第二話「不安」
夕食までの時間を利用し、いつものように訓練で汗を流す。
レイ、アシュレイ、ステラの三人がそれぞれに訓練を始めると、知らない間に宿の主人のトビーがその様子を見ていた。
アシュレイとレイの模擬戦を見ていたトビーが「お嬢はまた腕を上げたな」と笑っている。
そして、ステラとアシュレイの模擬戦になると、驚嘆の声を上げていた。
「それにしてもお嬢の連れは二人ともいい腕をしている。特にそっちの獣人の嬢ちゃんは敵う気がしねぇな!」
トビー自身、レベル五十二の元四級傭兵だそうで、今でも荒くれ者の多い傭兵たちに一目置かれている。
楽しそうに見ていたトビーだったが、少し暗い表情になり、
「お嬢、晩飯の後、ちょっと時間をくれねぇか? 頼みがあるんだ」
アシュレイが「別に今でも構わんが。何の話だ?」と少し不思議そうな顔で答える。
「明日からのことだ。晩飯後にちょっと話を聞いてやって欲しい奴がいるんだ」
彼はそう言うと、軽く片手を上げて、「邪魔したな。飯の準備に行くわ」と、厨房に戻っていった。
レイはどういう用件なのだろうと、「何の話だと思う?」とアシュレイに聞くが、「判らぬが、あのトビーが言い難そうなところを見ると少し厄介なことかも知れぬな」と表情を曇らせる。
訓練を終え、湯で汗を流した後、食堂に向かう。
食堂には四人掛けのテーブルが十台くらいと、十人くらい座れるカウンターがあったが、半分も埋まっていない感じで、閑散としていた。
(二十人もいないな。それにベテランっぽい人が少ないし、みんな魔族討伐に向かってしまったのかな?)
レイはそんなことを考えながら、テーブルの一つにつく。
今日の料理は肉料理のようで、牛肉と野菜の煮込みがメインだった。
思ったより繊細な味であったため、レイは一口口に入れたときに思わず「旨い」と声に出していた。
「言っちゃ悪いけど、トビーさんが作るから、もっと野性味のある豪快な料理かと思っていたよ。人は見かけによらないね」
レイの感想にアシュレイが噴出す。
「ぷっ、それを言ってはかわいそうだぞ……と言いたいところだが、否定は出来んな」
ステラも二人の言葉に笑っている。
料理を平らげると、トビーが一人の男――三十歳くらいの細身の男――を連れて、彼らのテーブルにやってきた。
「こいつはハンク。ハンク・バロウズ。五級の弓術士だ」
ハンクは目つきが鋭く、抜き身の剣を思わせる迫力がある。
(何かガレスさんみたいな感じだな。でも、あそこまで迫力はないか)
レイは、その鋭い目付きや所作に、マーカット傭兵団一番隊隊長のガレス・エイリングを思い出していた。
ハンクは軽く頭を下げ、椅子に座る。
トビーが簡単に用件を説明していく。
「ハンクが護衛をやっている商隊なんだが、ペリクリトルに行く予定なんだそうだ。だが、今回の魔族討伐の影響で、五十両の荷馬車に護衛が二十人しかいねぇ。それで、お嬢たちがよけりゃ、手を貸してやってくれねぇかって話なんだ」
ハンクはアシュレイに軽く頭を下げ、話し始める。
「あのハミッシュ殿のご息女とそのお仲間が滞在していると教えてくれてな、普段ならこのようなことはせんのだが……」
彼はどう話していいものかと少し悩みながら、
「どうも北行きの連中の話を聞くと、この先で魔物が出没しているようなのだ。まだ、それ程大物が出るという話じゃないんだが、今回の連中は若くてな。野犬程度なら、何とかなりそうなんだが、どうも嫌な予感がしてな……」
彼の話では、ハスティグローから南に五十kmほど行った、カルドベックという街の近くで魔物の目撃情報が多く出始めており、ここからペリクリトルまでの約百km、四日の行程が不安だということだった。
いつもなら、この倍の四十名程度で護衛を行っているのだが、今回は魔族討伐の影響で人が集まらなかったことが彼を更に不安にしていた。
