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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第三章「冒険者の国・魔の山」

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第六話「冒険者の街」

 十一月四日。


 レイたちは、今日一日はのんびり過ごすことに決め、のんびりと村の中を散策していた。

 基本的にはただの農村であり、大きな街であるペリクリトルが近いため、娯楽らしい施設はほとんどなく、食堂兼酒場が数軒あるだけだった。

 彼らはその一軒に入り、のんびりとお茶を飲みながら、レイは気疲れしているアシュレイの気を紛らわせるため、目的地のペリクリトルについて話を聞くことにした。


「アッシュはペリクリトルに行ったことがあるんだよね? どんなところ?」


「ああ、数年前だが、何度か護衛で通ったことがある。美しさではフォンスに敵わないが、活気のあるいい街だった。あの頃はあの自由を愛する気質に憧れを感じた記憶がある」


 少し遠い目をしながら、アシュレイが説明を続ける。


「あの街は冒険者が多い。三千人とか四千人とか言われるほどの冒険者が暮らしている。王も貴族もいない……」


 元々、ペリクリトルは西にある商業都市アウレラ、南にあるカウム王国の王都アルス、北のラクス王国のフォンスを結ぶ交通の要所だった。だが、魔物の巣窟アクィラ山脈から近く、深い森が広がっているため、魔物による被害が後を絶たなかった。そこで、商人たちが魔物を狩る専門家たちを呼び寄せ、街を作った。その魔物を狩る者たちは、後に冒険者と呼ばれることになる。

 魔物を狩る者たちは討伐に精を出すが、商人たちと個別で契約するのが煩わしくなり、専門の組織を作った。それが冒険者ギルドの始まりと言われている。

 冒険者ギルドは魔物を等級分けし、それに応じた報酬を出すシステムを考え出す。報酬も商人たちが作る商業ギルドと契約を結ぶことにより、安定的な支払いが可能となった。更に税金を報酬から支払うという方法を考え出したことにより、国家権力とも良好な関係を築くことが出来た。

 当初、ペリクリトル周辺だけにあった冒険者ギルドは、瞬く間にトリア大陸全土に広がっていった。それは、冒険者ギルドという収税装置(システム)を欲した権力者の意向と言われているが、国家権力に左右されない安全保障システムを欲した商業ギルドの思惑とも言われている。

 いずれにせよ、冒険者ギルドは、人口三千人以上の街には必ず支部があると言われるまでに成長した。その巨大な組織を束ねるのが、ペリクリトルの冒険者ギルド本部だった。

 その冒険者ギルドのギルド長がこの街の行政責任者だが、基本的には他のギルドや各地区の責任者からなる議会が街を運営している。

 街には王も貴族も騎士もおらず、権力を笠に着るものは軽蔑されるため、非常に自由な雰囲気がある。どの職業でも実力があるものが評価されるそうで、腕のいい料理人や職人だけでなく、品質のいい野菜を扱う八百屋なども非常に高い評価を受ける。時には命を張る冒険者以上に評価されることもあるとのことだった。


 レイはアシュレイの話を聞き、ある疑問を口にした。


「三千人もいるなら、ペリクリトルに行けば、一級冒険者に会えるってこと? 一級傭兵はハミッシュさんに会っているから、次は冒険者かなって」


 アシュレイは首を横に振り、「恐らく無理だな」と即座に否定する。


「傭兵と冒険者の等級の付け方の違いは知っているだろう……」


 等級の付け方は、傭兵が武術レベルに従って級が付けられるのに対し、冒険者はギルドが設定した等級の依頼を指定回数こなすことによって級が上がる。自分の級と同じレベルなら百回の依頼を成功して初めて上の級に上がることができる。つまり、一級冒険者というのは、二級相当の魔物、地竜などの強力な魔物を百回倒すか、オーガや蛇竜サーペントクラスの三級相当の魔物を千回倒さないと一級になれないことになる。

 もちろん、一級相当の魔物を十回倒せば一級になれるが、邪竜や上級悪魔(アークデーモン)などほとんど出会う可能性の無い強力な魔物と十回以上戦うというのは、それだけでも至難の業だ。

 つまり、実力としては一級相当であっても、それだけの魔物と戦い続ける必要があるため、実際には一級に上がることは不可能と言われている。


「二級の冒険者は何人かいたはずだが、アクィラの奥に篭ることが多いそうだ。街にいることは少ないと聞くから、会うことはないかもしれないな」


 レイは三千人の冒険者というのがイメージできなかった。


(フォンスの冒険者ギルドでも一日に三百人も相手に出来ないはずだ。てことは、あれの十倍以上の規模。買取なんかも時間が掛かるんだろうな……)


 彼の想いが聞こえたのか、


「ペリクリトルには巨大なギルドの建物が三箇所ある。街の中心にある総本部と、東と西の支部だ。私は行ったことがないからよくは知らないのだが、依頼内容で分けられていたはずだ」


