命の危機がある者たち 2-4.新庄とものりと、死
九歳の男の子の名前は新庄とものりといった。彼は十四、五離れている年上のお兄ちゃんがいた。だから、ほとんど一人っ子で育った彼だったが、ある時お兄ちゃんに一緒に旅行に行こうと連れていかれた。彼の父親はもう他界していた。お兄ちゃんにとっては、自分が働き始めたから、何か弟にとっていい思い出になるような父親代わりのことをしてあげたい、と思ったのだった。
彼が幼い頃から父親は病弱だった。だから彼は父親の看護をよくしてあげた。兄は大学生だったから、家を離れて父を看られなかった。彼は父親が大好きだった。よく教科書に載っているお話を(国語の)声に出して読んだりしていた。父親は読書好きだったから、子供が、そのように語り聞かせをしてくれるのが嬉しくてたまらなかったのだ。
父親が他界して、とものりは泣きに泣いた。学校へ行くのもしぶった。なぜなら語り聞かせのために、学校で勉強しているようなものだったから。国語の授業は毎日あった。一生懸命漢字を覚えた。ぐずついた弟を十四、五離れている兄貴は自分の大学へ連れていった。そこでたくさんの本が置かれた研究室や、図書館を見学させた。学生食堂で安い飯もごちそうした。それでとものりは元気を出した。
それが一年前のことだった。彼は年上の兄と連れて、海辺の避暑地に来ていた。彼らは水着を持たなかった。目的は船に乗ること、辺りの海を巡り、景勝地を見て回ることだった。松の木の生えた小島、奇妙な岩、そして爽やかな波の音色は、洗いざらい、彼らのこれまでの人生をちょっと脇に置いてくれた。そして素敵な今を感じさせた。彼らはアイスクリームを食べ、名物のジュースを飲み、海辺のものに舌つづみして、満足して帰っていった。
その晩、九歳の彼はなかなか寝つけなかった。父親が彼を呼んでいる気がした。おいでおいでと、空から呼んでいる。彼はそちらに行きたくなかった。なぜならすっかりこの世が好きになったのだから。彼は、今まで父親と共に過ごしてきて、ある意味死を隣り合わせにしてきた。自分の犠牲も計り知れなかった。そんなことはどうでもよくて、彼はただ父親と一緒に過ごす生活が好きだったのに、いざ父親を亡くして、兄に新しい人生を見る機会を与えられ、心が落ち着いてきた時に、突然あの世からお呼びが掛かったのだ。繰り返し、その声は彼にこちらへおいで、天国に昇ってきなさいと訴えかけてきた。
彼は、自分も死んでしまうのではないかと急に思ってきた。なぜならその父親の力を失くした瞬間を、ようやく天に旅立てるその刹那を、彼は病院で見ていたのだ。人が死ぬ様子を、命が尽きる瞬間を、傍で肌で感じた。彼は自分が死ぬ時もこのようになるのだろうと深く感じ入った。それは最期まで看取った彼への父親からのプレゼントのようなものだったが、八歳の子供にはそれは恐ろしすぎるプレゼントでもあった。
彼は人が死ぬことに辛すぎる宿命じみたことを覚えた。それは誰にも訪れることだが、その誰にも人間と人間の関係性を断ち切る不可避の現実を押しつけるものになったからだ。その死が今頭上から呼びかけてきて、彼にこっちへおいでと言ってくる。どうしようもなく不可避なものが、自分に、今までの人間性を断てと言ってくる。
彼は自転車にも乗っていないのに、トンネルも六本くぐり抜けていないのに、あの世への窓を見つけた。彼はそこから離れようとした。逃げようとした。だが窓の方から彼に近づき、その身体を、ぱくっと丸ごと呑んでしまった。




