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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第三章「冒険者の国・魔の山」

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第四話「ハーピー」

 巨大兵隊アリ(ソルジャーアント)から無事逃げられたレイたちは、隊列の最後尾で後ろを警戒していた。


「何か来ます! 前方の空です!」


 ステラの叫びに、レイとアシュレイは同時に前を向く。


「ハーピーだな。あんなに近寄られている……レイ、ステラ、援護に行ってくれ。殿しんがりは私が何とかする」


 レイはアシュレイ一人に殿を任せることが不安だったが、「判った。無理するなよ」と言って、無理やり笑顔を作る。

 そして、ステラに「僕が魔法を使う間の援護を頼む」と言いながら、馬を駆けさせていた。


 前方では巨大な鷲の翼を持つ人型の魔物、ハーピーが御者たちに襲い掛かっていた。

 その長い鉤爪で不幸な御者を掴み上げ、空高く舞い上がっていく。


「護衛は動き回れ! 弓術士は撃ち続けろ!」


 何人かの護衛の剣がハーピーに傷を付けるが、魔物は執拗に襲い掛かってくる。

 既に三人の御者が空に引上げられ、森の方に連れ去られていた。

 残りのハーピーたちは、地上にいる護衛たちをあざ笑うかのような奇声を上げながら、急降下を繰り返していく。

 その奇声と大きな影に馬たちがパニックに陥っていく。

 一頭の馬が鉤爪で傷付けられ、暴走した。馬を抑えるべき御者も、自分が襲われないかが気になり、暴走を食い止めることができなかった。


 二、三台の荷馬車にぶつかった後、暴走した荷馬車は馬ごとひっくり返った。転倒の衝撃で放り出された御者は、地面で頭を打ったのか、動くことができない。

 そこに一匹のハーピーが厭らしい笑みを浮かべ、喜びを表わすかのような奇声を上げながら、舞い降りてくる。

 そして、倒れて動けない御者の太ももを掴むと、そのまま空に舞い上がろうとした。


 その時、一本の光の矢がハーピーの翼を貫いた。

 数m浮かび上がったところで、バランスを崩したハーピーは御者を放し、邪魔をした人間に復讐しようと、再び上空に舞い上がろうとした。

 だが、そのハーピーが大きく翼を広げ、羽ばたこうとした瞬間、二本の光の矢が首と胸に吸い込まれていった。

 ハーピーは何が起こったのか理解することなく、地面に落ち絶命した。

 レイは「魔法で叩き落す! 落ちた敵に止めを刺してくれ!」と叫び、愛馬を走らせながら、以前翼魔に使った呪文を唱え始めていた。


「数多の風を司りし風の神(ウェントゥス)よ。荒ぶる竜巻、乱舞する刃を我に与えたまえ。我が命の力を御身に捧げん。我が敵を引き裂け! 刃の竜巻(トルネードスラッシュ)!」


 彼が左腕を天に向けると、その手の平から渦巻状の風が吹き出していく。それは徐々に激しくなっていき、周囲の砂を巻き上げながら、天高く伸びていった。

 荷馬車の上空で舞っているハーピーたちは、突然の竜巻にパニックを起こしていた。

 上空に逃げようとする者、森に逃げようとする者、魔法を放ったレイに襲いかかろうとする者。

 森に逃げようとした賢明な者以外、レイの発した竜巻に次々と飲み込まれていく。

 そして、茶色い羽根を撒き散らしながら、錐揉みをするように次々と地面に落ちていった。

 その光景に傭兵たちは呆然とするものの、ステラが止めを刺し始めると、同じように落ちて翼をバタつかせているだけのハーピーに剣を突きこんでいった。


 御者を森に引き込んだ三匹と、レイの魔法から逃げた四匹以外のハーピーは、すぐに止めを刺される。

 ハンクは魔法を操るレイに驚くが、すぐに頭を切替え、全員に移動するよう命じていた。


「全員出発だ! ここを離れる! 倒れた荷馬車は放棄する!」


 御者のいない荷馬車には同行していた商人たちが乗り込み、すぐに出発した。


 ハンクは隊列の先頭に立ち、周囲を警戒しながら馬の疲労を無視して荷馬車を走らせる。


「止まれば、また襲われる! あと数kmでカルドベックの街だ! それまで馬を保たせてくれ!」


 彼は叫びながら、ソルジャーアント、ハーピーと普段いないはずの魔物に襲われたことに疑問を持っていた。


(ソルジャーアント、ハーピー……どちらも普段はアクィラの山奥にいる魔物だ。ペリクリトルの東のリッカデール――アクィラ山脈での魔物討伐の拠点――ですら、これほどの数が出たっていう話は聞かねぇ。山で何が起こっているんだ?)


