命の危機がある者たち 彼此岸の旅2-2.樹
二人のその視線は、はじめのうちはぼんやりしていた。だから、交互に見比べるといってもはっきりとその双方を区別していたのではない。二人は、視線の先にある二つのものを、交互に見ていたにすぎない。けれど、子供たちは今大人たちの持つ玉を落として、その芽を咲かせたのだった。
次々にどしん、どしんと、物の落ちる音がした。大人たちは実を離し始めた。それは実だった。左右非対称の、不思議な穴が空いている、わずかに突起した膨らみの、手触りの良い並びを持っている、その球体は芽を咲かす種子だった。彼らはそれを落とした。一つ一つ、一人一人に預けられたそれを。すると、子供たちの隣に芽が飛び出た。そして、子供たちの咲かせたそれと、大人たちの植えたそれとが、絡みつくようにどんどん上に伸びていった。お互いは競い合うように成長し合った。そして、一対の巨木になった。
一対の巨木を成長させた、大人と子供のコンビの二人は、一緒になってその大木を見上げた。すると、大樹は葉をひらめかせ、二人の顔にその葉を乗せた。二人は互いの顔を見つめ合った。勿論知らない間柄だ、一度も互いの顔を見たことがない。それなのに、それなのにこの不可思議な空間を共有したというだけで、お互いに、信頼が生まれる気持ちがした。ようこは、一度もこの感覚を味わったことがなかった。ともこもそうだった。とくやはシェアハウスの人間とこの感覚でつながっていたが、その時とはいくらか質の違うものを感じた。そしてとものりは、父親と一番その感覚を共有し合っていたが、その感覚は、急に誰とでも持ち合えるような気がした。
一対となった二つの樹は、やはり一本ずつという風には見えなく、互いに寄りかかっていないのに二つ合わせて一つというように見えた。それはともこが本来自らの夫婦間にて見い出す関係性であったが、彼女はこの大木を見上げ、そんなことは感じなかった。急に、彼女は別れるべきだと思った。別れるべき。それは思いも寄らぬ離婚の衝動だった。その思いつきに彼女は激しく抵抗した。すかさず、そのよこしまな物思いに蓋をしようとした。ところがその思いは、目の前の樹のように、どんどん、どんどん育っていく気がした。心の中で、芽生え出し、芽生えたかと思いきや、よく育ち、そして大樹となる。……その大樹は紛れもなく一本の樹で、一対とはなっていなかった。彼女は好きな歌を口ずさんだ。アンニュイな、スローテンポなバラードだったが、女心をよくつかんだ、男声のコーラスの楽曲だった。そんな彼女をようこは傍から見上げた。ようこは背の低い女子で、反対にともこは、著しく背高な女性だった。ともこは旦那より大きかった。
「あのう」
ようこは彼女に声をかけた。夢の中なのに(と、ようこは考えていた)、現実のようにその声ははっきりしていて、彼女は驚いた。
「これって、夢ですよね?」
ともこはゆっくりとようこを振り返った。
「え?」
とともこは訊き返した。
「夢の中なのに、なんでこんなに、はっきりしてるんだろうって、思ったんですよ」
ようこは夢の中なのに、と思いながら、この眼前にあるものを受け入れようとしていた。
「そうね。はっきりしているね」
そう答えたともこは一方でこの夢は受け入れ難いと感じた。さっきの思いつきが、急に膨らんだのは、この夢のせいだと考えたからだ。しかし、すっかり巨木となった離婚という二文字は、いかにこの夢が消え去ろうと、残り続ける気がした。
二人は黙って大木を見続けた。この時に、樹はゆっくりと枝に芽を持ち上げ、花を咲かす準備をしていたのだが、二人はそれに気がつかなかった。