「なるほどね。それにしても楽しみだ。でも、それだけいたら宿を取るのも大変そうだね」


「そうだな。だが、今回の事件で出払っているだろうから、それほど困ることはないと思うぞ」


 レイの思惑通り、アシュレイの顔にも明るさが戻っていた。


「しかし、楽しみだな。どんなところなんだろう……」


 明るくなったアシュレイの表情を見ながら、レイはまだ見ぬ冒険者の街に思いを馳せていた。



 十一月五日。

 レイたち八人の護衛と十八両の荷馬車からなる商隊がケンネイを出発した。


 昨日仕入れた情報では、この辺りにも多くの魔物が出没し、危険度は辺境の街道並みに上がっていた。

 特に飛行型の魔物の襲撃が目立つようになり、対抗手段が弓だけの商隊が全滅したという情報もあった。

 この日も護衛の責任者となったアシュレイは、その飛行型の魔物の話が気になるものの、レイという強力な魔術師を抱えているため、それほど心配していなかった。


(飛行型ならレイの魔法で充分対抗できる。それよりも数の多い昆虫型の魔物の方が気になるな)


 彼女はカルドベック近郊で襲ってきた、ソルジャーアントのような昆虫型の魔物の襲撃を危険視していた。


(この商隊の命運を握っているのはレイだ。あいつの魔法との相性が悪い昆虫型が出なければ何とかなるのだが……)


 そのことをレイに言うと、「一応対策は考えているんだけど、ぶっつけ本番なんだよな」と、頬を掻きながら答える。


(レイが何か考えているなら大丈夫だな。後は私が冷静さを保てばいい)


 その時、レイは別のことを考えていた。


(アッシュにはああ言ったけど、それほどいい手があるわけじゃないんだよな。水魔法で凍らせるくらいなんだけど、動けなくなるほどの氷は作れない。精々、寒さで動きを遅くするくらいしか出来ないんだ。こう考えると、硬くて痛みに強い昆虫型は結構脅威だよな……それにしても、もうすぐ冬なのに何で昆虫型が出てくるんだ?)



 出発して一時間もしないうちに魔物の襲撃が始まった。

 出てきたのは大型の熊。それも腕が四本ある四手熊フォー・アームズ・ベアだった。

 四手熊は立ち上がると体高四mほどになる巨大な熊で、肩と腹にある二対の腕の攻撃が強力な三級相当の魔物だ。

 この熊の恐ろしいところは、その分厚い毛皮と四本の強靭な腕にある。更に下の腕がやや防御の弱い腹部をカバーするため、懐に入って攻撃を加えることが出来ない。


 そのため、アシュレイは、レイとステラと共に迎撃するとともに、ハンクたちには手を出さないよう指示を出していた。


(ハンクたちでは足手纏いだ。だが、こんなところに三級の魔物が出るとは……)


 アシュレイとステラがスピードを生かして撹乱していくが、硬い毛が生えた分厚い皮はなかなか切り裂けない。

 レイの魔法も多少のダメージは与えられるが、決定打にならず、三人は徐々に押し込まれていく。

 アシュレイはハンクに指揮を任せ、荷馬車を逃がすことを命じる。


「ハンク! 荷馬車を逃がしてくれ! 我々でこいつは何とかする。その間の指揮を頼む!」


 ハンクの「おう!」という了解と共に荷馬車は走り出す。


「アッシュ! ステラ! いかずちを使う! 三十秒だけ時間を稼いでくれ!」


 レイは雷の魔法を自らの槍、白い角(アルブムコルヌ)に纏わせて勝負を決めようとしていた。

 アシュレイとステラは、四本の腕から繰り出される暴風のような横薙ぎを、必死に回避していく。

 長く感じた三十秒間に、レイは精霊の力を溜め、槍の穂先に雷を一気に纏わせていく。

 そして、槍を低く構えると、下の腕の中間、人間で言う鳩尾みぞおちの辺りに「てぇい!」という気合とともに槍を叩き込んでいく。


 四手熊はレイの突きに反応し、中腕で払いのけようとした。

 だが、腕が槍に当たった瞬間、バチンという放電の音と共に動物の毛が燃える匂いが立ち込め、熊の腕が弾かれる。レイの突き出した槍もやや軌道を変えたものの、四手熊の腹部に深々と刺さり、バチバチと放電を繰り返していく。