 彼は東にそびえるアクィラ山脈を見上げながら、ブルッと首を震わせていた。


 十一月二日、午後四時。

 レイたちはカルドベックの街に到着した。

 護衛が五人、御者が三人、荷馬車が一両失われたが、出会った魔物の数、能力を考えれば、奇跡的に少ない犠牲で街に逃げ込むことが出来たとハンクは考えていた。



 カルドベックは、東のアクィラ山脈から広がる森と、西のサエウム山脈から広がる森の境にある街で北部のラクス・サルトゥース連合王国と都市国家連合の中継地点となっている。

 このため、特に産業がなかったこの土地も、街道を行き来する商人たちのおかげで繁栄していた。

 人口は五千人ほどで、街の周囲は高さ五mほどの石の壁で囲まれている。

 元々はカエルム帝国の北部の前線基地でもあったが、カエルム帝国がルークス聖王国との恒常的な戦争状態になったことから、帝国の北方政策が変更となり、自治都市として発展していった街だった。


 レイたちが護衛する商隊は、二度の襲撃に疲労困憊といった態で街の門をくぐる。

 街に入った瞬間、商人たちと護衛のリーダー、ハンク・バロウズはふぅと大きな安堵の息を吐き出していた。


 街の中は元城塞都市らしく、石造りの家が並び、多くの人が行き来している。だが、その顔に笑顔は少なく、不安げな表情を浮かべている者が多かった。


 宿に着くと、すぐに商人の代表と護衛の代表であるハンクの間で話し合いが持たれた。

 レイたちは話し合いには参加せず、戦闘で汚れた武器や防具の手入れを行っていた。


 話し合いが終わったのか、夕食前にレイたち三人がハンクに呼び出される。

 彼は深刻そうな顔で、「あんたたちの意見を聞きたい」と話を切り出していく。


「商人たちはこの護衛では不安だと言っている。だが、急ぎでペリクリトルに行かなきゃならん商人もいるんだ。そこで、隊を二つに割ることを提案してきた……」


 彼の話では、急いでペリクリトルに行く必要がある商人と、ここで他の商隊が着くのを待って、大規模な商隊を組もうという商人に分かれた。

 ハンクはここにいても護衛が増える見込みがないことを主張したが、昼間の戦いを見る限り、このまま進むことは困難という意見が大勢を占めた。

 隊を分けてでも先に行きたいと主張した商人が、ハンクに護衛を依頼してきたが、彼自身、このまま進んでも被害が増すだけだと思い、回答を保留している。


「俺たちは一旦、この商隊との護衛契約を破棄することで合意したんだ。先に進むにしても、昼間の戦いで半分くらいがブルっちまっているから、護衛は七人。守るべき荷馬車が二十両だから、かなり厳しい。そこで、あんたたちがどうするつもりか教えて欲しいんだ」


 レイは現状の契約がどうなったのか気になり、


「つまり、僕たちは今フリーってことですか? 中途解約みたいな状態だと」


「そう言うことだ。もちろん契約完了時の条件で報酬は支払うが、今のところ、明日以降の護衛についてはキャンセル状態になっている」


 レイはアシュレイを見ながら、「どうする?」と聞くが、彼女も少し迷っているようで、「考えさせてくれ」とハンクに告げる。


 ハンクも特に表情を変えることなく頷く。


「ちなみにブルったのは若い連中だけだ。五級の俺、六級が三人、七級が三人だ。これにあんたたち、特に魔法が使えるレイが加わってくれれば、かなり分のいい賭けになる」


 そして、立ち上がりながら、「晩飯後にもう一度聞く。それまでに結論を出しておいてくれ」といって、彼らの下から立ち去っていった。



 アシュレイはハンクの提案に悩んでいた。


(今日と同じ程度の敵が出てくれば、かなり危険だ。レイの魔法があるとはいえ、荷馬車を守りながらでは限界がある……情報を集めてからの方が良さそうだな……)


