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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第二章「湖の国・泉の都」

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第五十九話「脱出:後篇」

 ハミッシュ・マーカットは、レイとアルベリックが引き起こした混乱を見逃さなかった。


「オークたちが混乱している! 脱出するぞ!」


 そして、レイが彼に向かって手を振り、丘の上を指し示していることに気付く。


「四番隊、出番だ! 丘の上に向かって脱出路を切り開け!」


 その言葉に四番隊の隊長、エリアス・ニファーが馬上槍を上げて応える。


「一番おいしいところを頂くぞ! 突撃準備!」


 彼はニヤリと笑って、部下たちに準備を命じる。

 四番隊の騎兵たちは、槍を前に突き出し、隊長の合図を待った。


 エリアスはタイミングを計り、小柄な体に似合わぬ大声で、「突撃!」と叫ぶ。


 四番隊の騎兵たちは、放たれた矢のように騎馬突撃を開始し、混乱するオークたちを蹴散らしていく。


「ガレス! リーランド殿! 丘に登るぞ!」


 ハミッシュの声に二人も剣を上げて応える。

 ガレス率いる一番隊は、その言葉に「「オウ!!」」と応え、目の前のオークたちを押し返し、少しずつ丘を登り始めていた。

 疲労していた第二中隊の騎士たちも、その大音声(だいおんじょう)に奮い立ち、ガレス率いる一番隊とともに、オークたちを駆逐していった。



 アルベリックは、徐々に押し返していくハミッシュらを見て、自分たちも撤退することを決める。


「レイ君たちが合流したら、二番隊に合流するよ! 矢は節約して!」


 彼はレイたちの姿を目で追いながら、近寄ってくる敵に矢を射込んでいった。




 レイは、オークたちが混乱し始めたことを確認し、ハミッシュたちが気付くよう、大きく手を振っていた。


(気付いてくれ。誰でもいい、気付いてくれ……)


 彼の願いが通じたのか、ハミッシュが剣を高く掲げて了解を伝えてきた。


(よし! これで何とかなりそうだ。僕たちも脱出の準備をしないと……)


「アッシュ! ステラ! ハミッシュさんたちは大丈夫だ! 僕たちも逃げるぞ!」


 二人は剣を振るいながら、了解を伝えてきた。

 レイは丘の上を目指しながら、後ろから襲ってくるオークたちを槍で攻撃していく。


(それにしても、チュロックの砦はどうなったんだろう? アルベリックさんの話だと、ここにいるオークは二千近い数だって話だけど、オーガや小魔がほとんどいない。これだけの数を僕たちに回してきたけど、それでもまだ、砦は落ちていないのかもしれないな)


 彼は槍を振り回しながら、魔族の攻撃にちぐはぐさを感じていた。


(オークは攻城戦に向かないのか? ここにこれだけの戦力を回したってことは、砦側は押さえ込むだけの最小の戦力だけにしているのか? 僕なら、ここにいる半数のオークを砦に回して、残りの千匹のオーク、オーガと翼魔、小魔の全数で援軍に奇襲を掛ける。こっちが索敵をしていないことは判っているんだから、オーガがいれば、恐らく全滅していたはず。それとも前の戦いからオーガが補充できず、砦での戦闘で更に消耗したのか? 判らないな……戦力の集中は戦争の基本のはずなのに……)


 彼は考え事をしながらも、オークを次々と葬っていった。

 そして、ハミッシュら義勇軍と騎士団第二中隊が脱出したのを確認し、その場から撤退していった。



 二番隊、三番隊、五番隊が確保する退路が見える丘の上に、ハミッシュらは辿り着いていた。


 未だ、オークたちとの散発的な戦闘は続いているが、今なら十分に撤退が可能な状況だった。


(ヴァレリアたちが馬と物資を確保している。けが人の治療はまだだが、仕方あるまい。四番隊にもう一度突撃を掛けさせ、一気に合流、退却の流れが一番安全か……この先に伏兵がいる可能性があるな……)


 彼はアルベリックを呼び出し、丘の上の偵察を命じる。

 アルベリックは了解するが、ステラを借りたいとレイに頼んでいた。


「ステラちゃんを借りたいんだけど、いいかな?」


 彼は頷き、ステラの肩に手を置く。


「疲れているだろうけど、もう少し力を貸して。アルベリックさんの指示に従って、偵察を頼みたいんだ」


 ステラは黙って頷くと、アルベリックの方に歩いていった。


(ステラに無理をさせ過ぎているな。でも、今日は自分から志願したり、僕のことで心配したと怒ったりしていたな。少しは変わってきたのかな?)


