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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第二章「湖の国・泉の都」

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第六十四話「ミリース谷の戦い:その四」

 十月七日正午。

 既にオークの攻撃は第五波を数え、先遣隊の正面も五回交代していた。

 オークたちの損害は三十から五十。昨夜と異なり死んだオークは二十程度。

 一方、先遣隊の損害は、戦死者二、負傷者が二十と、人的損害だけ見れば、かなり善戦していた。


 だが、敵の攻撃にはユルキの作戦通り、側面からの攻撃には欺瞞(フェイント)が多く混ぜられていた。

 先遣隊側は側面からの攻撃に対応するため、槍を突き出していく。

 オークたちは、そのタイミングを狙い、柄を掴みとったり、叩き折ったりして、十本以上も槍を破壊していた。


 その様子を見たレイの胸の中に、不安の黒い影が広がっていた。


(敵の指揮官は完全に落ち着きを取り戻してしまったな……今のところ、翼魔やオーガが襲ってくる様子は無い。でも、このままでは槍、矢がなくなって、物量で押し潰されてしまう……)


 彼は焦慮の中にあったが、運ばれてくる負傷者の手当てに忙殺されていく。



 一方、ハミッシュはレイほど焦りを感じていなかった。


(今のところ、予定通りだ。力押しで来るのは判っていたからな。後は、疲労をどれだけ抑えるか、敵の策に嵌らないようにするかだ。リーランド殿が順調に出発できても、後三日はここを抑えねばならん。負傷者を運ぶ方法を考えねばならんか……)




 護泉騎士団第三大隊副隊長のナイジェス・リーランドは、十月七日午前五時過ぎ、まだ闇の帳が下りるミリース村を出発した。

 彼は二頭の替え馬を引き、狭い街道をかなりの速度で進んでいった。



 午前九時半頃。

 四十km西にあるボグビー村に、彼は到着した。

 そこには、昨日逃げ出した第三大隊が、所在無げに(たむろ)していた。


 その姿にリーランドの怒りが爆発する。


「貴様ら! 何をしているのか! 第二中隊と義勇兵たちはミリース村の先で敵の大軍を抑えているのだぞ! このようなところで……」


 そのとき、大隊長のアーウェル・キルガーロッホが一軒の家からフラフラと出てきた。


 彼は鎧などの装備類を外し、酒を飲んでいるのか、顔は赤く、目は虚ろだった。


「うるさいぞ。何を騒いでいる!……ヒック……どうせ、今頃殺されておるわ……ヒック……そもそも、この作戦自体、無謀なのら……僅か一個大隊なろと……」


 ろれつも怪しくなり始め、話にならないと、中隊長を探し始める。

 二人の中隊長を見つけ、すぐに救援に向かうよう命じるが、大隊長の命令でこの場を動くことができないと首を横に振られる。


「貴様ら……それでも王国の盾、護泉騎士団の一員か! もうよい! ここで時間を浪費するのが惜しいわ! どうせ使わぬ馬だ。馬を借りていくぞ!」


 そして、馬を替え、再び二頭の替え馬を繋ぎ、西に向かって出発する。

 出発前に、動かぬ騎士たちを一瞥し、


「貴様らに騎士の資格は無い。貴様らを動かせなかった私も含め、この国の騎士は民たちの尊敬を受ける資格を失った。そのことをよく考えるのだな」


 数人の騎士は悔しそうに下を向くが、彼の言葉に薄ら笑いを浮かべるものもいた。

 リーランドは彼らに構うことなく、到着から三十分後、ボグビー村を出発した。



 リーランドは馬を潰す勢いで、ひたすら西に向かっていく。


(夜になる前にブリッジェンドに着かなくては……)



 一頭の馬を乗り潰し、二頭目の馬を駆けさせていた。

 何度も森を抜け、丘を越え、街道を突き進んでいく。


 四時間後の午後二時。

 深い森を抜けた先で、馬の嘶きが聞こえ、更に進んでいくと、騎士団の旗が風に揺らめいていた。

 ボグビー村から西に四十kmほど行ったところで、休憩中の魔族討伐軍本隊を見つけ、急いで合流する。



 リーランドは予想より遥かに手前で、討伐軍本隊と合流できたことに対し、神に感謝していた。

 そして、その目には涙が浮かんでいたが、騎士団長のヴィクター・ロックレッター伯爵を見つけると、すぐに報告を開始した。


「昨日、十月六日の正午、ミリース村の東、約二十kmの地点において、魔族討伐軍先遣隊は敵の奇襲に遭い、敗北。キルガーロッホ大隊長の命により、義勇兵および第三大隊第二中隊に殿を任せ、第一中隊、第三中隊は撤退。義勇兵および第二中隊は大隊長の命により、ミリース村東の隘路出口を確保中。敵の規模はオークが二千以上。翼魔、小魔の姿も確認しております。早く、早く救援を……」


