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彼岸を見た者 彼此岸の旅3-1.許し

 ついに「人」と対面した彼は、だが幻のように横たわる老人を見つめた。そしてその老人を抱き上げようとした。老人は、目の前の彼がはっきりと見えた。それは人間だったからだ。

 二人はなんとかつよしの体を起こすことに成功した。お互いに労力のいることだった。つよしの体は本来より重く、力も入らないために支えをどこにするか定まらなかったのだ。しかし骨の方はしっかりしていた。つよしは背筋を支えに体を起こした。一方やすとはなぜこのぼんやりした老人を介護したのか、分からないままに、目線と目線を合わすために小さくかがんだ。二人は目を合わせた。すると教会の地面は(そして鉱炉のある作業場の外側の地面は)がらがらと砕かれた。何もない場所にただ二人は放置され、宙に浮いた足元を見つめた。

 遠い場所に炎が見える。暖かい炎だ。彼らは水のように冷たい周りの空気をうっとおしく思った。暖かい炎に温まりたいと思った。炎は徐々に近づいていった。向こうから、音も立てず、その火の明るみを次第に強くして、二人のいる場所に平行に高さを変えず。そして二人はその炎が逆さになった火山のもので、しかも下から上に噴き上がり、その火山に呑み込まれているのに気づいた。やすととつよしは息を呑み近づいてくる強い炎に全身を強張らせた。

 その熱さはあまり周囲に届かなかった。本物の火山ならば噴き上げる岩はもっと絶望的に空気を黒く煙らせるものだろう。しかし逆になった火山はまるでシンボルのように暖かく、どこかの世界を照らしていた。彼らは、周りに人が集っていることを知った。彼らのように、火山の方から近づいてきたのか、それともその逆だったか、分からないが、皆が火山の火を注視し、振りかかっても別段熱くはない火の粉を貰っている。そして、そこに集っていた全員が、丸い玉を持っている。

 つよしとやすとにはその玉がなかった。二人は皆が一斉にその玉を落とし出したのを見た。彼らは目を丸くした。玉は、地面に吸収され、そこから芽が出たからだ。するとその芽と、その芽となった玉を落とした人々の前に、もう一人の人間が、必ず対になって現れた。新しく現れた人間は各々がやはり玉を持ち、だらんと垂らした両腕の先にそれを抱えていたのだが、ある時、誰かがガタンとその玉を落とすと、次々に他の玉も放された。二人はその玉も芽を出させ、二つの芽が並び立ち、その後、その芽が互いに競い合うように急激に成長する様を見た。そして一対の大樹となると、成長は止まり、芽を出させた者たちにその葉をひらめかせた。

 奇跡のような光景にやすとは震えた。つよしもまた感動した。そして二人は、初めて自分たちに先程人々が落としていった玉を、二人とも両腕に抱えていることを知った。つよしはその玉に乗ってみることを思い立った。唐突な欲求だったが、それを実践しようと、まずは腕の中からそれを落とし、地面の上に置いてみた。それは玉の姿を維持しなかった。それはやはりなくなり、消失したかと思うと芽を出した。彼はこの芽が一つでは育たないことをさっき見た。つよしは隣のやすとを上に眺めた。やすとはその玉をどうしてみるべきか迷った。というのも、この玉も存在として認め、自分がどうこうできるものではないと感じたからだった。存在は独立している。自分がそれを扱うのは何も本意が伴わない。そう考えたが、彼は、自分にやっと感情が芽生えたのを思い出した。彼の体は動き、そして玉を置いた。

 すると玉は早速消失し芽となった。その芽はいじらしく、多分他の子供たちや大人たちの咲かせたものより最も小さなものだったろう。その芽が、つよしの抱いた玉から発芽した縞々模様のものと向かい合い、どんどん、同じスピードで背を伸ばしていった。

 そしてついに一対の大木となる時、南川やすとは腰砕けになりその場に尻餅をついていた。彼は、この圧倒的なスピードで成長する樹を自分ではなく妹に重ねていた。そして対面する樹木こそ自分のように見えた。自分を客観視していたのだ。つよしもそうだった。自分の抱えた玉から生まれた樹木は自分の子供のように思え、そしてそれと競い合うようにして伸びていったのは自分そのものだという感想を持った。二人は伸び上がった背の高い大樹を見つめ合った。はたと分かったのは、彼らは視界に他人こそ収めてはきたものの、一度も自分を振り返らずにきたということだった。無理をしてきたのだ。無理だったのだ。各々の考え方が。

 二人は逆さ火山の前のこの空間が快く感じた、すると、ぼこっと突然根が二人の足元から飛び出した。ぼこっぼこっ。何本か地面の上に伸び上がると、そこに新しい芽がぴょこんと立った。芽は少しだけ生長し、まったく生まれ立ての産木(うぶぎ)になった。産木はわずかな葉を揺らめかせ、二人にこう訊くようだった。この木は誰の木?自分と相手、そのもう一人は?と。

 二人がその木は誰かと気づく前には、二人の頭上にある樹が、花を付け、咲き誇ることが起きる必要があった。それは、まもなくだった。

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