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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第三章「冒険者の国・魔の山」

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第三話「兵隊アリ」

 翌日、月が替わり十一月を迎えた朝、昨日の雨はすっかり止み、晩秋の澄んだ青空が広がっていた。

 午前八時に商業ギルド前に集合した彼らは、ハンクたちと護衛の最終打合せを行った。


「……五百mほどの隊列になる。アシュレイには最後尾、レイには中央の指揮を頼みたい。俺は先頭で全体の指揮を執る。ステラは俺のところで敵の気配を探って欲しい。これでいいか?」


 アシュレイ、レイはすぐに頷くが、ステラだけは二人との距離が気になり、少し顔を曇らせている。

 それに気付いたレイが、「ステラは時々、先行させたほうがいいかもしれません」と提案する。

 ハンクも「了解した。それでいいか?」とステラに視線を送り、彼女もレイの提案であるため、渋々頷いていた。


「昨日考えていたんだ。ステラには斥候を頼もうとね。その方が僕たちも安全だし」


 ステラは「ですが……」と口にするが、すぐに「判りました。何かあればすぐ駆けつけます。無理はしないで下さい」と心配そうな顔で彼を見つめる。

 レイが二コリと笑いながら、「期待しているよ。ステラも無理しないで」というと、彼女の表情が少しだけ緩んだ。


 午前八時にハスティグローを出発し、一行は街道を南下していった。



 初日は雨でぬかるんだ街道に手間取ったものの、魔物も盗賊も現れず、無事に次の街に到着した。

 だが、レイとアシュレイの不安は一向に晴れなかった。


(今日一日、一緒に行動して判ったよ。マーカット傭兵団(レッドアームズ)が精鋭だってことが。伝令一つとっても、碌に復唱すらしない。基本がなっていないから、連携なんて考えるだけ無駄だな。明日はカルドベックに近づく。編成を考え直したほうがいいかもしれないな)


 一方、アシュレイも同じようなことを考えていた。


(荷馬車を逃がすだけの時間すら稼げそうにないな。せめて御者たちの誘導だけでもできればよいのだが、戦闘を想定するなら、レイとステラと一緒にいたほうが守りやすいかもしれぬな)


 そして、その夜、二人はハンクにそのことを提案した。


「隊列の中央部に我々を配置してくれ。中央部なら前後どちらにもすぐに駆けつけられる」


 アシュレイの提案にレイも賛同するように意見を付け加えていく。


「各部署には、僕たちが駆けつけるまでの時間稼ぎをするだけでいいって、伝えてください。少なくとも僕たち三人がいれば、少々の敵なら何とか出来ますから」


 ハンクは少し悩んだものの、実力者二人にそう言われたため、その提案を呑むことにした。


「了解した。君たちが指揮を執ってくれれば何とかなるかと思ったが、それでも無理か……」


 アシュレイは無遠慮に大きく頷き、レイは「そうですね……」と口篭りながら肯定する。


「明日の朝、あいつらをもう一度締めておく。済まないがよろしく頼む」


 ハンクは二人に頭を下げる。


(ハンクさんも判っているんだな。今の状況が危険だっていうことに。だから、年下の僕たちに頭も下げられるんだ……)


 彼は何も起こらなければいいがと思いながら、部屋に戻っていった。



 翌日、十一月二日。

 昨日同様天候は安定していた。

 やや冷たい風が吹いているものの、寒さを感じるほどではない。


 ハンクの「出発!」という合図で、二十五km先の街、カルドベックに向けて出発した。

 途中で休憩を挟むため、二十五kmをおよそ七時間掛けて移動する。

 街道の周囲は徐々に乾燥していき、道の両脇には石がゴロゴロと転がる荒地のような地形になっていく。そして、その荒地の先には暗い森が広がっており、時折、甲高い鳥の鳴き声が聞こえてくる。


(ラクスから自由国境地帯に入ると一気に乾燥するんだな。湖や池がないし、大きな川もないからなんだろうけど、一気に別の国って感じだな)


 レイは敵襲を警戒しながら、そんなことを考えていた。

 一方、ステラは銀色の耳をピンと立て、森の様子を窺っていた。そして、森が発する音に違和感を覚える。


(森がおかしい。威嚇するような鳥の鳴き声はするけど、普通にさえずる鳥の声がないわ。何か嫌な予感がする……レイ様たちに報告したほうがいいかも……)