 予想以上に悪い情報にヴィクターと、副団長のシーヴァー・グラッドストーン男爵は、一瞬暗い顔になる。

 ヴィクターは怒りを隠しきれず、リーランドに罵声を浴びせる。


「なぜ、貴様がここにいる! キルガーロッホは如何した。戦死したのか!」


 リーランドは深く頭を下げ、


「キルガーロッホ大隊長は、この先のボグビー村で……た、待機しております。小官は義勇軍指揮官ハミッシュ・マーカット殿の命を受け、ミリース村より急使として派遣されました。処罰はいかようにもお受けします。今は一刻を争います。なにとぞ、なにとぞ、お急ぎを」


 ヴィクターは怒りを抑えこむと、出立の準備を命じるため、その場を立ち去る。

 残ったシーヴァーが、リーランドの肩に手を置いた。


「済まぬな。私が命じねば、このような思いをすることはなかったはずだ。済まぬ」


「いえ、これはすべて私の力不足ゆえのこと。閣下に責はございませぬ。処罰は戦いの後、いかようにもお受けいたします。ですが、ぜひ、ぜひ私に戦う機会をお与え下さい」


 彼は膝を着き、深々と頭を下げて副団長に懇願していた。彼の見つめる地面には、その双眸から落ちたであろう涙の跡があった。


「判った。第一大隊の副隊長の席は空けてある。私の権限で第一大隊に復帰させる。だから、存分に戦え。だが、絶対に死ぬなよ。今宵にも陛下に直接報告してもらうが、王都に戻ってからも、今回の件で証言してもらわねばならぬからな」


 リーランドは、国王が親征していると聞いて驚くが、再び大きく頭を下げ、古巣の第一大隊に向かっていった。


(キルガーロッホの小倅をどうするかだな。閣下が斬り殺してしまう前に確保せねばならんな。面倒なことだ……)


 シーヴァーは軽く首を横に振り、自らの馬に向かって走っていった。




 ヴィクター・ロックレッターは馬に揺られながら、リーランドから事の次第を詳細に聞き取っていく。

 早急に現地に向かえという命令を無視したこと、斥候を出さなかったことの他、行軍中の深酒や義勇兵たちに対する仕打ちを聞き、怒りで血が沸騰しそうになっていた。

 そして、斥候も出さずに挟撃され、更に義勇兵たちを死地に残して逃げたことに、殺意すら抱いていた。


(やはり、あの場で止めるべきだった。俺が誇りにしている護泉騎士団の名誉、伝統をこれほど貶めるとは……敵に背を向けるのはいい。だが、味方を見棄てて逃げ出しただと……俺の手で首を刎ねねば、収まりが付かん……)




 十月七日午後七時。

 闇に覆われた街道を、無理やり進んだ討伐軍本隊は、ボグビー村に到着した。


 村に入ると、馬蹄の響きに驚いた騎士たちが、接収した民家から慌てて飛び出してくる。

 そのとき、アーウェル・キルガーロッホは完全に酔っ払っており、国王、騎士団長らを出迎えることすら出来なかった。


 ヴィクターは剣を引抜くと、そのままアーウェルのいる村長の家に入っていく。


「キルガーロッホ! 貴様、何をやっている!」


 彼の怒声にアーウェルの取巻きたちは、その場を逃げ出す。

 唯一人残されたアーウェルは、濁った目をヴィクターに向ける。


今頃お着きですか(いまろぉおつきれすか)騎士団長閣下(きしらんりょうかっか)。もうここから先は、魔族(まろく)土地(ろち)になっれしまいましらよ……」


 呂律の回らないアーウェルに、ヴィクターは剣を突きつける。


(ろく)殺す気ですか(こおすきれすか)? ははは、やれるんれすか。この(ろく)を……」


 ヴィクターが何か言おうとした時、後ろからシーヴァーの落ち着いた低い声が聞こえてきた。


「閣下、ここにいる第三大隊はすべて監視下に置きました。陛下にもリーランドの報告は上げております。明日の朝一番に出発しても、明日中に戦場につけるか微妙です。この先のことを協議いたしましょう」


