四人の高校生の場合 異界1-1.ロールプレイング・ゲーム
大男が目の前にいた。その大男は何かを齧っていた。食べている音はすさまじく、まるでショベルカーが瓦礫を崩しているような音だった。てつやは息を呑んだ。そして、急にその腹の下に力が込められた。見たことのない光景が広がっていて、何が起きたか分からなかったからだ。体が彼を支えようと、そして今見たものを、体の中から一旦追い出そうとして、硬直したのだった。
しかし何が起きたのかすぐに分かった。彼はこの辺りに派遣された兵士だった。まだ十六歳と若かったが、確かな腕を買われて、補給部隊ではなく前線にいた。彼は武器を持っていた。細身の長剣だが、切っ先鋭く、生き物ならどんなものでも斬れた。彼は目の前の大男に近づいていった。
大男は何を見るのでもない目を彼に向けた。大男が食べていたものは大型の犀で、その頭蓋骨ごと砕いて頬張っていた。よく見るとその巨人は人懐っこいような丸顔で、まったく険がなく、ただの食事をしている風だった。なんともダイナミックな食事だったが。それに、腰蓑一枚で、体毛が全身を覆い、風貌は怪物のようだった。
「おい」
てつやは大男に声をかけた。
「いい加減食べるのをやめないか。前線はまだ先だぞ?」
「ああ、うん」
巨人はぼんやりとした目線をさっき彼に送ったが、それは時間がまだ許されるものかどうか伺った確認の視線で、喰っていた犀の尻を丸ごと口に飲み込むと、ぼりぼりとしながらお腹をぽんと叩いて伸び上がった。
「もういいよ」
「タイキ、お前が到着しないと前線が開けないんだ。あらかじめ飯は食っとけって言ったろ?」
「でもなあ。どうしても腹は減るよ。これはどうしようもない」
タイキは人族から分かれた巨人族で、その体型を維持するためにどうしてもたくさんの食べ物が必要だった。大型の動物は一日に何回も食事をするものだが、その中でもタイキはよく食べる方だった。そのおかげで力は増し、無双の攻撃を揮うことができたが。てつやはこの巨人と仲良しだった。いくさに参加するのも二人一緒で、タイキが対応できないような身の素早い相手を、彼の細身の長剣が仕留める戦術が、どの戦場でも活躍した。
そして彼らは決して死なない魔法が掛けられていた。戦場に往く者には死なずの印が施された。死ぬことはないが、倒されれば、その場に這いつくばり、屈辱を味わうことになる。彼らはまだ負けたことはなかったが、普通の意味で死を迎える時その体は動けなくなり、一定の時間を置かなければ回復することがなかった。その間に戦況がある場面まで大きく傾けば、勝ち負けが決し、戦争は終わった。
彼らは小国同士の前線に投入された。まずはここからといったところに。彼らは戦士としてこの世界に登録されていた。てつやは十五歳からこの世界での活躍を始めた。タイキはどうやら十四歳かららしい。
十五歳以前の記憶はない。それはそうだ。彼らには過去はないのだから。単純な記録だけがある。
「タイキ。向こうはお前のような巨人が大勢いるぞ。どこからやっつける」
「ああー、あれは勝てるか分からないな。おれよりでかいやつもいるぞ。持ち上げられるかどうかも分かんねえ」
「何を今さら。お前の力は全部腕力に振り切ってるんだろう?」
その通り、タイキの力はその二の腕に全てベット(割り振り)されていた。そしてその腕力を扱う訓練で、彼は足腰の重要性を認識し、別途体の各部位の能力値を伸ばし、ひとまずバランスのいい肉体に仕上げた。彼は巨人の軍団に向かっていき、敵よりは速さに勝る身のこなしで、煙るほど巻き上げられた土砂の中を、ちぎっては捨てちぎっては捨てと、大男たちを次々と投げ飛ばしていった。戦場は深い森と山に囲まれた狭い平野で行われたが、ごつごつとした岩が多く、タイキはそこに投げ飛ばした敵を当てて仕留めていた。だが背後から彼に忍び寄った巨人がタイキを羽交い絞めにした。タイキは意識を失った。あまりの締め付けに首は砕け、いよいよ始めての敗北を喫しようとした。