 彼女がレイにそのことを告げようとした時、前方から「敵襲!」という叫び声が聞こえてきた。


 彼らが前方に目をやると、森から巨大な昆虫が続々と這い出す光景が映っていた。



 十一月二日午後二時頃。


 カルドベックまであと二時間の距離に近づき、商隊の護衛たちの間に徐々に緊張が高まっていた。

 隊列の先頭では護衛を束ねる第五級傭兵のハンク・バロウズが、しきりに周囲を警戒している。


(森の様子がおかしいような気がするな。何事もなければいいが……)


 彼はこの街道を何十回も行き来するベテランの傭兵だった。

 この辺りは昔から魔物の棲む森に近い場所だったが、自由国境地帯ということもあり、国家権力による大規模な討伐はほとんど行われていない。

 もちろん、冒険者の街ペリクリトルが五十km先にあるため、定期的な討伐依頼は出されており、多くの冒険者たちが魔物を狩っていた。

 だが、この辺りの魔物には、護衛の十分な商隊を襲うほど強力なものはおらず、討伐の優先順位はいつも低かった。冒険者たちにとってはペリクリトルから東、又は南東の方が強力でうまみの多い魔物が多かったため、北のカルドベック辺りはあまり重視されていなかったのだ。

 ハンクも何度か魔物に遭遇しているが、そのほとんどが森で食い詰めた狼やゴブリンなど、単体の戦闘力がそれほど高くない魔物、それも“はぐれ”と呼ばれる少数の群れが多かった。


 彼は若い傭兵たちに警戒レベルを上げるよう指示を出すと共に、自らは馬から降り長弓を使える体勢で歩み始めた。

 五分ほどしたところで、百m先の東の森がざわめいていることに気付く。


「東側の様子がおかしい。すぐに戦えるように準備しておけ!」


 彼がそう指示を出した瞬間、東の森から全長二m、体高一mほどの巨大なアリが姿を現す。

 彼は咄嗟に「敵襲!」と叫び、商隊の御者にそのまま進むよう指示を出した。

 その間にも巨大アリは次々と森の中から湧き出てくる。


「巨大兵隊アリ(ソルジャーアント)だ! 顎と尻の針に気を付けろ! 麻痺性の毒を持っているぞ!」


(何でソルジャーアントなんかが出てくるんだ! 奴らはアクィラ――東の大山脈――の奥地かサエウム――西の山脈――にしかいないはずだぞ!)


 心の中ではそう叫んでいたが、表情には一切出さずに次々と指示を出していく。


「奴らを食い止めるぞ! その間に荷馬車は駆け抜けろ! 剣術士は前に、弓術士は側面から狙え! 伝令! 後方に救援を伝えろ!」


 赤茶色のソルジャーアントは、森の中からワラワラと湧き出し、既に数十匹以上になっている。


(奴らは六級相当だ。アシュレイたちじゃないと太刀打ちできない……)


 彼はそう思いながら、矢を放っていた。



 レイはハンクの出した伝令の「敵襲!」という叫び声に、すぐに愛馬を駆けさせていた。

 アシュレイとステラも同じようについてくるが、彼らの指揮下に入っている若い傭兵たちはあたふたと動揺したまま、すぐには馬を進めることができない。

 アシュレイの「前に向かえ!」という命令でようやく馬を進めるが、無数に蠢く巨大なアリの姿に一気に戦意を喪失していく。

 そこにハンクの命令、「剣術士は前に、弓術士は側面から狙え!」という命令が届き、何とか馬を降りる。


 レイは愛馬を走らせながら、数十匹にも及ぶソルジャーアントにどう対処するか考えていた。


(効果的な魔法があればいいんだけど、この距離だと微妙だな。出し惜しみするつもりはないけど、殲滅させる必要はないし……幸い、動きはそれ程早くない。このまま馬上から攻撃を掛けて囮になるか)


 彼はソルジャーアントの群れの先頭に、槍を構えて突っ込んでいく。

 そして、巨大な顎を持つアリの頭に向けて、炎を纏わせた槍を叩きつけた。

 ゴツンという硬い感触があるが、キチン質のヌラリと光るソルジャーアントの頭を打ち砕く。


(行ける! しかし、炎を纏わせないと厳しいかも……)