 彼の淡々と話す実務的な話に、ヴィクターも落ち着きを取り戻す。


「済まぬ。もう少しでこやつを斬り殺すところだった。こいつにはそんな楽な死に方をさせるべきではないな」


 シーヴァーは小さく頷き、直属の部下にアーウェルを拘禁させる。


「さて、明日はハミッシュ殿を助けに行かねばならん。貴公の意見を聞かせてくれ」


 二人は騎士団の主だったものを集め、明日の行軍について協議を始めていった。





 その頃、ミリース村東の隘路の出口では、激戦が続いていた。

 その日の朝から、戦術を変えた魔族軍に対し、ハミッシュ率いる先遣隊は、苦戦を強いられていた。


(レイが言っていたな。戦は数だと。確かにそうだ。マーカット傭兵団(俺たち)だけでは、昨日のうちに全滅していたか、ミリース村まで押し込まれていただろう。曲がりなりにも一日以上、ここを確保できたのは、若い奴らの力があってこそだ。だが、それも限界に近い。このまま続けば、今日の夜にもここから撤退せねばならん……)


 その日の戦闘で、先遣隊の戦死者は二十三人。負傷者は五十人以上。ケガを負っていない兵たちも疲労の色が濃く、比較的元気があるのは、弓術士だけになっている。

 物資のほうも尽き始め、矢は四十人の弓術士にそれぞれ十本もなく、弩の太矢は既に尽きている。

 槍も当初、百本あったものが、半数以上が使えなくなり、四十本にまで減っていた。


 先遣隊の誰もが、今日の夜が山になると考えていた。




 ステラは、治癒魔法の使い過ぎで魔力が尽き、地面に横たわっているレイの横に座っていた。


(このままでは、レイ様が死んでしまう。アシュレイ様も、他の皆さんも……今、周りは暗闇に包まれているわ。それにオークたちも正面からしか襲ってこない。今なら、敵の後方に回り込める。でも、レイ様(この方)にそれを言ってもお許し頂けない。黙って行っても混乱に乗じられないし、どうしたらいいのかしら……)


 近くにいたアルベリックの姿が目に入る。


(この人なら、許してくれるはず。私一人の犠牲で皆が助かるなら、冷静に判断してくれるはず……)


 彼女はすくっと立ち上がり、アルベリックの前に立った。


「お話があります。昨日、レイ様が言っていた敵の指揮官を暗殺する策についてです」


 アルベリックはその言葉に一瞬、目を大きく見開く。


「話を聞かせてくれるかな、ステラちゃん」


 彼は驚いたことをおくびにも出さず、いつもの調子で先を促していく。


 ステラは、今なら少しだけ隙を作ってもらえれば、戦場を迂回できる。そして、後方に回って、敵の指揮官を探し出すことが出来ると訴える。

 アルベリックは小さく頷き、「少し待っていて」と言って、指揮を執るハミッシュの方に歩いていった。


 数分後、アルベリックが戻ってきた。

 そして、ステラの前に立つと、彼女の目を見据えながら、許可が出たことを伝える。


「ハミッシュの許しが出た。でも、今ならやめられるよ。レイ君に言わずに行くつもりなんだろう? 嫌われちゃうかもしれないよ。どうする?」


 彼女は迷いも見せず、「行きます」と大きく頷く。


「ハミッシュからの命令で、僕とラザレス――三番隊隊長ラザレス・ダウェル――、獣人のベルタ――王虎族の女剣術士、五番隊四班の班長――と、レンツィ――五番隊五班の山猫族の剣術士――の五人で行く。途中で見付かれば、どうするかは僕が決める」


 その言葉にステラが首を振る。


「ですが、私一人の方が見付かりません。それに……」


 アルベリックはステラの言葉を遮り、


「これは決定だから。この条件が飲めないなら、この作戦はなしっていうこと」


 ステラは僅かに考えるが、すぐに頷く。


「レイ君、アッシュには内緒だから。うーん、これで僕も嫌われちゃうかもしれないね。まあ、仕方が無いけど」


 そういって、ピクニックにでも行くような気楽さで準備を始めていた。



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