 彼女は傭兵ギルドと冒険者ギルドに、情報を仕入れに行くと言って立ち上がる。

 レイとステラも同行することにし、三人でギルドに向かった。


 両ギルドで仕入れた情報を整理すると、魔物が増えたのはここ十日ほどの話で、以前にも何度か同じようなことはあった。今回は山に棲む魔物が多く降りてきていることから、山中で何らかの異変――過去には地震の前兆、大規模な溶岩流の発生などがあった――が起きている可能性があるのではないかとのことだった。

 ペリクリトルにある冒険者ギルド本部では、その原因を探るべく、調査を開始している。

 傭兵ギルドでは商隊の規模を大きくすることで、護衛の数を確保するよう商人たちに慫慂していた。一方で、フォルティスの本部とフォンスの支部に、魔族討伐に参加している傭兵の帰還を促すよう請願を出していた。


(アクィラ山脈で何が起きているんだろう? アクィラ……ペリクリトル……思い出せない。とても大事なことなはずなんだが……クソッ! 何かが、誰かが……どうしても思い出せない!)


 レイはギルドで情報を聞きながら、思い出せない記憶に苛立ち始めていた。


 情報の聞き取りも終わり、宿で夕食を取るが、明日からのことを考えているアシュレイと、記憶を取り戻そうと考え事をしているレイのため、会話が全く弾まない。


 食事が終わったところで、アシュレイがレイとステラに自分なりの考えを披露した。


「急ぐ必要はないが、このまま、ここにいてもいつ出発できるか判らん。それにここが安全とも限らんだろう。ならば、ハンクの誘いに乗るのも一つの考えだと思う。レイ、お前の考えを聞かせてくれ」


「今回のペリクリトル行きは、僕が行きたいと言ったから。だから、安全を考えるなら、先延ばしにしてもいい」


 そこで一旦言葉を切り、再び話し始める。


「そう言いたいところなんだけど、どうしても引っ掛かるんだ。前にも話したけど、僕の記憶の一部は封印されている。今回のこの騒動がどうしても引っ掛かるんだ。何か大変なことが起こっている気がして……」


 彼の言葉にアシュレイは頷き、ステラの意見を確認する。


「ステラの意見を聞きたい。レイが行きたいから行くというのではなく、レイの、そして我々の安全を第一に考えて答えて欲しい」


 ステラはゆっくりと自分の考えを話し始める。


「私もアシュレイ様のご意見に賛成です。ここで待っていても優秀な護衛が集まる保証がありません。最悪の場合は、今より低い戦力で護衛をせざるを得ない事態になります。もう一つ……」


 ステラは二人を見ながら一度言葉を切る。


「もう一つの選択肢として、私たちだけで走り抜けるという手もあります。私たちの安全を考えれば、これが最善だと思います。ですが、これはハンクさんたちを見捨てることになりますから、お二人はお認めにならないでしょう」


 しっかりと自分の意見を言う彼女の姿に、レイは驚いていた。


(ステラもしっかりと考えるようになったんだ。それに僕とアッシュのこともよく判っているし……)


 三人はハンクの提案を受けることにした。

 そして、ハンクから護衛の指揮をアシュレイが執ることを提案される。


「俺よりアシュレイたちの方が冷静だ。だから、あんたたち三人の誰かが指揮を執ってくれ。出来れば、赤腕ハミッシュの一人娘、アシュレイ、あんたに指揮を執ってもらいたい」


 アシュレイは、「レイの方が適任だ」と断るが、


「アッシュが指揮を執ったほうがいい。みんな、マーカット傭兵団(レッドアームズ)の一員が指揮を執ることに期待しているんだ。なら、ハミッシュさんの一人娘のアッシュが指揮を執れば、みんなの士気はもっと上がる。もちろん、僕もステラも全力でサポートするから」


 レイにそう説得され、アシュレイが指揮を執ることに決まった。


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