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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第二章「湖の国・泉の都」

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第六十五話「ミリース谷の戦い:その五」

 ステラたちがオークの死体の土塁を越え、敵の後方に向かった三十分ほど後、レイは何度か気を失いながらも、治癒魔法を掛け続けていた。


(前線に出たほうが気が楽だよ。ケガで苦しむ人を治せないのは……僕にもう少し魔力があれば、何人かは助けられた。五番隊からもけが人が出ている。一番若いザドクは腕を折った。ノーマさんは頭を打って意識が無い。他にも知っている人たちが大勢苦しんでいる……もう少し僕に力があれば……)


 そして、いつの間にか、辺りに闇の帳が降りていることに気付く。


(いつの間に暗くなったんだろう? さっき、魔力切れで気を失った後かな? それにしても腹が減ったな。ふふ、こんな死体の山の中でも空腹を感じるのか……僕もこの世界に慣れたってことなのかな?)


 魔力を回復させるため、一旦後ろに下がり、食料を漁っていく。

 甘い干果があり、それを齧りながら、親しい者たちの姿を探していった。


(アッシュはハミッシュさんと一緒にいる。ステラは……あれ? ステラがいない。アルベリックさんと一緒なのかな? アルベリックさんもいないな。どこかに座っているのかな?)


 魔力切れと疲労のせいで、彼の思考能力は低下していた。その歩みは夢遊病者のようにフラフラとしていたが、彼はステラを探すため、前線に歩いて行く。


(やっぱりいない。どこに行ったんだろう? ミリース村に何か取りに行ったのかな?)


 彼は指揮を執るハミッシュの邪魔になるとは思ったが、どうしても気になり、そのことを聞きにいった。


「アルベリックさんとステラの姿が見えないんですけど、何か取りにいったんですか?」


 ハミッシュはその問いに答えず、前線の兵たちに指示を出していく。

 仕方なく、アシュレイに同じことを尋ねるが、


「いや、気付かなかったな。後ろに控えているのではないのか?」


「どこにもいないんだよ。どこに行ったんだろう?……まさか!」


 突然、彼の声が大きくなり、ぼんやりとしていた表情は、一瞬にして焦りの表情に変わる。


「もしかして、ステラとアルベリックさんは……敵の指揮官を暗殺しに行ったんじゃ……ハミッシュさん、どうなんですか!」


 ハミッシュは低い声で「そうだ。俺が許可した」と答える。


「どうして! 成功率は低いし、生還率なんかほとんどゼロなんですよ! どうして……」


 ハミッシュは平板な声で、淡々と話していく。


「あの二人には、ラザレス、ベルタ、レンツィの三人を付けた。三人とも気配を消すのが得意だ。それに、ラザレスとアルがいれば、生きて帰ってくる確率が上がる。ここに戻ってくる必要はないと言ってあるから、俺たちより生き残れる可能性は高いと踏んでいる」


 レイの心の中に更に不安が広がっていく。


「で、でも……どのくらい前に出発したんですか」


 ハミッシュは一切の感情を交えず、事実だけを述べていく。


「三十分ほど前だな。かなり大回りする必要があるから、敵に奇襲を掛けるのは、後三十分くらいは掛かるはずだ」


 既に追いかけることが不可能な状況であると判り、彼の中に絶望が広がっていく。そして、死地に追いやったハミッシュが許せなかった。


「なぜ許可したんですか! 確かに誰かは生き残れるかもしれない。でも、全員が生き残れる可能性なんて、これっぽっちも無いんだ!」


「恐らく半数、三人は死ぬだろう。アルとラザレスのどちらかは生き残るだろうが、後は判らん」


 その無責任ともいえる言い方に、レイの怒りが爆発する。

 彼はハミッシュに掴みかかるように、詰め寄っていく。


「死んでもいいんですか! 仲間なんですよ! これは死ぬんじゃない! あなたに殺されるんだ!」


 その言葉にハミッシュは強く言い返す。


「そうだ! 指揮官は味方を殺すのが仕事だ! 全員が無事に生きて帰れる戦場などない! どれだけ効率よく死なすかが、指揮官の、本当の指揮官の仕事なのだ!」


 ハミッシュの目には怒りはなく、悲しみに似た色が浮かんでいた。

 アシュレイはレイの腕を取り、自分のほうを向かせていた。


「落ち着け。まだ、死ぬと決まったわけではない。落ち着くんだ」


 その言葉にレイは少し落ち着きを取り戻し、言い過ぎたことを後悔していた。


「……酷いことを言いました。すみません。でも、やっぱり僕は、傭兵にはなれそうにありませんね。もちろん、騎士にも……仲間が死んでいくのには耐えられません……」


「気にするな。俺もアビー――アビー・マーカット、ハミッシュの妻――が死んだ時に同じようなことをやったからな。俺は気にしていない」


 ハミッシュの寂しそうな声に、レイは自らの至らなさを思い知らされる。


(ハミッシュさんとアルベリックさんの付き合いは三十年以上。ラザレスさんともかなり長いって聞いた。レンツィさんも十年以上いるし、ベルタさんも……命じたハミッシュさんの方が辛いのに……駄目だな、僕は……これ以上考えても無駄だ。今は皆で生き残ることを考えよう)