「普段なら俺程度、五級に上がったばかりの俺が頭を張ることはねぇんだが、今回はベテランがいねぇ。聞けば三人とも五級だそうじゃないか。それもレベル四十を超えていると」
そして、「すまねぇが、手を貸してくれねぇか」と再び、頭を下げてくる。
レイはステラに頷いてから、アシュレイを見る。
「アッシュに任せるよ。ステラもそれでいいだろ?」
アシュレイはステラが頷くの確認すると、「引き受けよう。条件だが……」と条件を話し合い始める。
レイは今までやってきた護衛の仕事について思い出し、嫌な予感が止まらなかった。
(僕が護衛をやると、どうも襲撃に遭うんだよな。モルトンの街で受けた依頼でも森狼に襲われたし、マーカット傭兵団で受けた護衛でも魔犬やオーガに襲われている。今回も危険だって言われているから、きっと何か出てくるんだよな……)
アシュレイとハンクは、五分ほど条件を確認したところで合意できたようだ。
「条件は一人当たり一日五十C。戦闘一回につき、二十Cの追加報酬。我々が倒した魔物の魔晶石はこちらで処分する。野営はないが、万が一野営の必要が出たときは二十Cを追加。レイ、ステラ、これでいいな」
二人が頷くと、「それじゃ、アシュレイさん、明日はよろしく頼む」とハンクが言って、アシュレイと握手をする。
「アシュレイでいい。私もハンクと呼ばせてもらう」
その後、宿に泊っている主要なメンバーと顔合わせするが、マーカット傭兵団の団員だと知ると握手を求められる。そして、アシュレイがハミッシュの娘だと聞くと一様に驚いていく。
(ミリース谷の戦いの詩のおかげで、僕たちは有名人なんだもんな。伝説の傭兵団、魔族の侵攻を、身を挺して食い止めた英雄たち。僕でも握手してほしいと思うよ。でも、これからこれがついてまわるんだよな……でも、この腕甲は外せない。外したくない……)
彼はハミッシュたちとの絆である赤い腕甲を撫でていた。
十月三十日。
昨夜遅くから本降りの雨となり、ハンクの護衛する商隊は今日の出発を諦め、ハスティグローの街にもう一泊することになった。
レイはこの街が初めてだったので、観光でもしようかとアシュレイを誘うが、「見るところはほとんどないぞ」と取り合ってくれない。
それでも、「宿に篭っているのも退屈だから」と食い下がると、「この雨では屋台もほとんど出ないだろう。暇ならギルドの訓練場にでも行くか?」と言われてしまった。
(確かに一km四方もない街だし、雨の中を無理していくほどのことはないか)
そして、ステラにどうしたいかと尋ねると、「訓練にお供します」と、彼女は訓練が決定しているかのような発言をする。
「昼頃までギルドの訓練場で時間を潰せば、雨も弱くなるだろう。雨が弱くなっていたら、街を案内してやる。それでどうだ、レイ?」
レイも槍術が伸び悩んでいることと、剣術もまだ数字が現れないことから、訓練に行くことに同意した。
(少なくとも二人と対等に戦えるくらいにはならないと……ちょっと難しそうだけど)
三人は雨の中、三百mほど先にある傭兵ギルドの訓練場に向かった。
訓練場では、既にハンクたちが訓練に汗を流していた。
レイたち三人が訓練を始めると、次第に人が集まってくる。
特に二十代前半の若い傭兵たちは、真剣な眼差しで彼らの動きを追っていった。
「アシュレイさんの剣は如何にも“赤腕ハミッシュ”仕込みって感じだな」とか、「さすがレッドアームズ、あの槍使いの若いのも相当な腕だ。槍も鎧も相当な業物だろう」とか、「あの獣人の娘っ子は何者なんだ? 俺の妹より若そうだ」とか、見ている彼らも次第に熱を帯びていく。
(やり難いな。まあ、彼らにしたら、いつも通っているジムにプロスポーツ選手がふらっと来たみたいなもんなんだろうけど……)