 レイの騎乗突撃で、ソルジャーアントの進撃速度が僅かに落ちる。

 彼は愛馬を反転させ、同じように馬上から槍を突き入れていく。


 二往復する間に、四匹のソルジャーアントを仕留めたが、アリの進軍速度が少し落ちた程度で大勢に影響を与えることは出来なかった。

 街道まで二十mまで接近されたところで、レイは馬から降り、アシュレイたちに合流する。


「思った以上に硬い! 片側の足を叩き切る方がいいかもしれない!」


 アシュレイとステラはその言葉に頷き、剣を構えてアリの群れに向かっていく。


 ハンクはレイの騎乗戦闘の手際に驚くが、更に三人でアリの群れに挑むその勇気にも感嘆していた。


(さすがはレッドアームズだ。後はどのくらい時間を稼ぐかだが……この距離なら十五分、いや十分くらいだな。それだけ稼げれば何とかなる)


「荷馬車が通り抜けるのに十分だ! その時間を稼げ! 無理はするな! 囲まれるな!……」


 彼は思いつく限りのアドバイスを若い傭兵たちに与えていった。



 アシュレイは大剣を振りかぶり、気合と共にソルジャーアントの右側の足を叩き折る。

 右側の後足を二本叩き折られたソルジャーアントは、横に傾きながらも、アシュレイを噛み殺そうと顎を振る。

 アシュレイの目の前に巨大なはさみのような顎が迫るが、僅かに半歩下がるだけで、きれいにかわしていく。


(レイの言うとおりだ。思ったより硬い。だが、後足を二本折れば動きは止められる!)


 足を折られたソルジャーアントは、腹を擦るように前に出ようとするが、もがくような動きしかできず、脅威とはならない。

 アシュレイはすぐに別の敵に向かい、同じように次々と脚を叩き折っていった。



 ステラは珍しく苦戦していた。

 彼女の持ち味であるスピードを生かした攻撃を繰り返すが、硬い外皮がなかなか貫けず、有効的なダメージが与えられなかったからだ。


(アシュレイ様のように、二本同時に足を斬りおとせればいいのだけど、私には無理。ならば……)


 ガチガチとなる巨大な顎、ガサガサとうごめく六本の足の動きを見据える。

 そして、全身のばねを生かした爆発的な動きで、ソルジャーアントの横に回ると胸と腹の境、体節に剣を突きいれ、胸と腹を分断する。

 ソルジャーアントは白く濁った体液を撒き散らしながらも、すぐには死ななかった。執念深く、彼女に攻撃を掛けようとするが、重量バランスを狂わされたアリは体を回した瞬間、頭から地面に突っ伏し、もがくだけのオブジェと化していた。


 ステラは正確な斬撃で次々とソルジャーアントの体を断ち切っていく。



 レイたち三人は危なげなく、敵を倒していくが、五十匹以上のソルジャーアントの物量に護衛たちは徐々に押されていく。

 護衛のリーダー、ハンクは弓を放ちながら、撤退のタイミングを計っていた。


(荷馬車が抜け切るには、あと五分は必要だ……若い連中が押されている。拙いぞ……)


 前衛に立つ傭兵はレイたちを除くと十三人。そのうち、まともに戦えている六級の傭兵は三人。

 それ以外の十人は五人ずつ固まり、近づいてくるソルジャーアントに闇雲に剣を振り回しているだけだった。

 ソルジャーアントに恐怖心はないのか、カンカンという硬い音を立てながらも、傭兵たちに徐々ににじり寄っていく。

 若い傭兵たちも少しずつ下がりながら、何とか戦線を維持していた。


 レイはその様子に、この均衡がいつ破られてもおかしくないと考えていた。


(誰かがパニクった瞬間、一気に均衡が崩れてしまう。拙いぞ……)