 レイはステラの後姿を眺め、そんなことを考えていた。





 翼魔族の呪術師アスラ・ヴォルティは、レイの魔法から命からがら逃げたあと、大鬼族の操り手(テイマー)のバルタザル・オウォモエラに合流する。


「酷い目にあったわ」


 そう言いながら、彼女はバルタザルに話しかける。


「でも、あの魔術師は本当に危険ね。あなたの(オーガ)たちがやられたのは当然だわ」


 バルタザルは自分の腰ほどの背のアスラを見下ろし、


「だから言ったであろう。翼魔(レッサーデーモン)だけでいくのは危険だと」


 彼女は煩わしそうに顔を上げる。


「次からは気を付けるわよ。でも、翼魔を五匹も連れていったのよ。それが、たった一人の魔術師にあっという間に……私も危うく捕まるところだったわ」


 バルタザルはその言葉に不思議そうな顔をする。


「捕まるところとはどういう意味だ?」


 アスラは少し困ったような顔をして、レイとの会話を思い出す。


「私を殺すつもりがなかったように思えるのよ。引けば見逃してやるって言われたしね。それに……殺気もなかったように感じたわ」


 バルタザルは、以前見たレイの魔法を思い出していた。


「そうか……そうかもしれぬな。あれほどの使い手なら、お前を倒してから翼魔どもの相手をすることも可能だっただろう」


 アスラは反論することができず、「ところで、戦況はどう?」と話題を変える。

 一瞬怪訝な顔をするが、バルタザルは何事もなかったように、答えていく。


「騎士どもにも逃げられるな。ユルキ――ユルキ・バインドラー、中鬼族の操り手のリーダー――は詰を誤った。我らの助力を拒否せねば、奴らを皆殺しに出来たはずだ」


「仕方が無いわよ。あの魔術師たちを見ていないんだから。私も人のことは言えないけどね……でも、悔しいわね。ここで全滅させておけば、もう少し長引かせることができたのに……」


「構わんさ。ユルキに後始末はさせる。奴に追撃させれば、敵を全滅させることが出来ずとも、かなりの損害は与えられる」


「そうね。私たちが無理をする必要はないわね」


「そうだ。我らの役目はこの土地を奪うことではない。あくまで陽動(・・)なのだからな」


 二人の意識は、未だ落ちないチュロック砦に向かっていた。




 中鬼族のユルキ・バインドラーは、敵の四倍を超える二千五百匹のオークを率いて、先遣隊を攻撃していた。

 最初は斥候を出さない敵に対し、嘲笑すらしていた。


(ここまで来て斥候を出すことすら思いつかぬとは。この程度の敵、我ら中鬼族だけで十分ではないか)


 そして、奇襲の際にアスラとバルタザルから、援護すると言われたことに腹を立てていた。


(奴らと一戦交えたことがある、アスラ殿とバルタザル殿が何を言い出すのかと思えば、俺のことを若輩と侮っているのか。助力の申し出など、我らに対する侮辱でしかないわ)


 彼は自らの配下のテイマー五人に、それぞれ五百のオークを与え、見通しが利かない丘陵地で待ち伏せ攻撃を仕掛けた。


 彼は前方と後方に兵力を千ずつ振り分け、自らの手元に予備兵力として五百を残していた。

 隊列の伸びきった討伐軍にはそれで十分なはずだった。


 戦闘開始直後は、彼の思い通りに戦いは進み、一時間も掛けずに敵を殲滅できると、余裕の笑みさえ浮かべていた。


 だが、後方で魔法による反撃を受けると、敵の傭兵たちは一気に盛り返していった。

 彼はすぐに予備兵力の投入を決めるが、既に包囲網を食い破られ、逆に分断され各個撃破されつつあった味方を支えきれない。結果として、兵力の逐次投入となり、兵力を磨り潰していく無様な戦いを演じてしまう。