「敵に混乱が起こったら、どうするつもりなんですか?」


 突然、話題が変わり、ハミッシュとアシュレイは思わず、彼のほうを振り返っていた。


「敵の動きが悪くなったところで、斬り込みを掛ける。混乱が収まる前にすぐに戻るがな」


(敵の指揮官を殺せれば、それでもいい。でも、テイマーの一人だったら……駄目だ。それじゃ、ほとんど混乱しない。意味がないよ。少なくともあと二日、二日間ここを死守するために戦っているんだから。夜襲を恐れるように、そして、自分たちの周りに戦力を置いておかざるを得ないようにしないと……)


 彼は敵に混乱を与えた上で、次の一手を打っているように見せかける必要があると考えていた。


(小さな混乱を切っ掛けに大きな混乱を作り出す。それに乗じて、更に奇襲部隊が襲い掛かると思わせる……僕の魔力がもてば、何とかなるかも……)


「聞いて下さい。混乱が起きたら、僕が花火の魔法を敵に打ち込みます。その隙に斬り込みを掛けます。比較的軽装の部隊を作って、オークの死体を乗り越えていく奇襲部隊がいるように見せかけるんです」


 ハミッシュはレイの言葉を聞きながら、目的が理解できないと言う顔になる。

 レイはそれを見て、無理にニヤリと笑う。


「それを見た敵はどう思うでしょうか? この陣地に全員が戻ったと確信できるでしょうか? この暗闇です。何人かがすり抜けていったと思うはずです。そうなれば、敵に疑心暗鬼が生まれるはずです。それを期待しましょう。それでも駄目なら、夜中に何発か花火を打ち込んで、同じことを繰り返しましょう。そのうち、敵も奇襲を恐れて積極的に前に出なくなるはずです」


 ハミッシュは頷きながら、「お前の魔力は大丈夫なのだな」と疑わしげに彼を見る。


「はい。こんなところで死ぬ気はありません。それに花火の魔法は魔力をあまり使いませんし……治癒魔法がその分使えなくなるのが、申し訳ないんですけど……」


 ハミッシュはその策で行くことに了承を与え、花火で味方が混乱しないよう、全員に作戦を伝えにいった。

 残されたレイは、その場に座り込み、五人の無事を祈っていた。

 横に立つアシュレイは、彼の魔力が大丈夫なのか、心配になっていた。


(以前、モルトンの街で、エステル――エステル・ビニスティ、エルフの治癒師――に言われたことを思い出すな。魔力は人が生きていくために必要な力、命の源泉なのだと。それを限界以上に使うことは危険だとも……もし、限界以上に使えば死ぬこともありえる。レイはこのことを覚えているのだろうか?)


 彼女はそのことを告げようとしたが、五人の無事を祈る彼の姿に言葉がでなかった。


(もし無茶をするようなら、体を張って止めよう。だが、今は好きにさせてやろう)




 十月七日、午後八時半頃。

 夜空には、ところどころ雲が掛かっているが、雲の間に現れた半月の光に戦場となっている草原は照らされていた。

 だが、灯りの魔道具に慣らされた常人の目には、数m先すら見通せないほどの暗闇が降りていた。


 ステラたちは、陣を抜け出し、低い草むらの中を這うように進んでいた。

 戦場を大きく迂回し、ようやく敵の主力と思われる大きな一団を見つけた。


 そこには二百以上のオークたちがうろうろと歩き、更にその周囲を十匹くらいのオークが巡回していた。


 彼らはその巡回を縫うように慎重に近づいていく。

 一団から百mくらいの距離まで近づいたところで、アルベリックがステラに小さな声で話し掛ける。


「あそこが怪しいね。ステラちゃん、どう?」


 ステラは大胆にも立ち上がり、その一団をじっくりと観察していく。

 豪胆なラザレス、飄々としたアルベリックですら、その行動に言葉を失うほど驚いていた。

 三十秒ほど見つめたあと、静かにしゃがみこみ、アルベリックに結果を報告していく。


「テイマーらしい中鬼族が三人いました。どれが指揮官かは判りませんが、三人で話し合っているように見えました」


「了解。でも、ステラちゃんって、見た目によらず大胆だよね。いきなり立ち上がって、ずっと立って見ているんだから」


 ステラはどうしてそんなことを聞くのかという顔で、


「この位置なら、オークの目では人影は判別できません。中途半端に動くほうが目立ちますから」


 アルベリックは納得し、自らも立ち上がる。

 そして、ステラが言った三人のテイマーの姿を探し始めた。


「中央から右に少し行ったところです。オークとは少し頭の形が違うような気がします。それを探して見てください」


「いたよ。確かにテイマーに見えるね。うん? 一人は少し違う感じがするな。マントを羽織っているのかな?」


 彼らは敵の指揮官が見える位置を確保しつつ、ゆっくりと近づいていった。




 ユルキ・バインドラーは二人の部下を呼び出し、夜の攻撃について指示を出していた。


「敵の三分の一は既に戦闘不能だ。夜に攻撃を掛け続ければ、朝まで保つまい。だが、油断はするなよ。昨夜も敵は仕掛けてきた。敵には恐ろしく頭の切れる奴がいる。絶対に油断はするな」


 ユルキはそう言いつつも、敵の戦力の低下度合いが予想以上であることに満足し、明日の朝にはアスラ――翼魔族の呪術師――とバルタザル――大鬼族の操り手(テイマー)――に勝利を報告にいけると確信していた。


(逃げ出すかも知れぬが、それはそれでよいわ。バルタザル殿が恐れた敵に勝ったのだからな)


 彼は油断しているわけではなく、十分に周囲を警戒させていた。

 だが、それ以上にステラたちの能力が際立っていたため、彼の命を狙う刺客に気付くことが出来なかった。


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