第七話 思惑④
「貴殿が娘の夫になってくれるなら、レオノーラにとってこれ以上幸せなことはない」
貴殿ほど娘に相応しい男を、私は他に知らない。貴殿が娘の夫になってくれるのなら、父としてこれに勝る幸いはない、と。リヒャルトは、言葉を尽くしてエディアルドを口説き落とした。
そして、一つの企てを持ちかけた。
「まず、私が娘と昼食の約束をする。貴殿を招待したことは娘には伏せておこう。当日、私は『急用で行けなくなった』と使者を出し、二人きりになったところで、貴殿の口から想いを告げてほしい」
エディアルドは、最後まで難色を示した。
「それでは、レオノーラ殿を謀る形になってしまいます。あの方を欺いて伝えるくらいなら、いっそ想いなど明かさぬ方がマシです」
「では、レオノーラを皇族に奪われてもいいと言うのかっ」
リヒャルトの気迫に押されつつも、エディアルドは声を張り上げた。
「リヒャルト様、そのご発言は不敬にあたりますっ」
「貴殿の耳にも入っているはずだ。レオノーラとリオネル皇子殿下の噂話が」
エディアルドの喉が、くぐもった音を立てた。
長い沈黙の後、彼は苦渋の決断を下すように、企てを受け入れる条件を絞り出した。
「……分かりました。では、私がリヒャルト様に場を設けてほしいと願い出た、という形にしてください。その条件を飲んでいただけるなら、ご協力いたしましょう」
話し終えると、リヒャルトは深く頭を垂れた。
「すまなかった。全ては、私が仕組んだことだ。エディアルド殿を巻き込み、お前を謀った」
白髪の混じった頭を、テーブルに触れんばかりに下げる父を、レオノーラはしばらく黙って見ていた。
腹の底で、あれほど熱を持っていた怒りが、話を聞き終える頃には、いつの間にか、ゆっくりと引いていくのが分かった。残ったのは、諦めにも似た、どこか温かいものだった。
皇族の暗闘の渦へ娘をやりたくない一心とはいえ、エディアルドを巻き込み、その挙句が、この体たらくである。腹立たしくないと言えば嘘になるが、その根にあるものを思えば、いつまでも冷たい眼を向けている気には、なれなかった。
レオノーラは、小さく息を吐いた。張り詰めていた面構えが、ゆるりと解ける。
「父上。私のことを思ってくださり、ありがとうございます」
その声音の変わりように、リヒャルトは、はっと顔を上げた。娘の眼から、あの刃のような冷たさが消えているのを見て取ると、皺の刻まれた顔に、あからさまな安堵が広がっていく。
「許してくれるか、レオノーラ」
レオノーラは、優しい顔でこくりと頷いた。
父の肩から、ようやく力が抜けたのが、卓越しにも見て取れた。そして、それがいけなかった。安堵に緩んだリヒャルトは、つい、調子に乗ったのである。
「では、婚約を承諾してくれるな?」
「それとこれとは、別の話でございます」
レオノーラは、にべもなく言い切った。優しかった顔つきは、すでに元の涼やかな無表情に戻っている。リヒャルトは、目を丸くした。
「いや、ここは、『はい、お父様』となるところだろう!?」
「ご自分がされたことを理解しているなら、そのような言葉は出ないと思いますが、いかがでしょう」
リヒャルトは、上目遣いに、そろりと娘の顔色を窺った。
だが、そこにあるのは、氷を思わせる冷ややかな眼差しである。名うての将であったはずの男が、たちまち、叱られた子供のように、しゅん、と肩を落とした。
レオノーラは、リヒャルトを涼しい顔で見ながら、杯を手元に引き寄せた。ここからが本題である。ユリアンの言葉が頭を過ぎる。
「父上。限りなく近日中に、ヴァルデマール皇帝陛下との茶会の場を設けていただけませんか?」
「え、めんど、」
「今、何と仰いました」
「あ、いやいや。何でもない」
リヒャルトは、慌てて口をつぐみ、咳払いを一つして、居住まいを正した。娘の頼み事の中身が只事ではないと、遅まきながら察したらしい。
「それで。何を話すつもりだ」
「例の噂話……私とリオネル皇子殿下が似合いだという戯言は、暇を持て余したどこぞの貴族のお遊びかもしれませんが」
レオノーラは、杯を仰ぎ、味わうでもなく喉に流し込んだ。
杯を置く音とともに、レオノーラの顔つきが、剣呑なものへと変わった。抑えていた怒気が、ほんの僅か、言葉の端から漏れ出す。