だがその側で巨人たちの足先や手先などを刺して、敵の注意を引いていたてつやが、持っていた長剣でその大男の目をぶっ刺した。大男は羽交い絞めした腕をはずした。タイキは意識は失ったがまだ死と判定されていなかった。てつやは仲間を守ることに徹した。しかしさすがに隆々とした肉体を持つ巨人らを相手に彼の剣技は追い詰められていった。刺したり突いたりはできても、腕を落としたり、両脚を失わせたりするほど、その剣も腕前も断ち切る力に欠いていた。あるいは、タイキがすぐにも目を覚ますことができれば、形成は逆転できたかもしれない。彼らは負けた。
二人とも殺された。そして復活した。あの光の庇護を受けて、また、このヴァルハラ(死後の戦士たちが来たるべき最終決戦に向けて腕前を競い合う場所)に蘇ったのだ。
そのはずだった。てつやはタイキと共に、まるでゲームの画面の最初のような、続けますか?それとも最初から?といった選択肢が浮かぶ、すりガラスの窓からやり直すことになっていた。続けるか、それともやり直すか。どちらにしてもその殺し合いの闘技場から逃れることはできなく、彼らは永遠に遊び続けることになっていた。別に彼らは、前世が高名な武術家だったわけではない。北欧神話におけるヴァルハラは地上世界において相当の戦士でなければ行けないような特別な場所だったが、彼らはその資格を有してそこに飛び込んだのではない。もっと逆だった。つまり彼らは選ばれてそこに来たのではなく、商人から買い取ったチケットで、やって来ていた。彼らは親に与えられた小遣いでこの遊び場に来られていた。ここはそのようにして、子供たちがいわゆる合宿のように集団で泊りがけの体験学習をするようなところだった。当然、死なないような魔法が施されていた。彼らは安全に遊ばされていたが、この合宿はいつ終わるか分からなかった。ここはヴァルハラではなかった。彼らは約束のない遊技場へと連れて来られ、ある年齢から以前の記憶を失くし、ただ戦うことをのみ求められたのだった。
いや、戦士の他にも選択肢はあった。釣り人とか、商人とか、医者とか、何らかの役割をこの合宿の最初に決めることができた。参加者は役者になった。つまり、ロールプレイングゲームのいちキャラクターになった。しかしこれはテレビを前にして、コントローラを握ってかちゃかちゃとボタンを動かす種のものではなかった。ましてや大勢の人間がインターネットでつながっているのでもない。気に入らなければいつでも切断できるようなオンラインゲームではない。彼らは丸坊主になっていた。そして木魚を叩いていた。彼らは皆僧侶になっていた。物静かに正座して、畳の上で、じっとしているのである。
大男だったタイキの方は身を屈めて、彼にとっては低い天井に難儀しながらぐっとこらえて姿勢を維持した。彼の袈裟は立派だった。住職のもののように金色と漆黒を対比させ物々しかった。そしててつやの被っていた袈裟はごわごわしていた。いかにも安物の、汗の匂いしかしないようなものだった。てつやのものはサイズが合わなかった。ぶかぶかで暑苦しく、隙間が多いはずなのに妙に身体にまとわりついた。そしてその袖口にぽっかり空いた口があった。袖に口があるのは珍しくない。ここでお経を読む者は袖に口のあるやつを袈裟に仕込み、自分が読経をおろそかにするようなことがあると代わりにその口が読み上げるのだ。てつやは自分がこのような坊さんの役割を戦闘に負けた後で選び直したつもりはなかった。だが隣にタイキはいるし、彼は揃ってこうなることを望まなくては、現状の説明がつかなかった。
おぼろげに彼は思い出した。そうだ。自分は自転車に乗っていたのではなかったか。数人で遠出して、いくつかのトンネルを越えた時にその……えらく信じられないようなことが、起きたのではないか。
すると、彼のいる建物を上から叩く音がした。天井からだった。あるいは屋根からか。がしゃんがしゃんと音を立てて、彼のいる空間をまるごと叩いている。それは建物を叩く音ではなかった。ガラスのような、平らなもの、もしくは四角いものを叩いている。
彼は目を覚ました。深い夢からやっと醒めた。しかし相変わらず世界は現実から遠く離れていた。彼は逆巻く炎の手前、逆火山の正面にいて、顔に火の粉を浴びているのだった。