 彼も自分の前にいる敵に手一杯であり、若い傭兵たちのフォローに行く余裕など無かった。

 一人の傭兵が巨大な顎に捕まり、悲鳴をあげる。彼は必死に剣を突き立てるが、その硬い頭にはほとんどダメージが与えられない。


「た、助けてくれ! この、あ、あぁぁぁ!」


 長さ五十cmほどの顎の牙に捕らえられた傭兵は必死にもがき続けるが、その強力な顎の力に革鎧ごと胴を噛みちぎられた。

 そして、彼の上げていた悲鳴が唐突に途切れる。

 彼の分断された胴からは、血飛沫を吹きあがり、噴水のように仲間たちに振りかかり、、彼らの足元に、引き千切られた内臓が撒き散らされていった。

 その光景を見た傭兵たちは動揺し、一気にパニックに陥った。


「い、嫌だ! 撤退だ! ひっ!」


「ま、待て! 俺も、俺も一緒に!」


 同じグループの四人が次々と戦意を喪失し、逃げ出そうとあとずさる。

 手数が減った瞬間を狙っていたのか、四人にソルジャーアントが殺到していった。


「助けてくれ! 嫌だ! あぁぁぁ!」


 四人は三方向から巨大アリに囲まれ、あっという間に茶色い黒山が出来ていく。

 その中では四人の悲鳴が響いていたが、すぐにアリたちのガサガサという足の音だけに変わっていった。


 アリが四人に殺到したことから、残っている傭兵たちへの圧力が僅かに弱まった。

 アシュレイはその隙を利用するため、仲間に指示を出していた。


「ハンク! 撤退の合図を! レイ、ステラ、三人で殿を務めるぞ!」


 ハンクは五人の若者が犠牲になった光景に一瞬恐慌に囚われていたが、アシュレイの冷静な声にすぐに落ち着きを取り戻していく。


「全員、馬に乗れ! アシュレイ、殿を頼む!」


 傭兵たちにすがり付いてくるソルジャーアントを、レイたち三人が次々と片付けていく。


「今のうちだ! ハンク! 荷馬車を急がせてくれ!」


 最後尾の荷馬車が彼らのところを通過するまで、あと一、二分時間を稼ぐ必要がある。


「アッシュ、ステラ! 援護してくれ! 時間を稼ぐ!」


 レイはそう叫ぶと呪文を唱え始める。


「火を司りし火の神(イグニス)よ。御身の眷属、精霊の猛き炎の舞いを我は求めん、我は御身に我が命の力を捧げん。我が敵を焼き尽くせ! 炎の嵐(ファイアストーム)!」


 彼は二十秒ほど精霊の力を集め、直径十mほどの炎の渦を召喚した。

 その炎の渦は徐々に立ち上がり、二十mほどの炎の竜巻に変わっていく。


 数匹のソルジャーアントがその炎の渦に飲み込まれるが、たんぱく質の焦げる嫌なにおいをさせながら、すぐに炎の渦から飛び出し、追い縋ってくる。


(やっぱり火には強いか。時間稼ぎになればいいけど……)


 彼は炎の嵐(ファイアストーム)では、外骨格の分厚いソルジャーアントに有効なダメージは、与えられないのではないかと考えていた。実際にはそれほど炎に強いわけではないが、数秒程度なら耐えられるため、渦の外に脱出することができ、大きなダメージを与えられなかったのだ。


 二十秒ほど炎の渦が空を焦がすが、数匹のソルジャーアントにダメージを与えただけで、倒せた敵はいなかった。

 だが、炎の渦が障壁となり、大多数のアリたちは犠牲となった傭兵たちに群がっていた。


 レイたちはその様子に吐き気を覚えながらも、追い縋ってきたソルジャーアントに止めを刺す。


 周囲を確認したアシュレイが、「引上げよう」と声を掛け、三人は前を行く隊列を追いかけていった。



 十五分ほど荷馬車を走らせた後、休憩に入った。

 ハンクは蒼ざめた顔の若い傭兵たちに次々に指示を出していく。


(こいつらはここで座り込んだら、動けなくなるはずだ。それにしても……)


 最後尾にいるレイたちの方を見ながら、小さく息を吐いていた。


(さすがは“レッドアームズ”だな。あれだけの数のソルジャーアントに全く動揺していなかったな。それにしてもトビーには感謝しなきゃいけねぇな。三人がいなけりゃ、今頃アリの餌になっていたぜ……)


 その時、御者の一人が空を指差し、「何だ、ありゃ!」と叫んでいた。

 空を見上げると、十数羽の巨大な鳥のような影が降りてくるのが目に入る。


「ハーピーだ! 弓術士は適宜狙え! だが、充分に引き付けろよ! 剣術士は降りてきた瞬間を狙え!」


 彼はソルジャーアントから逃げ切れたことに僅かだが、心のゆるみがあった。


(くそっ! まだ来るのか! 抜かったわ!)


 ここで一息つきたくなった彼を非難することはできないが、警戒を怠った事実は非難されるべきものだった。

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