(こんなはずでは……呪術師一人に、いや、あの傭兵たちの錬度は高かった。切っ掛けが必要だっただけなのだろう)


 そして、このままでは何ら成果を上げることができないと、焦りを覚え始めていた。


(まだだ。まだ、敵の主力、騎士たちを殲滅することができるはずだ。後方は敵の脱出の妨害だけでいい。前方の騎士を倒すのだ……)


 彼は自分を鼓舞しながら、前方を指揮するテイマーに指示を出していく。


「損害は考えるな! 数で押しつぶせ! 敵は少ない。すぐに疲れて動けなくなる。その時に一気に決めろ!」


 だが、彼の思い通りに戦いは進まなかった。

 再び呪術師が現れ、見た事も無い光と音の魔法を放ち、味方に混乱を与えていく。

 それだけでなく、その隙を突いてテイマーを狙撃で射殺してしまった。


(これで五百のオークはただの魔物に成り下がった。予備兵力を残しておくべきだった……)


 彼は敵が混乱したオークを駆逐しつつ、丘の上に駆け上っていくのを、指を咥えてみることしか出来なかった。


(やられたな。バルタザル殿が言っていた呪術師と剣士と弓使いか。確かに強いな。だが、まだ終わったわけではない。こちらのオークはまだ千五百以上いる。敵は三分の二に減っているはずだ。追撃すれば数で押し切れる)


 彼はこの期に及んでも、アスラやバルタザルに支援を求めるつもりはなく、単独での追撃を決意した。

 だが、彼の部下であるテイマーたちは気力を使いきり、疲れ果てていたため、追撃出来る状況になかった。

 止む無く、テイマーたちに二時間の休憩を与え、自らはテイマーを失ったオークたちの回収に当たっていた。


(時間は浪費したが、使えるオークの数は二千になった。結果としてはこちらの方が良かったかもしれぬな)


 彼は二時間後、十月六日の午後三時に追撃命令を下した。




 一時間の激闘を終え、ハミッシュ・マーカットは護泉騎士団第三大隊第二中隊と共にミリース村に向けて、街道を西に進んでいた。

 アルベリックとステラの偵察でも伏兵は確認できず、何とか逃げ切れたことに安堵するが、これから先のことを考え、暗澹とした表情になる。


(伏兵がいないのは助かった。奴らはあの場だけで殲滅できると油断したようだな……全員が騎乗出来るだけの馬を確保できたのも大きい。これならミリース村の東の谷の入口に夕方にはたどり着ける。そこで防御陣を張れば……陣というほどのものは無理か。だが、少なくとも休息は出来る。食事と休息、その後は……さて、どうしたものか。それより、何日確保しておかなければならんのだろうな……)




 レイはハミッシュらに合流したあと、殿を勤め、後ろを警戒していた。


(今のところ追撃はない……どう多く見積もっても敵を二割くらいしか倒せていない。ということは、まだ千五百はいるはずだ。それに混乱が収まればすぐに追撃してくるはず。オークの体力なら、ぶっ通しで駆けつけることもできるだろうし。それにしても、ここは見通しが良すぎる。奇襲を受ける心配はないけど、逆に隠れることも出来ない……)


 彼はこの地形と敵の数から、早くこの場を離れるべきだと考えていた。


(この場所で大軍に囲まれれば、さっきの二の舞だ。ミリース村まで一気に抜ける。敵が追い縋ってきたら、少人数で谷の入口を塞いで時間を稼ぐ。これしかない……)




 アシュレイは、レイが無茶なことをするのではないかと、心配で仕方なかった。


(あの顔は無茶をしようとするときの顔だ。何としてでも止めなければ……ミリース村まで逃げ切れれば、あの隘路の出口で敵を抑えられる……)


 彼女はハミッシュが受けた命令を知らなかった。

 そして、ハミッシュが受けた命令を守ろうと、隘路の東側に陣を張るなどという危険な策をとるとは露とも思っていなかった。



 ステラは最後尾で後ろの気配を絶えず探っていた。


(今のところ、敵の気配はない。オークの叫び声もかなり遠い。このまま、西に向かえば……)


 三人はそのまま西に撤退すると信じていた。

 彼らの期待はその三時間後の午後四時に裏切られることになる。


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