第六話 思惑③
まだリヒャルトが第一騎士団長であった頃。
騎士団の内の風通しを良くしようと、若い団長格を私的な席によく呼んでいた。その夜も、そうした集まりの一つで、若くして第二騎士団の騎士長にまで上り詰めたエディアルドと、幾人かの騎士たちが、テーブルを囲んで杯を重ねていた。
酔いが回り、夜も更けてくると、誰が言い出したのか、どんな女が好みかという話になった。ある者は豊かな胸や尻が大きい女だと言い、ある者は優しい女がいいと言う。優しい女と言った者は他の全員から、それは要するに誰でもいいということだろうと詰め寄られて、皆で笑いあった。
やがて、順番はエディアルドに回ってきたが、顔をほんのり赤らめて、一向に口を開こうとせず、先輩格の騎士がしつこくせっついて、ようやく口を開いた。
「雨の日の泥を厭わず、仲間の名を全員覚えていて、自分の弱さには誰よりも厳しい『赤髪の騎士』に想いを寄せています」と面影を語った。
名を伏せていても、席にいた者は、エディアルドが誰に想いを寄せているのか分かってしまった。アウレリア帝国の騎士団内に、赤髪の女性騎士は一人しかいなかったからだ。
騎士たちは呆けるリヒャルトを見て、すぐに頭の向きを戻した。しかし、普段は無駄口一つ叩かない男が、その時ばかりは、幸せそうに目元を緩めていたので、周りの騎士たちも揶揄うのを止めて、想い人と結ばれるといいなと言った。
エディアルドは真っ赤になって、はい、と頷いた。それにまた周りが盛り上がり、俺が取りなしてやろう、お前では逃げられると、どんちゃん騒ぎになった。
当時、アウレリア帝国は隣国セラフィナ王国と戦の最中にあり、戦況はアウレリアの優勢に傾いていた。とはいえ、予断は許さない状況であり、戦場で剣を振るう以上、明日の命が保証されていないのは全員が承知していることだった。それでも、無事に生き延びたその先の未来を、夢見ずにはいられなかった。
あの酒の席での出来事から数年が経った。
セラフィナ王国との戦にも、ようやく終わりが見えはじめた、ある日のこと。既に騎士団を退いていたリヒャルトは、本領の屋敷で、書類仕事に追われていた。積み上がった帳簿と決裁の合間に、ふと、あの酒の席のことを思い出す。
その頃、レオノーラは二十二歳になっていた。騎士団へ入団する際の取り決めで、遅くとも二十五歳を上限として、それまでには騎士団を退くことになっている。退団まで、あと三年弱。レオノーラの残された時間が、リヒャルトを焦らせていた。
同じ頃、貴族たちの間には、ある噂が流れていた。第一騎士団長レオノーラ・アウフ・ヴィンターフェルトと、第一皇子のリオネル皇子殿下がお似合いではないかと囁かれるようになった。貴族の家に生まれた以上、政略の縁組みが当たり前であることは、リヒャルトもレオノーラも承知している。それでも、リヒャルトは皇族との縁組みだけは、避けてやりたかった。
第一皇子の周りには、武門の名家であるモンフォール侯爵家を中心に皇帝派の貴族が幾重にも巻きついており、神殿も利権にあやかろうと擦り寄ってきている動きがあると、中央の別宅にいるルドルフから報告を受けていた。
妃候補ともなれば、レオノーラは否応なく、政権をめぐる派閥の中へ引きずり込まれる。腹の探り合いを何より苦手とし、剣の道でしか息ができない娘を、そんな場所へやることだけは、リヒャルトとしてどうしてもできなかった。
ならば、レオノーラの気性をよく知り、同じ剣の道を歩むエディアルドと結ばせることができたなら、とリヒャルトは考えた。
思い立つと、リヒャルトは、エディアルドへ一通の手紙をしたためた。折り入って話したいことがあるという旨の短い手紙である。数日の後、是非ともお越しいただきたい、という返事がきた。
約束の日、リヒャルトは中央にあるエディアルドの屋敷を訪ねた。
客間に通され、しばらくは近況などを語り合う。エディアルドは、相変わらず言葉少なだったが、リヒャルトを迎えるその態度には誠実さが滲んでいた。頃合いを見て、リヒャルトは、人払いを願い出た。エディアルドは、怪訝な顔一つせず了承し、客間には二人だけが残された。
「単刀直入に伺う。貴殿は私の娘、レオノーラをいまだ好いておられるか?」
エディアルドは、明らかに動揺した。
恥ずかしそうに目を伏せ、いえ、そのようなことは、としどろもどろに否定した。だが、リヒャルトも相応に場数を踏んでいる。逃げ場を一つずつ塞ぐように問いを重ねていくと、ついにエディアルドは、観念したように白状した。
「はい……レオノーラ様をお慕いしております」
ならば何故、縁談を申し込まないのかとリヒャルトが問うと、エディアルドは、自分では釣り合いませんと言った。
「レオノー様はアウレリア帝国の中でも指折りの騎士です……あの方に釣り合う男性は、他にいくらでもいます。だから、この想いは生涯胸の内にしまっておくつもりです」
しかし、リヒャルトはエディアルドの言い分を認めなかった。




