8/16
幕間 III 8秒前
幕間 III
8秒前
10:14:52
開始まで 00:08
ポップアップが画面の中央へせり上がる。
同時に、チャット。
真鍋:入った?
返事をしていない。
10:14:53
真鍋:役員待ってる。すぐ入って。承認はそこで。
文が増えた。
句点はない。余白もない。
入った? の二文字が「まだか」に聞こえる耳が、佐伯の中にはもう出来上がっている。その耳の方が、画面より先に急いでいる。
右から、煤けた火の匂いのする声。
――人間は、必ず楽な方へ間違える。
左から、空調のように穏やかな声。
――人間の「今回だけは特別」という情動こそが、最大の脆弱性です。
どちらの男も、佐伯は知らない。知らないまま、二人とも正しかった。
押せば、楽な方へ。
確かめれば、今回だけの方へ。
10:14:55
真鍋:はやく
漢字すら落ちた。
人差し指が、左ボタンの上で重みを持つ。
指は、沈まなかった。
止めたのではない。止める理由は、まだどこにもない。ただ、重みだけがそこで行き場を失った。
10:14:56
右手が、マウスから半寸だけ浮いた。