 熊は不愉快そうに大きく咆哮を上げ、レイを捕まえようと腕を伸ばしていく。

 だが、右側からアシュレイの強力な斬撃が、左側からステラの体重を乗せた突きが同時に決まる。熊は両脚にダメージを受けてバランスを崩し、体を前に大きく倒していく。

 槍を引き戻したレイは、更に前のめりになった四手熊の眉間目掛けて、渾身の突きを放った。


 電気ショックと二人の攻撃で動きの鈍った熊は、それを避けることが出来ず、悲しげな悲鳴を上げながら、息絶えていった。



 三人は魔晶石だけ回収すると、休む間も無く商隊を追う。


 だが、その時、荷馬車の前方は大鷲ほどの大きさのカラス――大黒鴉(ブラックレイブン)――の集団に襲われていた。

 大黒鴉は翼を広げると二mを軽く超え、その鋭いくちばしと、カラスらしい狡猾さが武器の魔物だ。

 大黒鴉たちは、商隊の動きを止めるべく、先頭の荷馬車の曳き馬の目を潰しに掛かる。

 敵の意図に気付いたハンクは、弓で大黒鴉を蹴散らしに掛かるが、十羽以上のカラスにたかられた先頭の馬は、ついにその目は潰されてしまう。

 眼を潰された痛みに、馬は狂ったように駆けだし、街道から外れて馬車ごと転倒する。幸い御者は咄嗟に飛び降りており、無事だったが、すぐにそこに大黒鴉たちが舞い降り、頭、首、腕と執拗に攻撃されていた。


 護衛の剣術士が駆けつけ、剣で打ち払うが、動きの軽い大黒鴉にはなかなか命中しない。


 ハンクが諦めろと叫びそうになった時、光の矢が次々と大黒鴉たちに突き刺さっていく。


 レイはニコリと笑い、「ここは任せて!」と手を上げながら、光の連弩の魔法を組み上げていった。


 彼の手から再び光の矢が飛んでいく。

 大黒鴉もその矢を避けようと、鋭く旋回していく。

 だが、レイの放った矢は同じように鋭く軌道を変え、大黒鴉の体を貫いていく。


 強敵の出現に、大黒鴉たちは一斉に空に舞い上がった。

 レイは更に光の矢を三本放ち、二羽を叩き落すと、賢明な鴉たちは悔しそうな鳴き声を残して、東の空に去っていった。


 突付きまわされていた御者は血塗れになっており、かなりの深手を負っていた。

 アシュレイはレイに治療を任せると、すぐに出発の準備をするように命じる。


「あの荷馬車は放棄する。荷物もだ! けが人は応急処置だけして、別の荷馬車に載せてくれ! すぐに出発するぞ!」


 彼女の声に御者も商人たちも素直に従っていく。

 ハンクは彼女に歴戦の将の姿を見ていた。


(やはり虎の子は虎ということだな。まだ二十代前半だろうが、歴戦の風格がある)


 そして、御者の治療をしているレイを見ながら、


(あれだけの魔法を使えて、更に治癒師もできるのか。槍も相当なものだし、頭も切れる。万能というのは、あいつのことを指すのだろうな)


 考え事をしているハンクにアシュレイの怒声が届く。


「ハンク! 何をしている! 早く後ろをまとめてくれ!」


 彼が「すまねぇ」と謝りながら、後ろに行こうとすると、そこには銀色の髪をした獣人の娘が既に出発の準備を終わらせていた。

 彼が「助かった」と一言言うと、彼女はぺこりと頭を下げて持ち場に戻っていく。


(あの二人の陰に隠れているが、この娘も相当な腕だ。剣術もそうだが、投擲の腕も……この三人は何をするために旅をしているんだろうな……おっと、また怒鳴られちまうぜ)


 彼は三人のことを頭から追い出し、自分の持ち場に戻っていった。


 その後は、逃げていった大黒鴉ブラックレイブンがしつこく何度かちょっかいを掛けてきたが、すべてレイの魔法で追い払う。


 午後に入ると魔物の姿はすっかり見えなくなった。

 アシュレイはそのことを不思議に思い、ステラを呼び、意見を聞いた。


「魔物の姿がないが、気配を感じるか?」


 ステラは一度周囲を見直し、「いいえ、匂いも気配も感じません」と答える。

 アシュレイが「なぜだろうな」と呟くと、ステラが「少し前に討伐隊が通ったのかもしれません」と言った。


「討伐隊? すれ違ってはいないが?」


「一度だけ森の中が騒がしくなりました。その後、血の匂いが微かにしたような気がしましたから」


 アシュレイはなるほどと納得し、ステラに警戒を継続するように指示を出した。



 十一月五日、午後三時。

 周囲はすっかり平和な風景に変わっていた。

 街が近いのか、長閑な田園風景が目の前に広がっていた。

 更に進んでいくと、前方に建物らしき影が見え、徐々に街の全容が明らかになっていく。


 街は木造らしき塀に囲まれ、所々に木製の物見台が設置してある。

 街の西側には大きな川が流れており、その川に沿って街道が走っていた。街の周囲には刈り取った後の麦畑があり、川沿いの斜面には葡萄畑が作られている。


 レイは映像で見たことがあるドイツのライン川沿いの風景に少し似ているなと思っていた。


(結構険しい渓谷だよな。日当たりのいい南向きの斜面に葡萄畑があるし、ドイツのロマンチック街道か何かの映像でこんな風景がなかったっけ?)


 午後四時。

 一行はペリクリトルの街に到着した。


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