第十一話 狂熱③
「君の右目は何度見ても素晴らしい。この金色こそ、僕が知りたい謎の入り口だ」
レオノーラは、腰の剣を抜く。ここから先、術を編むのに言葉は不要だった。一般的に精霊の力を使う時は詠唱をしなければならないが、レオノーラとフォスカは無詠唱で精霊の力を使うことができた。
「クゥオ」
フォスカは、杖を軽く一振りして、足元に掌ほどの土の精霊を呼び出した。
土の精霊は床に溶け込み、レオノーラの足元の石を泥沼に変える。沈み込む寸前、レオノーラは泥を蹴って跳んだ。宙で身を捻るその隙を突いて、今度は横合いから、無数の砂の礫が襲いかかる。
イグニルは、剣の中心面に彫られた溝を撫で、刃に炎を纏わせた。剣を一振りすると、炎が扇状に広がり、飛来する砂礫を一粒残らず焼き払う。着地と同時に踏み込み、フォスカへと斬りかかった。だが、その刃が届くより早く、二人の間の床から石の壁がせり上がって行く手を阻む。レオノーラは、石壁ごと炎の剣で薙ぎ払った。
「相変わらず、無茶苦茶な火力だなあ」
斬られた壁の破片が、宙で砕けて砂へ還り、今度はレオノーラの背後へ回り込んで、足首を絡め取ろうと蛇のようにうねる。しかし、イグレオスの炎を纏う拳がレオノーラの足を絡めんとする砂蛇を真上から焼き溶かす。
「ぬるい!」
先程まで文句を言っていたのが嘘のように、イグレオスは高らかに笑う。
フォスカは、地から次々とせり上がる石柱を盾に、レオノーラの剣とイグレオスの拳を巧みに凌ぐ。石柱は、砕かれるそばから形を変え、あるいは砲弾となり、あるいは足場となってフォスカを守った。
フォスカが息を付いた束の間、イグナロスが広間の天井近くから、灼熱の球をいくつも生み出し、雨のようにフォスカへ降り注がせた。フォスカは、頭上に何層もの土の傘を重ねて凌いだが、傘は一枚また一枚と灼け崩れ、たちまち防戦一方になる。
イグニルの炎の剣、イグレオスの拳、イグナロスの灼熱の球に同時に攻め立てられて、さしものフォスカも、汗を滲ませはじめた。
「はは……っ、いいぞ! これが見たかったんだ! もっと見せてくれ、レオノーラ!」
汗を流しながら、恍惚と叫ぶ。研究対象そのものと交わる悦びに、フォスカは酔っていた。
打ち合いはさらに続いた。石が舞い、炎が奔り、砂と火の粉が広間に渦を巻く。フォスカの搦め手は狡猾を極め、火の三精霊は容赦がない。結界の外では、団員たちが鈴なりになって見入っていた。逸れた火球が結界の膜を叩くたび、悲鳴を上げて後ずさるが、怖いもの見たさで、また前へ出てくる。誰も彼も、瞬き一つ惜しんでいた。
頃合いだった。
レオノーラは、剣を引き、魔力を練り上げはじめた。三精霊を繋ぎ止めたまま、それとは別に、力を凝縮していく。その気配の変化を、フォスカは察した。
「大きい魔法を放つ気かい?」
杖を構え直し、警戒に身を沈める。だが、遅かった。
レオノーラは床を蹴ると、一気にフォスカの眼前まで飛び込んだ。防御の構えを取る間も与えない。彼女は練り上げた力を解き放った。
二人を中心に、炎が生き物のように渦を巻いて立ち上る。炎はみるみる嵩を増し、二階の天井に届かんばかりの、巨大な渦となって、レオノーラとフォスカの二人を、すっぽりと包み込んだ。周囲の視線と音をすべて遮断する、火の檻である。
だが、その炎は熱くなかった。
渦の内側に立つフォスカは、焼かれるどころか、髪の一本も焦がすことがない。精緻に制御された火が、二人の周りをただ静かに巡っている。
渦の外では、たちまち騒ぎが起こった。
「なんだあれは……炎の渦に見えるが全く熱くないっ」
「魔法式を解明するんだ! 早く!」
初めて目にする炎の渦に、第五騎士団の団員たちは大騒ぎだった。
慌てふためく足音と、絶叫にも似た指示が、炎の壁の向こうで、右往左往している。その喧騒は、分厚い渦に阻まれて、内側にはくぐもってしか届かなかった。
その騒がしさを聞きながら、フォスカは肩を揺らして笑った。
「君はこういった芸当もできたんだな」
「難しいことじゃないだろう」
フォスカは白けた表情でため息をつく。
「……まあ、いい。魔法談義をしたいわけでもなさそうだ」
フォスカは、ひとしきり渦を眺めて満足すると、その視線をゆっくりとレオノーラへ戻した。掴みどころのなかった目の奥に、今度は値踏みするような色が宿っている。
「僕と二人きりになって何がしたいんだい?」
「お前に私の後ろ盾になってほしいんだ」
レオノーラは、剣を納め、単刀直入に切り出した。
フォスカは、意外そうに片眉を上げた。
「第一騎士団長の役職を持ち、宰相を務めるヴィルヘルム・レーゲンドルフの息子と幼馴染で、由緒あるヴィンターフェルト公爵家の君の後ろ盾になれと? 帝国広しといえど、君ほど後ろ盾に不自由しない人間はいないと思うがね。その君が、よりにもよって、中立を気取る僕に後ろ盾になれと言う。はて、一体全体どういうことかな?」




