第十三話 転換①
皇帝との茶会を、翌日に控えた晩のこと。騎士団の制服を脱いだレオノーラにエレナが一通の手紙を渡した。
「北の国境警備所から、お手紙が届いております」
レオノーラの胸がかすかに跳ねたが、顔には出さず、短く応じて、手紙を受け取る。
湯を使い、もう寝るばかりという頃になって、ようやく灯りの下で封を切る。文面に目を走らせるうち、レオノーラの口元が解けていった。
そこに記されていたのは、待ち望んでいた通りの返答だった。北の国境警備所は、レオノーラをいつでも受け入れることができる、といった内容である。あとは、中央での厄介事が片づけば、いつでも北部へ発つことができる。
(受け入れが整っているという事実は、伏せておくべきだろう。皇帝陛下に願い出るのは、あくまで団長の役を退きたいということ。退いた後のことを聞かれた場合にのみ、北の国境警備所のことを話せばいい)
騎士団長は、アウレリア帝国の要職であり、事の重さが違う。先に「国境警備所の受け入れが整っている」と切り出せば、役職を軽んじ、外堀を勝手に埋めてから来たのかと捉えられかねない。
レオノーラは、手紙を畳むと机に向かった。
羊皮紙を広げ、羽ペンにインクを含ませて、ユリアン宛に短い文をしたためる。書き終えた文を中身が見えないよう折り畳み、封をする。それを卓の端に置くと、レオノーラは、明日の茶会のことを頭の中でさらいながら、灯りを吹き消した。
翌朝、レオノーラはエレナの手を借り、第一騎士団の正装に袖を通した。煌びやかな飾緒や徽章が取り付けられた制服をエレナは慣れた手つきで美しく整えていく。
「エレナ。この手紙をユリアンに届けてくれ」
「かしこまりました」
支度を終えて表へ出ると、既に馬車が待っていた。
御者を務めるのは、アーノルドという、三十そこそこの実直な男である。レオノーラが乗り込むと、リヒャルトも続いて乗り込んできた。二人を乗せた馬車は、城へ向かって静かに滑り出す。
アウレリア帝国の皇帝が住まう石造りの巨大な城は、幾重もの防壁に守られ、外側を深い堀がぐるりと囲んでいた。城の中へ入るには、跳ね橋を渡らなければならない。
馬車は、跳ね橋の手前で停まった。
レオノーラとリヒャルトは馬車を降り、身体検査を受ける為、橋の手前に設けられた詰め所へ向かった。皇帝の御前に出る以上、たとえ団長であろうと、例外はない。
検査にあたるのは、第四騎士団の騎士たちだった。そういえば、とレオノーラは思い出す。皇帝の身辺を護る役目は、第一から第四までの騎士団が、月ごとに持ち回りで担うことになっている。
(今月は、第四の番だったか)
暗器の有無から、服の中まで、検査は手際よく進んだ。レオノーラの検査を担当したのは、幼顔の女性騎士で、無駄のない手つきで、検査は滞りなく済んだ。
身体検査を終えると、今度は、城の敷地内で使われている別の馬車に乗り換える。外から乗り入れた馬車を、そのまま城の奥まで通すことはしない。主城門の巨大な門扉をくぐり、馬車は城郭の中心部を目指して進んだ。
長い、とレオノーラは思った。
来賓を通すための道筋は、まず身体検査を受けさせ、それから幾重もの門をくぐらせるという、迂遠なものであった。 皇帝の身の安全の為でもあるのだろうが、こう時間がかかっては、いささか気疲れがする。
馬車がようやく中心部に着くと、そこには案内役の第四騎士団の騎士が待っていた。
「リヒャルト・アウフ・ヴィンターフェルト公爵閣下、レオノーラ・アウフ・ヴィンターフェルト団長。お待ち申し上げておりました。皇帝陛下の御前までご案内いたします 」
案内役の騎士を先頭に、三人は皇帝の待つ部屋へと、徒歩で向かった。
渡り廊下を抜け、城の内部へ入り、いくつもの部屋を通り過ぎた先に、目指す一室はある。扉の両脇には、剣を携えた騎士が二人、微動だにせず立っている。案内役の騎士が歩み寄り、来客の到着と入室の許しを乞う。ほどなくして、重い扉が内側から静かに開かれた。
レオノーラとリヒャルトが足を踏み入れると、広い部屋の奥に、皇帝ヴァルデマール・アルデンヴァリスの姿があった。
そして、その傍らに一人の男が控えている。第四騎士団長セヴラン・モルネー。中央を治める公爵にして、水と土、二つの上級精霊を操る騎士である。冷徹を絵に描いたような男だった。感情を顔に出さず、入室してきたレオノーラ達を見ている。護衛の持ち回りが今月は第四騎士団である以上、団長たるセヴランが皇帝の傍に控えているのは、道理だった。
「リヒャルト、よく来てくれた」
五十を数える皇帝の声には、 若い者にも劣らない張りがあった。
「このたびは、御前にお召しいただき、恐悦至極に存じます」
リヒャルトが深く頭を垂れ、レオノーラも父に倣い、騎士団長としての礼をとった。 「堅苦しい挨拶は抜きだ。掛けなさい」
皇帝に促され、一同が席に着く。
ほどなくして茶と菓子が運ばれてきた。
しばらくは、皇帝とリヒャルトの旧交を温める語らいが続いた。皇帝が、第一騎士団を退いてからの暮らしぶりを問い、リヒャルトが応じる。側にセヴランが控えているうちは、聞かれても障りのない近況に留めていた。