一人の若者――二十歳くらいの人間の男――が、遠慮気味にアシュレイに声を掛けていく。
「あの……俺に稽古をつけてくれませんか。お願いします」
その言葉にアシュレイは、「構わんが、模擬戦でいいのか?」と頷く。
それを見た他の若者たちも、三人に次々と稽古を申し込んでいく。
困ったアシュレイは、「いっぺんには無理だ。順番に並んでくれ!」と叫んでいる。
レイもステラも少し困った顔をしていたが、傭兵団でも七級クラスと訓練をしていたので、それと同じようにやればいいと思いなおした。
訓練を始めると、レッドアームズでの訓練とは全く様子が違うことに気付く。
同じ七級なのだが、レッドアームズの若者の方が技に切れがあった。だが、ここにいる若い傭兵たちの攻撃は軽く、そして切れがない。
そして、最大の違いは、レッドアームズでは倒れても必ず自分で立ちあがり、攻撃を続けてきた。だが、ここにいる彼らは倒れても、そのまま壁際に引き下がるだけで、再び立ち向かおうという気概がない。
レイはこの傭兵たちと一緒に護衛の仕事をすることに、不安を感じ始めていた。
(大丈夫なのか……七級ならハルと同じはず。レッドアームズなら十五、六歳の八級クラスでも、もっと強かった)
そして、彼は自分が感じていた違和感について、何となく理由が判ってきた。
(基本がなっていないというか、我流でここまで来たって感じだな。腕の振り方一つとっても、無駄が多すぎる。同じ七級なのに、こんなに実力が違うのはなぜなんだ?)
十五人ほどの若者がレイたちと模擬戦をやったが、一時間ほどで全員が力尽き、そのまま終わってしまった。
アシュレイもかなり呆れているようで、白けた雰囲気を払拭しようと、ステラと模擬戦を始めてしまった。
レイは射撃練習をしていたハンクに声を掛ける。
「大丈夫なんですか? このメンバーで?」
ハンクはそのストレートな問いに苦笑いを浮かべる。
「レッドアームズの連中と比べたら、かわいそうだぜ。あんたもそうなんだろうが、あそこはハミッシュさんの眼鏡に適ったものだけしか入れねぇんだから」
レイは少し違うと思ったが、苦笑いを浮かべる彼の様子に、それ以上問い掛けるのを止めてしまった。
(腕とかもそうだけど、精神力というか、最後まで諦めない心というか、そんなものが戦場では必要なんじゃないのか? ミリース谷ほど酷い戦場は少ないだろうけど、少なくともその気持ちって奴が大事なような気がするんだけど……)
午後になると、雨は小降りになり、垂れ込めた雲の隙間から日の光が差し込み始めた。
午後二時頃には雨もほとんど止み、アシュレイの案内で街の中を散策することになった。
ハスティグローの街は城壁と同じ、灰色の石で作られており、雨に濡れた街は昨日より黒っぽく見える。
アシュレイの言うとおり、朝からの雨のためか、町の広場にも人影は少なく、商店が並ぶ街路をブラブラと歩いていった。
アシュレイは「大して面白いものはないだろう?」と、レイに話しかける。
彼は、「そうだね」と答えた後、「でも、初めての街は面白いよ」と笑っていた。
街を歩きながら、彼は若い傭兵たちの印象について、アシュレイとステラに尋ねた。
「さっきの模擬戦だけど、あんなものなのかな。普通の傭兵は?」
アシュレイはそれに対して、「マーカット傭兵団と比べたらかわいそうだぞ」と笑うが、すぐに真面目な表情になる。
「正直に言えば、まともに仕事ができそうなのはハンクとあと三、四人くらいだろう。我々を含めて、七、八人で五十両の荷馬車を守らなければならないだろうな」
ステラも「そうですね」と相槌を打っている。
「カルドベック周辺はペリクリトルの冒険者たちが定期的に魔物を討伐しているのだが、それでもかなりの数の魔物がいるはずだ。それが何らかの原因で街道近くに来ているとしたら……」
