよく守りきったと思うよ」
アシュレイは「そうだな」と呟き、彼の肩に軽く頭を乗せる。
(大分疲れているようだな。三人も犠牲者を出したんだから、仕方ないかもしれないけど、もし僕たちがいなければ恐らく全滅していたはず。まあ、そんなことはアッシュには判っているんだろうけど……)
この日に商隊に襲い掛かってきた魔物の数は、森狼二十、ゴブリン十二、キラーホーネット二十五。討伐で魔物の生息地に入っていったのならいざ知らず、主要街道であるフォンス街道では記録的な数の魔物と遭遇し、攻撃を受けたことになる。
特にキラーホーネットは、単体でも七級相当の魔物だが、群れになると五級から四級に相当する危険な魔物だ。その魔物に襲撃を受けて、一割程度の損害しか受けなかったことは賞賛に値する。
(明日は一日休んだほうがいいな。急ぎと言っても一日くらいの余裕はあるんだろうし)
翌日はレイの提案どおり、休みを入れることになった。
商魂逞しい商人たちもさすがに昨日の襲撃には堪えたようで、馬を休ませるという理由で終日休むことになった。




