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命の危機がある者たち 2-3.立川とくやと、シェアハウス

 立川(たちかわ)とくやは会社員だった。三十代半ばで、まだ子供はいない。同級生と暮らしているが、結婚の願望はない。彼はシェアハウスで暮らしていたが、彼を入れて男女三人ずつ、全部で六人の同居人たちは皆が元クラスメイトで、それぞれに関係を持っていた。特殊なグループではあるだろう。男女の別なく彼らは肌を重ね合わせられ、恋人にもなれたのだ。

 とくやは会社員になる前、優秀な弁護士だった。今から五年前、法律に関係する相談役に今の会社から抜擢された。そして給料もいいものになった。しかしそれは元来の彼の志、罪の無い人を弁護するという役割を放棄するものになった。彼はそれを放棄したかった。心から被告人を信じる気持ちというものに、揺らぎが出てきたからだ。そして彼が受け持った被告に裏切られることもあった。嘘つきを彼はどうにも好きになれなかった。人は嘘をつくのに、その嘘の向こう側にある真実を、彼はどうしても見通すことができなかった。

 彼は人の言葉を素直に信じる傾向があった。そして自ら率直な意見を言って、言葉に責任を持つ態度が自分にも相手にも具わっていると考え、軋轢を辞さなかった。彼は頑固だった。ところが自分から、その頑固さの面を脱ぎ捨てようとした。というのも、このまま弁護士活動を続けるのも自分の人生を賭けるものとして、危うさを覚えるに至ったからだった。

 彼は、嘘と責任の狭間にいた。彼は、自分の言葉というものがどこまで有効なのか分からなくなっていた。法律に則って事実を精査するならまだしも、それは論理学に従って行われるもので、別段頭を使う必要はなかった。彼にとっては。それにそのように自動的に結論が出てくるものであれば、機械などに任せ、人間はいらないのではないかとまで考えるようになった。それは暴論だったが、彼の役割は、ただ人間を信じること、そして判決を覆すことにあったように思ったために、彼の思考はそちらに傾いていったのである。

 そして、彼は日常で正義を振りかざすこともあった。六人の同級生、ハウスシェアのパートナーたちも、同様の傾向を持っていた。

 彼にとっての扉が開いたのは、ある同居人が、暴力を働いた事後だった。それは真夜中に起きた。突然、目を覚ました誰かが、手当たり次第に寝床を襲いぶん殴っていったのだ。犯人は女性だった。彼女はつわりがひどかった。当時、妊娠していた。当時というのは、彼女は間もなく自殺したからだ。腹の中の子供と共に。閉じられた空間で繰り返した、あられもない観劇は、その場かぎりの世捨て行為だということを、その女性は育っていく赤子と共に感じるようになっていった。他の五人は皆、全員で育てようと生まれてくる赤ん坊の世話を申し出ていたが、女性はしかし実家に戻るのを考えるようになっていった。子育てに自信がなかったからだ。自分の親に、祖父母に、手伝ってもらうのを考えるに至った。それならばと他の五人は彼女に実家との往復でもいいよと、彼女の好きなようにやらせることを言っていたが、

 彼女は自分の子供がこのシェアハウスの子供になることを恐ろしく感じていた。彼女自身も訳が分からないが、この場所で育ててはならないと、強い意志が働いた。しかし子供はこの場所で生を受けた。三人の男性のうち誰の子か知らないが、確実にこの場所の子として認識されうることになった。彼女は自分とその子と分離して考えていた。彼女にとって居心地のいい場所は、必ずしもその子にとってそうはならないと。なりはしないと。なぜならこの空間は、特別な空間で、ほっとはするものの絶対に他者を寄せつけないことを知っているからだ。いわゆる母親の憂鬱はここからも来るものだった。自分を取り巻く世界が、この子の育っていく環境だと考えた時に、どうしても肯定できない要素がそこにあるならば、その全責任を、母親が背負わなければならないという。我が子を育てられなくて、捨ててしまう母親がいる。あるいはその手にかけてしまう者がいる。

 その女性は混濁した意識のまま同居人を叩いて、屋上から飛んでしまった。何より同居人たちがこぞって生まれてくる子供の世話をすると言ったことが、恐ろしかったからである。

 一人欠けたシェアハウスを眺め見て、とくやは絶望と空しさと共に、会社を辞めると宣言した。そしてここから出て行くとも言った。彼は、自殺した人間の心の内など何一つ分からなかったが、ようやく自分自身を見つめる機会を、そうして得たのだった。

 目の前に扉が開いていた。デイトレーダーを旦那に持つともこのように、緑色に光り輝く曖昧な扉をそこに見つけた。彼はその中に入っていった。不思議と、その扉の内側はシェアハウスと同じ匂いがした。

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