アシュレイは言葉を濁した後、深刻そうな表情を浮かべ、「早まったかもしれんな」と呟いていた。
「でも、今から彼らを鍛えるわけにもいかないし……いざという時の対策だけは怠らないようにしておいたほうがいいってことだね」
レイは沈む気分を切り替えるため、「まあ、ミリース谷より悪いことは起こらないよ」と明るく話し、この話題を切り上げた。
二時間ほど、街の中をブラブラとした後、宿に戻っていく。
そして、湯を沸かしてもらい、体をさっぱりとさせたところで、夕食に向かった。
夕食時には午前中の訓練で叩きのめした若者たち――若者と言ってもレイやステラより年上がほとんど――が、レイたちのテーブルに近づいてくる。
ミリース谷の戦いの話が聞きたいそうで、無邪気に質問してきた。
「たった二百人で二千のオークと戦ったって本当なんですか?」とか、「オークの死体で土塁を作ったって誰が考えたんです?」とか、「白き軍師って誰なんですか?」などと次々と質問を投げかけていく。
最初は丁寧に答えていたレイだったが、遠慮のない質問に少しイラつき始めていた。
(あの時、たくさんの仲間を失ったんだ。そのことに何も思わないのか?)
横で見ていたハンクが、調子に乗り始めた若者たちを嗜める。
「お前たち、あの闘いで何人戦死したと思っているんだ? この三人も仲間を失っているんだぞ。少しは遠慮しろ!」
その言葉にバツが悪くなったのか、若者たちはすごすごと引き下がっていく。
「レイとステラはお前たちより若いが、俺以上の腕なんだ。対等に話がしたいなら、もっと腕を上げることだな」
ハンクの言葉に彼らは返す言葉もなく、食事を済ませた者から部屋に戻っていく。
彼は「済まなかったな」と頭を下げ、
「あいつらも一応戦闘の経験はある。だが、それだけなんだ」
レイが不思議そうな顔をすると、
「あいつらは自分たちが有利な状況でしか戦ったことがないんだ。荷馬車に襲い掛かってくる小物としかな。それでも数をこなせばレベルは上がる。不利な状況になった時に奴らがどう動くのか……済まんな、俺があんたたちを引き込みたかった理由が判っただろう?」
最後はおどけるような口調だが、かなりの心労を抱えているように見えた。
レイたちも部屋に戻り、彼は明日からのことを考えていた。
(僕が魔法を使う羽目になるかもしれないな。そうだ、ステラを斥候として動かすか……それだと、違うほうから襲われた時に奇襲を受ける。ステラの気配察知は貴重だから……どうするか……)
彼が一人で悩んでいると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
外にはアシュレイが立っており、レイはすぐに彼女を部屋に招きいれた。
彼女の顔は眉間にしわがよっており、それに気付いた彼は「どうしたんだい? 深刻そうな顔をして」と尋ねる。
「さっきは済まなかった。私が護衛を引き受けなければ、訓練場で相手をしなければ、嫌な思いをすることはなかった。それに……」
アシュレイは少し口篭り、
「それに今回の護衛は危険だ。もう少し情報を確認してから引き受けるべきだった」
「仕方ないよ。僕たちだけで行っても襲われるかもしれないし、第一、見棄てられないだろう? 今日訓練場に行ったのはある意味正解だったよ。味方の実力が判ったから」
アシュレイはレイの優しい心遣いに気付いた。
そして、彼の胸に顔を埋め、そのままベッドに倒れこんでいった。
ステラはアシュレイがレイの部屋に行ったことに気付いていた。
だが、それを止めることも、自らが彼の下に向かうことも出来ず、苦悩していた。
(私はお二人の邪魔にならないようについていくだけ。それで幸せなはず。それ以上望んではいけないの。それ以上望んでは……)
彼女はベッドに仰向けになり、ぐるぐると回る思考の渦に翻弄されていた。




